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アヴィスフィア 〜両性を駆使して異世界を謳歌する〜  作者: のんから。
序章 異世界転性
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序章06話 夜烏03。

 魔の森。アインズ皇国とヴェネティア帝国の国境沿いに存在する未開拓地。鬱蒼とした木々に阻まれたその地には天の光が届かぬ闇が点在し、その影響なのか強力な魔物たちの楽園となっている。


 現代地球におけるアマゾンに匹敵する程の広大な面積を有しており、それそのものが天然の要塞となり両国の進入を防いでいる。


 中心部に寄れば寄るほどに魔物が強大になると言われているが、実際は定かでは無い。何せ奥へと歩みを進めたものは、誰一人として戻らなかったのだから。


 しかし最初の森(第一層)と呼ばれる両国に面する一部の森は日の光がまばらに差し込んでおり、魔物も強力ではあるが倒せないほどではない。


 故に中級に達した(一人前となった)冒険者にとって最効率の狩猟ポイントであり、また相応に珍しい素材や植物などが点在している。


 つまりこの地は怖ろしい死の森であり、豊穣を願う女神の土地でもあるのである。全く以て極端な二面性を持つのだ。


 そして今回アイヴィス一行が受けたクエストは、この第一層と第二層――暗黒の森の狭間に住んでいると言われている謎の人物の調査なのである。



「いよーう、アイ御一行じゃねぇーか! 何だ、お前らも魔の森に用事があるのか? (キョキョ! いい朝だな、でやんす)」

「あ、ヨタカさん! そうなんですよ~。ちょっくら暗黒の森に挨拶しようと思いまして。魔剣君も、おはよう」

「――何っ!? 暗黒の森だと? ……まぁ、お前さん達なら問題無いか」

「ちょっとヨタカさん! そこは『何を考えてる? 危ないから近づくんじゃねぇーよ』って戒めて下さいよ!」

「カカカッ! シュアの嬢ちゃんが付いているんだ。その時点で俺が何をいうことも無いだろうよ。(キョキョ! あの目で睨まれたら、魔物も裸足で逃げ出すでやんす)」

「ちぇー、随分とシュアのことは買ってるんですね。私だけだと止める癖に……。そして魔物は元々裸足だからね、魔剣君」


 烏丸のギルドから出立し郊外へと出た直後、快活な男性の声と甲高い奇声のようなものが俺の耳に届いた。


 彼はヨタカ。茶褐色の地味な綿の生地のシャツに黒色のベストを羽織り、ベージュ色のニッカボッカのようなものを履いている。


 また頭には赤褐色のバンダナを被り、腰にも同色の幅広の帯のようなものを巻きつけている。鞘が固定されていることから察するに、ベルトのような役割を果たしているのだろう。


 一番目を引く喋る曲剣は、白刃に存在する切れ込み辺り――口だと思われる――から甲高い笑い声を上げている。


 その奇妙な魔剣を肩に乗せてニヒル人笑うその様は、まるでミュージカルに登場する山賊の親分のような見た目である。


 ちなみにこう見えて彼は実力派で、数少ないAランク冒険者の一人だ。


 それと同時にAランクパーティ『暁の盗賊団』のリーダーでもあり、夜烏における筆頭冒険者の一人でもある。


「それで? ヨタカさん達は何しに魔の森に行くの?」

「カカカッ! 今日はこいつをしごいてやろうと思ってな! おい、挨拶しねーか! (キョキョ! シャキッとするでやんす)」

「――は、はいっ! あの、私――いえ、僕はジャンって言います。先日漸くCランクへと上がることが出来たひよっこですが、どうぞよろしくお願いしますっ!」

「え? ってことは――」

「おうおう。お察しの通りタメだよ、タメ。アイの嬢ちゃんと比べても線が細いから年下に見られがちだけどな! カカカッ! (キョキョ! 弱っちそうだけど、こうみえて結構やる奴でやんす)」

「も、もうヨタカさん! それにシャムさんまで! 酷いですよ~」


 ほほう? 俺の同期君か。ラヴィニスとシュアとしかパーティー組んだことないから新鮮だな。顔見知り程度なら居ないこともないんだけど、こういう業界だからね。気が付くと姿が見えなくなってるんだよなぁ。


 たまたま時間が合わないだけなのか、それとも活動拠点を変えたのか。或いは既にこの世からログアウトしてしまっているのか。ま、非情だけどこれが異世界の現実なんだよね。


 ともあれせっかくの同期君だし、仲良くやれると良いな。ヨタカさんの弟子ならそうそうに死んだりはしないだろうし。


「私はアイ。こっちのキリっとした美人さんがラヴで、そっちの訛りが可愛いのがシュアだよ」

「あ、はい! よろしくお願いしますっ!」

「あ、アイ! そ、そんな美人だなんて。……んもう」

「褒めてくれるのは嬉しいちゃけど、何か納得いかんたい!」


 童顔な上に素直! こ、これは世の中のショタスキーなお姉さん達が感涙してしまう! ジャン君ってば、怖ろしい子!


