幕間 マリアージュ01。
「さてマリア。俺が最も信頼する召喚獣のキミに、先日の感謝と新たな願いがある。どちらから聞きたいかい?」
「それならばお願いを申して頂けると幸いですわ。私としては主様の下僕として当然のことをしたまでですので、改めてお礼などは過分な報酬で御座いますの」
「そうかい? ならば一つ、大事な頼みがある。前置きなどは省略するが、ずばり女帝アイヴィスの代行者として王座に座ってくれないだろうか?」
「――なっ⁉ わ、私が玉座に、で御座いますの?」
あ、主様は一体何を仰っているのでしょう? 玉座を他者に譲り渡すとか、皇国の歴史を遡っても他に類を見ませんわよ⁉
正確にはご病気などで宰相などに一時的に実権を預けた例は御座いますが、最初から全てを他者に委ねるなど聞いたこともありませんわ!
主様のことだから私では伺い知れぬほど深い理由があるのでしょうが、正直私程度の人間に皇帝の職務が務まるとは到底思えませんの。
いえ、仮に職務は熟せたとしましょう。しかし私は主様と比べ、圧倒的にカリスマ性が足りませんの。真の皇帝とはただそこにいるだけで他者を従えてしまうほどのオーラを内包しているものですが、アルマス様がお隠れになった今、我が主様を除いてその適性があるものなど存在致しませんわ!
「そうだ。控えめに言って俺は貴族として変わり者の部類に入るうえ、あまりにも可愛すぎて内外に舐められてしまうだろう。そこで貴族社会に精通しているだけでなく、ヒトを魅了する美しい容姿と豊満なスタイルを持つキミに代理人として皇国の統治を頼みたいのだよ」
「アイヴィス様の可愛さがアヴィスフィア一なのは誰もが知る周知の事実ですが、先日の件で私は貴族の皆様に恐れられておりますのよ? ヒトを縛るのに恐怖は実に効果的だとは思いますが、国外へ優秀な人材が逃亡してしまうなどのデメリットもあると進言いたしますわ」
「大丈夫。国民の約十分の一は俺に従順なカラサギ族だし、そうでない他の国民達には別の手を用意してある。確かに友好貴族ではない他の貴族達は恐怖で逃亡する可能性も無きにしも有らずだが、そしたら有効的な別の者を貴族に迎えれば良いだけさ」
「……やはり主様は素晴らしいですわ。貴族は民を導き護るものであると同時に民に生かされるものであるということを、真に理解なさっておいでなのですのね」
「そうかな? 別に普通のことを言っているだけだと思うのだけど……」
一見貴族――延いては封建社会を蔑ろにしているように聞こえますが、その実態は異なるように思いますの。
これは私の推測に過ぎないのですが、主様は皇国の唯一絶対の”象徴”として君臨なされるおつもりなのでは無いでしょうか?
以前私を貴族の模範であると称賛して下さったことは未だ私の心を満たしておりますが、その私を皇帝補佐――宰相として統治を委託するということ。
つまりは真の貴族だけが民を支配する地盤を作り自身は民の唯一絶対の象徴として君臨することで、権力を自分の力だと勘違いして間違いを犯す貴族の発生を抑制しようと考えられているのでは無いでしょうか。
さ、さささ、流石は我が主様です! おおよそ私では考えつかないような、実に合理的で無駄のない統治方法で御座いますわ!
「私の勘違いだとしたらお恥ずかしいのですが、もしかして主様は民の”象徴”になるおつもりなのですの?」
「――っ⁉ びっくりした。流石はマリア、まさか当てられるとは思わなかったよ」
「ふふっ。見縊らないで下さい。貴方様は私の唯一絶対の主様ですのよ? ラヴィニスやシュア様の次くらいに主様のことを理解しているものだと自負しておりますわ」
「ありがとね。ちょっと怖い気もするけど、嬉しさのほうが勝るかな」
「ふふふ。照れてる主様、とても可愛いですわ。もし私が貴方様の召喚獣で無かったら、堪らず襲いかかっていたかも知れません」
「うん。訂正しようか。普通に怖いね? 特に後ろで蠢くヌルヌルの触手達が此方を狙っているところとか、薄い本でよくあるシチュエーション過ぎて震えてきたよ」
あら、嫌ですわ主様ったら。この可愛らしい触手達を下さったのは他でもない貴方様ではないですか。
無数のギャラリーが湧く処刑場で伯爵様だけでなくラヴィニスにまであのような痴態を目撃され、あまつさえ敢え無く達してしまいましたのよ?
