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手越遥との邂逅

「おい裕貴、お前上履きどうしたんだよ」

「ああ、どうやら盗まれたらしい、絶賛被害届を提出しようか考え中だ」


「そらご苦労なこって」


 首藤は呆れたような声を上げると俺の前の席へと座る。


 そしてすっと顔を近づけてくると、こう耳打ちをするのだった。


「……A棟3階の男子トイレのゴミ箱の中、やったのは同じクラスの田口で動機は猪頭さんに気に入られたい一心での突発的行動」

「ほう、ダサい男もいたもんだな」


「実際ダサい男さ、テニス部じゃ補欠の部員に高圧的な態度を取りまくって、そりゃ見事な裸の王様気取りさ」

「俺なら生きてるのが恥ずかしくなる話だ。まあしかし、猪頭からすればそれほど使いやすい馬鹿もいないだろう」


「クラスの隅にいる奴が粋がってんじゃねーよって話!」


 すると遠くの席から田口らしき声が高らかに響き渡る。


 どうやら俺に聞こえるように言ってるらしい。どうせなら直接言って来ればいいものを、まあそんな気概がある男ではなさそうだが。


 そんなことを思っていると、首藤が眉間に皺を寄せていることに気づく。


「なんだ、どうかしたか」

「……お前、全然動じてないんだな」


「動じる? 一体何にだ」

「いや……はっきり言うが、お前イジメられてるんだぞ」


「だろうな」

「だろうなって……」


 俺や首藤とよく話していたクラスメイト、いやクラスの人間の多くが俺に背を向け始めている時点で鈍感な俺でもそれぐらいは分かる。


 まあ、原因は概ね分かってはいるが。


 するとそんな俺の視線に気づいたのか、首藤は両手を横に振り始めた。


「言っとくけど俺じゃねえからな」

「言わせたのはお前だがな」


「それはそうだが……あんなの身内で収まる筈の雑談だろ、まさか本人の耳に入ることまで想定してねえよ」

「だが田口宜しく猪頭に貢物を献上したい輩があの中にいたんだろう」


「まあ……その可能性は否定出来ないが」

「それか猪頭一派に盗み聞きでもされたか」


 いずれにせよ俺の寸評が猪頭の耳に入ったという事実は変わらない。


 俺も迂闊であったと反省をする他にないだろう。


 そんなことを思っているとやや神妙な面持ちになった首藤がこう言い始めた。


「……なあ裕貴、ここは素直に猪頭さんに謝った方がいいんじゃないか」

「どういう意味だそれは」


「非を認めてしまえって事だよ、お前だってこの状況を潔しとしている訳じゃないだろ、このままだと靴を隠される程度じゃ済まなくなるぞ」

「ふむ、確かにこれ以上面倒になるのはお断りだな」


「だろ、実際誰もが猪頭さんをこの学校で一番可愛いと言っているんだ。大体お前は審美眼がねえんだから意地なんて張らずに――」

「だが圧力に屈して事実を捻じ曲げる気は毛頭ない」


 俺は小林高で最も可愛い女子生徒は手越であると確信している。


 悪いがあのポテンシャルは尋常ではない。前にも言ったように猪頭が可愛くないというつもりはないが、それはあくまで『手越がいなければ』という話だ。


 しかし、現状では俺の言う事など誰も信じないだろう――


「おい……意見を曲げないのは結構だが、迎合することも一つの処世術だぞ」

「そういうお前は俺と呑気に話などしていていいのか、猪頭の忠犬があろうことか敵側に懐くなど餌抜きでは済まないと思うが」


 無論首藤が猪頭に忠誠を誓える立場ですらないことは分かっているが、言う通り彼女が影響力を持つ以上迎合することは賢明ではある。


 故に現状の俺といても得は一つも無いと思ったのだが、首藤は厭味ったらしい笑みを浮かべるとこう言うのだった。


「そりゃ、お前を売って猪頭さんにお近づきになりたいからな」

「成程、それは最高にダサいな」


「ま、そういうことだから、大人しく投降した方が身の為だぜ」


 そう言うと首藤はスッと俺の前から離れていく。


「…………」


 首藤という男は噂好きでミーハーではあるが人でなしではない。


 つまりある程度情報を得た上で俺に忠告しているのだろう。


 お前では分が悪いと。


 しかし折れるつもりがないとなれば、猪頭軍団からの集中砲火は避けられない、なれば『そこまで可愛くはない』言い逃れの出来ない事実を突きつけるしかない訳だが――


