『起死回生のハウトゥー』
「シナリオ(scenario)」
1.映画の場面構成やセリフなどを順序だてて書き表したもの。映画の脚本。
2.意図された目論見、筋書き。
「脚本」
演劇・映画などのセリフ・動作・舞台装置などを細かく書いた、上演のもとになる本。台本。
「筋書き」
1.物事の大体の内容を書いたもの。特に、小説・劇・映画などの内容の一応の経過を書きしるしたもの。すじ。
2.前もって仕組んだ計画。
(『学研 現代新国語辞典 改定第三版』より)
もっとも、今日においてはゲーム等にも「シナリオ」の言葉が用いられるため、「シナリオ」の意味内容を映画に限定する必要はないであろう。
……シナリオを書くにあたっては、描こうとする物事を文字通り無から創造する必要がある。
どのような世界で、どのような登場人物が居て、どのようなオブジェクトが在って、どのような事象が起こり得るのか。
それらを、シナリオは指示している(ちなみに「ストーリー」は「どのような事象が起こり得るのか」だけを著したものであるため、この点において「シナリオ」と「ストーリー」は区別されるべきである)。
このことから「シナリオライター」とは「“世界”を書き起こす者」に他ならない。
そして、「シナリオ」とはすなわち「世界観」であると言えるだろう。
“世界”への入口たる“扉”が散らばる、白い空間――“部屋”。
その中心に“調律”された主人公たちが集い、彼らの前で、“部屋”の主たる【神】が坐している。
「そろそろ、お別れだ」
冷たい諧謔を顔に張り付けたような子供が、手に『振り翳されるもの』を持って、特に感慨も無い不可解な声で云う。
「特に【調律師】」
集まったキャラクターたちを庇うような位置に居る、その“舞台装置”を、残酷な子供の視線が刺すようだった。
「お前には戯れに自由裁量を付与してみたのだが、其れ故の不可解な行動が多すぎた」
【調律師】は狼狽えるでもなく、ただ首に引っかけられたヘッドホンを指先でもてあそんでいる。
「我々が創ったキャラクター達を、今再び、“アゲハ”として送り出そう」
ワープロに向かうマネキンが席を立ち、赤い虫取り網を振り翳した。
(俺は、帰る場所を見つけないといけない、だから)
(ぼくは、サクラに会いたい、だから)
(オレは、父上達に言わなければならないことがある、だから)
(斬リ刻ミタイ、ダカラ)
(僕は、妹ともう一度やり直したい、だから)
(……)
(私には、あの子との約束がある、だから)
(当機は、どうすれば良かったのかを解明する必要がある、だから)
()
(【神】を、殺す)
主人公たちの自我は重なった。声に出す必要なんて無かった。
金メッキが剥がれた美しきホーンから、音楽は持続し続けていた。
振り下ろされた、禁止色の虫取り網は瞬く間に口を広げ、キャラクターたちを“アゲハ”にするかに思えた。だが――
「キッカケは俺じゃなきゃダメか……クレイジアがやるのはなんか違うしなぁ」
【露出狂】が【純白の剣】を手に、網を切り裂いた。
「何が起きている」
モノリスは忙しなく文字を浮かび上がらせては消してを繰り返している。
「我々に被造物が抗う事象等、無い」
無数の手首が、ペンの代わりに再び網を振り下ろす。
「ムダだ……お前はもう、御役御免なんだよ【代替品】」
ムチャクチャに【剣】を振り回して網を切り払いながら、一般青年は言い放った。
「執筆した事象が発生しない」
六本指の老人は眉をひそめた。
「抗っている? 否、此れは最早……我々の知らない事象が起こっている!」
【神】の動揺を示すが如く、パソコンのキーボード、その打鍵音がけたたましく鳴らされている間に、【純白の剣】によって、キャラクターたちは各々網を抜け出した。
――【神】の支配を、脱したのだ。
「お前達は、何者だ」
【純粋渇望のアポロ】は、確かな両の脚で立って言う。
「オレたちには、自分で選び進むための“自我”がある」
【待ち焦がれる兎】は、手首に鉄の約束を纏いながら言う。
「この“自我”は、私たちは、もう誰にも冒されない」
【虚の逃亡者】は、何も無く、しかし確かに何かを掴んだ拳を見つめて言う。
「俺たちは虚ろなんかじゃない、それを理解した!」
【世界に仇為した世界樹】は、足元に不可能と希望を併せ示す花を咲かせて言う。
「ぼくらはもう、シナリオに動かされる存在じゃない」
【愚盲の兄】は、双眸を見開いて言う。
「僕らは、また大切なものを見失いたくはないから」
【最終兵器】は、武装の安全装置を解除しながら言う。
「これより、当機及び彼らを害する敵性存在の排除を行います」
「我々が描いたシナリオから逸脱して“自我”を手に入れた……?」
六本指の老人の表情が、怪訝から愕然へと移ろう。
「何故、斯様な事象が発生している?」
子供からは、余興を愉しむような雰囲気は消えていた。
「【調律師】、何をした?」
「“他律”された存在に“調律”を施し、“自律”した存在へと変えてゆく」
カン! と、ピンヒールが高らかに鳴り響く。
「――それが、アタシが【誰かさん】に課せられた役割だもの」
文字を書くための色がはためく。完全を示す色がきらめく。
「ブラックボックスの中身を教えてあげる」
右手の人差し指を口元にあてて、彼女は言う。
「アタシは“舞台装置”――“物語”を作者の思い通りに動かす存在」
『第六感』
Reolの楽曲。2021年リリース。