私がただのマリアージュであったときから憎からず思っていた貴方様に、無理やり身体を弄られて半強制的に好きにさせられた快感は一生忘れることは無いでしょう。
淑女たるものとして、真の貴族たるものとしてそういった知識も数多く学びましたが、他の全てが些細なことだと思える刺激的で甘美な、それこそ脳髄が溶けるような快楽など私は知りえませんでした。
実際に先日殺さずに捕らえた娘達が私をお姉様と慕い命令を遵守するほどには絶大な効果がありましたし、少なくとも彼女達の生命まで奪う必要性が無くなりました。
これも主様が私の好きなようにさせて下さったからであり、何より好きなように出来る力を与えて下さったからに相違ありません。
あぁ、あぁ主様。わ、私。私、もう堪りませんっ! 主様への愛でもう、どうにかなってしまいそうですわぁぁぁっ!
「……あー。ちなみにその”象徴”についてだが、アインズ皇国に”アビス教”という宗教を設け、俺がそこの”女神”となることにしたからね」
「――っ⁉ アビスとはもしや――っ!」
「そう。聖アイシュ教国の総本山である聖アビス教会をリスペクトした新興宗教さ。実に皮肉が聞いているうえに俺の名前であるアイヴィスにも近いし面白いだろう?」
「……ゴクリ。主様、言うまでもないことかも知れませんが――」
「うん、まず間違いなく戦争になるだろうね。それも二国間のみで済まない世界大戦に発展する危険性も孕んでいる」
「だからこそ私に内政を一任し、自身は民の象徴として意思を纏めて恭順させるのですね。教国としては英雄アルマスを打倒した今が好機と活きんでいるでしょうし、避けようが無いのならば逆に取り込んでしまおうということでしょうか?」
「そうなればラッキーかな。俺も一応神の端くれのような存在だから民の信仰如何で能力の向上も図れるし、何より相手の土俵で蹴散らしてこそじゃない? 女帝となった以上それなりの成果を出すべきだし、何より彼らは私の家族を狙ったからね」
「……生かしてはおけない、ということですの?」
「少なくともジョーカーとやらを派遣した奴らには地獄を見せてあげようかな、と」
事実として、英雄アルマスを淘汰した聖アイシュ教国が聖戦を掲げてアインズ皇国に侵攻を開始するのは時間の問題だと思いますの。
女帝となった以上その対抗策を模索しなければならないとは言え、まさか自身が新しい女神として位置付けして皇国の民の象徴になるとは。主様のことを常日頃から考えている私ですら想像も付きませんでしたわ。
突拍子のないことを仰っているように見えて、実に合理的で無駄がない。何よりその決断力の高さがヒトとしての枠組みから外れた、まさに神のような采配に思えるのは私だけでは無いはずですの。
正直申しまして、主様のこの決断が正しいものなのかを判断する基準を私は持ち合わせておりません。
しかし主様がそうと決めたのならば付き従うのが下僕の役目、私に出来ることならばなんだって致しましょう。
……そう。私、マリアージュ・リリティア・アインズブルグは、主様の忠実な下僕なのですから。
「と、いうことでマリア。早速俺と、子作りをしようか?」
「――はいっ! ……はいぃぃぃっ⁉ え、ええっ⁉ こ、こここ、子作りですのぉぉぉぉっ⁉」
「おぉっ。実にいい反応だね。やはりマリアは俺のツボを分かっているねぇ」
「い、いやあのっ! いや、決して嫌だとかはなくてですね? その、奥様お二人とのお子もまだなのに私となど烏滸がましいというか何というか……」
「あぁ、それなら別に問題ないよ? ラヴィニスとシュアは既に俺の分体を孕んでいるからね」
「……ぶ、分体、ですの?」
「うん。もしものときの保険っていう体なんだけどその、何というか。……はぁぁっ。実に自己嫌悪したことだから改めて言うのも恥ずかしいんだけど、どうやら俺は自身の子となる相手にすら愛する妻である二人を奪われるのが嫌らしいんだよね」
「……なるほど。そこで私に白羽の矢が立ったというわけですのね」
「そういうこと。マリアのことは好きだし信頼も出来るうえ、他言もしないだろう? ラヴィニスと血縁者という事実も加味したし、今回の活躍の報酬にもなるからね」
つまり主様は私が自身との子を儲けることが私にとって名誉であり価値のあるものだと考えていらっしゃるということですわよね?
