真っ直ぐな手越くん
「証拠写真を抑えてたなんて、よくバレずに出来たな」
「ん? まあ撮っていないからな」
「はぁ!?」
俺はただ事実を述べただけなのだが、手越は素っ頓狂な声を上げるとそのまま一歩二歩と後ろに後退りをし始める。
「おい、その先は階段だから気をつけろ、学校一可愛い手越を傷つけてしまっては俺も立つ瀬がなくなる」
「あ、わ、悪い……って、またそんなこと言って私を――!」
すると申し訳なさそうな顔から一転、今度はムッとした表情になる手越。
前にも感じたことだが、中々喜怒哀楽がはっきりしている奴なんだなとぼんやり思いつつ俺はこう口を開いた。
「何だ、手越は『可愛い』と言われるのが好ましくないのか」
「え? い、いや……そんなことは……で、でも、そんなこと誰からも言われたことねえから、だったら馬鹿にしてるようにしか聞こえないだろ」
「だが俺は可愛いと思ってる、それでは駄目か」
「っ! ……で、でも、キワモノだから……」
会心の一撃である。
流石にそれを言われると俺も返す言葉がない。
「ぐうの音も出ん」
「あ! いや! で、でも、嬉しいとは思ってるからな! ただ――可愛いってのはやっぱり皆がそう思って初めて成立するものだろ」
そうだろうか? 逆に周りの見る目がないという発想もあるのではないか思ったが、そんな考えに意味がないことは一番俺が理解している。
結局証明が出来なければ誰も、本人すら事実に気づくことはない。
ならば、あの話を提案してみるのも一つの手なのだが――
「……いや、彼女を巻き添えにするのは面白くない」
「?」
「取り敢えず話を戻すとしよう。俺はあいつらが財布の盗む様子は目撃したが、記録には収めていない。理由は簡単だ、俺がそんなことをしていたら周囲が気づいて犯行が未遂に終わるから、それだけでしかない」
「あ――そっか、お前皆からその……敬遠されてるもんな……」
「別に言いにくそうにしなくて構わん、嫌われている自覚ぐらいはある」
何にせよ、数の暴力を最小限に抑えるのならこの方法が最良だった。
田口のような矮小な男ならハッタリも通用するだろうと思っていたしな、実際それは上手く嵌った形となった。
「で、でもよ、何でお前は猪頭さんのことを『かわい子振るな』とか『高飛車ブス』とか『勘違い女王様』とか言っちゃったんだよ」
「何だそれは、そこまで言った覚えはないぞ」
「皆がそう言ってたぞ、陰で酷い悪口を言ってるって、猪頭さんじゃなくても怒って当然だと思ったんだが……」
どうやら首藤に唆されて口にした『手越よりは可愛くない』が想像の斜め下の解釈されてしまっているらしい。
確かにこんな些末な男が、そんな誹謗中傷を高らかに発していては全クラスメイトが敵に回っても致し方ない、一体誰がそこまで曲解させたのか。
もし猪頭本人が吹聴しているのだとしたらとんだお笑い草だが、あり得なくもないのが猪頭萌香という女であるから恐ろしい。
「藪を突いたらメ◯ウェザーが出てきた気分だ」
「でも『そこまで』ってことは近しいことは言ったんだろ?」
「ん? 猪頭を批評したのは事実だが、それだけだな」
「批評って?」
「手越に比べれば猪頭は可愛くないと言っただけだ」
「な! な! な! お、お前何言ってんだよ!」
「事実だからしょうがあるまい、俺は建前があまり好みでなくてな」
「か、かもしれないけどよ……!」
「だからお前にはもう一つ謝罪しなければならないことがある」
「もう一つ……? まだ一つ目も聞いてないんだけど……」
そういえばそうだったか。とはいえ今伝えるべきは一つだけでいいだろう、あまり色々喋っていると昼休み時間が終わってしまう。
故に俺は今一度手越の方に向き直ると、頭を下げてこう伝えた。
「事実を変えるつもりは無いが、結果として手越に被害が及んだことに関しては、本当に申し訳なかった」
「……それは」
田口の最後っ屁からも分かるように、手越への評価がアンチ足達に伝わっている可能性はゼロではない。
