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アヴィスフィア 〜両性を駆使して異世界を謳歌する〜  作者: のんから。
一章 皇国騒動
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一章11話 皇帝崩御02。

 何を間違えた……。どうしてこんな状況になっている? 俺は無難に皇女としての責務を熟し、タイミングを見極めて早めの老後を迎えようと目論んでいただけじゃないか。


 何も悪いことなどしてはいない。皇国の食生活にも貢献したし、防衛のための素案も出した。


 実際に国民の食生活の水準も上がり、魔物や盗賊などの被害も減った。衛生面にも着手したし、最近では前世の知識を活かした医療機関の保険制度について、中世での調整を考えていたところなのに、何故こんなことになっているんだ。


「……これは一体、何が、どうなっているのですか?」


 父である皇帝は血溜まりに沈み、勇猛果敢な次兄がまるで幼子のようにその躯に縋り付き、下手人と思われる長兄が血まみれの剣と感情の抜け落ちた瞳でその様子を見下している。


 どうして父がこんな目に、どうして次兄が涙を流し、どうして長兄が、あの臆病で、だからこそ優しさも持ち合わせていたエル兄様が、その手を血で染めているのだろう。


 分からない、分からない、分からない。上手くやって来た筈だ。多少の差異は兎も角として、このような結果になる兆候など一切合切無かったはずだ。


 誰だ? 誰が悪い? 前世と比べると確かに距離は感じたが、誰が俺の家族を殺し、全ての苦労を台無しにした?


「……遅かったな、アイヴィスよ」

「…………」

「ふむ。流石に優秀なお前でも、偉大な父が見下していた愚かな兄に殺されたことは信じられないか?」


 目の前のエル兄様を語るこいつは誰だ? 兄様は操られているのか? それとも既に死んで、傀儡となってしまっているのか?


 雰囲気が違う。表情が違う。声色も違う。何もかもがエル兄様であることを否定している。


 洗脳にしては感情が豊か過ぎる気がするし、化けているのならド三流と言わざる負えない程に拙い演技だ。或いはもう、その必要がないのかも知れないが。


「き、貴様っ! わざわざ皇帝がお声がけして下さっているというのに無視するなど、無礼にもほどがあるだろう!」

「…………?」

「――ハッ! 女帝と呼ばれようと、所詮は女だな。この程度で臆するなど、これだから獣風情と共存するなどという腑抜けはどうしようもないというのだ」


 何だ? 誰だこの小者は。一体何を言っている? まさかこの状況下で、俺に向かって話しかけてきているのか?


 こいつか? こいつがあの異物を連れ込んだのか? 純血派だかなんだか知らんが、尾耳族という至高の存在を理解出来ない愚者がよぉぉぉっ!


 いやしかし連れ込むにしろ、俺が考案した『セキュリティーゲート』は洗脳などによる外部的な要因を『解析・鑑定』で判別して、国民を利用したテロを未然に防ぐことが出来るはずだ。


 そもそも皇国に籍のない外部からの侵入者はそのゲートを通れないし、魔法や呪術などによる洗脳や教唆も有り得ない。


 消去法で考えるならば”本人そのものに成り済ます”ことだが、そういった事例は未だかつて聞いたことがない。


 リンネちゃんを例に上げるならば、”自我を持つもの”の場所を後から無理やり奪うには、相当量の魔力を常に必要とするためにコスパが途轍もなく悪いはずだ。神の分体(リンネちゃん)でも困難なことをヒトが成すのは、まず不可能と言って良い。


 当人を薬漬けすることにより徐々に精神を弱らせることも可能だろうが、だとすれば一ヶ月では時間が圧倒的に足りないだろう。


 ともすれば、成り済ましの線が妥当と言えるか。……考えたくはないが、精神を破壊する事が出来るのならば十分に可能と言わざるを得ない。


「……エル兄様に、何をした? 側近を気取るお前ならば、如何様にも出来たはずだ」

「――ッ⁉ はて? 一体何が言いたいのか、私には分かりませんねぇ?」

「さては図星かな? マリアと言いお前と言い、純血派とやらは頑固な癖にどうにも行動が短絡的だよね」


 問題は何処から来た刺客か、だな。派閥的にも有力なのは聖教国だが、ヒト族の国家であればアイシュ教徒による煽動の規模次第で何処も可能性はある。


 帝国は実力主義な上にあのお転婆を政略結婚に出してまで皇国との遊戯を結びたいらしいから例外だとして、他の線はあるか?