なるほど、実に困りましたわ。市井の女であれば馬鹿にするなと声を大にする案件なのかも知れませんが、悔しいことに主様の言う通りですの。
そもそも私は皇族のどなたかと結婚して子を成すことで立場を確立し、優秀ならば女性でも政治に関わることが出来るのだと証明しようという野望が御座いました。
貴族社会はどの国も例外なく男性社会であり、なまじ優秀な女性は結婚相手としても政敵としても煙たがれてしまう不憫な存在でしたからね。
だからこそ皇族に取り入ることで立場を向上させてその後に繋げようと思っておりましたのに、気がつけばそれをどうにか出来る立場になっているではありませんか。
しかしだからといって、ラヴィニスを蔑ろになど出来ません! あの娘は本当に主様が好きで、主様だけのために今まで死にものぐるいで頑張ってきたのですわよ?
「あー、なんだ。多分ラヴィニスのことを気にしているのだと思うけど、それも問題ないからね? それにこんなこと、キミ以外に頼むこともない」
「……へっ? そ、それはどういう……」
「う、うーん。言い辛いんだけど、マリアとの子作りはその、なんだ。か、彼女も一緒にすることになるからね」
「えっ、えぇぇぇっ⁉ さ、さささ、三人でするのですのっ⁉」
「……どうやらラヴちゃんってば、俺が目の前で大切な女性に寝取られていることに対して性的興奮を覚えるみたいなんだ」
「ら、ラヴィニスぇ……」
「どうにも”大切な女性”というのがミソみたいで、決して誰でも良いわけじゃ無いんだそうだ。俺としてもシュアと同時に愛してしまった手前、その性癖に対して強く言えなくてね? 結果として助けられてはいるのだけど、同時に困ってるんだよね」
「な、なるほどですわ。あ、あああ、主様もその、ご苦労なされているのですね」
「それほどでもないよ。……それともう一つ、俺達の性交渉は”びでおかめら”という記憶媒体で記録を残すことになるから、そのことにも了承して欲しい」
「ぅえっ⁉ と、ととと、撮られながらさ、ささささ、三人でするのですのっ⁉」
「……はぁ。こっちはシュアちゃんの趣味でね? 俺としてもそんな男優さんみたいなのは恥ずかしいんだけど、愛する妻の頼みは断れなくてね。マリア、諦めてくれ」
「そもそも拒否権が存在していませんわっ⁉ どうあがいても断れないんですが!」
「ふっ。キミなら知っているだろう? 真なる交渉とは勝った状態で始めるものだということを」
「だったらこの時間は何でしたのっ⁉ 最初から決まっているならそもそも交渉なんて要りませんでしたわよね?」
「まさか。これは必要なことだったよ。現にキミに全て打ち明けたおかげで、俺の中の罪悪感が徐々に薄れて来ているからね」
「さ、最低です主様! 主様のことは尊敬してますし大好きですけど、やっぱり最低なお人ですわぁぁぁっ!」
あ、あああ、主様は最低です! 私が主様のことを好いていることなど百も二百も承知なうえで交渉とは名ばかりの強制的な感謝を送りつけるだなんて!
思い返せば私、過分な報酬であるとお断りしていたのに、最初から聞く耳など無いではありませんか!
ぐ、ぐぬぬっ。こんなにも蔑ろにされているのにっ! 女性として、貴族としてあまりに失礼なことを言われているのに喜んでしまっている私が許せませんっっ!
もし仮に私が主様を今ほど好いていないとしてもこの交渉を了承している姿が目に浮かぶのも許せません! 主様ってば、私のことを知り過ぎではありませんかっ⁉
「――チュッ。ふふっ、大変なことばかりキミに任せてしまって済まないね」
「せ、接吻なんてそんな。流石にそれは、ず、ずるいのではありませんの?」
「俺のキスなんて序の口さ。……ラヴちゃんのはもっと凄いから覚悟しなよ?」
「ら、ラヴィニスとのせ、接吻? そ、そんな私達は姉妹で――」
「おかしいな? キミはラヴィニスのこと大好きだと記憶していたが……」
「そ、それは間違いありませんがでも――」
「先程も言ったが諦めなさい。キミは既に俺とラヴィニスに惚れられてしまっているからね。最初からそもそも逃げ道が存在しないのさ」
「……主様、本当に最低ですわよ? 主様の、ばぁか」
今更そんな優しく接吻したところで私、ぜ、ぜぜ絶対に許しませんわよ? こ、こここ、こうなったら床にて勝負致しましょう!
私とて貴族! それも公爵家の元令嬢ですわ! 知識だけならそこらの木っ端貴族はおろか、皇家にだって負けませんからねぇぇぇぇっ⁉




