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暗躍上手な押耳さん

 翌日。


 小林高における我がクラスの様相と言えば、昨日程の騒がしい程のトーンでは無くなっていた。


 かと言って依然のような空気感に戻ったという訳でもない。


 寧ろピリついているとでも言うべきか、見えない何かが行き交っているようなそんな雰囲気が朝から漂っていた。


(それにしては、随分と早いような気もするが)


 手越を学校一可愛い女の子へと変貌させ、ヒロイン役で立候補することで猪頭を打ち負かす計画は実質的に昨日始まったばかりである。


 いくら隠れ猪頭アンチが一定数いたとしても、隠れである以上基本的に波風を好んで立てる連中ではない筈だが……。


 そう思っているとスマートフォンに通知が入る、相手は手越だった。


『昨日おしみーに協力をお願いしたんだけど、もう実行に移したって……』


『猪頭に親でも○されたのか押耳は』


 一体どんな手立てを使ったのかは見当もつかんが、つまるところこの雰囲気を構築したのは他ならぬ押耳によるものということになる。


 まさかここまでノリノリだったとはな。


「……ん」


 すると、ふと視線を感じ顔を上げると、そこには眼鏡姿に手越とは正反対のロングヘアの少女が、腕組みをしながら右手をサムズアップしていることに気づく。


 何とまあ、実に頼もしい奴だ。


 だがヘイトが集まり過ぎるのも良くない、その辺は追々話しておくとしよう。


「そろそろさー脚本とか考えない? 大体殆ど役は決まってるんだし、早く作った方がより圧勝出来るんだしさ」


 そんなことを思っていると、今度は先日直接対決を終えたばかりの猪頭様の声が聞こえてくる。


 相変わらず自信に溢れた声でクラスの中心は自分だと言わんばかりの立ち振舞をしているが、その台詞から鑑みるに以前程の余裕はないように見える。


 きっと己の立ち位置に危機感を覚えているのだろう。でなければ大賞確実と言える面子が揃っているにも関わらず、脚本に固執する意味がない。


 つまり文化祭で結果を残し、何としても面子を保ちたいのだ


「まあそれが叶わずして終わるのが、俺達の策なのだが――……?」


 すると、教室の後ろ側の扉から誰かが覗き見ている感覚が走る。


 しかもその視線は妙に威圧感があり、俺はその相手に気づかれないよう目線だけをそちらに動かすとそこにはあの鼻山の姿があった。


(……猪頭め、まさかまだあの男を利用するつもりか)


 ただ猪頭一派の中で一番の武闘派と言えば奴しかいないのは事実。


 他の男衆は俺と鼻山の一戦を間近で見て尻込みをしていると首藤から聞いているし、そうなればあの男しか使えないのも理解は出来るのだが……。


 ……猪頭が同じ手を使うとはどうにも考え辛い。


「どうやら、兜の緒は締めた方が良さそうだな」


       ○


「では中間報告といきましょうか」


 その日の昼休み。


 俺と手越、そして首藤と新たに加わった押耳の4人は、昼食も兼ねてB棟にある屋上へと繋がる扉の前に集まっていた。


 その中で自然と仕切り役となったのは押耳、可愛らしい弁当箱から出てきたタコさんウインナーを突くと彼女はそう切り出した。


「えっ、おしみー、まだ半日しか経ってないぞ……その、取り立てて報告すべきことなんて別になかったと思うんだが……」


「それがある意味報告になるんじゃない。実害を受けていないということだから」

「それは……でもそれでいいのか……?」


「問題はない。寧ろ今の手越はあまり目立つ行動をすべきではないだろう。大人しく、だが虎視眈々と本番に向けてメイクの鍛錬を積めばそれでいい」


「そ、そう言うならまあ……」


 別に蚊帳の外にしているつもりはないのだが、仲間として協力出来ていないと思ったのか、少し不満そうな表情で手越はそう答える。


 だが手越は俺達にとって切り札も同然なのだ。しかしそれは同時に猪頭達にとっても切り札となり得てしまう可能性があるということ。


 ならば手越の為にも、出来る限り矢面に立たせる訳にはいかない。


「それにしても押耳、隠れ猪頭アンチをこちら側に近づけたのはお前と聞いているがあまりにも早過ぎるな、一体どんなマジックを使ったんだ?」


「マジック? 別にそんな大層なものは使ってないわ、私はただ『機』を待っていた、それだけ」


「機?」


「あの勘違い女に対抗出来る人間が現れた時に、援護射撃の準備はいつでも出来ていたという意味」


「成程、つまり最初からその気はあってもリスクを負う気は無かったということか」

「当然、現れなければ自己防衛の手段として持ったままにしていたまでよ」


 となれば致命的なダメージは与えられないが、形勢を崩せる程度の猪頭ネタをこの女は地道に貯めていたということか。


 中々どうして、小林高生というのは侮れんらしい。


「まあそこは敢えて深く訊かないようにしておこう。あまり俺を持ち上げるような真似はして欲しくないが、引き続き援護射撃は頼む」


「やるとしても文化祭の役決めまでの間なんでしょ? ならそこまで物理的に無茶は出来ないから、心配は要らないわ」


「そうか。なら最後は諜報部の首藤の話を聞くとしよう」


「そうだな。特筆すべき程のことはないが、やっぱり猪頭の周囲は前よりピリピリしてるな」


「何を言ってるの、本人が苛立ってるんだからそんなの当たり前じゃないかしら」

「いやそうなんだが、その割には周りが過剰過ぎるっつーか……」


「ふむ……首藤。悪いが今日中に『猪頭と色恋の噂があった』人間を全て洗って貰えないか」


「え? まあ……それぐらいなら多分出来ると思うが」

「? そんなのが何か関係があるの?」


 食事終えた押耳は腕組みをしながら俺達の話を聞いていたが、首を傾げて話に割って入ってくる。


「モテる女は簡単に男を狂わせるという話だ」


「ふうん……成程ね、そういうことなら私の方でも調べておこうかしら。でもそれが想定通りだったとして足達はどうするつもりな訳?」


「そうだな、話の通じない男ならぶっ飛ばすだけだ」

「そりゃ最高。なら前みたいにならないよう手回しはしといておくわね」


 そう言うと押耳はご機嫌な表情を浮かべて床から立ち上がり、これ以上は無用とばかりにあっという間にこの場を後にする。


 その背中は、今や猪頭よりも大きく見えるものがあった。


「……押耳がいれば、手越に対する心配は不要かもしれんな」

「んじゃ俺もそろそろ行くぜ。あんまり遅いと疑われても困るしな」


「ああ、くれぐれも猪頭に取り込まれるんじゃないぞ」

「馬鹿いえ、俺は女の子に踏まれたい願望はあるが、利用されて捨てられるのは趣味じゃねえんだ」


 いや、つまりただのドMだろそれは。


 しかし首藤そのまま謎に格好をつけたまま教室に戻っていってしまう。


 その背中はやけに頼りなく見えた。


 まあ、信用出来る存在であるだけ、良しとしておこう。


「さて、俺達も早めに戻るとしようか。では俺は奥の階段を使って戻るが、手越はそのままこの階段を使って――何だ、どうかしたのか」


「そ、その……」


 特にこれ以上話すこともないので、俺は解散を提案しただけであったのだが。


 やけにモジモジという言葉が似合う表情で、何やら言い淀む手越。


 だが――次の拍子には意を決したかのような表情になると、手越はこんなことを言い出すのであった。


「あの! わ、わ、私と付き合ってくれないか!?」

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