一章19話 公爵令嬢誘拐事件07。
「なんか寒気がする。もしかすると、良くないことが起こる前兆かも知れないぜぇ……」
「はぁぁ、ホント兄貴は心配性でさぁ。拠点を占拠されて火を付けられる以上に良くないことなんて早々に無――」
すっかりと日の落ちた丘陵近くの林の中で、強面の巨漢ボルボと痩せぎすのルノーが呑気に談笑をしている。
見た目とは裏腹にボルボは意外と小心者で、ルノーはどっしりと構えているのがまた面白い。
そんな彼らの付近には武装解除をさせられたブラット伯爵とその従者ルータス、そしてその護衛達が連結された縄に括られて樹齢百年は下らない大樹の幹に括り付けられていた。
流石に女性であるマリアージュには配慮したのか拘束はしていないが逃がすつもりも無いようで、二人の間にちょこんと座らされていた。
「――ほほぉ? ボルボ、そしてルノー。あんたらにしては感がいいじゃないか」
「げげぇっ⁉ あ、姐御ぉぉぉっ⁉」
「……あちゃぁ。姐さんが戻る前には奪還しようと思ってたんですがねぇ」
「あたしゃ籠城してろと言ったよなぁ? え? それがどうしてこんなところで彷徨いてんだい? あぁん?」
「ち、ちちち、違うんでさぁシュアの姐御! こ、これには深ぁいわけがありやしてですね?」
「……兄貴。言い訳はしない方が――」
「――ボルボ! その深ぁいわけだか不快な言い訳だかは知らないけど、それが命令違反する理由になるとでも思ってるのかいっ⁉」
どうやら危機察知能力はボルボの方が優れているらしい。とはいえ、彼には危機回避能力が付与されていないのかあまり効果は無いようだが。
そういう意味ではルノーの姿勢を見習う必要があるだろう。激怒する相手に言葉を掛けるのは悪手であるが故に、その感情が落ち着くまでは刺激しないに越したことはないのである。
ともあれ。ボルボとルノー、そしてマリアージュは無事だったようだ。シュアとしても、安心したからこそその感情を抑えずに爆発させているのだから。
「まぁまぁ良いじゃないの。二人共無事だったみたいだしさ」
「アイヴィス様、ですが――」
「――何より、私からすればマリ姉様を保護してくれたことに感謝したいから。……ボルボ、それにルノーだったかな。ありがとね」
こうして顔を合わせるのは初だったかな? 基本的にはほぼ全てをシュアに丸投げしちゃってたからね。
荒れくれものを纏めるには暴力と権力が必須だし、その暴力という面でシュアに勝てるものは皇国には居ないからさ。
……あ、待てよ。お母さんは勝てるか。俺たち全員が纏めて掛かっても勝てなかったし……。
ま、一部の例外は置いといて。シュアは天性の審美眼を持っているし、そういう意味でも適任だったんだよね。
「え? いや、保護というかたまたま居たから連れてくしか無かったと言うか……」
「――ちょ、兄貴! ……あー、お褒めに授かり光栄です皇女様。私ルノー、そしてボルボはこの手柄を以って防衛失敗、及び命令違反に対する処分の減軽を願う次第で御座います」
「なるほど、そうきたか。良いよ。その願いは皇女である私、アイヴィスの名のもとに叶えよう。それに拠点陥落の責任は敵方と皇帝にとって貰おう。彼らが余計な企てをしなければ、こんなに拗れることにはならなかったのだから」
「……え? そればアイちゃんが言うと?」
「自分のことは棚に上げて言い切るところも素敵ですアイヴィス様! 確かにアルマス様がど阿呆な企みをしなければ済んだ話ですからね!」
「ま、まぁ巻き込まれた張本人が幸しぇそうにしとーならうちも言うことは無かばってんね」
「何だかんだ最終的には私のことを受け入れてくれる二人には感謝しかないよ。……さて、どうして貴女がこの場に居るのですか? マリ姉様」
実際にこのボルボとルノーはそれなりの実力者に見える。性格という意味は少しすれてるけれど、人情味があって逆に良いまであるな。
ボルボは強面の割に常識人で素直なところ、ルノーはその溢れ出る下っ端感とか最高だね。権力に媚びを売る姿勢も悪くない。
俺は俺に媚びを売るやつは基本的には歓迎する人間だ。分かりやすいし、条件さえ満たしてやればそうは裏切らないしな。
