『カワハナガレル』
『ミュージック』
サカナクションの楽曲。2013年リリース。
不断の背景音楽が、“部屋”を満たしている。
それは、1:√3に基づいたホーン――白金比の音響機器から、流れ続けていた。
「被造物が我々を害するなど、出来ぬ事と知れ」
「あら、流石に『こんな事象は有り得ぬ!』なんて喚くことはしないのね」
「その囀りも此れまでだ」
【神】のすがたが、八百万の原稿用紙へバラけ、1枚1枚が折り上がって紙人形となってゆく。膨大な情報量を書き込まれた紙人形達が、キャラクター達に迫ってくる。
「ど、どうするの!? アレ、大丈夫なの?」
【ウサちゃん】は成す術が何も無いので、喚くことしかできない。
「良いモノなわけない。相手は俺たちを消そうとしてる【神】だぞ」
そばに寄った【逃亡者】が冷静に宥めるものの、対抗できるような力が無いのは同じなので表情が凍っている。
「こんなもの!」
【アポロ】は飛来した紙人形をひとつ引っ掴むと、そのまま破り捨てた。続けて、勢いよく突き出した拳で、紙人形に穴を空ける。いつかの物怪の群れを相手取った大立ち回りの再現……だが、焼け石に水のようだ。
「痛っ……どうするんだよ、コレ!」
【兄】が押さえた腕から血が覗いている。紙人形がそのフチで切り裂いたのだ。【アポロ】のように徒手空拳での抵抗を試みたはいいが、痛い目に遭った格好だ。
「大丈夫大丈夫、“勝つようになってる”から」
【露出狂】が【剣】を適当に振り回して紙人形を斬っていく。まったくもって見事ではない太刀筋だが、それでも紙人形達は紙切れとなってゆく。
「準備完了、火炎放射開始」
突如、白い部屋に紅蓮が走る。夥しい数の紙人形が、【最終兵器】の火炎放射で焼き尽くされる。
「燃やすための科なら、これはどうだろう」
白い虚無から立ち上がるユーカリ――自ら燃えて次代の糧と成らんと目論む植物が、【世界樹】に応えて、放たれた火炎に引火する。
「うわわわわ! ……熱っ……くない?」
あわあわしているバニーの少女が燃え爆ぜたユーカリを浴びても、火傷ひとつ無かった。
「“部屋”はそういう場所だもの。幻想が書き起こされて事象を立ち上がらせる場所。だから【誰かさん】が熱くないと言えば、熱くないわよ」
キャラクター達を切り取らんとする紙人形達から守るような炎のサークルの中で、【調律師】は金髪を熱風に靡かせながら涼しい顔をしていた。
「【誰かさん】? この部屋の主は我々。我々が書いたシナリオを書き替える事が可能な存在が、何故存在して居る?」
浮遊した上半身だけのマネキンは解せないような声で零す。
「さっき言わなかった? アンタは【代替品】でしかないってことよ」
炎の円環の中で身を寄せ合うキャラクター達と、己が足で自立できない【代替品】の間――燃える壁越しに【調律師】は言う。
「我々が、【誰かさん】の、【代替品】? …………何を言って居る」
「まだ解らないの? なら、アンタにはもう知る由も無いってことだわ」
「我々がこの“部屋”の主だ。我々が“世界”の創造主だ。総ての被造物は我々が動かす。総ての事象は我々が司る。其れが真実だ」
「ちげーよ」
そう言って【露出狂】は、【純白の剣】を白い床に突き刺した。
「俺たちはもう“自我”を持ってるんだ」
身を守るために屈めていた体を起こしながら、【逃亡者】は言う。
「もうシナリオの通りには動かない……動けないよ」
【愚盲の兄】が、何かに気付いたように目を瞠る。
「だって、僕らの“自我”が、ココロが、僕らだけの歌を歌ってやまないんだ!」
“自我”を持つ者は、誰もが心の内に白金のホーンを持つ。そこから流れ出る音楽は、絶えることが無い。
――その意味で“自我”を持っていると言えるひとは、果たしてどれ位居るのだろうか?
