二章06話 ヴェネティア帝国02。
「ジェ、ジェラルド様大変です! プリモ村がワイバーンの襲撃を受け、多数の死傷者が出たそうです!」
「な、なんだと? これで何件目だ、一体どうなっている?」
「死傷者が伴う襲撃はプリモ村で三件目となります。その他の村でも家畜が襲われる被害が相次ぎ、中には冬を越すことは敵わないだろうとされる所も御座います」
「くっ。その件に関しては然るべく対処をしよう。……騎士団はどうしてる?」
「現在プリモ村にて怪我人の救助とワイバーンの痕跡を探していると思われますが、何分距離がありますので詳細は後日早馬にて来ると推測します」
「そうか。彼奴らの巣へが見つかり次第、討伐隊を組む。娘にもそう伝えてくれ!」
「――はっ!」
ヴェネティア帝国南東部にある辺境伯領に住む領主ジェラルドに、風雲急を告げる知らせが飛び込んでくる。
息を切らせて報告に来た文官によれば、どうにも北東部に位置する火竜山脈を根城にしているはずのワイバーンが自領の民を襲っているというのである。
魔の森から溢れ出る魔物達に対する防衛目的で建てられいる辺境伯邸にとって、北部からの襲撃というものは今までに一度として無かった案件だ。
事実北東部には南東同様に辺境伯が外敵の侵入を硬く拒んでいるため、そもそも他領に竜に属する魔物が流れること事態が稀なのだ。
「くそったれ! チェザーレの奴は何してやがる⁉ 北はお前らの領分だろうが⁉」
しかし現状そのワイバーンに領民が被害にあっている。同じ国境を護る辺境伯として怠惰など論外であり、同郷の貴族として許せる所業ではない。
もし仮に取り逃がしたのであれば何かしらの形で諸侯に通知する義務があり、その上で必要ならば応援要請をし、最終的に賠償責任を果たさねばならないのだ。
「失礼するわ。……貴方、廊下にまで怒声が届いておりますよ? 何をそんなに怒っておいでなのかしら?」
「あぁ、ドロテアか。済まない。少々厄介な問題が起こっていてな、困っている」
「それは娘の結婚式よりも大事な案件なの? ドレスを見繕う予定でしたのにあの娘ったら、鎧を一式着込んだままに飛び出てしまったのよ。……全く、誰に似たのかしらね?」
「――はははっ! 流石は我が娘。世の男など歯牙に掛けん豪胆っぷりよな!」
「……はぁ。貴方がそうやって甘やかすから今の今まで婚期を逃しているのですよ? きちんと反省して下さいな」
「良いではないか。結婚ならカルロとラウロ、娘ならフローラが済ませただろうに」
「自国における伯爵家以下の結婚と一緒にして頂いては困ります! 相手方は既婚こそされていますが、隣国の皇族の方なのですよ?」
「……気に食わん。なぜ我が娘を他国に妾として嫁がせねばならんのだ。そのうえ女神だか何だか知らんが、相手は皇女――今は女帝だったか。ともあれ女性だと言うではないか!」
あまりに理不尽な状況に憤慨するジェラルド。気持ちを抑えることが困難だったのか、怒りが声量に乗り響いていたらしい。
それを聞き諌めるドロテア。ジェラルドの正妻であり、元々は公爵家の娘でもある。
要するに実質的な立場や公式の場では妻である彼女のほうが地位が高くなるのだが、自領で会話する上ではその垣根は見受けられない。
ちなみにカルロが彼女の長男で、ラウロは第二夫人の生んだ次男である。フローラは第四婦人から生まれた長女で、今回晴れて結婚が決まった次女はドロテアの娘である。第三婦人が生んだ三男は婚約に留まっているため割愛されたらしい。
「そこは抜かりはありません。『転性』と呼ばれるレアスキルを用いることで、性別を反転出来るとの回答を頂いておりますので」
「……それは、大丈夫なのか? 貴族である以上子を成さねばならんのだぞ?」
「実際に子を孕むことに成功したという旨も頂いておりますので問題ないでしょう」
「そうは言うがドロテア、娘の好みもあるだろう? 同性となれば尚更に」
「近衛騎士によれば問題ないとのことです。以前あの娘が魔の森で遭難した際に助けて下さった相手というのが件の女帝様だそうですので」
「なんと……そうだったのか。あの娘にとっての憧れの存在ならば致し方ない。最終的には当人や、キミの判断に任せることにしようか」
「ふふっ。私に任せて下さい。悪いようには致しませんから」
ドロテア自身が元公爵家という王家の血筋を持つ故か誰よりも今回の婚約話に乗り気であり、相手が皇族で子を為せるのならば問題はないと判断したのも彼女だ。
