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姉はayumiさん

「お前とんでもない騒ぎになってるぞ」


 週明けの月曜日。


 俺は移動教室等で使われるB棟にて、人気のない場所を選んで一人景色を眺めていると、首藤が小走りで俺の元へと駆け寄ってきた。


「なんだ、誰かと思えば裏切り者の首藤くんじゃないか」

「そこは二重スパイと言ってくれ」


「どちらのスパイにもなれていたとは思えんがな」


 俺はそう口にすると一つ欠伸をして購買パンを齧る。


 普段はこんな昼食のとり方はまずしないのだが、今日は諸事情により戦略的撤退を余儀する外になかったのだった。


 理由は無論この男の台詞通りである。


「あの鼻山先輩を子供扱いしただけで騒然となってるっていうのに、まさかお前が無茶苦茶美人な彼女がいたなんて聞いてねえぞ」


「お前に言うつもりなどまずないからな」


「な……お前のキワモノ精神を理解してやっていた男は小林高を見渡しても俺だけだったと言うのに……そりゃあんまりだぜ兄弟」


「ただ笑い者にしていただけだろ兄弟」


 とはいえ、こうやって態度を豹変し始めたのは何も首藤に限った話ではない。


 というのも、俺は朝から猪頭派とは少し離れた関係に位置するクラスメイトから質問攻めに遭っていたのである。


 まあ、質問は基本好意的なものばかりではあったが……しかしこうも日和見な態度を取る輩ばかりとなると流石に俺も疲れてしまう。


 だからこうして気を休めていた訳なのだが――


「こんな生活を好んで出来る猪頭は、ある意味天才かもしれんな」


「しかしまさかこんな展開になるとはなぁ。あの女帝猪頭様が敷いた包囲網を打ち破ってしまうなんて普通あり得ない話だぜ」


「俺以外にも被害者がいたとでも?」

「お前程じゃないが、少なくとも彼女にここまで反発出来た奴は一人もいねえよ」


「そうか、だからこそ余計に俺への注目度が上がっているのか」


 どれだけ可愛いだのと持て囃されても、人間性の部分に問題があれば必ず周囲は不満を抱く。


 そうなれば、不穏分子は革命家の誕生を待ちわびるのは必然と言えるだろう。


 それが俺であると思われているのは甚だ不本意な話ではあるが……ただこれによって彼女に隙があると分かったことは大きな進歩であった。


「そんなことよりよ、お前の彼女って何処の学校の奴なんだよ、野上高? それとも南高の奴か?」


「何故他校なんだ、小林高という可能性もあるだろう」


「はあ? だって無茶苦茶美人なんだろ? それなら猪頭さんということになるじゃねえか。その猪頭さんとお前は揉めているのにそれはあり得ないだろ」


 とはいえ、そんな美人な彼女がいるっていうなら、結果的にお前の感性は間違いではなかったのかもしれないが、とブツブツ言う首藤。


「どうやらお前は大事なことを忘れているようだな。俺は確かに猪頭を批評したが故にこうなったが、その際にもう一人批評をしていただろう」


「もう一人――――? いや、それって――」


「おい、言われた通り来たけど――ん? お前は確か――」


 すると、まさに絶妙タイミングで背後から声を掛けられる。


 その声の主が誰なのかは最早言うまでもないだろう。


「卑怯者の首藤じゃないか」

「お、お前マジで言って――っておい! お前手越に何を吹き込んだ!」


「別にありのままの事実を述べただけだが」

「ぐぬぬ……い、いやそんなことより手越が彼女って本当かよ!?」


「ああ、つい先日『私の彼』と言って貰ったものでな」

「はぁ!? お、お、お前この卑怯者になに嘘ついてんだよ!」


「別にありのままの事実を述べただけだが」

「過程をすっ飛ばしてんじゃねえ!」


「だから卑怯者って呼ぶのは辞めろ! せめて策士と言え!」


 完全に俺が悪いのだが、手越の到来によって静かな廊下が一瞬にしてお祭り騒ぎとなってしまい、そのまま5倍速ぐらいの盆踊りを始めてしまう俺達。


 何と平和な時間なことか――しかし流石にこれ以上ふざけていてはお昼休みが終わってしまう為、俺は素直に二人に謝罪すると、話を元に戻すことにした。


「えーと――要するにだな、彼女というのは手越が俺を猪頭達の魔の手から逃がす為にフリをしてくれたというだけの話で、それ以上も以下もないということだ」


「いやいや、それでも全然分かんねえんだが……というより、それが事実なら噂で広まる彼女は手越にならないとおかしいじゃねえか」


「全くその通りだな。しかしそうならかったということは、それがどういう意味なのかお前には分かる筈だろう」


「意味……? まさか――」


 明らかに驚きの反応を見せた首藤は、顔ごと視線を手越へと向ける。


「! ……」


 するとそれに気づいた手越はバツが悪くなったのか、少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら何故か俺をジロリと睨み始めるのであった。


 ……まあ、本来は首藤を呼ぶ予定ではなかったのだが、コイツの噂好きでミーハーな部分は存外捨てたものではない。


 ならばここは――首藤を巻き添えにするのも一つの手ではあるか。


       ○


 その日の放課後。


 現状を考え、あまり目立った動きはするべきではないという結論に至った俺達は各々が違うルートで通学路を下校した後、とある場所に集まっていた。


「ただいま」


 その場所とは、俺の住む家である。


 では何故わざわざ俺の家に集まることになったのかと言えば、理由はこれである。


「お、裕貴おかえり~、無事手越さんをお持ち帰りしてきたの?」


「おい、語弊のある言い方は止めろ。いやまあ俺が言えた台詞ではないのだが……連絡した通り手越には来て貰っている、悪いが後は――ん? おいどうした」


 俺は普通の姉弟の会話をしていたつもりだったのだが、やけに手越と首藤が静かである為、まさか姉のジョークに引いているのかと思いながら後ろを振り向くと。


 そこには餌を求める金魚の如く口をパクパクさせる二人の姿があるではないか。


「何だ気色悪いな」


「い、いや……裕貴お前マジで言ってんのか……?」

「マジも何も姉がいるくらい普通のことだろ」


「違う、そうじゃなくてだな……」


「足達……もしかして『ayumi』さんを知らないのか……?」

「知っているに決まってるだろ、俺の姉だぞ」


「そうじゃなくて!」


 完全にパニックになっている手越は突然俺の両腕をグッと掴むと、力強く揺さぶりをかけてくる。


 なんだなんだ、俺は女に揺さぶられる星の下にでも生まれたのかと思っていると、声を荒らげ気味の手越はこう続けるのだった。


「お前のお姉さんが、フォロワー数50万人超えのマイスタグラマーayumiさんだってことを知ってるのかって訊いてるんだよ!」




 ……いや、知らないが。

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