「……取り敢えず上履きでも回収しに行くか」


       ◯


「……教科書は燃やされたりするんだろうか」


 その日の帰り道。


 書店に立ち寄っていた俺は参考書を手に取りながらそう呟いていた。


 何分孤立した経験は数知れないが、実害を受けたのは初めてである。


 腐っても小林高は進学校である為無法地帯にはならないと思うが、猪頭という女が未知数である以上悠長にもしていられない。


「首藤の言い方からして、誰も俺の肩など持たんだろうしな――ん」


 そんなことを考えながら俺は参考書を手にレジへと向かっていると、レジから向かって左手にある雑誌コーナーに一人の小林高生がいることに気づく。


「あれは、手越か」


 短髪では少し不釣り合いな制服姿で、雑誌を立ち読みする手越遥。


 読むのに夢中なのか俺には全く気づいていない。

 さぞかし面白い作品なのだろうかと思い、俺はそっと覗き見てみると。


 それは何の変哲もない普通のファッション雑誌だった。


「『あの大人気美容系ライバーがオススメする100均コスメ10選』――」

「うえぇっ!!?」

「あ」


 決してそんなつもりはなかったのだが、うっかり漏れ出た声に俺が側にいることに気づいた手越は、慌てふためき尻もちをつきそうになる。


「な! な! な! ……」

「落ち着け、ここは書店だ。まずは静かにしろ」


「し、静かにって……お前が驚かせたんだろ!」

「それもそうか。悪い、そんなつもりはなかった」


「ま、全く――……って、あれ? お前――」


 すると、相手が俺だと気づいた手越の眉間にきゅっと皺が寄り始める。


 警戒されていることは言うまでもなかった。


「お前……『ウザい、キモい、酷い』の足達じゃないか」

「あんまり過ぎるだろ」


 人をうまい、やすい、はやいみたいに腐す奴があるか。


「いや、私はそこまで思ってねえけど……皆がそう言ってるから」

「だとしても何かは思っていそうだが……まあいいだろう」


「というか、私に何か用か? 悪いけどもう帰るぞ」


 お前との会話など無用だと言わんばかりの素っ気ない態度に猪頭の可憐な裏工作が機能しているのだなと実感するが、俺は構わずこう言った。


「ん、ああ、手越もそういうファッション雑誌を読むんだなと思ってな」


「え? ……あっ! い、いや! こ、これはその……」


 自分が手にしていたものをすっかり忘れていたのか、雑誌に視線を下ろした手越は、急に顔を真っ赤にさせるとそれを後ろに隠す。


 別に見られて疚しいことはないと思うが、彼女的には不都合だったのか敵意剥き出しの視線を向けられるとこう言い出した。


「何だよ、私がこういうのを読んだらおかしいっていうのか?」

「いや、別に女の子ならそれぐらい当たり前じゃないのか」


「え……あ、そ、そりゃそう……だよな」

「まあ、お前は可愛いから読まなくてもいいとも思うが」


「へ? えええっ!? か、可愛い!?」

「何だ、学校で一番可愛い自覚がないのか」


「~~~!!??? な、な、な……ば、馬鹿にしてんだろお前!」


 怒っているのか焦っているのか、感情が忙しなく動き回る手越は少し声を大きくして俺に詰め寄って来た為、思わず身を引いてしまう。


 事実は時に人を傷つけるというのは理解はしているものの、こと手越に関しては褒めている以外の何物でもない。


 だがキワモノと揶揄される以上、俺の言葉は信用ならんのだろうか。


「別に馬鹿になどしていない。可愛いから可愛いと言ったまでだ」

「は、はぁ? も、もしかして……お前今告白でもしてるのか……?」


「は? そんなつもりはないが」

「!!!! やっぱり馬鹿にしてんだろ!」


「あ――」


 結局。


 徹頭徹尾事実を述べたものの最後まで手越に信用されなかった俺は、客や店員が振り向く程の声を上げられてしまうと、プンプンという擬音が実に合う態度で帰られるのだった。


「「「…………」」」


 そして一人書店に残された俺に、痛々しく突き刺さる視線。

 完全なる失態に流石に申し訳なくなり、俺も帰ろうとしたのだが。


 迷惑をかけたまま帰るのは忍びない。故に俺は手越の読んでいた雑誌を手に取ると、そのままレジへ向かったのだった。

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