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足達亜由美という姉

「……ん? 何だ姉じゃないか、帰っていたのか」

「お、裕貴おかえり~、どう? 学校は楽しかった?」


「そうだな、実にエキサイティングな1日だった」


 その日の夜。


 俺は家に帰ると、長女である足達亜由美あだちあゆみがソファで寝っ転がりながらスマートフォンを弄る姿を見つけていた。


 姉は小林高を卒業と同時に上京し現在大学2年生。学生生活を謳歌する傍ら、最近はモデルとしても名を残しつつある。


「姉の方こそ東京を楽しんでいるようだな、随分と垢抜けている」

「そりゃこれでもモデルやってますから、最近はSNSを介して案件も貰うようになったしねー。あ、今度焼肉奢ってあげようか?」


「ホルモンなら喜んでご同行しよう」

「相変わらずウザい味覚してんねアンタ」


「人の舌をウザいと言う奴があるか」

「とはいえ、アンタのその感性のお陰で私はモデルをやれてるんだけど」


 そう。


 姉にモデルとしての仕事を勧めたのは実は俺なのである。


 ただ俺はそれを言ったことを全く覚えていない。


 姉曰く、俺が幼少期の頃に『10年後にモテる』と言ったらしいのだが、どうやらそんな子供の戯言を本気で信じていたらしいのである。


 そして上京を皮切りに今の仕事を始めてみた所、あっという間に階段を駆け上がり、今に至る。


「しかし姉もよくそんな言葉を覚えていたもんだな」

「覚えていたというより、実の弟にそんな訳分かんないこと言われたら忘れる筈がないって言った方が正しいよね」

「確かに、人が人ならぶっ飛ばされていてもおかしくない台詞だ」


「ただ高2の終わりぐらいから急に周囲が見る目が変わり始めてねえ、『これはもしや?』と思って美意識を上げたらこれってワケ」


 その年齢は丁度子供っぽい顔から大人な顔へと変わり始める時期である。


 つまり俺は約10年後の姉の顔がイメージ出来ていたことになるのだが、はっきり言って異常である、当然ながら今の俺にそんな能力はない。


「いやーアンタ凄いよマジで、プロデューサーとか向いてんじゃない?」

「言いたいことは分かるが、俺は見た目は良くても傲慢な人間のケツを毎日拭いてやれるほどお人好しではなくてな」


 因みに姉が自覚した通り、俺は高1くらいから姉が人とは違う可愛さを持っているのは分かっていたが、敢えて口にしていなかった。


 理由は簡単、調子づいた姉に弟としてメリットがないからである。


「はーそろそろ大手から案件とか来ないかなぁ……あ、そうだ、最近裕貴の目から見てさ『この子は可愛い』って子はいないの?」

「なんだスカウトでもするつもりか」


「ライバル増やしてもしょうがなくない? 単純に興味があるだけ。ほらあの子とか、えーっと名前なんだっけ……あ、そうそう猪頭さん」

「猪頭を知っているのか?」


「後輩からちょっとね、その子有名なんでしょ? アンタ的にどうなのよ」

「平均以上とは思うが、それだけだな」


「ぷっ! 厳しー、でも予想通りの回答で満足満足」

「おい、俺を試したのか」


「そんなつもりはないけど、私もモデルやるようになってからアンタ程じゃないけど分かるようになってきたのよ、メイクと才能の違いって奴がね」

「東京はどちらも兼ね備えた人間が集結する場所だからな、否が応でも目が肥えるのは分からんでもない」


「まあね。ただアンタそういうこと本人に言っちゃダメよ? 女の子にとって正論なんて一番無用の産物なんだから」

「それは有り難い助言だが、既に手遅れなものでな」


「え、アンタもしかして言っちゃったの?」

「いや、そういう訳ではないのだが――」


 と、そこで俺は事の成り行きを説明すると、話を終えた所で姉は「は~なるほど」とある種呆れにも似たような声を上げた。


「裕貴ってカーストみたいなの昔から疎いからねえ」

「疎くはないが、同じ学校同じ年齢という時点で上下など無いからな。それならキワモノと言われ敬遠される方がまだ理解出来る」


「それはそうなんだけどさ」

「いずれにせよ直接異議申し立てもせず、コバンザメを投げつけてくるなら俺も相応の対応をするしかないという話だ」


「ま……アンタ理不尽に対しては絶対折れないもんね。でもいくら揉めても暴力を振るうのだけはナシよ? 私の面子にも傷が付くから」

「心配しなくても女には手は出さん。男の場合は適宜対応するが」


「んーまあそれはいいや、でもアンタ殺しそうだからねー」

「強キャラの横にいるサイコキャラか俺は」


 とはいえ、姉がそう言うのも理解できないことはない。


 高校1年まで面白さだけで続けていたジークンドーは子供が習うと言えばの空手や少林寺拳法とはかなり毛色が違うものがある。


 一言でいえば何でもアリの武術、そんな道場が最近まで近所にあったのも相当珍しい話だが、そこに10年通っていては危惧されるのも当然と言える。


「まあ、そうならないことを祈るばかりではあるが」

「でもそんなことしながら手越さんをデートに誘うのはどうかと思うけど」


「それとこれとは話が別だろう。それにまだ確定した話では――ん?」


 そんな話をしているとバイブ音がした為、俺はポケットからスマートフォンを取り出すと絶縁した筈の首藤くんから連絡が入っていた。


『口だけ三銃士の一人、サッカー部補欠の堀口くんが鼻山先輩にお前の悪逆非道っぷりをチクったとのこと、線香も上げてやれないことを許せ裕貴』


『勝手に殺すな、取り敢えず鼻山とやらの情報を寄越せ、それだけでいい』


「……全くあの男は――まあいい、奴も罪悪感はあるのだろう」

「ん? なになに、カチコミでも決まったの」


 姉は至極どうでもよさそうな感じを出しながらも、一応心配と取れる発言をしてきたので、俺は少し言葉に迷う。


 ……まあ、念の為確認だけは取っておくか。


「姉よ」

「何ですかい」


「極論だが、俺が額を床につけ頭を踏まれている姿と、俺が額を床に付けさせ頭を踏んでいる姿、姉はどちらが好みだ?」

「んー? そうねー……」


 随分と唐突な質問である筈なのだが、姉は大凡の意味を察したのかうーんと唸りながら天井を暫し見上げ続ける。


 そして数秒後視線を俺に向けると、こう言うのだった。


「そこに矜持があるならどっちでもいいんじゃない」


「そうか、なら学校一可愛い子とのデートは無期限延期となりそうだ」


「あらま、そりゃ残念」

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