二章02話 近衛騎士団分隊長01。
「分隊長ー! まったく、どこに隠れているんですか。出てきなさい分隊長ーっ!」
ひぃぃ、勘弁してくれよ。今日だけでもう八時間休み無しで訓練やら仕事やらしてんのに、まったくはこっちだっての。
大体巡回は兎も角として、代わり映えしない定例会議を毎日一時間も掛けてする必要無いだろうに。
いやぁ、失敗したなぁ。ラヴちゃんに自然に接近出来るようにこの分隊長とやらになったはいいが、副長さんが真面目かつ手厳しすぎるっての。
俺の本体――アイヴィスがラヴちゃんとシュアを連れてヴェネティア帝国に行く以上万が一に備えて俺――烏丸朱羽が皇国に残る必要があったわけだが、正直首都防衛という意味ではマリア一人で何とかなるんだよね。
「……はぁ、仕方ない。夜烏に行くのは諦めて、今日のところは素直に母さん――シャルルロア元皇妃の護衛に戻るとするか」
お母さん――ベニヒメさんに処置を任せたあの怪しい仮面について詳しく聞いておきたかったんだが、残念だな。
カラサギの巫女である彼女に限って処置を誤るなんてことはないとは思うが、使徒となったシュアの攻撃でも傷一つつかなかったというのが少し引っかかるんだよね。
ロロに聞こうかと思ってアイヴィスと連携してみたんだけど、魔の森が近いせいか上手く繋がらないんだよね。
スマホの電波障害といえば伝わるだろうか。魔力濃度の高い区域はただそれだけで、他の力を排除する自浄作用があるのかも知れないな。
ともあれ。見た限りでは衝撃に強そうな材質でも無さそうだし、聖遺物――神の残した遺物の線が濃厚だと思う。
聖遺物を扱うには聖遺物に認められないとならないと聞いたことがあるし、少なくともジョーカーは使えた。ということは、最悪”勇者様”と呼ばれる転移者達は全員使える可能性があるということになるよな。
聖教国というくらいだし、さぞ沢山の聖遺物を抱えていらっしゃることでしょう。
そしてそれを使いこなせる勇者様も相当数いると仮定すると、実に厄介だな。
こちとらジョーカー一枚で皇帝と第一皇子を落とされているわけじゃん? 正直ピンチ以外の何物でもないよね。ははは……。
はーっ。頼むアイヴィスっ! お米に籠絡された婚約ではあるが、どうにか結婚まで繋げてくれっ!
情けない話だが、非戦闘員含めて五百万人程しかいない皇国だけじゃ億に届かんとする聖教国とその取り巻きの小国群には到底立ち打ち出来ん!
仮に帝国を巻き込むことが出来たとて数の上で四分の一にしかならないけど、抑止力としては申し分ないからな。
「――見つけましたよ、分隊長っ!」
「ぎゃぁぁっ⁉ せ、副長っ⁉」
「さ、早くおいでなさって下さい。リドリー様に今日のノルマは倍にして頂くよう進言しておきましたから、覚悟して下さいね?」
「な、ななな、なんだってーっ⁉ ま、待てっ! 俺は母さ――シャルルロア元皇妃の護衛という重大な任務がだな――」
「――あぁ。それなら問題ありませんよ? 元皇妃様もご覧になられるそうなので」
「……え、何でそんなことになるの?」
「さぁ? 私に聞かれても分かりません。そんなことより、さっさと参りますよ!」
「い、嫌だぁぁぁっ⁉ た、助けてお母さぁぁぁんっ!」
「……はぁ。いい年して何を言ってるんですか、まったくもう」
い、いい年してても母ちゃんに頼ったっていいだろうがっ! ていうか別に、本気で言ってるわけじゃないからその腐った生ゴミを見るような目を止めやがれ!
くそ、セリアの奴よりにもよってラヴィニスのお母さんにチクるとはたちが悪い。
ラヴィニスに敗退してから修行と称して各地に旅に出てたと思えば、いきなり帰ってくるなり近衛騎士団の剣術講師を務めると言って聞かないし、はぁぁぁっ。
何というか、彼女のお父さんがあんなにビクビクとしてた訳が分かってしまうな。
そもそもなんで俺なんかが皇国随一の騎士と名高いリドリー様にマンツーマンで指導受けてるの?
