二章04話 近衛騎士団分隊長03。
「……セリア。大丈夫だ、問題ない。もし売れ残ったら、俺が貰ってやるからさ」
「――はにゃっ⁉ にゃ、にゃにを馬鹿なこと言っているのですか分隊長っ⁉」
「いや、だってキミより強い男って皇国じゃ、俺以外を探す方が難しくない?」
「た、確かに分隊長は私より強いですが。……私より若くて強く可憐な奥様がその、お二人もいらっしゃいますし」
「え? 大丈夫じゃない? セリア一人の生涯を背負うくらいの貯蓄はあるし」
「そういう意味ではなくですね! その、私一人だけを愛して欲しいと言いますか」
「……セリア。気持ちは分からんでもないが、敵わない夢は諦めたほうが良いぞ?」
「あ、あいも変わらずに失礼ですね分隊長は! お、女の子なら皆、例えそれが許されない貴族という立場だとしても夢は見るものなんですよ! 分隊長だって、奥様が他の男に寝取られるとか絶対嫌でしょうっ!」
「うん。絶対嫌。そんな事にならないよう徹底するけど、想像しただけで腹が立つ」
「――目が据わってて怖いっ⁉ で、でしたら私の気持ちも分かるでしょう?」
な、何を言っているのでしょうかこの分隊長ってば本当にもうっ! それにどうして私が売れ残ることが前提なんですか! 分からないでしょうそんなのは!
私だって、私だって(すぐ逃げられるけど)モテたりだってするんですからね!
大体世の男が根性無しで弱いのがイケないのです! 私の元婚約者だって少しばかり鍛えようとしただけなのに、何かと理由を付けて拒んできましたしね!
私だって鬼じゃないんです。成果は直ぐ出ることなどまずありえないのでいつまでも待ちますし、その際に築いた経験や努力だって認めます。
ですが、それを最初から拒否するなんて、そんなの私のことを蔑ろにしてるのと同義じゃないですか!
好きだとか愛しているだとかおっしゃられるならばその言葉が真である証明として、もう少し私に寄り添ってくれても良いと思うのです!
た、確かに私は自分でも、頑固で融通が効かない可愛げのない女だとは思ってはいますよ?
実際にそれが原因で貴族間のトラブルを生み、実家の両親が相手家に頭を下げることになることもありました。
その相手が私に惚れたと求婚し、両親がそれを二つ返事で受けたから大事にはなりませんでしたが、私としては今でも納得が出来ません。
しかし受けてしまったものは仕方がないので、せめて好きだという私のために鍛錬を積み、一回でも良いので私から一本のひとつでも取って見せて下さいよ!
そしたら私に言うことなど何もありません! 尽くせと言われれば尽くしますし、子を成せというならばいくらでも産んで差し上げましょう!
……はぁ。そんなこと、いくら考えても仕方がないと思ってもいるのですけどね。
あーもう! 分隊長が変なことおっしゃるからしんみりしちゃったじゃないっ!
「うん。というか、分かるから言ってるんだよね。諦めろってさ」
「はぁぁぁっ⁉ 今この瞬間分隊長は、世の全ての女性を敵に回しましたからね! 分隊長の世界で言う、”モラハラ”って奴ですよっ!」
「そうだね。確かにセリア以外にこんなこと言ったら、それはそうなのかもな」
「むっ。私ならってどういうことですか! 私だって女の子なんですよっ!」
「……だってキミ、俺のこと好きでしょ?」
「…………は? はぁぁぁぁぁぁっ⁉ そ、そんなわけあ、あああ、あるわけないじゃないですか馬鹿なんですかそうでした馬鹿でしたっっ!」
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺、ヒトの好感度が分かるスキル持ってるって」
「聞いてませんっ! ……え? それじゃあもしかして本当に私の気持ち――」
「当然知ってるよ? 分隊長になる試験のときに倒してから徐々にだったから、話を聞いてなるほどなぁと思ってたところなんだよね」
「い、いやぁ、いやぁぁぁぁぁぁっ⁉ そ、そんな……。そんなことって」
は、はにゃぁぁぁっ⁉ え、ええっ⁉ ぶ、分隊長ってば私が密かにお慕いしていたことに気がついていたのぉぉぉっ⁉
何度も二人で酒場で飲んだり語ったりしたはずなのに、そ、そんな素振りなんて一度だって見せなかったじゃあないですかっ!
は、恥ずかしいぃぃぃっ。気が付かれないようにより厳しくつっけんどんに接してきたのに、中身がデレデレに溶けてしまっては格好が付きません。
分隊長はさ、最低です。気づいていたのに気づかないふりとか、嫌いだと言っていた難聴系主人公よりも酷い所業だと思うのですがっ!
