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アヴィスフィア 〜両性を駆使して異世界を謳歌する〜  作者: のんから。
一章 皇国騒動
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一章23話 道化の仮面01。

「ふふっ、懐かしいな。こんなに感情が高ぶっているのに冷静になるこの感じ、まるであの誘拐事件の顛末を思い出すね」


 時は現在。皇帝を弑することで一族の復讐をなさんとしたバインを自身の召喚獣であるマリアに任せたアイヴィスは、自身の義理の兄である第一皇子が待っているであろう皇帝の執務室へと歩を進めていた。


 彼の言葉通りマリアは殲滅能力に優れている『御薦薔薇《ベガ―ロゼス》』の召喚獣であり、その名の通り常に乞食のようにヒトなどの生物に内包される魔力を天井知らずで求め続ける悪魔でいうサキュバスに近い存在だ。


 彼女に使用した薔薇の種子はアイヴィスが幼少期に擦り込みをし、自身の魔力を少しずつ与えることで慣らした所謂ブリーディング個体である。


 そのため彼を実の親、或いは主人として認識しており、何でも言うことを聞いてしまうほどには絶大の信頼を置いているといった具合だ。


 ちなみに御薦薔薇の原種は魔の森の三層以上の奥地で自生しており、男であればその血肉を肥やしとし、女であれば自身の種子を産み付け成長させる苗床として最大限有効活用したあとに捕食する植物型の魔物だ。


 中でも贄として特に価値の高い処女の娘は、食べ頃になるまで茨の繭の中で直接口腔摂取を行い保守管理するという、まさに悪魔じみた特性も持っている本物の怪物なのだ。


 言うまでもないが、三層以上というのはもはやヒトでは自活出来ないほど過酷な魔の領域である。


 ……あまり大きな声では言えないが、今頃バインの系譜であるカラム伯爵家の使用人を含めた一族郎党は、誰一人として逃れられない阿鼻叫喚の地獄を味わい尽くし、心ゆくまで堪能しているだろう。


「我ながら無慈悲な決断だよな。長らく皇国を支えてきた貴族の一族を老若男女問わず殺戮し、その使用人までも歯牙にかけてしまうのだから」


 復讐や禍根などの目を断つ確実な手段の一つである”殲滅”。ヒトである以上常識に囚われ、有効だと理解していても選び難いその選択肢。


 しかし彼は一切躊躇せずにそれを選んだのだ。その後訪れるであろう精神的な負荷を甘んじて受け入れ、皇帝殺害と至った謀反人の系譜を文字通り”再起不能”に陥れるために。


 その一環としてプライドの高いバインが嫌うであろう無関心を貫き、彼が懸想する元婚約者候補をその断罪に充てがったのだ。


「「……アイヴィス様」」


 非情な決断を迫られたアイヴィスを心の底から心配するラヴィニスとシュア。


 彼をそうさせたトリガーこそが彼女達の危機であり、アイヴィスにとって他の何よりも優先される最重要事項なのだ。


 アイヴィスは根が優しく、魔物相手ですら無駄な殺生をしない。


 本人からすれば博愛精神ではなく単に生命を奪うということに対する恐怖心からなのだが、殺らねば殺られるのならば徹底的に殺戮するという覚悟をしているのだ。


 元日本人としての常識と皇女としての常識の鬩ぎ合いによる葛藤。それこそが彼の心に起こる激情と冷徹の共生感情の正体なのかも知れない。


「ふふっ、大丈夫だよ。一番悪いのは可愛い娘がこんな化け物のような精神構造に至るまで成長させた父様だから。罰として閻魔様の前で赤っ恥を掻くほど派手な衣装で着飾らせ、国を上げた豪勢で絢爛な葬送して差し上げましょうかね。ふふふふふっ」