 一児の母――正確には年上の奴隷の所有者なんだけど――としては母性が刺激されて、なんか守って上げたくなってしまう!


「なんか衝撃を受けている所悪いんだけどよ。そろそろ俺ら次行こうかと思ってるんだわ」

「あ、ごめんなさい。……? そのバーロウは良いんです?」

「あー、そう言えばそうだったな。――おい! そいつを『アイテムボックス』に仕舞っとけ!」

「「「「分かりやした兄貴!」」」」


 おお! 流石はAランクパーティ! 貴重なアイテムボックスの魔法が付与された鞄を持っているのか。


 それにあのバーロウが丸々入ってもまだ余裕が有りそうな感じ、恐らくは高品質の魔道具なんだろうな。


 ちなみにバーロウと大型で鳩胸の闘牛で、魔の森方面に広がる草原を支配している。


 大人しいが赤い物と襲撃者には容赦がなく、その実力は冒険者換算で単体でD、集団でCクラスと言われている。


 地域によってその姿は変化し、場所によっては馬のような特徴を持つ個体や、羽根が生えている個体も居るらしい。


「もしかしてこのバーロウ、ジャン君が倒したの?」

「おうよ! 少し苦戦したせいで皮が若干傷ついちまったが、概ね合格だな」

「えー! 凄い凄い! Cランク数人で漸く一体倒すのが相場なのに! ジャン君って強いんだね!」

「え? そ、そんなことないですよ! ヨタカさんが見守ってくれなければきっと足が震えて動けませんでした」

「謙虚! え、待って? ホントにヨタカさんの弟子なの? まさかどこかで拾ってきたんじゃないでしょうね!?」

「ば、馬鹿言うんじゃねーよアイの嬢ちゃん! それに別に弟子って訳でもねえ!」


 またまた~、素直じゃないだから。と俺が言うと、照れてねぇわ、ふざけんな! と怒鳴るヨタカさん。


 顔こそ強面なのだが面倒見がよく、俺も最初のころに良く注意されたっけな。……いや、今も時折されてるけども。


 ともかく夜烏では皆のお兄さん的な立ち位置なのだ。実力も折り紙付きだし、慕っている人も数多い。


「さて、あんまり邪魔をしても悪いし、私達も行くことにするよ。またね、ジャン君」

「は、はい! またです、アイさん!」

「アイでいいのに。……ま、いっか。それじゃ、ヨタカさんもまた~」

「おう。気を付けろよ、アイの嬢ちゃん」


 名残惜しいけどしょうがない。このままじゃ日が暮れちゃうからね。野営するにしろ、もう少し目的地に近づいてからにしたいし。


 そうして俺達はヨタカさん達と別れ、魔の森を目指して歩みを進めるのだった。



「行っちゃいましたね。何というか、まるで嵐のような人でしたね」

「カカカッ! 言い得て妙だなそれは。あいつは風の魔法も使いこなしているしな」

「へぇ。魔法使いなんですか?」

「いや、本人曰く魔法剣士だとよ」

「魔法剣士? そのような職業が成り立つのですか?」

「あー、まぁ普通は無理だろうな。剣を奮おうもんなら詠唱が疎かになるし、その逆も然り。余程器用な奴じゃないとそんな真似は出来まいよ」

「……最初に武器へと付与(エンチャント)するという形で補助するなら可能ですが、戦闘中に行使するとなると正直難しいですね」


 アイヴィス一行が魔の森に入る頃、ふと思い出したようにジャンが隣の人物(ヨタカ)へと話しかける。


 何が面白いのか笑みを浮かべて快活に笑うヨタカ。話を聞くうちに難しい顔となる愛弟子を見て、さらに笑みを深めながら適当に吹かすように語っている。


 ちなみにジャンは剣士である。人より多くの魔力を持つために魔法も使えるが、あくまでも補助の域を出ない。故にギルドでは剣士として登録しているのだ。


 これはヨタカの助言でもある。魔法使いというのはそれほど多く存在しない。ヒト族の特徴として器用貧乏な面が、その突出した存在を許さないのだ。


 故にパーティーに属すれば自ずと魔法使いとして重宝されることになり、以降の選択肢が狭まってしまうのだ。


 ヨタカとしては、それを勿体ないと思っている。将来的に魔法を主流に戦うのだとしても、近接戦闘の経験は無駄にならない。