「いや、悪いとは思ったんだけどさ。あまりにも信じられなかったからスキルの方を疑ってたんだよね」
「…………嘘です、そんなの」
「だからセリアの理想像を聞いたり、今の過剰な反応を見て漸く理解したよ。いやぁ、ラヴちゃんとかシュアってかなり分かりやすかったんだなぁ」
「愛する奥さんだからとは言え、この場面で他の女の名前出すとか……最低です」
「ちなみに母さんやリドリーさんも、俺のこと結構気に入ってるみたいだよ?」
「私は絶賛嫌いになりそうですが……」
「大丈夫、減ってないから。セリアって、惚れた相手には凄く寛容なんだねぇ」
「――ぐっ。何でしょう。今ものすごく分隊長の顔面を張り倒したいのですが、良いですか?」
「ふむ、想い人を傷つけたいのか。俺が言うのもなんだがキミ実は、あまり趣味が良くないね?」
「――ぶっ飛ばしますっ! 覚悟して下さい分隊長っっ!」
「はははっ。諦めろと言っただろうセリア。キミがこういういけ好かない俺様系が好きなのは、もう分かりきっていることなんだよっ!」
「……仮にそうだとしても、戦わなければいけないときが女にはあるんですっ!」
やけに慣れないキザなセリフを並べるなとは思いましたがそうですか、そういうことでしたか。
私の趣味趣向に寄り添って下さることには感謝致しますが、流石にこれ以上マウントを取らせるわけには行きません。
私はセリア。氷血の騎士と呼ばれた女。たとえ分隊長が相手とはいえ、やられっぱなしで大人しくなるような貧弱な精神は持ち合わせていませんからねっ!
「――お覚悟をっ! 『氷弾』!」
「な、無詠唱っ⁉ ……腕を上げたね、セリアくん」
一声を上げた後、無詠唱で氷属性の魔法を放つセリア。通説では詠唱をすることで発動だけではなくその正確性や威力などを調整するのだが、彼女にとっては無用の長物らしい。
その事実に驚くシュウの顔面を目指し、立体ひし形の無数の氷塊が襲いかかる。弾速も速く、そのひとつひとつが拳大ほどの質量を持っているので、直撃したら最悪死んでもしまってもおかしくはない。
当然彼としても直撃は避けたいが、奇襲なうえに速度も乗っており、やむなく左手を犠牲にしてその猛攻を受けている。
セリアとしても、まさか驚異的な再生能力を持つシュウがこの程度で死ぬことなど無いということは百も承知であり、だからこそ遠慮のない構成で足止めをするのだ。
「その余裕、うち砕いてみせます! 『泥沼!」
「足が取られて――なるほど、顔への攻撃は囮だったのか」
「――隙ありっ! せいっ! たあぁぁぁっ! 『連牙突』っ!」
「――これは紅烏流のっ⁉ 見様見真似で模倣したというのか……」
左手を砕かれただけでなく、直下に現れた泥の沼に足も取られてしまい、満足に避けることが出来ないシュウを目掛けてセリアは突貫する。
迫りくるセリアの猛攻を片腕一本で凌いでいる彼は流石の一言だが、徐々に体勢が崩れ始めて来ているのが傍目でも分かるほどになってきてしまっている。
そしてその状態をセリアが見逃すはずもない。ここだと定め、彼女最大の攻撃技を持って仕留めにかかるだろう。
「集え氷の精霊よ! 今ここに絶対零度の凍土を作らん! ――これで終わりですっ! 『氷牢』っ!」
「――せ、精霊魔法、だとっ⁉ まさかセリア、エル、フ、の血を……」
精霊魔法。エルフのみが使用できると言われている氏族魔法だ。
大気中にある魔素が特別な条件下において化合反応を起こし基礎属性と複合することで生まれた物体を”精霊”と呼称し、祝詞と呼ばれる魔法に於いての呪文に載せて口ずさむことで始めて発動する高火力の魔法攻撃のことをいう。
戦闘での使用を考慮し、節を簡略化することで発動速度を上げるのが現代魔法の特徴と言えるのだが、精霊魔法はその限りではない。
それでもなお戦闘で使うのならば今回のように相手を弱らせてからか、遠距離からの砲撃がより効果的かつ実践的なのだが、使い手が少ないというのが最も問題だ。
威力は平凡だが使い手が多く速度が早い現代魔法と、高火力だが使い手が限られるうえに時間もかかる精霊魔法ならば、採用されるのは前者となる場合が多いはずだ。
「祖母がエルフでしたので。成人前の話にはなりますが、精霊魔法を教えて頂いていたのですよ」
「…………」
「知っていましたか? 私に限らず、この国ではそういった事情を持つ移民が多く流れ着いているのですよ。それに見えないかも知れませんが、こう見えて私は貴方様には感謝しているのです」
「……………………」
