ラムジェット零戦かく作られり
南雲機動部隊の真珠湾攻撃からずっと「最強無敵」と言われ続けた零戦だったが、開戦から一年も半年も経つとさすがに「無敵」ではなくなってきた。高高度性能と速度の不足が問題となってきたのだ。
特にその問題を叫ぶのは基地航空隊の面々である。B-17爆撃機の迎撃において、高度5000メートル以上での著しい性能低下のため毎度爆撃を許してしまっているから改善してほしい、と電文綴りの紙がもったいないくらいの頻度で嘆願してくるのだ。
これは早急に改善しなければならない。ということで空技廠に命令が下された。「高度5000メートル以上での零戦の性能低下を低減せよ」
早速空技廠ではこの命令を受領、開発に取りかかった。要は過給器を改善すればいいのだが、そんなに簡単には過給器を開発することはできない。実験を繰り返せどまともな過給器にはたどり着かない。
そして、とある若年技官が口をこぼす。
「なんか火薬でドバーっと飛ばせたりしたらなあ…」
「「「それだ!」」」
「え?」
老年の技官たちが思い付いたのは火薬ロケットである。火薬の燃焼速度を押さえればロケット燃料として使えるではないか。そう考えてからの技官たちの行動は速く、トントン拍子に機体の改造が進み…はしなかった。
「燃焼時間が短すぎる。」
「これじゃあマトモな空戦はさせられない。」
「それに加速度が大きすぎて機体が壊れそうだ。」
問題が山積みだったのである。燃焼時間が短すぎるのは戦闘機の補助エンジンとして致命的で、こんなものを「性能低下の解決策です。」と提示できるわけがない。
「問題は酸化剤か…」
「しかし過酸化水素を使おうものなら液体燃料となってしまい前線の兵隊にいろいろと面倒をかけてしまう。」
老年の技官が唸るなか、例の若年の技官が呟く。
「高速で飛行しているのだから空気から取り入れるのではダメなのだろうか…」
「「「それだ!」」」
…
……
………
完成してしまった。零戦三二-一型、通称「噴進補助零戦」である。胴体横、それも操縦席の横に補助ラムジェットエンジンを取り付けた零戦である。燃料はメインエンジンと同じガソリンで、高度4000メートルでは時速300km/hに達すると起爆に必要なラム圧を得て補助ラムジェットエンジンが起動する。とにかく凄まじい量の燃料を食いはするが、それでも推力が90kgf×2で180kgf増えただけでも今までとは大違いだ。
早速40機ほど製造して南方戦線に送り運用が開始された。爆撃機迎撃で大活躍かと思いきや、文句が重機関銃のように電文で送られてきた。
曰く、
「300km/hでは起動しない」
「そもそも上昇中は300km/hも出ない」
「燃費が悪いとは聞いていたが、たった17分でガス欠になるのはさすがに許容できない」
「速すぎて空中分解する」
「スロットル応答がとにかく鈍い」
「推力が常に0か100」
「音がうるさい」
…その他いろいろ。
空技廠の技官たちはこれらの問題の解決に取り組んだ。
「300km/hでは起動しないとあったが、もしかして南方の空気は薄いのではないか?」
「そもそも上昇中は300km/hも出ないとあったから、もっと低速で起動できなければならないのか。」
「空中分解するのは零戦に空力制動装置がないからでは?十三試艦上爆撃機からもらってくる」
「音がうるさいのは…我慢してもらうしか…」
彼らはとにかく小さいラム圧で起動できるよう、空気取り入れ口をグニャグニャといじくり倒して実験を重ねた。しかし、いくら頑張っても300km/h以下で起動できるものはどうしても小型になり推力が不足してしまう。
困った。困ってしまった。そういうときは例の若年の技官に視線を向ければ何か解決策を口走るかもしれない。
「…なんでしょうかその視線は。」
「だから助け船を求めておるのだよ。」
「小官は若輩者でありますから、推力が足りないならたくさん積めばいいくらいしか考え付きませんが…」
