終わりよければ
「まじ…………か」
翌日、時刻は昼過ぎ。
正確に言えば2回目ではあるのだが、恋仲になってからデートというのはこれが初めてであった。
故に昨夜から俺と手越の盛り上がりようはまさに有頂天である。
やはりこれぞデート、というものがしたいという思いはお互い強く、色々と調べ上げた結果『海演館』という水族館に行くことに。
「これは……迂闊だったな」
サマージャケットを身に纏い、普段はしないお洒落に精を出し、何なら姉からも助言を貰い、死角など皆無の布陣を構築済み。
さあ後は手越と一日を謳歌するだけである。
そう、意気込んでいたのだが。
「よりによって今日が休館日なんて……」
現地に着いた時点でその目論見は秒で崩壊していた。
「ふむ……確かに公式サイトには休館日の変更が記載されているな」
「ああ~……ちゃんと確認しておくんだったぁ……」
手越は両手を膝に付けるとガックリと肩を落とす。
そう。実は俺達は海演館の公式サイトではなく、所謂『デートをするならここ!』的なサイトを見て決めていたのである。
加えて海演館はこの圏内に住む者であれば非常に馴染みが深い。
となれば、大丈夫だろうという判断になるのも必然ではあった。
「とはいえ、起きた話をとやかく言っても仕方あるまい。幸い今はまだ昼過ぎだ、ここは切り替えて別のスポット探すのが賢明だろう」
「! そ、そうだな! 別にデートが終わった訳じゃないんだからな!」
「ああ、それにここから30分程度の場所にひらやまパークがある。遊園地は次回の予定だったが――ここは急いで向かうとしよう」
「おう! こうなったら全力で楽しんでやるからな! 覚悟しろよ!」
しかし。
そんな意気込みとは裏腹に、俺達のデートプランは崩壊の一途を辿り続ける。
「天気の急変に注意とはあったが――」
最寄り駅へ着く直前になって、無情にもゲリラ豪雨見舞われる俺と手越。
雨雲レーダーで調べれば約1時間は止む気配はない。
「なんでこのタイミングで……」
あまりの不運の連続に手越の顔が露骨に落ち込む。
次第に悪い空気が俺達の間に流れ始め、流石にこれはどうにかしなければと思ったのだが――途端手越は頬を二度ほど平手で叩くと、瞳の奥にある炎を消さぬままこう言うのだった。
「いや! これはきっと神のお告げって奴だ! 実は水族館より遊園地よりも素晴らしいスポットがあるって教えてくれているんじゃないか!?」
「――ほう。それは良いプラス思考だな。確かに初デートでこれだけのトラブルに見舞われるのは少し奇妙に思わなくもない」
「だろ! よーし――なら次は映画館だ!」
恋はいつでもハリケーンという言葉にもある通り、俺も手越もそう簡単に諦めるつもりはない。
故に電車を乗り継ぐと、俺達はあの時猪頭とひと悶着があったあったモールへと移動する。
「流石に映画館でイレギュラーに巻き込まれることはないだろう」
日は大分傾いていたものの、これで何とかデートらしいことが出来ると、安堵感を覚えながらいざ乗り込んだのであったが――
「ホラーはちょっと……」
「それ以外だと思想が強すぎるだろ」
今すぐ入れる作品は時期が時期だけにホラー系か、上映後に思想が偏りそうな癖作品のみ。
いくら後が無いとはいえ、そんなものでは楽しい気分のまま帰れる筈もなく、気づけばお互いに何を言うでもなく自然とモールを後にしていた。
「…………」
「…………」
そこから先のことはよく覚えていない。
ただ気づいた時には俺と手越は地元の駅構内で呆然と立ち尽くしていた。
「……折角の初デートだったのに」
「――すまない手越。俺としたことがもっと徹底的に調査すべきだった」
「いやいや! 別に足達は何も悪くねーよ! というか誰が悪いって話じゃないし! 私だって、私の方こそちゃんと調べれば――」
そう言いかけて「はぁ……」小さく溜息をついた手越。
そこにプラス思考だった時の面影は何処にもない。
「…………」
しかしながら、それでも尚プラスに捉えるのであれば、これから幾度と起こるかもしれない失敗が運悪く一番最初に回ってきたと考えることは出来る。
寧ろ手越はそういう考え方をしたかっただろう。
だがこれが恋人同士となれば話は別である。
最初であるからこそそれが嫌な思い出であってはならない、しかしこの時間帯ではもう――
「――――……ん? 手越、ちょっと待っててくれるか」
