不器用ながらも一緒に
秋も深まりを見せる頃。
俺と遥は放課後カフェに立ち寄り、コーヒーを啜りながら特に何を話すでもなく過ごしていた。
いや正確に言えばどう話すか迷っているというべきか。
「…………」
実は、明日は遥の誕生日なのである。
とはいえその事実を知ったのは昨日押耳から連絡を受けたからであり、それまでは全く意識していなかったのだが……。
しかし、やはり恋人であろうとなかろうと、知った以上は彼女にプレゼントを渡したいというのは純粋な気持ちとしてあるものだ。
故にそれとなく欲しい物がないか訊こうと遥を誘った訳だが――
「ん~~~~……」
下校している時から遥の様子がどうにもおかしい。
正直この様子では俺からそういった話を切り出すのは難しいだろう。それに彼女が悩んでいるのであればそれを訊くことの方が優先事項ではある。
「どうかしたのか? 俺でいいなら話は聞くが」
「……え? あ、ああ……何ていうのかな……その、実は最近髪を切りたいと思っててさ」
「髪を?」
確かに今の遥の髪は夏頃と比べるとかなり長くなっている。
ショートボブと言える程長くはないが、それでも女子らしい髪の長さにようやくなって来たと言える程度ではあるだろう。
無論それは遥がお洒落をするようになった為――な筈なのだが。
「部活動で邪魔になったのか? パフォーマンスに影響が出るのであれば早急に切った方がいいとは思うが」
「いや、そういう訳じゃないんだ、このくらいの長さならそこまで影響はないよ。何というか寧ろ問題は学校生活の方でさ……」
「学校? ああ……そういうことか」
俺はその言葉を聞いて納得したような声を出す。
当然でしかない話だが、以前のバレーの練習試合からも分かる通り彼女の人気は今凄まじいことになっている。
それはかつての猪頭を凌駕していると言えるほど。
ただ遥は猪頭のようにその状況を好ましく思うタイプではない。
無論俺や押耳も気にかけてはいるが、無理に周囲を押さえつけては無用なトラブルを招く、結果的に彼女にかかる負担が増えるのは紛れもない事実であった。
「やっぱり――これがずっと続くのは疲れが溜まるよな。有名人がよくプライベートがないって言うけど少し分かった気がするよ」
「キツいなら無理はしなくていいからな。俺はお前の心が何より心配だ」
「ありがとな――でもなんつーかなぁ……私はいつどんな時でも裕貴に一番可愛い自分を見せていたいんだよなぁ……だから悩むっつーか」
「それは――嬉しい限りな話だが」
あーお洒落ってこんなジレンマを抱えないといけないものだったのか……と遥は呻き声を上げならそう言うとテーブルに顔を突っ伏した。
「…………」
俺は遥がどんな姿であったとしても愛せる確信しかない、それは紛れもないことだ。
だがそれを言う事は何か違う気がした俺は上手く助言をすることが出来ず、結局プレゼントも何が欲しいか訊けずじまいに終わるのだった。
○
「姉よ」
『なんじゃい』
その日の夜、俺は関東へと帰った姉に電話をしていた。
目的は勿論遥についてのことである。
「承認欲求の塊である姉に訊くのは本来違うかもしれないが――」
『前置きが失礼極まりないなこの弟は』
「やはり女性というのは好意のある人間の前では常に綺麗でありたいものなのか?」
因みに俺は姉に遥と付き合っていることは話していないが、質問が質問であるだけに何となく察しはついたのだろう。
一つ『あー』と声を上げると、続けざまにこう言うのだった。
『そんなの当たり前でしょ。言っとくけど好きな人の前でお洒落しなくなったら別れる寸前か熟年の夫婦かのどちらかだから』
「……成る程な」
『あんたはそういうの気にしないかもしれないけど、言わばそれが愛のバロメーターみたいなもんだからね、何かしてあげようと思ってるならそこは尊重するべきよ』
「そうか、分かった、助言感謝する」
そこで俺は姉との通話を切ると、ふうと小さく息をついた。
「――つまり遥のバロメーターはカンスト以外の何物でもない訳か」
なれば、そんな男として歓喜な状態を無理に下げる真似は間違っても出来ない。
だが遥にとってのジレンマが解消しないのは――
「そういえば……小林高の校則は割りと緩い方だったな」
○
「あれ? 裕貴?」
翌日の夕方。
俺は遥の家の近くで待っていると、部活動を終え帰ってきた遥が姿を現した。
「悪いな、急に押しかけて」
「いや、それはいいんだけどよ……ただ今日は先に帰るからって言ってたからさ。用があるなら連絡してくれれば良かったのに」
「まあそれは尤もなんだが――……らしくないとはいえ、こういうのはやはりサプライズ的な方がいいのではと思ってな」
「こういうの……? あっ――」
そう言って差し出したプレゼントに、遥は小さく声をあげる。
「誕生日おめでとう、遥」
「あ、ありがとう裕貴……でも、誕生日を言った覚えはないような」
