一章15話 公爵令嬢誘拐事件03。
アインズブルグの近郊の丘陵に、前時代の防衛拠点をリフォームして築かれたとある盗賊団のアジトが存在していた。
弱きを助け強きを挫くを心情にしているのか、ターゲットは法で裁けない貴族や裕福な悪徳商人を主としており、時にはそれに加担する同業者を相手取ることもあるらしい。
標的にされたものは尻の毛まで毟り取られるだけでなく、時にはその生命を以って贖うことになるのだという。
そうして稼いだ金の一部を生活困窮者に対する生活保護団体や孤児院などに寄付することで皇都の治安改善に一石を投じ、そんな彼らをいつの日か市井の民は『英雄』だと持て囃すようになり、今では一部貴族や商人だけでなく、同じ犯罪集団ですら畏怖するようになっていったのだ。
要するに、皇国内の犯罪組織に対する一種の抑止力としての役割を、同じ犯罪集団である盗賊団――『NULL』が担っているのである。
「あ、兄貴ぃ。今回の公爵令嬢誘拐騒動の件、本当に受けちまって宜しかったんですかい? 誰の目から見てもあの家は白だと思うんですが」
「――はっ! 良いも悪いも白も黒も、その主犯者であるアイヴィス様こそが我らの真の主人なのだから是非も無いだろうがよぉ」
「……え? 我らのボスはシュアの姐御では無かったんですかい? 少なくともおいらはそう認識していたんですがね」
「あぁ。確かに俺らの所有者はシュア殿に違いねぇ。だがそれは皇家の目を欺くために皇女様がそう画策した結果に過ぎないのだとよぉ」
「もしかして兄貴が最近身につけてるその高価そうな魔法石は、件の皇女様からですかい?」
「あぁ、色々と迷惑掛けるかも知れないからそのお詫びだとよ。――はっ! 皇女様はどっかの姐御と違って太っ腹だよなぁ!」
スキンヘッドで厳ついサングラスをかけた傷だらけの顔面凶器のような強面男性が、如何にも下っ端ですと言わんばかりの痩せぎすな男性と会話に花を咲かせていた。
話題は最近巷で有名になりつつある皇国の姫君が起こした騒動のことで、気がつけば自分たちをも巻き込む事態へと発展していた誘拐騒動の話である。
というのも、彼らは一人として例外のなく犯罪者として皇国に囚われ、見受け人も財産も持たぬ小悪党の集まりだったのだ。
皇国にとってはいつまでもタダ飯を食わせる訳にもいかず、かと言って処罰するには犯罪としては軽すぎる。しかし流石に無罪放免とするわけにもいかないので、ギルド『夜烏』にて犯罪奴隷として隷属させて彼ら自身で自らを買戻させようとしたのである。
少々ニュアンスは異なるが現代日本でいう刑務作業のようなもので、誰もが嫌がる危険で汚く危ない仕事を格安で請け負い、その成果次第では色をつけて市井に返すという実に無駄のない有意義な試みなのだ。
構成としてはヒト科のヒト族が九割を締め、残りが獣人以外の亜人やそのハーフだ。獣人が居ない理由としては以前話したとおり従順なので奴隷としての価値が他より高く、夜烏直属のギルド員としても多種多様に活躍しているからだ。
こと皇国の奴隷市場においては人権を優遇されるのは獣人であり、その他は蔑ろにされやすい。特にヒト族は数も多く魔法抵抗値もそれなりに高いので、その待遇差は容姿や能力、健康状態などで左右されやすい特徴を持っているのである。
「こらボルボ! あたしは兎も角、下っ端のいる前でアイヴィス様の名前を出すんじゃないよ! このバカちんがっ!」
「――ぐわぁっ⁉ い、いきなり拳骨するなんて酷いじゃありませんか姐さんんんんっ!」
「だまりんしゃいこの唐変木が! おいあんた! この事を他に話すんじゃあないよ! 良いね? 分かったら返事をしないか!」
「――んぎゃぁっ⁉ い、痛いし理不尽過ぎるっ! というかその細腕の何処からそんな力が出るんですかい姐御ぉぉぉっ!」
「ん? なんだいルノー、あんただったのかい。全くその下っ端にしか見えないモブ顔はある意味脅威だねぇ」
口を滑らせた強面男性――ボルボに対し、華奢な獣人族の女性が拳を振り下ろした。地を揺るがすような衝撃が走ったことからも、かなりの痛みを伴う拳骨であろうことが分かる。
ことルノーに至っては地面に伏せるようにして頭を抱えている。余程痛かったのか目尻には涙を浮かべているのが分かる。
ボルボとルノー。前者がシュアが不在時の団長で、後者がその次席である副団長だ。ともに酒場やギャンブルのつけが払えずに行くところまで行き着いてしまったゴロツキ出身で、シュアが所属する夜烏に身売りをしてきた経歴を持っている。