彼女曰く娘も今回の結婚には異議がないらしく、素直に首を縦に振ったらしい。
自身の子供の中でも特に性格が合う娘の結婚に最後まで渋っていたジェラルドだったが、ドロテアや娘が決めたのならば口を出すつもりは無いのだという。
四人の妻を抱える彼にとって彼女たちの機嫌を特に気を使う案件だ。特にドロテアは一番気位が高く面倒なので、足早に切り上げることにした可能性が微レ存である。
「――じぇ、じぇじぇジェラルド様ぁぁぁっ! た、たたた、大変ですぅぅぅっ⁉」
「きゃぁぁぁっ⁉ な、なんですか貴方はいきなり! びっくりするでしょうっ!」
「す、すすす、すいません奥方様! そ、そのですね実は――ゲホッ、ゴホッ!」
「お、おいおい大丈夫か? 少し落ち着くんだ。……何があった、ゆっくりと話せ」
夫婦で談笑中にも関わらず、大慌てで飛び込んでくる闖入者が現れた。……そう。先ほどの部屋を後にしたばかりの文官さんである。
ドロテアは驚いたせいでジャラルドに抱きとめられており、恥ずかしいのか頬を染めてむくれている。
本来であればこのような無作法などは許されないのだが、文官のあまりの剣幕と、その異常を察知したジェラルドを慮って口を噤んでいるのがまた可愛らしい。
「被害にあったプリモ村にテイムしたとされる火竜に乗った隣国の皇女様が現れて、その直ぐ後に茨の馬車に乗ったヒト族と尾耳族の混合隊約三十名が無数のワイバーンの亡骸を引いて換金に訪れたそうです!」
「「……はっ?」」
「現在騎士団を率いているレベッカ様とご対談されているそうなのですが、どうやら聞く話に寄るとその火竜こそがワイバーンを巣より追いやった張本人らしいのです! そのうえ死亡したとされた者の治療にもご尽力頂いたおかげで九死に一生を得たそうで、建物などを除く被害が全くのゼロとなったそうです。……それでその、いかが致しましょう?」
「「え、いやそれ本当に……どういう状況?」」
あまりに現実感のない文官の報告に、仲良くポカンと口を開ける辺境伯夫妻。
報告をした文官自身も理解出来ていないため、実に悩ましい時間が訪れている。
そしてその状況を生んだアイヴィスだが、どうやら件の婚約相手であるレベッカと対面で話しているらしい。……一体彼らに何があったのだろうか?
「――早く、そして速く走りなさい! 私達の到着が少し遅れるだけで、助かるはずだった命が失われてしまうのよっ⁉」
くっ。南部にまで取り逃がすなんて、チェザーレ叔父様は一体何をやっておられるのかしら。
確かにワイバーンは精強ですが、数体程度ならば私程度でも倒せますのに。
何より今の今まで返事を為さらない理由が分かりません! もたもたしてるせいで私の管轄内の村までもが被害にあってしまったではありませんかっ!
「――レベッカ様、少し待って下さい!」
「何? どうしたの?」
「あ、あちらの空を御覧下さい! もしかするとあれは――」
「――れ、レッドドラゴン⁉ しかもプリモに向かっているではないですか!」
「……レベッカ様、撤退すべきです」
「馬鹿なことを言わないで⁉ あんな怪物が村を襲ったらひとたまりもないのよ⁉」
「それは私達も同様です。部下として、親友として。退却すべきだと進言します」
「……嫌。絶対に嫌! あの村は私の管轄内なのよ? それを好き勝手されてたまるもんですか!」
「そういうと思いました。仕方がありませんので、せめて私の傍から一歩も離れないようにして下さい」
むぅ。モニカってば直ぐ私のことを子供扱いするんだから。そんなこと言われなくても分かってますぅ!
確かに忠言を無視して魔の森に遭難することになったことが一度だけありますが、最終的に何とかなったじゃないですか! ……死ぬかもとは思いましたが。
だめだめ! 今は目の前のことに集中しなきゃ! 助けを求めてる領民がいるの!
「……ん? 誰か、乗ってるの? ――ッ⁉ あのお姿はもしや――」
「――レベッカ様ッ⁉」
間違いない! あのお姿はローズ様だ! え、ええ? もしかして迎えに来てくれたの⁉ う、嬉しいけど、私のこと覚えてらっしゃるかしら⁉
ローズ様、ローズ様。あぁ、ローズ様ぁぁぁっ! あんなにお美しくなられて!
――はっ! だ、だめだめしっかりしなさい私! ここは毅然とした態度で望まないといけない場面なのですよ!