つまり現状は俺だけで済んでいても、いずれ手越に及んでしまう危険性はゼロではないということ、故に謝罪は当然のものであった。
ただ、それだけでは責任を取ったことにはならないだろう。
「だからもし今後、お前が嫌な思いをすることがあったらその時は全力で俺を非難しろ、何なら停学に追い込んでも構わん」
「! ……」
実際手越にはそれだけの権利はある。
だからこそ俺はそこまで言い切ったのだが。
「……いや」
手越はポンと俺の頭の上に手を置くと、こう言い出すのであった。
「そんなことはしねーよ、絶対に」
「しかし」
「その、何ていうかさ、足達って正直なだけで嫌な奴じゃないんだって分かったから。それに、そんなことしたら私が嫌な気分になるだけだし……」
そう言ってくしゃりと笑う手越に、俺は彼女の人となりを垣間見る。
……顔も可愛ければ心も綺麗とは、俺が最上級のイケメンで誰とでも付き合える立場なら手越以外の選択肢が無いのだが。
だのに彼女が争奪戦にならん理由が益々理解出来んと、俺はうんうんと頭を唸らせていると、急に手越はムッとした顔をし始めた。
「というか! 寧ろ私ああいう陰湿なことをする奴の方が嫌いだ! 不満があるなら直接言えばいい、話し合えば分かることだってあるだろ」
「それは土台無理な話だな」
「なんでだよ」
「目的がそこにないからだ」
田口らの目的は『猪頭と良好な関係を持ちたい』『弱者を甚振って充足感を得たい』この2点以外にはないのである。
そんな相手と『人には様々な考えがある』という和解を得るのは天地が引っくり返ってもあり得ない。
だからこそそれ相応の態度を取ったのである。
「何なら猪頭はそれを全て理解した上で田口らを泳がせただろう。そして自らは決して手を下さず潔白でいる――推測の域は出んがな」
「あ……でもそれ、案外当たってるかも」
「? 心当たりがあるのか?」
「傍から見ての話でしかねえけどその、猪頭さんって高飛車に見えるけど『ここぞ』っていう時の決断は自分でしない気がして」
「ほう?」
「それこそ文化祭もヒロイン役はほぼ猪頭さんで決まってるけど、自ら立候補したというより周りに言わせたような感じだったし……」
確かに言われてみるとそんな光景があった気がしないでもない。
つまり何事においても『自分の責任ではない』と言える場所に身を置いておきたいのが猪頭という人間な訳か。
「しかしそれが事実なら猪頭は一層攻勢を強めるかもしれんな、周囲が自分の望むものを運んで来た経験があるなら尚の事」
「それは……」
「だから手越、お前は俺とは関わらないようにしておけ」
「え」
「今の俺は事故物件のようなものだ、そんな人間と絡んでもデメリットしかない、だから手越は知らぬ存ぜぬで今まで通り――」
「そ、それは出来ねえよ! 目の前で困ってるのに無視なんて――!」
「いや別に困ってなどいないが」
「え?」
困っているというよりは面倒と言った方が正しいかもしれない。
正直自分の考えを不本意に捻じ曲げられるくらいなら孤立していても一向に構わないのである。
ただ実害というのはその都度対処が必要になる、だから面倒なのだ。
「で、でもよ――」
ただそれを伝えることは彼女の懇意を無下にし過ぎている気もする。
しかし巻き添えにさせる訳には……とむず痒そうな表情を見せる手越を見ながら思っていると、ふとあることを思いついていた。
「……そうだな、なら一つお願いをしてもいいだろうか」
「! なんだ!? 私に出来ることなら何でも言ってくれ!」
「俺とデートをしてはくれないだろうか」
「おう! 任せ――って、へえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!??」
読んで頂きありがとうございます。
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基本それが書き手の栄養分なので……(栄養失調)