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アヴィスフィア 〜両性を駆使して異世界を謳歌する〜  作者: のんから。
一章 皇国騒動
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一章16話 公爵令嬢誘拐事件04。

「な、なんということ……。あの城にはラヴィニスが囚われているというのに、どうして炎に包まれて居るのですの?」


 朱く染まる太陽が地平線へと差し掛からんとする時分。アインズブルグ近郊にある丘陵を望む林の中で、一人の貴族女性が眼下に広がる惨状に嘆いていた。


 事前情報に知らされている情報通りならば、今正に大火に包まれんとする前時代の防衛拠点に築かれた城には、愛憎相半ばする自身の妹――ラヴィニスの身柄が拘束されている手筈なのだ。


 とても一言では言い表せない複雑な感情を彼女に抱いていた女性――マリアージュは、その余りにも絶望的な情景を見て地面にへたり込んでしまっている。


 近しい姉妹だからこそ比べられ、何一つ勝てる要素が見いだせなかった幼少期。


 唯一の弱点とも言える交友関係の狭さを利用して揺さぶりを掛けたこともあったが意にも介されず、終いには友人が沢山居ることに対して「お姉ちゃん凄い」という賛辞を受け取る始末である。


 意識しているのは自分だけで、ラヴィニス()はいつも達観していた。


 姉としての自尊心を保つために幾度となくマウントを取っては見たが結果は変わらず、気がつけばいつの日かそんな彼女に執着するようになってしまっていたのだ。


 いつもどおりラヴィニスの後をこっそりと付け回していたある日。マリアージュは自身の真の天敵である第一皇女、アイヴィスの存在を認識することになる。


 より正確に言うならば、未だ嘗て見たこともないほど表情豊かに彼と会話するラヴィニスと、その日初めての出会いを果たしたのだ。


 彼に誂われて頬を膨らませるラヴィニス。しかし満更でも無さそうに頬を染め照れており、その事実を改めてシュアと呼ばれた白狐の獣人に指摘され、最終的には赤いところが無いほどに紅潮して憤っている。


 何より許せないのが、あまりにいじらしい反応に限界突破したアイヴィスと呼ばれたあんちくしょうは、あろうことか可愛いが過ぎるラヴィニスに正面からハグをしているではないか。


 彼女の気持ちを代弁するならば、「あ、ああ姉である私ですらしたこと無いのに。したくても出来ないのにっ!」といった具合である。


 妹が好きだけど憎い。自分が下だと分からされてしまうことが許せない。でも余りの不器用さに目が離せず追ってしまい、その先でまた自身との差に嘆くことになるのだ。


「そ、それにあの旗に描かれた紋様は(わたくし)の実家の家紋に間違いありませんわ……。まさかお父様、この機に乗じてラヴィニスを殺めるつもりではありませんわよね?」


 余りにも埒外の状況に、完全にパニック状態になってしまっているマリアージュ。準備時間を鑑みるなら実家の軍勢がこの場にいるはずは無いというのに視野が狭くなり、普段ならありえないだろう現象ですら正しいのではないかと錯覚してしまっている。


 しかし、彼女がそう勘ぐってしまうのにはきちんとした理由があった。


 公爵家の秘伝である剣技を完全に習得した上で皇国随一の騎士と称される母を含む全ての師範を打倒し、見事皇国最年少の騎士となったラヴィニス。


 その功績から次期公爵の名を皇帝から仄めかされており、婿養子という理由だけで手に入れた自身の座が奪われてしまうのではないかと卑下した父が事に及んだのではないか。そういった何の証拠もない、謂わば妄想の産物を生み出してしまったのだ。


 何よりマリアージュとは違いラヴィニスは家族間でのコミュニケーションが上手ではなく、リリティア家最強の騎士である母を打倒した寡黙な彼女に、父である公爵が畏怖していたのは事実として間違いが無いのである。


