どっちも豚箱
この世で一番簡単にお金を稼ぐ方法は、男を騙すことだ。 欲しい言葉を欲しい表情で言えば、大抵の男は心を許す。
結婚をちらつかせ、絞るだけ絞ったら、捨てればいい。 これまでそうやって生きてきたし、これからだってそうだ。
今日のカモはこの男。榊蒼真誰よりも金払いが良く、誰よりも顔がいい(タイプではないけど)
それにしても馬鹿な男だ。 その気になれば貢がせられる女なんて、たくさんいるだろうに。私なんかに貢いで。
この男も結婚結婚、うるさくなってきたから切らないと。 金払いが良いだけに、少し惜しいけど仕方ない。
結婚詐欺は引き際が大事だ。 どれだけ金が手に入ろうと、豚箱行きじゃ意味がない。 そんな人生、死んでもごめんだ。
まぁ、こいつ程顔の良い男なら、すぐに他の女が見つかるだろう。私に捨てられても3日も経てば忘れるはずだ。
私なんかより何百倍も性格の良い女と結婚して、せいぜい幸せになればいい。
「綾ちゃんと結婚するの楽しみだなぁ。結婚式場とか新婚旅行先、どこが良いかなー」
「私も蒼真さんのお嫁さんになるの、すっごく楽しみ〜」
……ま本当に馬鹿な男だ。
榊蒼真を切って、一週間が経った。 LINEもブロックしたし、電話番号はそもそも教えていない。
偽名を使っていたし、私の写真も撮らせなかった。私はSNSもやっていないし、榊蒼真は私を見つけられないだろう。
……なんか急にシュークリーム、食べたくなってきた。 めんどくさいけど、コンビニ行くか。
「ふっふーん。シュークリーム。シュークリーム」
鼻歌を歌いながら、玄関の鍵を閉めた。
「シュークリーム食べたいなら、買ってこようか?」
「え、いいの?ありが……なんでいるの?」
「彼氏が彼女の家に来るのに、理由なんて必要ないでしょ?綾ちゃん。 ……いや。実愛ちゃんだったね」
「……どこまで知ってる訳?」
「好きな人のことなら、なんでも知ってるよ。 実愛ちゃんの本名、ご両親、友達、元彼、俺以外にカモにしていた男、歴代担任、歴代教科担任、飼っていた犬の名前。俺の前ではキャラメルラテを飲んでたけど、本当はブラックコーヒーが好きなこと。恋愛映画が好きと言っていたけど、本当はゾンビ映画が好きなこと。大好物のシュークリームは体型を気にして、週に一度しか食べないこと。 他には」
「もういい。もうわかった」
「俺がどれだけ実愛ちゃんのことが好きか、少しはわかってくれた?」
「・・・・・・お金は全額返すから、もう付き纏わないで」
「いらないよ。そんなはした金」
「……口止め料として500万プラスで」
「だからいらないって。 俺が欲しいのは、実愛ちゃんだけだよ」
「……悪いけど誰かの物になる気はないの。 お金が要らないなら、さっさと帰って」
「実愛ちゃん。結婚詐欺の罪はね、重いんだよ」
「……脅してる訳?」
「ただ提案してるだけだよ。 刑務所に入り、なにもかも失った後の実愛ちゃんと結婚しても良いんだよ。 俺、気は長い方だから」
「……」
「実愛ちゃん。俺と結婚してください」
榊蒼真が跪いて、待っていた紙袋から花束を出した。
せめて指輪にしてよ。質にいれるのに。 花なんて枯れたら終わりじゃない。
「実愛ちゃん。選んで。 豚箱に入るか、俺と入籍するか」
どっちも豚箱だろ。 ……でも刑務所なんて、絶対に嫌だ。
……………………私は。
私は仕方なく、榊蒼真の手を取った。
「……実愛ちゃん。ありがとう。絶対に幸せにするから」
絶対、すぐに離婚してやる!!
こうして私たちの奇妙な結婚生活は始まった。