言うまでもないがその罪状は無銭飲食と債務不履行であり、差し押さえる財産も無ければその代理人も用意できず、結果として奴隷に身を窶したのである。
現在は鬼教官となったシュア監修のもとに叩き上げとして実力を伸ばし、他のゴロツキ共を纏めるリーダーとしての才覚を発揮している。
獣人である上に女性の身のシュアでは何かと面倒に巻き込まれがちだったので、丁度いいとばかりに起用した結果が実を結んだのである。
「シュア。貴女、意外な才能を持っていたのですね。口調と言い仕草といい、どう見ても無法者のボスにしか見えませんよ」
「……はぁ。本当やったらこげん恥ずかしか姿ば見しぇとうは無かったっちゃけど、アイちゃんたってん頼みやけん断れんやったっちゃんね」
「アイヴィス様もシュアも人が悪いです。私に内緒で二人で面白そうなことを企んでるなんて、ズルくてヘラってしまいそうです」
「大事なラヴィニスば危険なことには巻き込みとうなかったんやて思うばい。今はある程度統率も取るーごとは育ったばってん、昔は皆ヤンチャやったけんねぇ」
「だとしても、私は羨ましいと感じてしまうんです。これは一度、きちんとアイヴィス様と話し合う必要がありますね」
「ラヴィニスぇ……。貴女こそ相変わらず重たか愛ばいね。それば受け止めらるーアイちゃんの包容力ん高しゃばほんなこつ尊敬するばい」
この頃のラヴィニスはアイヴィスと一緒にいる時間こそ多いものの、現在のように文字通り何処にいても付いていくほど深刻な依存関係では無かった。
それは実母の命よりアイヴィスの遊び相手を努めていたシュアも同様で、彼の専属使用人というよりかは悪友に近いような関係性とも言える。
今回も夜烏であぶれてた人材の有効活用をアイヴィスが立案し、シュアが先導することで”義賊”という市井の”ヒーロー”を作るという、本人達からすれば遊びの延長のつもりで色々と画策していたのだ。
その本質を察知したラヴィニスが仲間外れにされたことにむくれているのが現状で、いくら公爵令嬢を危険な目に合わせられないという理由があったとしても、二人だけで悪巧みをするのは自分との絆を蔑ろにされた気がしてならないのだろう。
「……姐御。もしかして、この御方が例の公爵家のお嬢様なんですかい?」
「あぁ、そうだ。リリティア家の次女、ラヴィニス様に有らせられる」
「ラヴィニス・リリティア・アインズブルグだ。少しの間、世話になる」
「俺はボルボ。そこにいるひょろいのがルノーだ。しかしまぁお嬢様というよりは、まるで騎士様みたいに堂々としたお人だな」
「ほう。あんたにしてはめざといじゃないか。この娘は正真正銘の騎士だし、何ならば最年少記録を大幅に更新した神童でもある」
「――なんですとっ⁉ ふむぅ。見た限り成人したばかりのお嬢ちゃんにしか見えないが、ヒトは見かけによらないですなぁ」
「そういう貴様こそ、その極悪人面に見合う程度には腕が立ちそうだな」
「ぶわっはっは! いやはや流石は姐さんのご友人だ。俺の顔を見てビビるどころか、まさか腕を褒められるとは思わなんだ!」
「……いや兄貴、そこは馬鹿にされて怒るとこだと思いますがね」
ルノーがその痩せぎすな身体を少し億劫そうに起こしながら、姐御――シュアへと質問を繰り出した。
紹介がまだだったなと手のひらに拳を落とし、その目を向けられたラヴィニスが憮然としつつも自己紹介をしている。
お嬢様の挨拶にしては素朴過ぎるその言葉にボルボが反応を示しているが、その感触は悪く無さそうではある。
彼としても貴族様に対する礼儀など知るはずもない故に、無骨な騎士然とした態度の方が好みなのだろう。
副団長のルノーはそんなボルボに思うところがあったようだが、ラヴィニスの毅然とした態度には頭が下がるのかそれ以上は追求していない。
「だ、だだだ、団長ー! き、貴族様の私兵共が攻めて来やした! 生き残ったヤツの話じゃぁ五百人は下らん見てぇーでごぜぇやす!」
「――ご、五百だとっ⁉ ざっと俺らの十倍は居るじゃねーか! それに姐さんこの状況、流石に手が早すぎやしませんか?」
「……何かがおかしい。アイヴィス様の話では今頃ラヴィニスの姉君であるマリアージュ様が誘拐の事実を各方面に向けて発信しているはずだ」
「――あれは、リリティア家の家紋っ⁉ まさか、あのお父様がこんなにも早く決断出来るはずがありません!」
「ラヴィニス。急いで転移門へと向かおう。もしかしたらこん機に乗じ、イレギュラーが紛れ込んだんかも知れん」
「分かりました、直ぐに離脱しましょう。無いと願ってはいますが、もしかしたらアイヴィス様に何かあったのかも知れませんから」