「お、落ち着いて下さいマリアージュ様。たとえ公爵様と言えど、あれ程の数の軍勢をこれ程にまでに早く用意できるとは思えません!」


 慌てふためくマリアージュを宥めるために似合わない大声で諭そうと試みるブラット伯爵。執事であるルータスに連れられてきたは良いものの、眼前に広がる惨状を目にして動揺を隠せないらしい。


 本来であればラヴィニスは公爵家から皇家に嫁ぐという予想をするのが当然なのだが、宮廷貴族であるマリアージュはおろか反対派閥であるブラット伯爵までもが公爵家を継ぐ前提で話しているのが印象的だ。


 それ即ち第一皇子(エルクド)が公爵家に婿入りするということであり、それほどまでに第一皇女であるアイヴィスこそが皇帝に相応しいと考えているということになる。


 ちなみに父である公爵はマリアージュを溺愛しており、女帝の誕生に合わせてマリアージュを次期公爵としようと画策しているのはここだけの秘密である。


 更に言うならば出涸らしと名高い第一皇子に愛娘を渡すつもりすら毛頭無いのだ。


 公爵家として皇家に貢献するという意味でも第一皇女アイヴィスにラヴィニスを娶って貰う事実が重要なので、彼女を弑する理由など一つも無いのである。


「そうはおっしゃいますが、現に我が家の御旗を掲げた兵士がかの城を蹂躙しているのですよ? 旗が盗まれたという話は存じ上げませんし、一体何がどうなっているのでしょう」

「旗職人を脅して作らせた可能性も考えられます。本来であればそのような暴挙をしたものは廃嫡されて然るべきだと思いますが、相手を特定出来ないことには話が始まりません」

「……ブラット伯爵。失礼ですが、貴方はこの現状を知っていて私をこの()()へと案内したのですか?」

「疑う気持ちは痛いほどお分かりしますが、私とて一体何が起こっているのかが定かではないのですよ」


 可能性として考えられるのが、公爵令嬢であるラヴィニスを助けるために自領の兵士を編成するだろうと予想した第三者が、偽装のために公爵家の家紋付きの旗を用意して義賊の城を襲撃した可能性だ。


 NULLの被害にあった貴族が復讐するためか、或いはそんな貴族達の財産を抱え込んでいるであろうことを見越してか。どちらにせよそんな彼らにとっては良いタイミングだった可能性は拭えない。


 しかし仮にそのどちらだとしても、公爵令嬢が攫われたという事実が発覚してから襲撃までの時間が短すぎる。何せ、いの一番に行動したはずのマリアージュよりも先行しているのだ。


 この事実から第三者が、公爵令嬢が第一皇女に攫われるだろうと言う予想を立てていた可能性が浮上するのだが、その結論に至るためには二人の関係性に詳しい人物でなければならない。


 早い話、融合派である公爵は兎も角、純血派であるブラット伯爵では噂程度しか知り得ない宮廷事情が絡んでくるのである。


 彼に疑問を投げかけたマリアージュもそれを理解しているのだが、父でないならば彼にしかその事実を話してはいない。自身の言葉を鵜呑みにして軍隊を差し向ける短慮をするとは思わないが、消去法でその選択肢しか残らなかったのだ。


 ブラットとしても、状況証拠から疑われてしまっても仕方がないと感じているのだろう。それでも事実として身に覚えがないのか、彼女の誰何にはしっかりと否定の意を示している。


