一章21話 公爵令嬢誘拐事件09。
「う、うわぁ。何あれ凄い、ゾンビかな? 生きたままヒトを食すなんて、まるでパンデミックのようじゃないか」
「あれは食死鬼ですね。恐らくはこの戦闘で亡くなったヒトを媒体として、敵方の死霊魔術師が生み出したのでしょう」
「ず、随分と冷静だねラヴちゃん。わ、私はちょっとあの感じは苦手かも知れないな」
「数も数ですしね。しかも昨日のこちらの夜襲を皮切りに次々とお仲間も増やしているようですから」
返す刀で皇国に帰還した俺達は今現在、皇帝アルマスが指揮を取る部隊と合流を果たしていた。
到達したのは日が昇ってからなのだが、それまでに彼らの多くは食死鬼と呼称された魔物を相手にして戦闘をしていたらしい。
初期の治癒魔法しか使えない俺でもそれなりに役に立てそうだったので先程まで奔走していたが、今になって漸く落ち着きを取り戻している。
「しかしシュアの活躍には凄まじいの一言に尽きるね。少なくともそのグールとやらを百体はなぎ倒しているんじゃない?」
「たしかに凄まじいですね。私が彼女の立場だと仮定しても、その半数に届くのが関の山でしょう」
「は、半分でも十分に凄いと思うけど、私としてはラヴちゃんにあまり危ないことをさせたくはないな」
「――あ、アイヴィス様っ! お、お気持ちは嬉しいですが、私としてもアイヴィス様を危険に晒したくありませんので護らせて下さい!」
「それは勿論お願いするよ! でも、自分のことも蔑ろにしちゃ駄目だからね? 怪我しても私が治すけど、しないに越したことはないからさ」
治癒魔法で治療して回る俺をラヴィニスが付きっ切りで警護し、迫りくる食死鬼をシュアとその仲間達が蹂躙する。
そうすることで半壊状態に陥っていた正規の軍人さん達が防衛陣地まで帰還して、回復に専念することが出来たのだ。
後少しでも俺達の到着が遅れていたら全滅していた可能性もあったらしく、部隊長さんには泣いてお礼を言われたのが印象的だった。
皇族である以上ある程度腫れ物扱いされる覚悟をしてはいたのだが、思った以上に切迫していたためかすんなりと受け入れて貰えて、正直なところ助かったというのが本音である。
「それにボルボとルノーも頑張ってるね。こんな事言うのもなんだけど、正直あそこまで強いとは思ってなかったよ」
「ルノーが先方で、ボルボが二番手という布陣が上手く嵌ったみたいですね」
「短剣二刀で縦横無尽に切り刻み態勢を崩して、負傷して動きの鈍った相手をヒトの背丈程ある棍棒ですり潰す、か。見事なものだねぇ」
「そうですね。特にルノーはヒトの構造をよく理解しているように思います。食死鬼は痛覚も鈍っていますので、痛みには怯まないですからね」
「……そんな高度なことをしていたのか。確かに操り人形の糸が切れたかのように脱力していたから不思議だったけども」
本体に合流した際にブラット伯爵とマリアージュ様は皇帝アルマス――父上にその身柄は引き渡している。
そしてその際にNULLが正式な皇女の私兵であることを認め、現在は本隊の傘下に下り食死鬼の討伐に繰り出していると言った具合だ。
以降は義賊を改め俺直属の配下となり、そのまま軍部の一角に配属されることになるだろう。寄せ集めのため少々行儀が悪い面もあるが、実力は今まさに証明しているので問題はなく事は進むと思われる。
元々皇帝の威光が届かない純血派の貴族に対する牽制の意味合いが強い組織であったため、その役目を終えた後の席を設けたのである。
そしてさらにボルボとルノーには、一代限りではあるが騎士爵を皇帝より授けられる手筈となっている。皇国を裏から支えていた彼らを貴族とすることで、その貢献に報いると内外に示す必要があるからだ。
裏の意味は俺への配慮だろう。ラヴィニスをダシに行動を誘発させただけでなく、更には子飼いの義賊に被害が出ているのだ。最低でもこの程度の責任は取って貰わないと割に合わない。
後は俺とラヴィニスとの婚約を正式に認めさせ、シュアを専属の使用人として迎えるところまでがまずは最低限と言ったところかな。
「それはそれとして。純血派の豪傑と雌雄を決することになったヨタカさんは大丈夫かな? 怒っていないと良いけど」
「そうですね。アイヴィス様の名前を叫びながら不満を巻き散らかしているとは思いますが、まず負けることは無いと思いますよ」
「おお! 身内以外には酷評で有名なラヴちゃんが、珍しく高評価だね。まぁ私もヨタカさんが負けるとは思わないけども」
「冒険者としての心構えを教えて頂いた先輩でも有りますからね。それに私は事実を述べているだけで、こき下ろしてなどいませんよ」
「そうかなぁ。もし私がヨタカさんと同じこと出来たら、それこそ讃美の雨嵐を浴びせてくれるでしょ?」
「アイヴィス様はただ生きて私の側にいて下さるだけで百点満点ですからね。それ以上となると称賛以外の選択肢など存在致しません」
「そ、そんなに褒められると承認欲求が満たされ過ぎてニヤけちゃうね。そういうラヴちゃんだって、いっつも毎日百点満点なんだからね?」
――はっ⁉ しまった。戦場に居るというのにラヴちゃんが可愛すぎて、ついついほんわかしてしまったっ!
