仕事終わりの生姜焼き定食
俺の名は"ナイン"、もちろん本名ではない。
年齢は自分でも定かでないが、様々な偽造パスポートでは28としている。
仕事?
それを聞いて生きていられる人間はごく僅かだが、殺し屋を生業としている。
俺は所属している「組織」から仕事を請け負っている。
場所は日本に限らず、北米、ヨーロッパ、アジアと様々だ。
今日もつい今しがた、仕事を終えたばかりだ。
(素晴らしい仕事ぶりだナイン。クライアントも満足している。)
「ありがとうございます。」
仕事を終えた直後、俺は携帯端末から「組織」に任務完了の報告を入れた。
今日の任務は、東京のど真ん中、犯罪者の集う歓楽街で最近幅を利かせ始めた男だ。
そいつは、犯罪者や流れ者、挙げ句に不良や半グレ連中を従え、自分の"帝国"を作ろうとしていたらしい。
だが少々やりすぎた。
そいつの存在は、周辺に地場を持つヤクザ連中からすれば邪魔の何者でもなかった。
表立ったドンパチを避けたいヤクザの親玉達は、繋がりのある政治家伝いに「組織」に依頼をしてきたとの事だ。
俺はそいつが毎晩の様に通いつめているディスコに乗り込んだ。
騒がしい音楽が掻き鳴らされるメインホールを見渡せる2階のプライベートルームにそいつはいた。
スプレッサー付きの拳銃で、手早く部屋の前の手下2人を始末しドアを蹴破った。
そいつと周りの女達は驚いたが、驚き終わる前にそいつの頭や体に5発叩き込んでやった。
女達は金切り声を上げて血飛沫を浴びた。
顔は見られたが、強いショックを受けて、見られていないも同然だ。
さらには駆け付けた別の手下3人も片付け、これで仕事は完了だ。
俺は悠々と現場を後にする。
少し離れれば、騒ぎなんてまるでなかったという感じだ。
カチッ
「ふぅ。」
俺は「組織」への報告を済ませると、タバコに火をつけて歩き出す。
ある場所へ向かう為だ。
よく知らない人間は、俺達の様な人間を完璧だと誤解している。
確かに俺は完璧だ。
仕事でしくじった事は一度もない。
だが、まるで俺達をアニメかマンガの主人公や特撮ヒーローの様に捉える連中もいる。
そんな訳はない。
眠たい時は眠るし、何よりも腹だって減るんだ。
そう、俺は今猛烈に腹が空いている。
暫く歩くと、「田中屋食堂」という看板が見えて来た。
良い感じの古さを纏った、昔ながらのこじんまりとした定食屋兼飲み屋だ。
「らっしゃい。」
薄明かりの漏れる引戸を開けると、年の頃60代の小太りの主人が無愛想な挨拶をする。
時間的に客は少なく、左奥の座敷ではすっかり出来上がった会社員2人が晩酌をしていた。
「いつもの。」
「あいよ。」
俺はネクタイを緩め、革手袋を外しながら右端のカウンター席に腰をおろした。
ここは俺の行きつけだ。
都内で仕事を終えた後はよく通う。
味は申し分ない。
主人俺の前に黙って茶を置いた。
そして俺も黙って茶をすすった。
「あい、お待ち。」
「どうも。」
それから少しして、主人が"いつもの"を運んで来た。
黒い盆には、白飯・味噌汁・付け合わせのキャベツが盛られた生姜焼き・大根と厚揚げの煮物の小鉢、そして漬物だ。
ここに来たら必ず注文する品だ。
「いただきます。」
俺は割りばしを割り、まずは味噌汁に手をつけた。
薄茶色の合わせ味噌で、具はワカメにネギとシンプルだ。
「ズズッ、はぁ。」
疲れた体に染み渡る。
続いて白飯を左手に持ち、メインの生姜焼きに箸を伸ばす。
皿底のタレを絡め、白飯で数回バウンドさせてから口に運ぶ。
濃厚な甘辛さが口内に広がり、噛めば豚の旨みが上塗りされる。
それらが7割方なくなると、白飯を放り込む。
行儀が悪くても、これはやめられない。
いや、誰しもやってしまうだろう。
今度はキャベツを巻いて食す。
先ほどの味に、キャベツの風味と食感がプラスされる。
盛られた上の部分のキャベツは、シャキシャキ感が旨い。
だが底の方の熱とタレでしなったキャベツもまた旨い。
これだけで飯がイケる。
それを繰り返すと、すぐに茶碗は空だ。
「大将、おかわりを。」
主人の手が間髪入れずに伸びて来る。
主人が奥によそいに行っている間に、小鉢に取り掛かる。
黄金色といった感じの出汁に浸かり、大根は出汁と同じ色に染まっていた。
口に含むと、出汁の旨みがじわりと染み出してくる。
そして厚揚げだ。
大根が繊細に染み出すなら、厚揚げは豪快に溢れ出る感じだ。
「あい。」
主人から白飯を受け取る。
一杯目より僅かに少ない量だ。
こういう気配りがこの主人の憎い所だ。
俺は再度味噌汁をすすり、緑色に染まったキュウリの漬物を2~3個口に運び、残りの生姜焼きを白飯と共に胃袋に流し込んだ。
「ふう。」
数分後、俺は空の皿を眺めつつ、茶を飲んで落ち着いた。
「ごちそうさま。」
俺は懐から1000円札を取り出し、カウンターに置いて席を立った。
「まいど。」
これで1000円というのが本当に驚きだ。
店を出た俺は、またタバコに火を着けた。
後は帰って寝る、それだけだ。
遠くではパトカーらしきサイレンが鳴り響いている。
俺の自宅?
それは言う必要も聞く必要もないはずだ。
命が惜しくないならな。