「――ブラット様。どうやら鼠が紛れ込んでいたようです」


 二人が険悪になりかけたムードを拭い去るように、伯爵家の執事であるルータスが会話の流れを断ち切った。


 意識したのかしないのか、彼のお陰で二人が致命的にすれ違うという未来は避けることが叶いそうだ。


 とは言え、ホッとしてばかりは居られないだろう。何せ夕暮れ時という視認性が悪くなる条件下で、どうやら伯爵家(身内)の中に裏切り者が潜んでいたらしいからだ。


「……鼠だと? 一体どういうことなのだ、ルータス」

「はっ。我が家の騎士長と一部使用人の消息が途絶えました。おそらくはこの機に乗じ、他の純血派――強硬派の一派に加わったと思われます」

「――な、なんだとっ⁉ ぐっ。確かに彼奴ならば私の裏を書くことは可能だが、しかし……」

「二代に渡ってお使えする身としては至極残念なことですが、融合派との接触を試みた貴方様に反目した故の決起の可能性が否めません」

「ぐぬぅ。そうは言うが、このままではどちらにせよ純血派に未来は無かろう? 何故それが分からぬというのだ……」

「……ヒトというのは往来にして愚かなもの。頭では理解できても本能では納得出来なかったのでしょうな」


 純血派の筆頭である伯爵家とは言え一枚岩では無い。そう語るのは先代より使えている執事長のルータスだ。


 元々保守的なブラットや彼に対して反感を持っていた騎士長が家の決定に意を反し、あろうことか他の純血派と融合派の公爵家をも巻き込んで、皇帝への反逆に繋がり兼ねない愚かな攻勢を勝手に仕掛けてしまったのだ。


 ブラットが恐れていた最悪のシナリオ。それは純血派の衰退ではなく伯爵家の廃勅だ。しかも逆賊になるという処刑エンドまっしぐらな最悪中の最悪の選択肢を騎士長という家を護らなければならない筆頭がやらかしてしまったのである。


「……これは、もう駄目かも知れんな」

「そ、そんな……。わ、私はただ、私の可愛いラヴィニスを、の、望まぬ結婚から助けたかっただけですのに……っ!」

「……マリアージュ殿。今更手遅れかも知れませんが、協力関係は私に脅されていたからだとして頂けませんか?」

「伯爵様……。お気持ちは有り難いですが、貴方に助けを求めたのは私の意思ですの。結果がどうなれど、その事実だけは歪めてはなりませんわ」

「――ッ⁉ なるほど、ノブレスオブリージュですか。貴女様は昨今では見なくなった、本物の貴族なので御座いましたな」

「そのような立派なものでは御座いません。……ただ、私は私が思っている以上に頑固な性格をしていたというだけですの。ふふっ……ふふふふふっ……オーッホッホッホ!」


 ブラットが思わずと言った様子で呟いたのを横目でみたマリアージュは、正にこの世の終わりを体現したかの如く劇画の静止画のような表情で凍りついていた。


 今までその心情を誰にも吐露したことが無かったのだが、それすらも忘れてしまうほどに深く暗い絶望を感じてしまっているのだろう。


 しかしそれでも彼女は貴族なのだ。他でもない彼女が貴族たらしめんと努力を重ねてきた完璧な生き様を、最愛の妹の自慢の姉であらんと彼女が不得意とする貴族としての立ち居振る舞いや交友関係を、今になって壊すような決断など端から出来るはずが無かったのである。


 ノブレスオブリージュ。端的に言うならば、貴族たるもの、身分にふさわしい振る舞いをしなければならぬということだ。


 その解釈は古今東西それぞれ持論が展開されているのだろうが、ことマリアージュはその言葉の真意を「決断した事柄を内外に宣言したその瞬間から、それを完遂或いは現実的な形にしなければならない」と定めたのだ。


 貴族というものはヒトを支配出来うる権力を持つ存在だ。それも公爵家ともなれば他に対し、より強大な影響力を及ぼす大きな抑止力になるだろう。


 故に一つの判断が周りの均衡を崩し、取り返しのつかない混乱を起こす可能性を孕んでいるのだ。


 要するに、変化を恐れぬ決断を下したならばその結果をいの一番に受け止め、全ての責任を取るべきであるという考え方である。


 マリアージュが目指す貴族の理想とは正にその生き様であり、決めた以上は考えを変えることは許されない。そう自身を追い込むことで、慎重かつ大胆なシングルタスクに全力を以って挑むことが可能なのだ。