「姐さんっ! ここは俺らに任せて行って下せえ! 早くしないと間に合わなくなっちまいますよ!」
「おらぁぁぁっ! 貴族様がなんぼのもんじゃい! 来るならさっさと来やがれ愚図がっ! こちとら拾って貰った恩を今こそ返すいい機会なんじゃあぁぁぁっ!」
「――くっ! 任せたよ、あんた達っ! ラヴィニスを無事転送し終えたら仲間連れて帰ってくるから、それまでは籠城して耐えとくんだよ!」
報告に来た下っ端の情報に寄れば、貴族の私兵と思しき集団は前触れもなく現れ、最初からここにラヴィニスが居ることを知っているかのように問い詰めてきたという。
今回の誘拐は一部の関係貴族を覗いた秘密の作戦であったため、そもそも下っ端団員達は何も知り得ない。
当然知らぬ存ぜぬという旨を相手方に伝えたのだが、その瞬間に交戦状態へと発展してしまったのだという。
貴族の子弟に対し失礼なことを言った可能性も少なからずあるのだが、それでも一方的に攻撃を加えるという行為は許されるものではない。
そうした感情的な事柄を抜いて考えたとしても、義賊と呼ばれるNULLに対して正面から喧嘩を売るような相手はそうは居ないのだ。
早い話、NULLだと分かって喧嘩を売り、相手が反応を示したことで戦闘のきっかけを作り、その勢いのままに侵略を始めたのである。
「――はっ! 俺らも舐められたもんだぜ! たった五百ばかりの雑兵を集めた程度でこの城を陥落させられるなどと思われるとはなぁぁぁっ!」
「……兄貴。そんなこと言って、手が震えてるじゃあないですかい」
「うるせーこれは武者震いだ! それに貴族様は鼻持ちなら無くて嫌いなんだよぉぉぉっ!」
「ははっ、違いねぇ。気に食わねーっちゅうのはおいらとしても同意見でさぁ」
「お前こそとちんなよ? 籠城戦はどれだけ挑発を我慢するかにかかってんだからよぉ」
「兄貴に言われるもなく分かってまさぁ。あいつらの態度次第じゃ何しちまうか分かりませんがねぇ」
気勢を上げて自らを奮い立たせているボルボ。ルノーに誂われていることからも分かるように、顔面凶器のような外見とは裏腹に慎重で気が小さいのだろう。
反対に気怠そうな上に痩せぎすなルノーはギラギラとした殺意を滾らせており、目を離せばその瞬間にでも敵陣に突っ込んでいってしまいそうなほどの気配すらしている。
そういった意味では良いバランスが取られており、彼らに立場を指名したシュアの裁量が垣間見える。
彼女が獣人だから特別だというわけではなく、元々そういったヒトの本質を見抜く能力が他に比べてずば抜けて高いのである。
「――ちっ。兄貴、これは思ったよりも闇が深いかも知れないですぜ?」
「……まさかルノー、何かヤバいものでもお前のその目に映ったのか?」
「へぇ。あそこに今到着した増援の中に、マリアージュ様と思しき人物が居りまさぁ」
「何だとっ⁉ ――くそっ! 一体どうなってやがるんだ!」
「見る限り当人も酷く狼狽しているように見えますが――ッ⁉ あ、あいつはまさかっ⁉」
「……ルノー?」
「ちっ。今日は厄日に違いねぇ。兄貴、どうやらお相手はあのブラット伯爵らしい」
「――ッ⁉ あの野郎っ! いつも裏でコソコソ企んでるくせに、今日に限ってわざわざ出張って来やがってからに!」
「あの野郎には幾度となく煮え湯を飲まされて来やしたからね。絶好の機会だし、もののついでに冥土へと案内してやりやしょう!」
彼らNULLが義賊として活動するにあたり、最大の障害となるのが”純血派”の貴族達だったのだ。
純血派を語る割には落ちぶれた同族には一切の援助もせず、魔族と揶揄する獣人の奴隷を多く抱える矛盾を孕んだ貴族の集団。
夜な夜な怪しげなパーティを開いては散財し、本来であれば民に還元すべき自領の資産にまで手を出す者すら存在した。
純血派の貴族と幾度となく刀を交えたNULLからすれば実に厄介極まりない存在で、いくら追い詰めても蜥蜴の尻尾切り状態に陥りその闇を垣間見ることすら出来なんでいたのだ。
それが今はどうだ。目星を付けていても尻尾すら出さずに暗躍していた敵対組織のボスが、まさかの現行犯で捕まりに来ているではないか。
目の前に差し出された餌に釣られ、シュアの忠告虚しく部下にその場を任せて城を飛び出す二人。
貴族の私兵共が籠城に苦戦している今こそ好機。いや、むしろこの瞬間逃せば最後だと、そう判断をしてしまったのである。
その判断が吉と出るか凶と出るか。その結末を彼らが知るのはもう少しばかり後のことであった。