 その原因の一端になった父に向けて、実に三日月に裂けるような醜悪な笑みを浮かべるアイヴィスさん。


 素直ではない彼の本心を代弁するのならば、それほどの敬意を以て国葬をしようと言うことだろう。


 そう。そこには一切の他意はない。全くもって健全で、優しい心の持ち主なのだ。


「「アイヴィス様……」」


 先程までとはベクトルの違う心配をするラヴィニスとシュアを連れ、いよいよ元凶となった諸悪がいるであろう執務室に到着した。


 いよいよクライマックスという状況なのだが、緊張感が感じられない。


 リラックスをしているといえば聞こえは良いが、本当にこのような状態で皇帝の無念を果たすことは出来るのだろうか。


「いよーうお兄様、元気かい? ……おや、もしかしなくてもひどい顔ですね。まるで死人みたいじゃないですか。あ、顔に色をつけるのを忘れてました。てへっ」


 ばったんと大げさに扉を開けるアイヴィスさん。まるで冗談のような所作ではあるが、それこそが彼のらしさを全面に表している。


 穿った言い方をするのなら、戯けることで自身の激情を誤魔化しているのである。


「で、あるか。――して、余に何用である?」

「…………」

「ふむ。黙っていては分からぬではないか。兄として察して上げるのが常なのだろうが、如何せん余はヒトの感情の機微に疎いようでな」

「……ふふっ。ここまで白々しいと、怒り冷静になった頭が再度沸騰して可笑しくなってしまいそうだよ。お兄様も暫く見ない間に、中々やるようになりましたね」

「ふっ。中々に曲者な妹を持ったものでね。兄として、簡単に負けてはいられぬのだよ」

「……………………」


 会話だけを聞くならばその口調といい内容といい、実に仲の良い兄弟の掛け合いにしか思えない。


 事実アイヴィスはこのような関係性を彼と築ければ良いなと考えていたため、更にその複雑な感情を刺激されているのだろう。


 というのも、珍しく怒りの感情が無表情という形で顔に現れているからだ。


 常日頃から美少女は美少女足らしめる所作が大事であると考えているアイヴィスにとって、表情は特に気を配っている項目の一つである。


 もう一つである明るい口調で快活に話すという点もだんまりすることで実現できていないため、余程腹に据え兼ねているのだということが客観的に見て取れる。


「――アイヴィス様。少し、落ち着いて下さい」

「そうばい。安か挑発に乗るなんて、らしゅうなかやんか」

「……ごめん、ありがとう二人共」


 その異常にいち早く気がついたのがラヴィニスとシュアだ。


 常日頃から行動を共にしているのは伊達ではなく、瞬時に冷静さを失っているのだということを理解したのだろう。


 ジョーカーと呼ばれた諸悪の恐ろしいところがこの点で、記憶を有する上に優秀な思考回路をしているので当人間の関係性を余すことなく利用されるのだ。


「ふふっ、相変わらず仲が良いな。その輪にこの兄も混ぜてはくれぬだろうか」

「残念ながらお兄様、ここから先は男子禁制です。……何よりこの下らない茶番劇に飽きましたので、そろそろこの世からご退場して頂こうかな」

「……ほう? ドルマス同様に兄である余に逆らおうというのか?」

「残念ながら、私の兄はもうそのドルマスしか居ないようですのでね。死人は死人らしく、さっさとその口を閉じて下さいな――『茨乙女(ソーンメイデン)』」

「――むっ⁉ 動けぬ……これは、茨か?」

「轟け――『地雷震チライシン』」

「紅烏流一ノ型――『紅一閃くれないいっせん』」

「――がっ⁉ か、身体が痺れ――ぐぅぅぅっ!」


 あくまでも兄としての顔で語りかけてくる異物に愛想が尽きたのか、見たものを凍りつかせるような冷たい瞳を宿らせたアイヴィスが得意の茨魔法で瞬時に縛り上げた。


 寸分違わぬタイミングでラヴィニスが雷属性の追撃を行い、彼の召喚した茨に纏わせ地を這わせることで対象の全身を硬直させ、シュアが一切の容赦をせずにその心の蔵を貫いた。


 流れるようなこの連携こそがアイヴィス達の強みであり、彼らの最強戦術でもある。


 実際エルクドに扮したジョーカーは一切抵抗の出来ないままにヒトの急所と言われる心臓の辺りを刺し貫かれて鈍い断末魔を上げている。


「……シュア。どう?」

「事前の予想通り、心臓を貫いた感触がありません。残念ながら、既に傀儡となってしまっているようですね」

「そっか。……そっか。無いものは治療出来ないしそうだよね、しょうがないよね」


 現代日本とアヴィスフィアで明確に異なる点がいくつか存在するが、その一つに死生観の解釈が異なるという事実がある。


 魔法が存在するアヴィスフィアでは精神生命体と呼ばれる身体を持たない生命体の存在が明らかになっている。


 女神や精霊はその最たるものではあるが、ヒトもまたその恩恵を得ているという説が主たる学問書に描かれているほどには身近な事実なのだ。


 要するに現代日本では一般的に脳死を死亡として判断するのだが、アヴィスフィアでは精神があるとされる心臓が停止することを死と呼ぶのである。


 ここで勘違いしてはいけないのが、心停止したから死亡と判断するのではなく、精神が繋ぎ止められていた肉体から離れ霧散した段階でそう判断するということだ。


 喫緊では、ブラット伯爵に使えていたルータスが用いた『死者蘇生』がこの特性を証明している良い例だ。霧散した精神を可能な限り肉体に戻し、生前に近い自我を保つための魔法である。


 一度拡散したものを再び吸収する際に大気中にある魔素を取り入れることで肉体が強化される代わりに異形となってしまう副作用が難点ではあるが、死を無効にするという意味では革新的な魔法であることには代わりはない。