「実は押耳から聞いたものでな。まあ本当は直接訊くべきではあったのだが……その辺なあなあになってすまなかった」
「いや私も言っていなかったからさ――でもありがとう。すげえ嬉しい」
遥はそう言うと少し照れくさそうに笑ってプレゼントを受け取る。
取り敢えず喜んでくれたことに俺は安堵していた。
「それにしても、随分と小さな箱だな……なあ、開けてみてもいいか?」
「勿論だ、気に入ってくれれば何よりなのだが」
「裕貴からのプレゼントならどんなものでも気に入るに決まってるだろ――あ、もしかしてこれってネックレ……ってええええええぇぇぇぇ!!!??」
すると。
包装を剥がし、箱を開けた所で遥が実に慣れ親しんだ悲鳴を上げる。
しかしながら、そうなるのも無理はない話である。
何せ俺が遥にプレゼントしたのは――
「ゆ、ゆ、指輪って……!」
「まあ深い意味はあるのだが」
「あるのかよ!」
「無論遥の誕生日を祝いたい、それが大前提ではある。ただ昨日最近色んな人に声を掛けられて少し疲れるといった話をしていただろう」
「え? ああ……そうだな、無下には出来ないから疲れるとは言ったけど」
「だからその指輪を薬指に付けて欲しくてな」
「へえっ!? それが何の関係が――――あ」
そこで遥も意図に気づいたのか、ようやく少し落ち着きを取り戻す。
そう。これは女性が使う防衛手段なのだ。
つまり指輪を薬指に嵌めることで『私には夫がいますよ』と暗に男に理解させる。そうすれば余程の無鉄砲者でない限り手出しをしてこなくなる。
ただし遥は当然妻を騙れるような年齢ではない、だがそれでもその不自然さは『彼氏がいますよ』と伝えることは出来るだろう。
まあ実際いる訳なのだが――しかしこれで遥はお洒落をしながら相手を牽制出来る。
「確かにこれなら負担は減るかも…………裕貴、その――」
「ただ」
と、そこで俺は居住まいを正すと、視線を遥へと向けた。
何故なら、伝えるべき言葉はそれだけではなかったからである。
けれどもその言葉を口にするのは少し緊張する。
それでも彼女がそれを体現しているのであれば、俺もちゃんと口にすべきだろう。
だから俺はこう言った。
「俺はその指輪を誕生日兼防衛策として終わらせるつもりはない」
「! それは、つ、つまり――」
「ああ、遥との生涯の幸せを、約束させてはくれないだろうか」
若気の至りだの、若造が何をと思われても仕方ない発言ではあるが、俺は本気である。
それ程までにこの数ヶ月、俺は手越遥という女性に何度も惚れ続けた。
だからこその素直な想い、しかし先の未来は必ずしも思い通りになるとは限らない、だからこその約束ではあったのだが――
「こ、コホン」
相当なまでに顔を赤くしていた遥は一つ咳払いをすると、こう言うのだった。
「そ、そうか、そう言うなら責任は取って貰わないと……な」
「む? ……責任、だと?」
「く、口だけなら何とでも言えるだろ? 永遠の愛を誓い合うならそこは、や、やっぱり然るべき責任を行動で取るべきだと思うけどな」
「それは――その通りだな」
では契約書の準備を――と馬鹿なことを言うつもりは流石にない。
言われてみれば、俺と遥は『ソレ』をしたことがなかった。
恋人同士であれば真っ先にするであろうソレを、全くしてこなかったのは妙な話ではある。
いや、それ程までに遥と過ごす時間というのは、ソレと同じくらい心踊る経験ばかりだったからなのだろうか。
いずれにせよ、永遠の愛を誓う上で必須事項ではある。しかし。
「ソレを責任と呼びたくはないな」
「へ?」
「そんな形式ばったものではなくただ好きだからしたい、では駄目だろうか」
「それは――……当たり前に決まってんだろ。つうか、私もそうだよ」
「良かった、なら」
「うん――」
そう言って俺は遥の肩にそっと触れると、ゆっくりと顔を寄せていく。
全く、どうして俺達はこう肝心な時に不器用になるのだろうか。
だが、それでいいのかもしれない。そうやって俺達は出会ったのだから。
ならば、これからもそう歩んでいった方が上手く行くだろう。
きっと、いや必ず。
「……裕貴、顔赤過ぎ」
「学校一完璧な美少女相手だから当たり前だ」
これにて完結となります。
最後まで読んで下さった読者の皆様には心からの感謝を、本当にありがとうございました。
いやはや……珍しく反省が多い作品になってしまいました。
読者の皆様をもっと楽しませられたのではと自問自答が物凄いです(白目)
加えてタイミング悪くリアルが忙しくなり安定した更新も出来ず、申し訳無さで一杯です。
それでも楽しんで下さった読者の皆様のお陰で完結まで進めることは出来ました。
読者様の力は偉大ですね、何度救われたことか……。
こんな私ではありますが、またご縁がありましたら宜しくお願い致します。
それでは、また。