「え? あ、ああ……全然大丈夫だけど」
「悪いな、すぐに戻るから」
そう口にすると俺は小走りでコンビニへと入る。
そして窓越しに見つけていたとあるものを購入し、手越の前に戻ってくると。
「……? あ!」
と彼女は破顔一笑したのだった。
○
「わぁ……」
雨はすっかり止み、少し肌寒さを覚える時間帯。
しかし手越が手に持つすすき花火がそれを一瞬にして和らげていく。
「綺麗だな……手持ち花火なんて何年ぶりだろ」
「中学の頃にしたことはあるんじゃないのか」
「いや、中学生の時は今よりもっと部活に打ち込んでいたからさ、こうやって夜中に遊ぶことなんて殆どなかったんだよな」
「そうだったか、なら存分に楽しむといい」
「ばか、こんな量一人で遊べる訳ないだろ、足達も一緒に」
そう言って手越が渡してきたのはタコの絵型の花火。提灯のように持ち火をつけると4箇所から火花が吹き出しくるくると回り始めた。
「ほう、こういうギミックのあるタイプは子供心を擽られるな」
「よし、じゃあ私はこのパワフルそうな奴で!」
河川敷には人が殆どいないこともあり、自由に周囲を使えた俺達は片っ端から花火に火を付けては遊んでいく。
「うわっ! ははは!」
「えい! 煙玉! 雲隠れの術ってな!」
「うわああ! ねずみ花火ってホントこえーよな……ふふ」
まるで童心に帰ったかのようにはしゃぐ手越に、昼間の時の暗い表情は何処にもない。
コンビニで売れ残っていた花火を見て咄嗟に思いついた苦肉の策ではあったが……手越が楽しんでくれているのであれば万事解決である。
やはり手越は笑っている姿が一番相応しい。
そうこうしている内にあっという間に時間は過ぎていく。
「あ……もう後はこれだけか」
「そうだな、しかし締めはこれしかないだろう」
そう口にし、俺と手越は線香花火を手に取り火をつけると、パチパチと優しく燃え上がる火種をぼんやりと眺める。
すると、それが心を穏やかにするキッカケになったのか、手越はこんなことを言い始めた。
「――――ありがとな、足達」
「? なにがだ」
「花火、買ってきてくれたことだよ。正直花火をする前まで落ち込みまくってただろ私。だからどうにか楽しいデートで終わらせようとしてくれたんだと思ってさ」
「あんな不運が重なっては仕方あるまい。第一、それは俺も同じことだ」
「ふふっ――だとしたら表情に変化がなさ過ぎるぞ」
「それは昔からだからな、許してくれ。それに――花火に気づいたのは偶然でしかないしな」
「偶然でも想っていないと気づけないさ、だからありがとう足達」
手越はそう言うと優しく微笑んで見せる。
だが今度は何やらモジモジとし始めた。
「……?」
「あ――足達」
「なんだ?」
「その、さ――足達は何で私の告白を受けてくれたんだ?」
「ん――……そうだな、まあやはり顔が――」
「お、お前……まあそれはいつも言ってることだけどさ――」
「だがそんなものは数ある中の一側面に過ぎない」
「え?」
「そんなものだけで好意を持ったりしないということだ。俺は手越の不器用だが真っ直ぐな所や、どんな人間に対しても思いやりを持とうとする優しさとか――上げればキリがないが、お前は小林高生が持っていない部分を沢山持っている、だから好きになった」
「――! ……そっか、そこまで同じだったのか」
言ってしまえば俺にとって手越は理想以外の何者でもない。それでいて学校一可愛いとなれば、本来は俺が告白しなくてどうするという次元の話である。
まあ結果的に両想いだった訳ではあるのだが。
すると、そんな俺の言葉に対し手越はふっと満足げな笑みを見せる。
「……もしかしたら、私と足達はそういう宿命だったのかもしれないな」
「運命ではなく宿命か、それは最高で――おっと」
そう口にしようとした瞬間、線香花火の火種がほぼ同時に水の中に落ちる。
それはデートの終わりを告げる合図のように思えた。
「……そろそろ頃合いか、名残惜しい所ではあるが帰るとし――」
俺はそう言って立ち上がろうとすると、ふと目の前に手のひらが差し出される。
それが一体何を意味するのか、言うまでもない。
「裕貴」
「ああ、遥」
故に俺は躊躇なくその手を取ると、消火した花火の入ったバケツを持ち立ち上がる。
そこから、彼女を家に送り届けるまで俺達は一度も手を離すことはなかった。