 ちなみに対象を限定することでより洗練され、ルータスのようにはっきりとした意思を残すことも可能だが、無数の意思を複数の素体に返すのは至難の業だ。


 故にルータスは”空腹を満たせ”という単一指向を与えることで動物並みに思考能力の落ちたグールを兵隊として半ば無理やりに機能させていたのである。


「……おかしいな。なんで自分らがそれ知ってるんや?」

「――っ⁉ シュア!」

「紅烏流四ノ秘剣――紅星月夜(あかぼしつきよ)っ!」


 痛みで蹲り呻いていたはずのエルクド扮したジョーカーがボソリと呟く。


 まるで全て見られていたかのような指摘に先程までの余裕はどこへやら、胡散臭い関西弁のような口調でピエロの面を被り此方を注視している。


 向けられた殺意にいち早く反応を示したのはアイヴィスだ。直ぐにシュアに指示を送り、彼女の技の中で最も対個人性能の高い秘剣を繰り出ささせている。


 『紅星月夜』。紅烏流四ノ型である『紅時雨』の秘伝派生であり、原型に比べて手数も範囲も速度の段違いの性能を誇っている。


 当然威力も群を抜いており、魔力の籠もった刺突は着()したときにまるで隕石が落ちてきたかのようなクレーターを形成させる爆発を起こすほどだ。


 基本的に尾耳族は獣人なので魔法は使えないが、その体内には他よりも多く高純度の魔力というエネルギーが常に循環している。


 シュアほどの剣の達人ともなれば自身の武器も手足同然に扱えるため、剣先に魔力を集中させて衝撃によるエネルギー爆発を誘発することも可能となるのだろう。


 星月夜とは即ち流星群であり、そうした無数の爆撃に近い刺突は相手の追随を許す前に粉塵を化す。その威容はまさに蹂躙、”必殺技”と呼んで差し支えはないだろう。


 事実エルクドの身体は徐々にその形を崩壊させていき、程なくして塵となって消えてしまったではないか。


 ……唯一形を残すのは一つの仮面。爆心地にて泣き笑う、ピエロの面だけである。


「お、おいシュア。その、なんだ。気持ちは分からないでもないが、流石にやりすぎなのではないか?」

「…………思うたより威力が出てしもうて、うちも絶賛たまがっとるんやけど」

「これはヒドい。シュアちゃんってば全く、もう俺のこと強く言えないよ? 一応言っておくけどそこの床のシミ、私の兄だからね?」

「うう……。も、申し訳ありませんアイヴィス様……」

「ほ、本気で責めている訳じゃないからね? 兄とは言っても義兄だし、特に仲良くもなかったから!」

「……アイヴィス様。それはそれでエルクド様が草葉の影で泣かれてしまいますよ?」

「だ、だだだ、大丈夫だよ! 兄様だって勝手に身体使われてるとか嫌だろうし、むしろ塵になったことで兄様の元へと届いてくれるよきっとっ!」


 これは三人がパーティーを組む前から決定された事項として存在していたことだが、ラヴィニスが常にアイヴィスの右隣に立ちその身を護る盾であることを心情としているように、シュアは左隣にてその研鑽された美技で剣としての勤めを果たしている。


 当然何かあれば今のように即座に悪を両断することも厭わないのだが、どうやら件の夜の一戦を期にどうにも事情が変わっていたらしい。


 要するに皇国一の剣技として名高い紅烏流剣術を極めたシュアの豪剣が、半神半人となったアイヴィスの眷属補正で更に強化されていたのだ。


 当の本人も勿論アイヴィスもまさか契約を結んだだけでここまで威力が上がるとは思っていなかったのだからしょうがない。……そう、致し方がなかったのである。


「ふむ。しかし、あの空爆のような攻撃でも壊れない物体が存在するとはね」

「これは――魔法道具(マジックアイテム)でしょうか?」

「それにしては禍々しか気がするっちゃけど……」

「うーん。なんにせよ、破壊できないなら私達の手に余るね。……事が済んだらカラサギの巫女でもある紅姫様(お母さん)に見て貰ったほうが良いのかも」

「……確かにシュアの言う通り気味が悪いですね。それに何やら嫌な感じもします」

「そう? 私は何も感じないんだけど、二人が不審がるものを手元に置くのも嫌だし、とりあえずシュウくんにでも預かって貰うとするか」



 物語の幕切れは実に呆気なく、皇帝アルマスを弑した謀反人であるエルクドは皇国初の女帝となったアイヴィスにその場で処断されたという報が市井に伝えられた。


 同時に国を挙げて亡き皇帝の葬儀を行うという旨も周知され、身を持って国を守らんとした英雄アルマスを称えた大規模な催しが執り行われたのである。


 余談だが、その謀反に関わったとされる伯爵家とその系譜が正式にお取り潰しになった。


 聞くところによると一夜にして皆一斉にその姿を消してしまったらしい。


 噂では”神隠し”にあったのでは無いかと実しやかに囁かれているが、その事実は女帝アイヴィスとその側近、そして彼最大の召喚獣であるマリアのみぞ知るのだった。

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