逆に言えば誰から見ても良い人とか、それこそ聖人君子みたいな存在は受け入れ難い。俺ってばほら、性悪説に一票を投じてる派だからさ。
「私の選択の結果ですわ。……貴族たるもの、己の選択には誇りを持って向き合わねばなりませんの」
「……はぁ。相変わらず気高いというべきか頑固というべきか、騒ぎにして頂いた後は全て私に任せて下されば丸く治めて見せましたのに」
「ラヴィニスとは違い、貴女に全権を委ねられるほど信頼はしておりませんの。何せ妹の為とはいえ、平気で他人をも巻き込むのですから」
「なるほど、それは一理ありますね。確かに私の中の優先順位は、一が自分で二がラヴィニスですからね。私の幸せのためには彼女の存在が必須条件なので、手に入れるためならそれこそどんなことでも致しますよ」
「……はぁ。貴女はそういうヒトでしたわね。……皇女様。私はやはり、処刑されることになるのですか?」
「状況証拠だけで決まるならそうなりますね。ブラット伯爵と行動している時点でほぼ積んでいると言っても過言ではないでしょう」
「そうですわよね。……すいませんお母様。私の力及ばず、ご迷惑を掛けることになりそうですわ」
「それに関しては心配しないで下さい。皇帝に直接直訴しますし、私が責任を以って伯爵家とのつながりを否定しますから」
「妹を幸せにしようと日々努力を惜しまない貴女が、その妹を悲しませるような結末を用意しているわけがありませんでしたわね」
「…………何で、それを知ってるの?」
「オーホッホ! 逆に私が何も知らないと思いまして? ラヴィニスの居るところに私あり。常日頃から徹底的に監視しておりましたのよ!」
「お、おぉふ。……そうだった。あまりにも似て無さ過ぎて忘れがちだけど、マリ姉様は等しくラヴィニスの実姉なんだったね」
あまりに当たり前になり過ぎていて忘れていたけど、ラヴちゃんって椿沙ちゃんだったときから超が付くほどのストーカー気質なんだった。
学園に居た頃は毎日のように研究室に顔を出していたし、授業をしていたときも話半分にずっとこちらばっかり見ていたからね。
極めつけは久しぶりに自室のあるアパートに帰ったときに料理を作って待っていたときだったかな。いつの間にか合鍵とか持ってたし、何なら当時の彼女である鈴音さんよりも会っていた時間が長いまであるからねぇ。
ま、ご飯は美味しかったし俺としても彼女の妹とは仲良くしたかったから良かったけど、普通に考えたら怖いよね?
そして何の因果か同じ異世界の同じ時間軸に転生して、気がつけば両思いになっているのだから不思議だ。
もしかしたら俺、重めの女性が好みなのか? シュアもラヴィニスほどではないけど、忠誠を誓った相手に生涯を捧げるレベルではあるしな。
話は逸れたが、要するにマリアージュ様はそういう意味でもラヴィニスの姉であり、執着対象こそが妹であるラヴィニスだったのだ。
「心の底から遺憾では有りますが、皇女様なら私以上にラヴィニスを幸せにしてくれると信じておりますわ」
「……あれ? マリアージュ様、何か勘違いをしてませんか?」
「勘違い? 私は客観的な事実しか言っておりませんわ。……貴女と一緒にしないで下さいませ」
「ぐっ……。ラヴちゃんと似た顔で睨まれると何かこう、沸き立つものがあるね」
「あ、あの。お目が血走っていらして気持ち悪――こ、怖いのですが……」
「……はぁ、はぁ。やっぱりマリ姉様は良い。このまま死なせるには惜し過ぎる……」
「――ひ、ひぃぃ! ちょ、ちょっとラヴィニス! ぼうっとしていないで皇女様をどうにかして下さいませんか! は、鼻息も荒くなってきて、とても他所様に見せていい顔では無いと思いますの!」
「お姉様が私に頼って下さっているっ⁉ 最近では会話すらまともにしてくれなかったのに私、う、うう嬉しいですぅ」
ん? なんかちょっと話が噛み合わない気がするな。……もしかして、マリ姉様ったら私が見捨てるとでも思ってるのかな?
やだなぁ。私、惚れてるって言ったじゃん。恋愛感情ではなくその生き様にではあるけど、例え裏切られても少しお仕置きするくらいだよ?