「あちゃぁ。あまりのカッコよさに愛着が湧いてしまって下僕にしたまでは良かったんだけど、流石に不味かったかな?」
「村の自警団でしょうか? 明らかな敵意を持った目でこちらを睨んでいますね」
「ラヴィニスの懸念が当たりましたね。アイヴィス様は、少々軽率でした」
「優しいのはお兄ちゃんの良いところだけど、流石にタイミングが悪かったね」
ユニちゃんに促され火竜との戦闘に入ったは良いものの、そのあまりの荘厳さに惚れ込んでしまい、軽くのした後に誓約を結んだまでは良かったのだが。
どうやらこの子に追いやられたワイバーンの一部が食料に困り、近隣を荒らしていたらしい。
その証拠に痛ましい傷を負った自警団が絶望した目でこちらを伺っている。家の損壊や家畜の食い散らかされた死骸を見るに、最近襲われたばかりのように見える。
「あ、あー。皆の諸君。此方に戦闘の意思はない。どう見ても怪しい自覚はあるが、その矛を収めてくれないだろうか」
「ふ、ふふふざけるな! あの空飛ぶトカゲはお前の仕業だろうがっ!」
「待て待てそれは違う。むしろ先ほど全滅させたばかりで――」
「百に迫る数を全滅だとっ⁉ 嘘も休み休み言いやがれ! こちとら襲撃のせいで夜も眠れず、冬も越せなくなっちまったんだぞ!」
「そうだそうだ! ニーナのとこの親父さんだって今さっき死んじまったんだぞ!」
「帰れ疫病神め! この村に二度と近寄るな! 死ね、死んでしまえ!」
「わぉ。こんなにレッドアラートが鳴ったのは初めてだ。嫌われちゃったねぇ」
仕方がない。こればっかりは証明のしようがないからな。死んだばかりならばまだ助けられるかも知れないけど、素直に通してはくれないだろうなぁ。
さて、どうしたものか。もう少し経てば皆がワイバーンの死骸を運んできてくれるだろうけど、間に合わなくなっちゃうよね。
はぁ。あまりしたくはないが、ここは強引に突破しようか。手遅れになる前に処置しないとニーナちゃんとやらに一生恨まれちゃいそうだし。
「あー、仕方がないか。……ちょっとキミ、こちらに来なさい」
「なっ⁉ わ、私か? や、ややや、やろうっていうのか!」
「その無くなった腕を治して上げるから来なさいと言ったんだ。ほらほら、早く」
「そ、そんな分かりやすい嘘で騙そうなんて、多少……いやめちゃめちゃ可愛いからといって、舐めんなよっ⁉」
「そういうの良いから。……はい、治りましたよっと」
「……う、嘘だろ?」
「「「「う、腕が生えてきたっ⁉」」」」
「さて、お礼は要らないからそのニーナちゃんの家に案内しなさい。もしかしたらまだ、間に合うかも知れないからね」
「あ、ああ。……こっちだ、着いてきな」
お、どうやら都合の良いことにアイツは俺に好印象を抱いているみたいだな。
信徒じゃないと直接触らないと治療出来ないし、少々強引だが仕方がない。
思った通り美少女に弱いみたいだし、案内もしてくれそうで助かる。……というかこいつ、いきなり真っ青なブルーになったんだけど、流石に惚れやす過ぎんか?
「父ちゃん! 目を開けてくれよ父ちゃんっ! うわぁぁぁ、うわぁぁぁっ!」
「ニーナちゃんで良かったかな? ちょいと失礼しますよって」
「……だ、誰? や、やめてよ! と、父ちゃんに何するの?」
「あちゃぁ。これは結構、ギリギリだな。……失敗してくれるなよ――『祝福』」
祝福。女神としての俺の新しい十八番となった神聖魔法のひとつだ。
患者の自然治癒能力を向上させる治癒魔法と異なり、魔力と神力を複合して生み出した女神パワーを用いて自身の再生能力を擬似的に再現することで、対象の破損部位を直ちに再生する神の御業である。
死者蘇生ともまた異なり、死亡したものを復活させるほどの効力はない。
その代わりというか、元からあるものを同様の状態に戻す性質から、リハビリの必要性がないのが特に良い点だろう。
ちなみに信徒になれば二十四時間三百六十五日いつでも治療が可能だ。正確にはこの世界の時間の進みは現代日本と若干異なるので、多少の差異はあるけども。
「……え、え? 何この光……温かい?」
「……ニーナか? どうした、なんで泣いているんだ?」
「――父ちゃん⁉ とうちゃぁぁぁぁぁぁんっ!」
ふむ。これで良いだろう。二人治療したことで村人たちも見る目が変わるだろうし、ワイバーンの素材でも買わせることにしよう。
公的な資金はユニちゃんが管理してるから良いとして、お小遣いを帝国通貨に両替するの、忘れちゃったんだよね。てへっ。