 どの場面で魔法があると便利かなどの判断も身に付くので、魔力を節約する意味でもその価値は計り知れない。


「それに暗黒の森に立ち入って、本当に大丈夫なのですか? 今からでも止めた方が良いのでは……」

「カカカッ! 言って聞く玉でもないからな! それにアイの嬢ちゃんはああ見えて、ギルドじゃ上から数えた方が早い程度には強い。他の二人はそれ以上だし、滅多なことじゃ死んだりはしねーだろーよ」

「そ、そうなのですか? 僕が言うのも何ですが、あまりその。何て言うか――」

「――弱そう、か?」

「い、いえ! で、でも可愛らしい女の子ですし……」


 ヨタカの手前その懸念を口にすることは無かったが、どうやらジャンはアイヴィス達が暗黒の森に入るのを心配していたらしい。


 確かに若い女性だけのグループだし、人数も三人しか居ない。基本的なパーティーが六~八人ほどで構成するのを考えると、どう見ても役割が不足してしまいバランスが悪いのだ。


 ちなみにジャンはラヴィニスが聖騎士(パラディン)、シュアが剣聖(ソードマスター)だという事実を知らない。


「ははーん。……さては惚れたな? 止めとけ止めとけ!」

「ち、ちちち、違いますよ!? そ、そういうのではありません!」

「カカカッ! 照れるなよ坊主。……だがま、嬢ちゃんは止めておけ。まず報われることはねぇ」

「な、何故そう言い切れるのです? そんなの、分からないじゃないですか」


 あまりに親身になって心配するジャンに対し、何を思ったのか下種な勘繰りを始めるヨタカ。


 不意を突かれた彼は狼狽し、手をワタワタと顔の前で振っている。そうした行為が益々ヨタカを面白がらせるのだが、生憎と気が付いた様子が無い。


 特別な感情は無いとのことだが、やはり頭ごなしに否定されると反抗したくなるものなのだろう。


「分かるんだよ。嬢ちゃんはな、俺達とは根本的に違う。……匂うんだよ、あれは多分貴族だ。それも相当に位が高い、な」

「え? き、貴族? な、何で貴族が冒険者なんか……」

「さあな。道楽なのか、お家の事情なのかは分からん。ただ、何かのぴっきならない事情があるんだろうよ」


 突然真面目な顔で推察するヨタカ。流石の洞察力というべきか、彼の予想はほぼ的を射ている。


 正確には貴族どころか皇族なのだが、それを予想しろというのは無茶が過ぎるだろう。


 アイが冒険者をする理由はお小遣い稼ぎと「異世界と言えば冒険者、冒険者と言えばクエストでしょう」と言ったどうしようもない理由なのだが、それも想像するのは難しいと思われる。


「ま、貴族にしちゃあフレンドリー過ぎるから俺の勘違いかも知れないが、どっちにしろ止めておけ」

「そこまで言うのでしたら分かりましたが……」

「カカカッ! それが賢いぜジャン。これも俺の予想だが、嬢ちゃんはきっと”女好き”だ。まず間違いない」

「ええっ!? そ、そうなのですか? 女の子が……好き」


 鋭い推察をするヨタカ。『鷹の目』という名を持つ彼にとって、そのくらいの推察は朝飯前なのだろう。……アイヴィスが大概に分かり易いというのもあるのだが。


 ちなみに夜烏のギルド員達にとって、既に周知の事実である。


 ラヴィニスを始めとして、シュアにベニヒメ、ユニにデレデレなので、それもさもありなんというのが現実ではある。


「……? さて、俺らもそろそろ行くぞ! 一層とはいえ、下手すりゃ死ぬ。気合は入れておけよ!」

「――はいっ! よろしくお願いします!」


 呟くジャンを不審がるヨタカ。しかし特にそれ以上は聞かず、目的である魔の森へと足を進めることにしたらしい。


 その鶴の一声に賛同する暁の盗賊団の面々。士気は高く、幸先も良い。ヨタカ率いる彼らが慢心することなど有り得ないので、まず間違いなく良い成果が期待出来るだろう。


 そうして二組は魔の森へ入った。果たしてその先に何が待っているのか。それこそ、神のみぞ知る事柄である。

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