「ぶわぁぁぁっ! しょ、諸悪の根源から潰せると思ってたのに、首を切られていたとは世の中ってのは世知辛いよなぁっ⁉」

「「「――ッ⁉」」」

「ちょ、兄貴ぃ! せっかく誰にも気づかれたなかったのに何でわざわざ声をかけちまうのでさぁ!」

「――はっ⁉ しまった! いや、だってよぉ。余りにも可愛そうで、見てらんねぇじゃんかよぉ!」

「……はぁ。話の腰を折って、本当にすいやせん。ウチの兄貴は何ていうか、何にでも直ぐ感動してしまう性分なのでさぁ」


 ブラットは項垂れながらも現状を認め、逃げられないならと覚悟を決めた。廃勅されるだけなら御の字の一族郎党処刑すらありえるこの危機下で、起こった全てを背負おうとする姿勢は誰にも真似できるものではないだろう。


 マリアージュにしてもそうだ。本来であれば他の誰かに押し付けてしまえば良い内容、それもただ自身は巻き込まれただけに過ぎないというのに、その決断によって生じた責任を真摯に受け止めようとしている。


 義賊なんて偽悪的な商売をやっている身――それも団長であるボルボにとってそれは感動に値する精神構造であり、彼らの元仲間が襲ってきた事実など何処かに捨て去り、その凶悪な容姿とは裏腹においおいと滂沱の涙をグラサンに隠れた意外と可愛らしい瞳から止めどなく流してしまっている。


 それに呆れているのは副団長を務めるルノーだ。得意とする索敵で相手の意識下に潜み強襲するタイミングを伺っていたその時に、あろうことか上司であるボルボがやらかしてしまったのである。


 特にそれに関して怒りの感情も湧いてこないのか、申し訳無さそうにボルボの大きな身体を引き釣りながら回収し、その場から退散しようと試みている。


「ま、待ってくれ! もしかして貴殿らは、NULLの関係者なのか?」

「そうでさぁ伯爵殿。お初にお目に掛かりますと挨拶でもしても良いんですが、何分少々混み合ってまして」

「ルノー! 俺は間違っていた! 悪の親玉が悪いだなんて、勝手にそう思っちまってたんだよぉぉぉっ!」

「ちょっ⁉ な、名前を呼ばんで下さいよ団長! ――あ、やばっ⁉」

「――団長⁉ も、もしかしてラヴィニスの行方などはご存知ありませんか? せめて無事なのかどうかだけでも!」

「……あー、大丈夫でさぁお姉さん。心配しなくてももう妹さんは皇都に撤退してまさぁ」

「ぐすっ、ぐすっ。むしろ姉御と出会った相手に同情を禁じえん! きっと地獄の閻魔よりも恐ろしい拷問を受けてるはずだからなぁ!」

「ははっ、違いねぇ。きっと今頃産まれたことを後悔してる頃だと思いまさぁ」


 唖然とするブラットとマリアージュ。敵陣に居るというのに戯けているようにしか見えない二人なのだが、存在感の大きさからか顔の怖さからか、護衛の兵士達は皆怯んでしまっている。


 二人としても、別段ふざけているつもりは無い。ただ純粋に彼らを脅威と感じていないだけで、やろうと思えば今直ぐにでも制圧出来る自信があるのだ。


 そもそも本来であれば質問に答える必要はないし、わざわざ姿を表す意味もない。


 突如現れた刺客に驚くブラットに警戒するルータス。マリアージュに至っては物怖じもせずに、まさかの質問を繰り出している。


 そんな健気な彼女の疑問に答えつつ、身震いするルノーとすすり泣くボルボ。


 そう。彼らはその身を以て知っているのだ。姉御――つまりはシュアが怒るとどうなってしまうのか、を。

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