2 市民をたらしこむ
領地に戻って我が軍の指揮官ベーラと一緒に領主であるおやじに報告する。
「若様のご活躍で味方には損害はありませぬ。正直私の出る幕はありませんでしたわい。」
と言って大笑するベーラ。ごきげんである。
そりゃあそうだろう。近来まれに見る大勝利なんだから。
しかし俺はこう言った。
「いえ…少しやりすぎたかも知れません。戦場での魔法の行使は初めてでしたので加減がわからず…」
俺は謙遜ではなくマジでそう思っていた。味方の兵たちの大半は一般市民。農民や商家の息子がそのほとんどなのだ。
彼らは家に帰って戦場での俺の化け物っぷりを家族や近隣の市民に話すに決まっている。
(せっかく苦労して少しずつ評判を上げてきたってのに)
「わははは! 何を言う。負けたのならともかく、勝ったのであれば素直に誇れよラン!」
おやじはベーラと同じく大笑いで喜んでいる。
「今夜はうたげだ! 城の酒蔵をあけて町の民にもふるまってやれ! わしのせがれの初いくさの初勝利を皆で祝うぞ!」
「は! さっそく準備を!」
(やれやれ…)
おやじははっきり言って貴族ってよりも山賊のボスって感じのおっさんである。
日本なら工場の工場長とか、ドカ…まあ良く言えば気取らない気さくな…うん。
日頃から町へ出て屋台で酒を飲んだり、平民や時には奴隷にも普通に声をかけて話を聞いたりしている。
俺はそれを(市民の声に耳をかたむけて、今後に活かそうってことか)と思っていたのだ。が…
だんだんわかってきた。ありゃ素だ。
マジメに考えるだけ損だ。
(ま、それならそれで、やりようはある)
俺の長年の苦労は無駄にしないぞ。利用できるもんは利用してやる。
夕方になって宴会が始まると城の酒蔵から運び出されたラム酒やハチミツ酒が領民にふるまわれる。これらは俺が日本の知識で開発した酒で、それまではぶどう酒しかなかった。それも赤のみで非常に質が悪く、飲み過ぎると悪酔いするものだった。
(ラムの原料のサトウキビに似た作物を見つけるのが大変だった… そしてそれを栽培してくれるよう農民を説得するのがまた…)
なにしろお隣さんと水源を奪い合うくらいで戦争になるほどだ。このあたりはきれいな川も無いし、土は乾燥していて井戸を掘っても水がほとんど出ない。水質もそんなに良くないし。沸騰消毒しないと腹をこわす。普通にゴクゴク飲める水なんて無い。ぶどう酒を飲むしかしょうがなかったのだ。俺はそんな事情を知って思い出せる限りの前世の知識で人々の暮らしを改善することに努めたのだ。
(だがやっぱり水が欲しいよな…飲めるきれいな水が)
そう思った俺は何年もの間、風魔法を収束した「風のビーム」で地面を削って深い溝を掘り、「火のビーム」で溝の表面を焼いて固めて、数百キロも遠くの山岳地帯から用水…川を引いてきた。毎日少しずつ。
正直めげそうになったのも一度や二度じゃなかった。
しかし領民の、いや俺自身の生活をより快適にするためだ。そしてついに……今日!
「みんなに聞いてほしいことがあるんだ」俺の言葉におやじをはじめ領民たちが俺を見る。
「川を引いてきた。もう水で苦労することは無い!」
そう言って俺は火の魔法で水をせき止めてあった材木を焼き切った。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
轟音とともに大量の水が街のそばを流れ出す。
「おおおおおおおおおおおお」
「川だ…」
「水だあああああああああああああ」
おやじも領民も目を丸くして驚いている。
「これでもう、水で争うことも無い。売るほどあるからな。」
と言って俺は川の水をコップに汲んでゴクゴク飲み干してみせる。
「飲んで腹をこわさない、きれいな水だよ」笑顔でそう告げる。
「………」
「マジか………」
「わああああああああああああああ」
その晩はもう戦のことなんてみな忘れてしまった。領地に水がもたらされたことを祝う大宴会となり、朝まで大騒ぎだった……。
よし。うまくいったぞ。みんなの頭から戦場のことなんかきれいに吹っ飛んだ。
計画どおり……
翌日、俺はおやじに水を「金を取って売る」という話を持ち込んだ。
まずはお隣さんのムーベル家だ。うちの街をはさんで川の反対側に位置するムーベル家には格安、もしくはタダで水を提供して味方につける。これで俺たちの戦力は一気に倍になるってわけだ。
おやじも「いい考えだ」と賛成したのでさっそく使いを出して反応をうかがったら、ムーベル家は二つ返事で了承した。当然そうなるだろう。水も欲しいだろうし、怪物……俺を怒らせたくはないだろうからな。
そして、俺にはまだかくし玉があった。
この水がとぼしい荒野にはうちとムーベル家の他に7つの領主家がある。うち3つは馬車で1~3日くらいの距離だった。まずはこの3家だ。俺はうちとムーベル合同軍をひきいてそれら3領主を数日おきに各個襲った。戦力的には文句なしに優勢だったし、俺の怪物の力を見てあっさり彼らは我が軍門に下り、あとは水を分け与える約束で懐柔して手懐けた。問題はここからだ。
残る4家は馬車で一ヶ月ほど離れた距離にあった。そのうち、3家はこれまでの奴らと似たようなものだが、最後の1家「エアー」家。ここがクセモノなんだ。
遠く離れていたせいでこれまで接触が無く、旅人や商人たちの噂でしか情報が入らなかったのだが、なんでも軍は精強で兵力は大、訓練はおこたりないとのこと。そして詳細は不確かなんだが……
俺と似たような力を持つ者がいるらしい……