実は思い込み?
「うーん……なんか……なーんかやらかしてる気がするんだよなぁ……」
土曜日の昼下がり、カフェにて。
その日の私は、朝からずっと調子が悪かった。
体調がというよりは気分の問題というか、モヤモヤとした気分が拭えない感じで、束の間の休日を無為に過ごしていることだけは間違いなかった。
「……無事演劇で大賞も取って、大変だった文化祭も終わってようやくまともな休みなのに、何がどうなればそんなお通夜みたいな顔になれるのよ」
「えっ! あ、ああ……ご、ごめんおしみー……その――」
「何? もしかして王子様との結婚生活がもう倦怠期なワケ?」
「は!? い、いや、あれは物語の中の話だろ!」
「でも足達と付き合ってるのは事実なんでしょ」
「いや……まあ……その……筈なんだけど……」
「……?」
私の反応におしみーは不思議そうな表情を浮かべる。でも正直なことを言えば私だって同じような顔をしたい気分だった。
「……本当に何かあったの? 話なら聞くけど」
「いや特別何かあった訳じゃねえんだけど――その、普通さ、付き合うってなったら『好きです』『はい、こちらこそ』みたいなやり取りがあるもんだろ?」
「? まあ……それが一番ベーシックな告白ではあるわね」
「でもその……自分がオブラートに包んだのもあるんだが、私と足達の場合、そういう明確なやり取りみたいなのは無くてさ……」
「――『今日は月が綺麗ですね』みたいな話ってことかしら」
「それが一番的確な気がする……」
何ならそれ以上に分かりにくいものだったかもしれない。言ってしまえば今までしてきた会話の中に暗に意味を込めたみたいな感じだったし……。
ただ、あの返事は意味を汲み取ってくれたと思ったんだけどなぁ……。
「まあ確かに何でもはっきりモノを言う足達には、もしかしたらあの言い方は分かりにくかった可能性はあるわねえ……」
「え? おしみー――?」
「あ、ああいやいや! 『月が綺麗ですね』みたいな抽象的な言い方じゃ伝わらないわよねって意味よ! 別にそれ以上も以下もないから」
「……?」
何だか強引にはぐらかされた気がしたけど……今はそこを掘り下げている場合じゃないから話を戻すことにする。
「だからその、付き合うって形になってから3日は経つ訳だけど……恋人っぽいことをしているかと言われたら別に今までと変わらなくてさ……」
「あまり学校内でそういう関係性は見せるものではないと思うけれど……でも一緒に下校したりとかはしてるんでしょ」
「そうしたいのは山々なんだがあの一件と文化祭もあって、私も足達も色んな意味で凄く注目を浴びるようになったから……」
何処へ行くにも声をかけられてしまうような、そんな毎日。
無論足達はいつも気にかけてくれてるんだが、言う通り交際は公にしている訳じゃない。
私もこれ以上騒ぎになるのもいけないと思って、必要以上に接しないようにしていたから、勿論思い込みの可能性もあるにはあるんだけど……。
それに自分から連絡して確認すればいいと言えばそれまでだけど、もし本当に伝わっていなかったらと思うと怖くて何も訊けずじまい。
「もし私が一人舞い上がってただけだったら……」
「あれだけ興奮冷めやらぬ状態で私に報告して来てたのにね」
「お、おしみぃー……」
私は思わず半べそをかいたような声を上げてテーブルに突っ伏してしまう。
「まあ遥の願いと人生を変えてくれた人だから、そんな人に伝えた想いがただの責任の一環でしたで終わるのは酷な話ではあるわね」
「うう……ちゃんと好きだって言っておけば良かった……」
私に道標を与えてくれたことだけじゃない。
不器用だけどブレない精神とか、でも優しくて、何があっても守ろうとしてくれる姿とか。
そんな足達の全てに私は惹かれていたんだ。
でもいざ想いを伝えようと思うと、急に照れくさくなっちゃって、気づいたらあんな中途半端なことに――
「も~……私のオタンコナス野郎……」
「ただ足達って付き合う前から遥に対して――……って、あら? ……ねえ、ちょっと」
「な、なんだよぅ……」
「そんなに後悔があるなら、直接今足達に確かめてみたらどう?」
「何いってんだよ……今更それが出来たら苦労は――」
「何だ、俺がどうかしたのか」
「――――って、うええええええええぇぇぇぇ!!!??!?」
そんな都合の良い話があるのかというくらい、全く予想だにしていなかった声に私は素っ頓狂な声を上げてしまうと椅子から転げ落ちそうになる。
「おいおい危ないな手越、怪我したらどうする」
「な、な、ななな何で……」
「奇遇ね王子様、どうしてまたこんな所に?」
「その呼び方は止めろと言っただろ全く――いや、姉に使いを頼まれたものでな」
「成程ね、ayumiさんは元気しているの?」
「元気があり過ぎて困っているくらいだ、そういうお前達は何故ここに?」
「え? ――あ、い、いや、ええと……その……」
足達は私の目見て質問をしてきた為、思わずドキリとしてしまう。
無論その答えはおしみーと遊んでいるから、だけなんだが……そんなことを言った所で私の目的は一切達成されることはない。
だからここはおしみーの言う通り今真意を訊くしか……幸い座っている場所はテラス席でお客さんも殆どいないし――……。
「あ――あの……」
でも、いざ口にしようとすると緊張と不安が押し寄せてしまい上手く言葉が出てこない。
(ど、どうしよう……だけど訊かないことにはいつまで経っても――)
なのに言わないとと思えば思うほど怖じ気付き、あれだけ足達から貰った筈の勇気をまるで発揮出来ないまま、モジモジとしてしまう私。
ああ、やっぱり駄目かも……と殆ど諦めかけたその時だった。
「――――手越」
ふいに足達が顔を近づけて来たかと思うと耳元でこう囁いてくる。
「明日、時間はあるか」
「え? あ、ああ……明日は特に何もないけど」
「急で悪いんだが、デートでもどうかと思ってな――」
「へっ!? な、何で……?」
「? いや、猪頭や文化祭の余波もあって思うように動けなかった側面もあるのだが――」
と足達は前置きすると、少し微笑んでこんなことを言うのだった。
「付き合って数日何もしていないというのは、流石の俺も我慢の限界なものでな」
「! ――……う、うん、分かった大丈夫。明日、絶対空けとくから」
「そうか、ならまた連絡する――すまないな押耳、遊んでいる所を邪魔して」
「いんや? 寧ろ邪魔してたのは私みたいだから」
「そんな訳がないだろう――おっと、店員に呼ばれたようだから俺は先に帰らせて貰うとしよう、では失礼する」
「はいはいまたね」
そう言って足達は私達の元から離れていくと、レジでコーヒーを受け取りあっという間に帰っていってしまう。
でも、私はそんな足達の姿を見ている最中も、ずっと呆けたままだった。
何せ。
「遥? おーい、遥――」
「…………ふふ」
「あ……こりゃ駄目ね、完全に有頂天になってるわ」
おしみー曰く、私は凄く気持ち悪い顔をしていたらしいから。
次回デート編