 ちっ。我ながら冷静で嫌気がさすな。二度目の人生とは言え、実の父が殺されているというのにまるで心が波立たない。


 これも俺に帝王学などという血も涙もない学問を叩き込んだ父が悪いな。敵は取ってあげるから、天国でゆっくりと反省して欲しいところだ。


「――貴様っ! 言うに事欠いてマリアのことを愚弄するなど、この俺が黒い目のうちは絶対に許さんぞっ!」

「あれれぇ? 一人称は、”私”じゃなかったんですかぁ? 知的に魅せようと虚勢を張る猿は見苦しくて見るに絶えませんねぇ」


 あらあら。煽り文句が次々と浮かんじゃってまぁ。……私ったら悪い子なんだから、うふふ。


 ともあれ。俺の綿密な計画を台無しにしてくれた借りは、その身を以って返させて貰うとしよう。あ、あと父様の敵も討たないとだしね。


「――殺す。殺す殺す殺すぅ! ぶっ殺してやるぅぅぅあぁぁぁっ⁉」

「……おいおいこいつ、煽り耐性無さ過ぎんか? これが代表とか、純血派も不憫だなぁおい」


 本当にもう。父様ってば、私に女帝になれとか訳の分からないこと言ったまま死んじゃうなんてさ。……流石に、あんまりじゃない?


 まだ文句も言い足りてないし、皇帝としての心構えも教えて貰ってないよ? それに老後は、自由気ままな旅をするんじゃなかったの?


 全く。嘘ばっかり付いてさ。本当にもう、どうしようもないんだから。……母様に言いつけて、たっぷりと叱って貰わないといけないね。


「――死ぃねぇぇぇっ! アイヴィスぅぅぅっ!」

「未来の女帝を呼び捨てとは、流石に無礼ですよ?」

「邪魔だぁぁぁっ! どけぇぇぇっ!」

「邪魔はそっちやけん。アイちゃんが悲しんどーとがどうして分からんと?」

「――ぐあぁぁっ⁉ け、獣風情がこの俺に傷を付けるなど! ゆ、許されることではないぃぃぃっ!」


 はぁぁ。自然体のまま俺と白刃の前に身を乗り出して護ってくれるなんて、ラヴちゃんはやっぱりカッコいいなぁ! それにシュアの問答無用で反撃する姿も素敵過ぎっ! で、でも言葉を返すようで悪いけど、俺は別に悲しんでなんていないよ? だって今、無性に冷静になってるし。


 怒りも悲しみも何も沸かない。ただ目の前に父の躯が転がっていて、それを次兄が抱え長兄が見下ろし、煩い小蝿が喚いているだけだから。


 ……あぁ、そうか。ここは間違いなく異世界だったなって。弱肉強食が常の野蛮な中世で、ヒトの生命など吹いて飛ぶほどに軽い時代なんだよなってさ。


 いや、考えてみれば俺が生きていた世界も十分に弱肉強食だったか。……いやはや。どの世界線に於いてもヒトというのは、総じて愚かな生物なのかも知れないね。


(……お兄ちゃん、大丈夫? 私が代わりにヤろっか? うん、それがいいよ! そうしよう?)


 リンネちゃんまで。……大丈夫、俺は大丈夫だよ。――既に、手の届かぬ身近な誰かが死ぬ覚悟は出来ていたから。そう。それがたまたま、今日だっただけだから。


「ジョーカー! じょぉぉぉかぁぁぁっ! あ、あの女どもを殺せ! 出来得る限り凄惨に殺し、アイヴィスに魅せつけてやれぇぇぇっ!」

「……………………はっ?」


 以降の記憶ははっきりとしない。……だがその悪意に満ちた一言により俺はヒトとして一線を超え、女帝として君臨することになるのだった。



「――来い、『茨の精霊(マリア)』。其処なる小者の系譜を、彼の者を除き殲滅しろ。やり方は、お前に任せる」

「あぁ、愛しい私の主様。貴女様の従順な下僕であるこのマリアージュがその下命、生命に変えても遂行してみせますわ!」

「俺の知らぬ間に勝手に死ぬことは許さない。……使うなら、彼の者どもの生命を使え」

「――はぁんっ⁉ あ、主様の深い愛に包まれて、わ、わわ(わたくし)の心はもう、どうにかなってしまいそうですわぁぁぁっ!」


 まるで能面のように表情を無くしたアイヴィスが、底冷えするほどに恐ろしく冷たい声で自らの召喚獣を呼び出した。


 彼女の名はマリアージュ。普段はその一部のみを限界させるに留めている、アイヴィスが保有する中でも最強格の召喚獣だ。


 ちなみに彼女はラヴィニスの姉と同姓同名の別人、というわけではない。世間一般ではアイヴィスの謀略によって、”奴隷”として外国の貴族に売られたはずのマリアージュさんその人である。