「ふむ、だんまりですか。――割りますねっ!」
「――うおっ⁉ ば、馬鹿セリアこのやろうっ! もし砕けたら痛いだろうがっ!」
「……女性が好きな相手に自分のことをもっと知ってほしいと願ってるのに、無視するからですよ?」
「おいおいセリア、急にどうしたよ? やけに積極的じゃないか」
「今更隠しても仕方がないのでしょう? もし私を愛人として囲いたいならその実力、常に試されることを覚悟して頂かないと困ります」
「まいったな。俺はアイヴィスと違って凡人だから、毎日修行しなきゃじゃないか」
「――っ⁉ ……ふふっ、大丈夫ですよ。例え目に見えて結果が出ずとも、継続することこそが大事なのですから」
シュウとしてはセリアの攻撃を全て受けきり、凍結させられた時点でギブアップをする予定だったのだろう。
彼は基本的に小心者なので、自分の口から出たあまりにもキザなセリフがフラッシュバックし、穴があったら入りたいという心境に至ったようだ。
しかし、鬼教官リドリーによる連日の試練を耐え抜くどころか一本取ったことを知っているセリアには効果が薄いようで、傍から見たら止めにしか見えない容赦のない追撃を生んでしまった。
セリアとしても心の内を知られてしまった手前引くことが出来ないのか、逆に素直に受け入れることでシュウにプレッシャーを与える作戦に切り替えたらしい。
しかしそこでもシュウの何気ない一言に心臓を貫かれたのか、彼女の冷血の仮面は既に機能していないくらい溶け切ってしまっている。
「ちょっとセリアさん? その笑顔は反則じゃない? 不覚にもドキッとしてしまって、分隊長としてはどうしていいか分からずに困るんだが」
「強くて可愛らしい奥様が二人もいらっしゃるのに、部下である私まで受け入れようとするシュウ様が悪いのです」
「いや、そうは言うがセリア。今のキミに迫られたら断れる男なんて、そうは居ないと思うぞ」
「そうでしたか。でしたらこの半端な関係を暫く続けて、シュウ様を振り回して差し上げますね」
「……あ、あれ? 様呼びになってる? それにいつの間にか立場が逆転してない? ちょ、ちょっと待ってよ! 思わせぶりな態度は無しにしようって〜」
「――そうだ! 今度シュウ様に精霊魔法を教えて差し上げますねっ!」
「それは有り難いけど話逸らされた〜。俺恋愛経験とかあまり無いから、この手の駆け引きまじで苦手なんだよぉ〜」
「ふふふっ。モテる男は大変ですね、シュウ様っ!」
行動心理学の観点から言えば、ヒトは好きだと告白されたらそのヒトが気になり始め、いずれは好きになってしまうという側面を持っているそうだ。
今回の例はまさにそれに当てはまり、好感度を可視出来るシュウは少なからずセリアに好意を抱いていたということになる。
もし仮に妻である二人にセリアという愛人が出来たと伝えたとして、口では文句を言いつつも最終的には受け入れてくれるだろう。
そう本気で思うからこそ彼の自制心が、実はセリアのことが少し気になっているという感情をオブラートに隠していたのだ。
何より正確に言えば、妻が二人居るのはアイヴィスでありシュウではない。分魂された分体である以上それは個人であり、新たに生まれた一人のヒトなのだ。
要するに厳密に言えば浮気ではないので、シュウとしても罪悪感が薄いのである。
だからこそ歯の浮くようなセリフを連連と並び立てることが出来たのだろう。気恥ずかしさを誤魔化していたという見方も可能だ。
「ではまず、水の精霊魔法からにしましょうか! シュウ様は木属性なので少々苦戦するかも知れませんが、使いこなすことが出来れば促進作用が見込めますからね」
「”五行相生”、だったっけか。確か水属性は、木属性に相生作用があるんだったな」
「その通りです! 茨魔法の強化だけでなく、例えば氷と風を合わせた『氷刃』などの複合魔法も使えるようになると思いますよ」
「良いね、セリアの得意属性か。色々と日常においても便利そうだし、それでいこうか」
「ふふっ。シュウ様と私の二人でする、初めての共同作業ですね! 空いた時間に私にも剣技の指南をして頂けると嬉しいですっ!」
「ちょっと待って。セリアたんがぐいぐい来るから心臓が痛いんだけど、助けて?」
ともあれ皇国は、一時的にだが確かに平和な日常を取り戻し始めていた。
しかしそれは残念なことに、教国が意図的に生んだ嵐の前の静けさであったのだ。
……数日後、彼らはそのことを再び知ることになる。
ヒトが平和に暮らすためには、敵対するその須らくを排除しなければならないと。