「「「それだ!」」」
…
……
………
完成してしまった。零戦三二-二型、通称「3発補助零戦」である。高度4000メートルでの起動ラム圧を得られる対気速度が220km/h、推力が70kgfの小型ラムジェットエンジンを従来通りの胴体横に左右一発ずつと胴体下に一発の三発装備し、合計で210kgfの補助推力を得る。また減速用に石垣みたいに頑丈な空力制動装置、つまりはエアブレーキを主翼に装備した。
不使用時の空気抵抗は増えるが、より低速で起動できるようになっているから許容してくれるだろう。そう思って早速35機を南方の基地航空隊に送った。
しばらくして基地航空隊から送られてきた電文には罵詈雑言が記されていた。
曰く、
「燃費がさらに悪くなった」
「12分でガス欠とは何事だ」
「スロットルの応答が遅いのが何一つ改善されていない」
「推力が0か1万しかない」
「翼がガタガタいっている」
「うるさい」
「下からの振動が腹に響く」
「振動で小便が漏れる」
「愛機の尻尾が焦げる」
「改善しろとは言ったが、ちがう、そうじゃない…」
などその他同様の文句多数……
空技廠の技官たちはこれらの問題の解決に取り組んだ。
「内地で何度も試験飛行をしたが機体の安全に問題のある振動はなかったはずだ。」
「パイロットへの振動が問題なのでは?」
「なら座席に綿を入れれは多少は改善されるのではないか?」
「小便は…我慢してもらうしか…」
「いや、尿瓶を装備すれば解決できる。」
「尿瓶を装備したとして、どこに尿をためるんだ?」
「空中に放出すればいいだろう。」
「胴体尾部が焦げるのは耐火塗料を塗ればよくないか?」
「燃料混合比がどれくらいがいいかもわかってきたしこれを自動化すれば燃費は少しぐらいはマシになるだろう。」
「うるさいのは…我慢してもらうしか…」
…
……
………
…………
完成してしまった。零戦三二-三型、通称「三発補助零戦改」である。
推力や配置はそのまま、ラムジェットエンジンの燃料混合比を自動制御する機構を装備したことで燃費が多少はよくなった。また座席がふかふかになっていたり、簡易小便器が追加されている。
また50機ほどが製造され、南方の基地航空隊に配備された。
しばらくすると南方の基地航空隊から重機関銃のように電信が送られてきた。
「燃費はよくなった。25分使って帰還する余裕があるとは大したものだ。」
「座席が柔らかいのはありがたい。」
「小便器がついているのは地味にありがたい。」
などと褒めるものもあれば、
「スロットルの応答性は何一つ改善されていない。何が変わったのか。」
「推力が0か100万しかない」
「ちがう…ちがう!そうじゃ…そうじゃない!!」
と文句もあった。
しかし、今度はこの問題を解決することはなされなかった。新型零戦への補助噴進装置の装備や乙戦、いわゆる局地戦闘機への装備などを行うよう空技廠に命令が下されたからである。
しかしこれで零戦の高高度での性能低下問題にはとりあえずの終止符が打たれ、基地航空隊は振動に震えながら敵爆撃機を迎撃できるようになった。
そしてこの噴進補助装置を搭載した零戦が空母航空隊にも配備されるようになると、若手パイロットの生存率向上に大きく貢献した。また、多少防空管制がうまくいかなかったとしてもその高速を以てある程度は対応できるようになったことで艦隊防空の強化に貢献した。
また噴進補助装置は艦上爆撃機や艦上攻撃機にも搭載され、敵機を振り切ることを可能にし、攻撃位置につくことを容易にした。特に彗星による緩降下爆撃機においてはその推力増大による攻撃能力増加は圧倒的であり、時速900km/h近い速度で侵入する彗星を対空砲火で撃墜するとこはマジックヒューズを用いても難しかったようだ。
このラムジェットエンジン、もとい噴進補助装置の大成功により、零戦がさまざまな目的に酷使されるようになるがそれはまた別のお話。
もはやむちゃくちゃだぜ