TPOという言葉があるように、今この空気感になるのは対外的に宜しく無いっ! 何か皆して砂糖を口の中に打ち込まれて悶ている気配も感じなくもないが、少なくともシュアを活躍だけは見逃してはならないのだよっっ!
全然視界内にいないのに何かこうヨタカさんがジト目で睨んでいるような雰囲気もするし、ここは真面目に戦闘を見守ろうではないか。
「はぁ。全く、嬢ちゃんに関わると毎回のようにとんでもない目に合わされるんだよなぁ。(キョキョ! あのお嬢さんに関わったのが運の尽きでやんす)」
半目開きで中空を見つめるヨタカとその姿に同情を禁じ得ない魔剣。どうやらアイヴィスさんの予想通り、自身の置かれた困難な状況を嘆き息をついているようである。
自身が所属しているギルド、夜烏のギルドマスターとの間柄からも想像できるように、アイヴィスが実はやんごとなき身分なのではないかと当たりをつけているヨタカとしては、今もこの空の何処かでのほほんとしているだろう彼に対して文句の一つも言いたくもなるのだろう。
実際にアイヴィスのおねだりの影響でギルマスから直接の依頼を受けることも多く、その殆どが簡単な依頼では無かったのだ。
当然報奨金は他より多く受け取っているし、何よりもヨタカが信頼を得ていることに間違いはない。しかしそれでも前述した通り、少しくらいは愚痴らずにはいられないのである。
「それはそれとして、一体どれだけ耐えたら降参してくれるんだい兄さんはよぉ? (キョキョ! これ以上やったら死んでしまうでやんす)」
「……だはは、俺もまだまだだったようだな。まさか手も足も出ない相手にこうも何度も出会っちまうとはなぁ」
「あー。シュアの嬢ちゃんのことを言っているのならば仕方ないぜ? あの娘は獣人の中でも特に稀な存在だからな」
「……ルータスもよくやってくれたが、既に戦局は変わらない、か。――貴様、ヨタカと言ったな。俺も武人としての誇りがある。生け捕ろうなど考えず、一思いに殺ってくれないか?」
「かぁー。どうしてこう軍人という奴ぁ死にたがりが多いんだよっ! 降伏して投降すれば、少なくとも戦の関係者以外は減刑して貰うことも可能だろうに」
「くっ、ふははっ。だーっはっはぁ! 武家として生まれたなら戦場で死ぬことこそが本望よ! 投稿して処刑台に立つなど、それこそ恥以外のなんでもあるまいっ!」
身体中から血飛沫を撒き散らし、牛刀と呼ばれる大剣を肩に担ぎ上げるガイアス。どっからどう見ても満身創痍だと言うのに、眼力だけは未だ衰えずにヨタカの姿を捉えている。
いつもより少し元気が無いのはシュアに挑んで返り討ちにあったからなのだが、何よりもその過程が響いているのだろう。
何せ気勢を上げてグール部隊を壊滅せしめんと暴れるシュアに突撃したというのに、彼ら同様いっしょくたに斬り刻まれてしまったのだ。
早い話シュアにとってガイアスもグールも大差なく、全く以て相手にならなかったのである。
現在は部下に担がれて前線から離脱する途中だったところをヨタカによる追撃を受け、部下を失い投降を促されているといった具合だ。
「俺だったら楽なそっちを選んじまいそうなもんだけどな。……ま、その前に部下を全員失うなんてヘマをするつもりもないが」
「――くっ。……ふ、ふはは。だーはっはぁっ! 貴様も言うではないか! 良い、実に良いぞ! 最後に貴様のような武人に会えるとは、俺の一生も捨てたものでは無かったわ!」
「ちっ。これだから軍人は。全く、付き合わされる身にもなれってもんだ! (キョキョ! 主はいつも貧乏くじを引かされてるでやんすね)」