見た目アラサーで中身アラフォーである朱羽さんとしては、三十前半なはずなのにどう見ても年下にしか見えない奥様に叩きのめされるのは、正直いたたまれない気持ちになるので勘弁願いたいのですが……。
「神様仏様セリア様ぁ。きょ、今日ばかりは見逃して貰えませんか? 大事な用事があるんですよぉぉぉっ!」
「ダ・メ・で・すっ! 大体分隊長は分隊長としての自覚が無さすぎますっ! いいですか? 近衛隊第一分隊である我々に求められているのは全分隊の規範として自覚を以て――」
「――おーけー分かったすぐ行こう今すぐ行こう。あー、腕が鳴るなぁ!」
「あ、こら待ちなさい分隊長っ! ヒトの話は最後まで聞くのが筋ってものです!」
「そうかも知れないけど今はリドリーさんをお待たせしてるんだろ? ちゃちゃっと終わらせて酒でも飲みながら話そうぜ〜」
「んもう! 分隊長がゴネるからでしょう? 本当にしょうがないヒトですねっ!」
くっ。融通の効かない奴め。絶対彼氏いないだろこいつぅ〜! はぁ。やっぱりラヴちゃんやシュアみたいに従順で都合のいい女性なんて滅多にいないものなんだな。
改めて言うこともないが出自と言い容姿といい嫁さん達といい、本当に本体は恵まれていたんだなぁ。
一方その頃分体で分隊長でもある俺はと言うと、年下の部下に詰られてるわけで。
はぁぁっ。やはり神とやらは個体で贔屓する存在らしいね。ま、一応俺もその部類の末端に位置するらしいけども。
しかしセリアも勿体ない女だよな。付き合いいいし器量もいいのにガミガミガミガミと。正直助かってることの方が多いから有り難いけど、流石に毎日となると嫌になっちゃうんじゃあないか? ま、俺には関係ないけどさ。
「遅い! 遅いぞシュウ! 貴様はいつもそうやって弛みおって!」
「ぎゃぁぁっ⁉ ちょ、ちょちょちょリドリーさん危ないからっ!」
「――ほう? 今の奇襲をいなすとは。流石はシュウだな」
「そんなギラギラの殺気で襲ってきたら誰でも分かるっての! ていうか真剣じゃんかそれ! 殺す気かよっ⁉」
「ふん。本当に殺す気があるならばこんなに分かりやすく気配を立てんわ」
「……殺気消して殺すとか、じゃあそもそも殺気って何なんでしょうね」
「知らん。だが虚実を交える高度な戦闘に於いて、なくてはならぬ感覚だ。常に感じられるように精進しろ!」
「横暴だよぉ。首を狙うとか、最悪怪我じゃ済まないのにぃぃぃっ」
「ふっ。仮にこの奇襲をその身に受けたとて、頑丈なお前なら死ぬことはあるまい」
「死ななければいいわけじゃないからね? 心には一生癒えない傷を負うからね?」
ぐぬぬ。皇国に危機が訪れているというのにリドリーさんってば、相も変わらずに平常運転だな。
幼き日のラヴィニスを思うと、よくこの指導で大成出来たなと感心するよ。俺ならその過程で百回は死んでる自信があるね。
何よりこの鬼神を十五歳で打ち破ったとか凄すぎない? 俺の嫁、最強なんだが。
シュアから教わった紅烏流剣術とリンネちゃんがくれたスキルのおかげで何とか形にはなってはいるけれど、もう少し加減してくれてもいいと思いません? 思いませんね?
「……シュウ。折角リドリー様が稽古をつけて下さると仰っているのですよ?」
「母さ――シャルルロア元皇妃。そうは仰りますが、少々手厳し過ぎると思います」
「これくらいで根を上げてどうするというのですか。アイヴィスが皇国の光なら、貴方は影として精進せねばならないのですから」
「ぐぅ。しかし今日だけでもう八時間も働いてますし、休息を取るのも重要だと愚行する次第でして……」
「却下します。紅姫様とリンネちゃんからは多少の無理は問題ないと言質を取ってありますからね」
「ぐぬぬ。二人して余計なことを……」
……はぁ、失敗した。常々間が悪いと自覚はしていたが、まさか仮面を届けたタイミングで母さん――シャルルロア元皇妃に出くわすとは思わなかったよ。
転生者であることも元アラサー男性だったことも、何なら最近その姿で再誕したことまでも洗いざらい絞られちゃったからな。
いやぁ実に怖かった。父さん――アルマス元皇帝が母さんを激情家だとは言っていたけど、普段の姿があまりにも淡白過ぎるせいで信じてなかったよ。
しかしベニヒメさんをうっかりお母さんと呼んでしまったとは言え、似ても似つかないはずの俺がアイヴィスだと分かるもんかね?
