似合わぬものなどない
よくよく考えると俺はデートというものをしたことがなかった。
その割には随分とプレイボーイな発言を繰り返していた気がするが、俺も男だ、手越のあんな姿こんな姿を見てみたいという欲はある。
そんな気持ちを抱えたまま迎えた土曜の昼下がり。
「ふむ……少し早く来過ぎたか」
予定の1時間前に集合場所であるショッピングモールで、俺は一人そんなことを考えていると、遠くから見覚えのある人間が小走りで来るのが見えた。
「よう」
「お、お前……早過ぎだろ、まだ1時間前だぞ」
「そういうお前も大概早過ぎると思うが」
「いやまあ、遅刻とかそういうのは皆に迷惑を掛けるし」
「流石は主将といった所か、可愛く優しく真面目とは、さては無敵か」
「……褒めても何も出ないからな」
そう言ってジトリとした視線を返される俺だったが、そんな姿すら手越は可愛いのでまるで問題はなかった。
とはいえ。
「まさかジーパンにオーバーサイズのTシャツのコーデとはな」
「えっ! あ、いやその、お、おかしいか……?」
「いや、手越なら似合っているに決まっているが」
「え――あ、ありがと……な」
「ただそれは自分で選んだ服装ではないだろう」
「! な! な! なんでそれを!」
大袈裟とも言えるような驚き方を見せた手越はそのまま後ろに仰け反りそうになった為、俺はさっと手を出すとその背中を支える。
「わ、悪い……じゃなくて何で分かったんだよ!」
「別に難しいことではない。お前があの時書店で読んでいたファッション誌はどれも女性らしいコーディネートばかりだった。そんな奴がどう見ても男っぽい格好をするのは土台おかしな話だ」
「あ――そ、そりゃそうか……」
そこでようやく落ち着きを取り戻した手越はコホンと一つ咳払いをすると、少し気まずそうな表情を浮かべながら姿勢を正す。
それを合図に俺達はモールの中へと入っていくと、手越がポツリと呟いた。
「その、部員の皆から言われたんだ『絶対ボーイッシュな服装が似合う』って、あまりにも言われるもんだから、段々自分でもそんな気がして……」
「まあお前の周囲からの評価はイケメンだからな」
そして自分はこうしたいと思っていても、周りに違うことを言われるとそれが正しいのではないかと思うのはよくある話だ。
だが大衆に迎合すれば間違いなく個性は死ぬ。
とはいえ、現実は迎合している奴ばかりしかいないのだが――問題なのは手越ほどの女がそうなってしまう所だろう。
「たださ、昔からそうなんだ。私って男に混じって遊ぶくらいアウトドアだったから、何なら長髪も邪魔でずっと短くしてて」
「成る程、今に始まった話ではないのか」
「友達どころか、親とか親戚からも言われてたよ『男の子みたい』って」
「だが思春期を境にそれが違和感になり始めたんだろう」
「! ……よく分かったな、足達って勘がいいんだな」
一瞬驚いた表情をみせたものの、手越はすぐに微笑んでそう答える。
「周りが皆恋する乙女になるんだよ。でも私は部活動も大事だったから、中途半端は出来ずにいたらズルズル置いていかれて……」
「その髪型は自分への戒めでもあったか」
「かもしれないな。でもお陰で威厳を保つことは出来たし、ただ――」
手越はメンズ向けのアパレルショップを横目にこう言う。
「自分は一生皆に追いつけないのかなと思う日はよくあるよ」
「そうか……心配しなくともお前は周回遅れではない、速すぎて最下位のケツを捉えているだけだ」
「ま、またそんなこと言って――」
「ほら着いたぞ」
俺はムスっとした手越を制するように指差すと、彼女の足がはたと止まる。
「あれ、ここって――」
「ティーンのレディース向けのアパレルショップだ。幅広い種類の服が取り揃えてあるから色んなコーデを楽しめる筈だ」
「お前、よくこんなの知ってたな」
「手越の可愛さを証明する為なら手加減するつもりはない、昨日から徹夜で全てリサーチした」
「へ~……それはちょっとキモいな」
「感心しながら貶す奴があるか」
そんな会話を交えつつ、俺と手越は店内に入ると服を物色していく。
服を選んでいる時の彼女の瞳は輝いているように見え、あれにしようかこれにしようか悩む姿は実に可愛らしさがあった。
ただし季節は夏の終わり。秋冬物へと様相が変わり始めている状況で何がベストか俺も考えていると、ふと店員の訝しげな視線が目に入る。
「……ふむ」
そうか、やはり普通の人間には彼女が男に映るのか。
なれば奇妙に思うのは仕方がないと言えるが……こんな美貌芸能界を見渡しても有数だというのに何故皆分からんのだろうか。
「なあなあ、この服はどう思う?」
「ん? 半袖ニットか、ならこのティアードスカートを合わせるといい」
「? あ、ああ、分かった。店員さんすいませーん!」
『え? あ、はい! 少々お待ち下さい!』
声色で手越が女性であると気づいた店員は慌てて駆け寄ってくると、試着室を案内し、手越は中へと入り着替え始める。
そして数分もしない内にカーテンが開け放たれると、スカートを揺らした手越が少し恥ずかしそうに姿を現した。
「ど、どうだ……?」
「ああ、凄く似合っているぞ、清楚な仕上がりになっている」
「ほ、本当か?」
「そもそもスタイルがいいからな、着せられている感がないのは強みだ」
「へへ……あ、実はさ、このワンピースも気になってて――」
「そうか、ならそれも試着してみよう」
そしてまた着替えるとカーテンを開く手越。しかし今度は若干表情が険しい。
「うーんー……これはちょっとダメだったかな」
「いや全く悪くないと思うが。ただそうだな……このキャップを被ったらどうだ」
「え? でもワンピースにキャップなんて……あ、結構良いかも」
「髪型が気になるならそういう方法もある。加えてワンピースの甘い感じが消えてカジュアルさも出てくるから一石二鳥だ」
「! ――……。じゃ、じゃあ、あのオーバーオールは――」
「それか、まあ似合う筈だが着てみるといい」
「む……その言い方はなんか嫌だ、ちゃんと見てから褒めてくれ」
「は?」
何故か急に不機嫌になった手越は、そのまま紺色のオーバーオールを手に取ると荒々しくカーテンを閉めてしまう。
なんだ。手越に似合わない服など無いに等しいのだから、執拗に確認する必要はないと思ったのだが……。
「まあ、楽しんでいる相手に対して今の発言は野暮だったか」
それよりもこれからの予定はどうするか、メイク道具を見に行くのも悪くはないが、服のように自由に試せる訳ではない。
そもそも、手越はメイクをしたことがあるのだろうか。
もし無いのであれば練習用に安いものの方が――
「あー怖い怖い。というか、私のせいみたいにされたらマジで困るんだけど」
「――……ん」
そんなことをぼんやり考えていると、やや喋り声の大きい数名のグループが店内に入ってくる音が聞こえてくる。
本来、それは何の変哲も無い状況であるのだが――妙に嫌な予感がした俺は椅子から腰を浮かせると視線を背後へと向ける。
すると。
「おい……面倒過ぎるだろ」
そこにいたのは、小林高の女帝猪頭様と愉快な仲間たちだった。