「さて。興が冷める前に死合おうではないか。――征くぞ! 『斬魔一閃』!」
「うおわっ⁉ あ、危うく胴体が泣き分かれるところだった……。(キョキョ! だからと言って牛刀の上に乗ってしまうなんて、主は身軽でやんすね)」
「――な、何ぃ⁉ ば、馬鹿な。俺の刀に乗っている、だと⁉ 一体どうやって――」
「斬った後に上に飛んで着地しただけで、特別なにかしたわけじゃあないからな。こんなもん、特に騒ぎ立てるようなことでもないだろう?」
「ぐあああぁぁぁっ⁉ ま、まさか。その上でさらに斬られていたのか? ……が、はぁ。お、お館様申し訳ございません。不肖ガイアス、今からそちらへと向かい、ま――がっ⁉」
「――ちっ。全く以って割に合わない仕事だぜ。……精々報奨金はたんまりと貰わないと気が済まん! (キョキョ! 丁度新しい丁子油が欲しかったところでやんす)」
方や万全な上に実力も勝っていて、方や満身創痍な上に自力も劣るとなると、勝負が長引くはずもない。
のらりくらりとしているヨタカに相手をいたぶる趣味などあるはずもないため、この後詰めは既に成功を収めている。それにも関わらずここにヨタカが留まるには理由があった。
死霊魔術師。そしてその魔術である死者蘇生。その魔術の効果は意志のあるものの死を阻害して滅びゆく肉体に留まらせることである。
要するに意思があるものの意思を司る脳――つまりは頭部を破壊しない限りはその術の範囲となってしまうのだ。
「――個人的には死体に鞭を打つ行為に対して抵抗があるんだが、起き上がられても敵わないしなぁ。あー、やだやだ。(キョキョ! この量の死体の頭を潰すのは大変そうでやんすねぇ)」
嘆息しながらも留めとばかりに頭部へと振り下ろした魔剣を抜き、いつものように肩に担ぎ歩きだしたヨタカ。
そんな彼の横ではシャムと名付けられたその魔剣が陽気に笑い声を上げているのだが、それがまた彼の哀愁を引き立てているのが何とも物悲しい。
言動に沿わず生真面目な性格のヨタカは、文句を言いつつも全ての死体の頭部を潰して回る。こうした細やかな配慮を徹底し続けたからこそ彼はAランクという高みにに辿り着いたのだろう。
冒険者。特にダンジョンに潜り生計を立てているような猛者になると、時に病的なまでに慎重に事を進めなければ生き残れないということを実感として知っているのである。
「おーおーおー。あっちはあっちで派手にやってるねぇ。いやぁ、絶対にあのお嬢さんには逆らわないようにしないといけねえなぁ。(キョキョ! まるで嵐を身一つで体現しているようでやんすね)」
彼がふと顔を上げたその先で、大量のグールと敵の残党が空を待っていた。
これは比喩ではなく実際にヒトの形をした物体が宙に舞い上がり、剣圧で発生した乱気流に呑み込まれてバラバラに切り裂かれているのだ。
実際に目で見たのは初めてだったのか、シュアの噂通りの腕前を見たヨタカは改めてその危険度を認識をしたようだ。
味方を巻き込まぬように常に最前線を張っているというのにまるで疲れた様子もなく、返り血を浴びて興奮しているのかその瞳は爛々とした輝きを放っている。
まともな神経をしている人がその様子を見たら失神してしまうと感じるほどには狂気を孕んでいると言わざるを得ないだろう。
「さて。もはや趨勢は決しているだろうし、俺らは退散とするとしますかねぇ。これ以上道草を食ったら、それこそグールになるまで働かさせられちまうからなぁ。(キョキョ! さっさと帰ってクソして寝やがれ、でやんす)」
こうして反逆を企てた純血派の大貴族の謀反は潰えた。武力行使を試みた結果、更に大きな武力を以って返り討ちにあったのである。