俺が分かりやすいのか、気がついていないだけで良く観察されていたのか。
まぁ、正直こんなにすんなりと受け止めて貰えるとは思っていなかったからそこは感謝しているけども。
これは推測だけど、もしかしたら俺がアイヴィスと連携を取れているようにベニヒメさんもロロと通じていて、知らぬ間に母さんと密に連絡を取り合っていた可能性があるな。
そうじゃなきゃリンネちゃんの存在をベニヒメさんが知ることは出来ないはずだし、まいったな。二人の安全のためにも出来れば秘密にしておきたかったんだよね。
「シュウ! そんなことを言うものではありませんよ? 二人は貴方を心から心配しているからこそ、私にだけ内緒で教えてくれたのですから」
「ちょっ⁉ ……ち、近過ぎます皇妃様。皇帝が亡くなられて以来その座を望まんとする貴族は少なからずいらっしゃるので、近衛騎士とは言え男性に密着するのは外聞に響きますよ!」
「母が娘――いや、息子に触れることの何がいけないのですか! ただでさえ貴方は抜けてる部分が目立つのですから、母として見過ごすことなど出来ません!」
「そ、そうはおっしゃいますが、アイヴィスとして育てられてきた過程で皇妃様が干渉をして来たことなど今の一度も無かったではないですか!」
「――ッ! そ、それはそうですが、そうすることが貴女のためになると信じていましたし、紅姫様は勿論のこと、ラヴィニスやシュアのことも信頼していましたから」
「だとするならば尚更心配御無用です。アイヴィスとしての記憶だけでなく前世の知見も混在しているので、経験だけで言えば皇妃様よりも豊富だと自負してますから」
「そのはずなのに抜けているから心配しているのです! 聞けば貴方、アイヴィスと比べて能力的に劣っているそうではないですか! 分魂された分体だから仕方ないとはいえ、ただでさえ心強いサポート役が居ないのですから、出来る努力はするべきだと母として叱咤激励をしているのですよ!」
ちょ、ちょっとシャルルロアさん⁉ だ、だから距離が近いんだってばよぉ!
まいったな。本当に心配してくれてるということは重々承知だし俺としても嬉しい気持ちのほうが強いんだが、転生した身からすると何というか申し訳ないんだよね。
実際に血の繋がっているアイヴィスであるならば個人的にもまだ納得がいくし、完璧とは言わないが、女帝としても結果を残すことで貢献できている実感も湧くんだけども。……シュウくんは、そうじゃないじゃん?
何なら完全に身から出た錆というか何というか、早い話出涸らしのようなもので、言い方は悪いけど母さんとは全く関係のない別人なわけでして……。
何よりもリドリーさん同様に、俺の方が実年齢は上なんだよね。それなのに年下の未亡人に世話を焼かれるとか、無理すぎんか? 無理無理よ。
自尊心とかを抜きにしても申し訳無さすぎる! 受け入れてもらえただけで満足だし、何なら父さん――皇帝の分まで俺が護らないと採算が取れないでしょうがっ!
「母さん。……はぁ、困ったな。本来であれば忌避されても不思議ではない俺を受け入れてくれただけでなく、心配までしてくれるのは本当に感謝しているよ」
「……シュウ」
「でも俺は、アイヴィスじゃない。正直アイヴィスの中に存在する異物のようなもので、貴女の愛を受け止めて良い立場じゃないのです」
「――シュウッ!」
「痛ぁぁぁっ⁉ え、え? な、ななな、なぜ今俺はシバかれたんです?」
「素直にお礼を言うのかと思ったら何を言い出すのですかっ⁉ 怒りますよ!」
「え、あ。もう怒っていると思――は、はい! すいませんでした、母さん」
「シュウ、良いですか? 確かに貴方の前世は男性で、私よりも年上だったのかも知れません。……ですが、今生では貴方は私の娘として産まれて育ち、最近また息子としても生誕したのです。元々あまりにも優秀過ぎるので何か秘密があると思っていましたし、前世だろうが前前世だろうが今を生きる貴方こそが貴方であり、その全てを含めた今の貴方こそが愛しき我が娘であり、息子なのですよ」
お、おいおい涙が出そうなんだがっ⁉ ていうか出てますこれ止まりません。
傍から見たら元皇妃様に平手打ちされて涙ぐむ情けない青年男性に映っているかも知れないがどうでもいいっ!
俺の母さん母性の化身過ぎて、もはや彼女こそが女神なのでは無いでしょうか?
あぁ。異世界に転生して無敵な気分を多少なり味わっては見たものの、アイヴィスとしてもシュウとしても、母さんとお母さんにだけには一生敵わないだろうなぁ。
良し! アイヴィスだけじゃなく、俺も頑張るか! こんなにも慈しみを持って接してくれる母さんに何も返せないときたら、それこそ父さんに顔向け出来ないしな。




