足達というキワモノ
思えば俺が『キワモノ』だのと揶揄される片鱗は幼少期からあった。
例えば園児の頃。
『ゆーくん今日の晩御飯はハンバーグにしよっか』
『はんばーぐ?』
『そう、子供は皆大好きだもんねえ』
『ふうん……ぼくはかにみそが好きだな』
『え? ああ前の……ゆーくん蟹が好きだったのね』
『いやかにみそ、ぼくはあの磯感が好きだ』
『ゆ、ゆーくんは味覚が大人なのねえ……』
とか。
『ぼく野球始めたんだ! しょうらいの夢はプロ野球せんしゅ!』
『わたしはピアノやってるわよ、今度コンクールなの』
『おれは空手だぜ、せんせいがきびしくてたいへんだけど……』
『わたしはダンスはじめたんだよねー』
『わーかっこいいー。あ、ゆうきくんは何か習い事してるの?』
『ジークンドー』
『え?』
『家のちかくにジークンドーの教室があるからそこにかよってる、なかなか楽しいからみんなもやってみるといい』
『い、いや……別にいい、よくわかんないし』
など。
上げるとキリがないが、俺は昔から皆が好きだと呼ぶものをあまり好まず、一般的には中々選ばれないものを選択する傾向があった。
とはいえ俺はそれが好きなのだからどう言われようとあまり気にしてこなかったが、こと学び舎においては多数派の話題について行けない人間は大方輪に入ることが出来ず、俺はしばしば孤立していた。
まあ特にそんなことを気にする人間でもなかったのだが。
ただ成長するについて話の中心というのは好きなものばかりでは無くなってくる。中学高校となってくるとそれなりに普遍的な学生生活を送っていたのだが――
「なあこのクラスで可愛いと思う女子って誰だと思う?」
「え? い、いやーどうだろうな……」
「お前……もしかして好きな人がいるのか!?」
「ち、ちげえよ! 大体そういうお前はどうなんだよ!」
「そうだなー、俺は押耳さんかな」
「あー、お前お淑やかそうな女子好きだもんなー」
「首藤は誰が可愛いと思うんだよ」
「んー? 俺はやっぱり猪頭さん一択だな」
「お前……それはズルいだろ」
「こういうのは敢えて猪頭さんを入れない上で話してるに決まってるだろ」
「でもよ、猪頭さんみたいな子と一度出会ったら流石に無理だろ?」
「まああの可愛さはNo.1と言っても過言じゃないからな」
「俺達じゃ到底届くことのない高嶺の花だ」
「つまり付き合う前提じゃないなら猪頭さん一択だよ。じゃあ次は裕貴」
「む? 俺か」
男であれば一度はする他愛のない会話を、ぼんやり聞いていたことが現在へと繋がる事件の発端となった。
「おい馬鹿か首藤、キワモノに聞いても参考になんねーだろ」
「まあそう言うなよ、逆に面白い回答が聞けるかもしれないだろ」
「それは確かに、じゃあ足達はこのクラスなら誰を選ぶんだ?」
「……そんなもの、手越一択に決まっているだろう」
「ぶっ!」
俺は嘘偽りなく正直にクラスで一番可愛いと思う女を述べたつもりだったのだが、何故かその場にいたクラスメイトが一斉に吹き出す。
「て、手越って……!」
「よりにもよってそことは……流石はキワモノの足達……」
「は?」
「裕貴……そこは嘘でも猪頭さんと言った方が自分の為だぞ」
諭すかのような表情を浮かべながらそう口にする首藤に若干鬱陶しさを覚えなくもなかったが、この男はこう続ける。
「いいか裕貴、お前の見る目の無さを今更言うつもりはないが、手越さん……いや手越くんは小林高全男子生徒の中でNO.1のイケメンだからな?」
「何を言っている、手越は女だろう」
「そうじゃなくて見た目の話だよ足達」
「あれを可愛いと形容出来るなんて相当ヤバいぞお前」
「そこまで堂々と言えるのが逆にすげえよ」
まるで鬼の首でも取ったのかと言わんばかりに口々に俺を嘲笑するクラスメイトに、流石の俺も一旦その視線を手越へと移す。
「いやさ、正直私が主人公役なんて荷が重いって……」
少人数で、いつも同じグループで固まって話す手越は、確かに女子用の制服を纏っていなければ男と勘違いしそうになる雰囲気はある。
だがその顔は俺が見てきた小林高の生徒の中で誰よりも可愛い、メイクをせずあのクオリティならしたら一体どうなるのかと期待が膨らむ程である。
しかしどうやら、彼らにはその認識が無いらしい。
「そんじょそこらの男子では相手にならない程のイケメンだ、王子、プリンス、男役スター、シャイニーズ系アイドルと呼び名は数知れず」
「そういや文化祭の演劇は手越くんが主役で決定だったっけ?」
「来週推薦と投票で決めるらしいが、手越くんは隠れ女子ファンも多いからな、俺達も異論はねえし、ほぼ確定だと思うぞ」
そういえばそんな話もあったなと、俺はふと思い出す。
残暑も終わり過ごしやすい季節となる中、約1ヶ月後には文化祭がある。
2日間に渡って行われるのだが、その2日目、我ら2学年は演劇を行う。
一応審査も行われ、銀賞金賞大賞と順位付けがされる為、イベント好きな体育会系が息巻くのは言うまでもなく、同時に手越遥が主演のポジションを得るのも当然であると、俺も異論は無かったのだが。
それが男役だと言うのであれば話が変わってくる。
「ま、何にせよ誰の目から見ても手越が可愛いとはならんのだなぁ」
「因みによ、裕貴から見て猪頭さんはどうなんだよ?」
ニヤニヤと薄ら寒い笑みを浮かべながら、そう問うてきた首藤に俺は嫌な予感を覚えたが、取り敢えず視線だけを黒板付近いる猪頭へと向ける。
「大賞なんて余裕じゃない? レベルが低過ぎでしょ」
耳横付近から毛先をウェーブさせたロングヘアに、技術が遺憾なく発揮されたメイク、お洒落の玄人と言わんばかりの女。
そんな彼女はクラスの中で一際大きなサークルを形成し、相変わらず自分はスターなのだと言わんばかりの眩い立ち振舞いを見せ続ける。
因みに交流は殆どと言っていい程に無い、だが同じクラスになったその日から俺は彼女の存在を好意的に捉えたことは一度もなかった。
だからという訳でもないが、建前が苦手な俺ははっきりとこう言った。
「化粧が上手ければあれぐらいは普通だろう。悪いが手越よりは可愛くない」
猪頭を可愛くないとは流石に言わない、だが間違いなく手越の方が可愛いのだという事実を知らせる意味でも俺はそう言ったのだが。
「ぷ……キワモノの癖に何処からそんな自信が湧くんだよ……」
湧き上がったのは煩くなるのを必死に堪える笑い声だけであった。
「…………」
まあどうせこうなるだろうと思っていたので何も思いはしないが……悲しい言い方をすれば慣れてしまったとでも言うべきか。
故に俺はそれ以上何も言うことはなく、雑談は終了したのだったが――
触らぬ女神に祟りなしとでも言うべきか。
どうやらこんな有象無象の戯言でも、猪頭萌香という女は木端微塵になるまで追い詰めたいと思うような人種だったらしい。