確かなことは、今、この“部屋”で、【代替品】に相対する者達は、各々が確たる“自我”を持ち、絶えない流れを手に入れているということだった。
「――皆さん、謳ってください。当機はそのために存在して居ると、当機の思考回路は結論を出しました」
紙人形を全滅せしめた機械が、背後で守る人類へ告げた。
「意趣返し、か」
【代替品】は悟ったように呟く。
「我々が、我々の創ったものを弄んだように」
パソコンのエンターキーがひとつ叩かれ、燃えていたユーカリの円環が、パッと消えてなくなる。
「今更気付いたの?」
煤けもしない白い床の上で、【調律師】は当然煤ではなく前髪を払った。
「それが真実として、我々がこの椅子から降りるとでも?」
下半身が消えた子供が、椅子の上に載っている。それが片手を挙げたとき、キャラクター達を囲むように、覆い尽くすように、銃がズラリと中空で並んだ。
「撃ってみなさいよ、なにも起こらないから」
【調律師】がこのセリフを言い終わるが速いか、【代替品】が用意した舞台装置達は轟音を降らせた。
「ぅわぁああぁっ」「高機動モード、最大推速」
【ウサちゃん】がウサ耳ごと頭を押さえてうずくまったが、怯える必要なんて無かった。
目にも留まらぬ速さで文字通り飛び回る【最終兵器】が、銃弾の雨へ一粒ずつ、漏らすことなく銃弾をぶつけて相殺していく。
「やるなら今だよ」
破滅的な金属音の雨を浴びながら、【兄】が言う。
「あいつには――あいつにこそ、なにもない。だから、俺たちの持ってるものをぶつければ、あいつは斃せる」
銃弾が届くことは無いという信頼の下、【逃亡者】は【代替品】を見遣る。
「オレたちは、なにかを差し出さなくちゃいけない」
【アポロ】が、突き刺さっている【剣】を見る。
「私たちは、大丈夫」
【兎】は、左手で右手首を握り、握った右手を胸に当てた。
「ぼくらには、“自我”があるから」
【世界樹】の眼差しが、【九十九神】を向いた。
【純白の剣】は、貫く。
【虚の逃亡者】のからだを。
【世界に仇為した世界樹】のからだを。
【純粋渇望のアポロ】のからだを。
【愚盲の兄】のからだを。
【待ち焦がれる兎】のからだを。
【剣】が引き抜かれても、彼らには傷ひとつ無い。跡形も無く吸い取られたわけでもない。
“自我”を持つ者の、白金のホーン。そこから流れ出る不断の音楽は、或るモノを織りあげることができる。
――彼らの“林檎”の果汁を、【純白の剣】は吸い上げた。【剣】は白いままで在りました。
【誰かさん】は言う。
「“自我”。それこそが、【代替品】には無いモノ。……当然だけどね」
【調律師】が、【純白の剣】を撫でて続ける。
「コレは意志を貫くための剣。つまりは、神殺しの剣なの」
「振るうのに相応しいのは、キミだよ」
一般青年でしかない【誰かさん】――【露出狂】は、少し力不足を感じている。
「悪いね。完全にキミの自由ってのを認めるわけにもいかなくてねぇ。ま、悪かないでしょ?」
傲慢で以て、【観測者】に、【剣】を握らせて欲しい。
俺には何も無いけれど
放った矢が、知らん間に遺した足跡が
誰かの目に留まっていたんだろう
灯火は消えたとてまた灯しゃあいい
それを繋ぐのは俺じゃなくてもいい
いつから花を摘むようになってしまったか
ぼくの箱庭に対等なんて無かったか
ただ一輪の花を見て居たかっただけ
きっとそれはぼくを見てはいないけど
ぼくは花し相手になりたいよ
承認と存在に急かされて
掴めもしない月ばかり見上げてさ
オレは忘れてたんじゃなかろうか
車椅子を押してくれるひとを
オレの篤い厚い愛のすべてを
所詮此れは只の道具
理由も意義も記憶さえ
総ては振るう者に依る
ひとつ貫かれたことを言うならば
この剣はずっと白いということ
燃え尽きそうなものを見ていた
命の蝋に視界が霞んでった
目の前が真っ白になった
手遅れだったかもしれないけど
僕の次なら安心でしょ
虚構があなたにとけてゆく
冬の吐息とタバコの煙のように
それらにさしたる違いは無い
だから混ぜ合わせてみてください
それこそが俺の望みですから
鉄の約束に繋がれて
私はいま立っていられてる
あの子の表情はわからない
でもわかってるよ信じてるよ
今の私たちは見つめ合えてるって
新しいサタデーナイトスペシャル
その銃口は己にも向けなければ
それができたなら及第点
さあ歌え謳え、踊れ舞え
当機はそのために居たいから
虚構のご都合に踊らされて
私は糸を絡ませた
だが其れすらも予定調和なら
私は誇ろう、続けよう
白金の音楽絶ゆるなし
揺らいだ第四の境界で
言葉の外の感覚を
あなたは信じてきてくれた
此れは物語でしかないことを
ただただ、口惜しく思う