それにもしこのままマリ姉様が死んだりしちゃったらラヴィニスが悲しむからね。そういった意味でも有り得ないんだよ。
しかし何というか、困ったね。恋慕の念は一切無いんだけど、性癖の方に刺さっちゃったな。
いやはや。ラヴィニスの姉妹ということを失念していた。こんな表情や反応されたら、ちょっと意地悪したくなっちゃうじゃないか。
「――皇女様! 彼女の処遇について、少々お待ち頂けないだろうか!」
「……何? 今私、キミの話を聞く気は無いんだけど」
「そこを何とかお願いしたい! どうか! この通りだ!」
「正直マリ姉様を巻き込んだキミのことは嫌いなんだけど、それを加味して発言してくれると助かるな」
なになに? 急に頭を下げられても困るというか、本当にそれどころじゃないんだけど。正直さっさと退散して、マリ姉様の助命嘆願をしないとならないし。
それに俺とシュアの初めての共同作業で作ったロマン溢れる子飼いの義賊を壊滅状態にさせられた恨みもあるし、下手すると殺しちゃうよ? ……シュアが。
俺? 確かにむかつくけど、殺したくはないかな。俺ってば生粋の日本人だし、血腥いのはちょっと勘弁願いたいというか……。
は? び、びびってねぇし。しゅ、シュアに連れられて殺人というか屠殺に近い訓練は積んでるからね。嘔吐に加え、睡眠不足になったけど。
「感謝する。……端的に言うが、マリアージュ殿は関係ない。全ては我が伯爵家の騎士長――裏切り者の仕業なのだ」
「つまりキミは関係ないと? ブラット君。この状況でそんなこと言っても、信じられるわけが無いだろう?」
「当然そうおっしゃられる気持ちも理由も分かるが、私が嘆願したいのは私の助命ではなくマリアージュ殿の身の潔白だ」
「ふーん、なるほどね。私が上辺だけのおべっかが嫌いなのを分かってるところと求めてる答えを提示するとか、キミは噂以上の傑物だねぇ」
「過分な評価を頂き恐縮だが、私は信頼を置いていた身内にすら見放された凡愚故に、その言葉は受け取れませんな」
「はははっ。良いね、気に入ったよ。キミとマリ姉様は私が後継人になろう。……ただし、キミの家は駄目だ」
「――ッ! 有り難く存じます皇女様。しかしどうかその対象は、私ではなく義理の息子であるバインにして頂けないだろうか」
「分かった、良いよ。アインズ皇国の第一皇女、アイヴィスの名のもとにその約束を果たすとここに誓おう。……ただし、見逃すのは一度だけだからね」
「――その慈悲に心より感謝致します。愚息には現政権に下り忠誠を誓うよう、キツく言いつけておきましょう」
よしじゃあ話も付いたし、さっさと退散致しますかね。辺りもすっかりと暗くなってしまっているし、魔物に襲われたら溜まったもんじゃない。
しかし惜しいな。ブラット君ってば純血派に籍を置くのは勿体ないほどの傑物じゃないか。義理の息子を守ろうとするところも悪くない。
ただ、俺も万能じゃないからね。まずはマリアージュ様を救わなきゃだし、彼女の保護を理由にしても全員を救うのは無理だしするつもりもない。
何度でも言うが、俺とシュアのお気に入りを壊滅させた相手にそんな慈悲深いを通り越した愚行をするつもりはない。
それにマリ姉様の婚約者候補に上がっているバインならば伯爵以上に自由が効く。手元にある情報でしか無いが、凡庸という評価もそれを後押しするだろう。
「さて、そうと分かれば撤収しようか。あ、そうそうボルボくん。そこに捕縛している伯爵以外の純血派は適当に今処分しといてね」
「え? 今ですかい? 捕虜として連れ帰れば交渉にも使えると思うんですがね」
「んー。確かにそうかもだけど、ぶっちゃけ邪魔なんだよね。転移するには負担が多いし、余計なリスクを追う必要はなくない?」
「そうおっしゃられるのならば分かりやした。ルノー、手伝いやがれ」
「了解しやしたぜ兄貴! ここからはちょいと過激なんで、皇女様方はお控えなさった方が宜しいのでは?」
「……大丈夫、命令したのは私だからね。二人としても恨みはあるだろうけど、苦しませずに一撃で仕留めて上げて」
今目の前にいる彼らのほぼ全てが無抵抗で、見ている限り叛意を抱いている様子はない。だが同時に一物を抱えているものが居ないとは限らないわけで、だとするならばこのまま無罪放免ともいかないだろう。
平時であれば慎重に証拠を集めても良いのだが、刻一刻と夜闇が迫る敵地の真ん中という状況下では難しい。
疑わしきは罰するというのが皇国ひいてはこの世界の常識であり、現代みたいな捕虜に対する保護条約などもない。
何より今の俺は皇女様だ。ここで下手に譲歩して民にまで被害が及んでは元も子もない。悲しいけどもう、戦線は開かれちゃったんだよね。
あーあ。嫌だねぇ。この世界に来て常々感じることだけど、平和っていうのは本当に尊い概念だったんだなぁ。と、鮮血が降り注ぐ丘陵脇の林で黄昏れるのでした。ちゃんちゃん。