 そんな彼女は今現在どういう経緯か全身を茨のドレスで身を包み、白磁の肌を大胆に露出させている。己が主であるアイヴィスの気遣いに触れて昇天しそうになっているその姿は、以前の彼女を知るものからすれば衝撃以外の何物でもないだろう。


「マリア? ま、マリアージュなのかっ⁉ お、俺だ! バインだ! お前の愛しい婚約者のバイン伯爵だ!」

「……はぁ。一体なんですの? 私を愛称で呼んで良いのは主様だけと、生まれる前から決まっているというのに煩わしい」

「――な、何を言っている⁉ 何故俺が分からない! も、もしや、お前も精神を壊されて支配されているのか?」

「どなたかは存じませんが、私は主様の従順な下僕。愚かだった私に新たな世界の扉を開いてくださった至高のお方。――あぁ、愛しの主様ぁ」

「あ、あああ、アイヴィス貴様ぁぁぁっ! 女帝などという恥知らずな称号だけでなく、お、俺のマリアをまでも手に入れたつもりなのか! ……ゆ、ゆゆ許さん! 絶対に許さないからなぁぁぁっ⁉」


 マリアという言葉に過剰に反応を示すバイン。対するマリアは心当たりがないのか、にべもなく突き返している。


 そのことに衝撃を受けたバインは、喫緊で見た良く似た事例に思い当たり、意図せず失言を繰り出してしまう。


 ピクリと反応を示すアイヴィス。しかしマリアに夢中なバインがそれに気づくことはなく、それどころか逆上して憤慨している始末である。


「主様を貴様呼びするなど許せません! 何処の馬の骨から知りませんが、楽に死ねると思わないで下さ――女帝? ……あのぅ、主様は女帝となられるのですか?」

「……あぁ。不本意だけど、そうなるね。全く、どうしてこんなことになってしまったのか」

「な、ななな、なんということでしょう! あ、あの面倒くさがりの主様が……お、表舞台にっ⁉ こ、こんなにも嬉しいことは他に御座いませんっ! あぁ。私、私嬉しくてもう、辛抱たまりませんわぁぁぁっ!」


 敬愛する主に対する罵倒に怒りを覚えたマリアは、その狼藉に対しての罰として自身の象徴である茨をムチのように振るおうとする素振りを見せたが、途中でその怒りを忘れるほど衝撃的な言葉を耳にすることになる。


 女帝。言葉だけだと一言だが、皇国にとってその重みは指し測れない。アインズ皇国としての正式な建国から凡そ二百年程になるが、未だかつて女性が皇帝となった前例はない。


 アヴィスフィアにおいても女性の統治者というのは極稀で、皇国のある大陸ではアイシュ教の総本山である聖教国における教皇ただ一人である。


 現代日本に比べ、魔力という異なる能力体系により男女における力の格差は少ないが、どうしても子を生むという性別上の役割がある女性は一時的に前線から離脱せざる負えなくなってしまう。


 常に何処かの国と戦争或いは緊張状態にあるような情勢下において、指導者が長期に不在となるという無防備を晒せば、ただそれだけで他国に侵略のきっかけを与える可能性もある。


 何より現代日本よりも男女の役割分担についての社会通念や慣習、しきたりなどが根強く、女性が能力を発揮できる環境や機会が十分ではないのである。


「マリア。俺は、エル兄様の殻を被った異物を屠る」

「かしこまりましたわ。この小者共の始末はお任せ下さいませ。愛しき貴女様のために、最大の戦果を約束致しますわ」


 私という殻を脱いだ剥き出しのアイヴィスは飾ることをしない。既に眼中にないバインは下僕に任せ、自身はこの狂乱の中心にいる自身の兄の姿をしたジョーカーを捉えている。


 当然だが、アイヴィスはジョーカーの名前は愚か、その存在すら知り得ていない。しかし、自分の目で見たエルクドと眼前にいる異物がどうしても同一人物には見えなかったのだ。


 そんな彼の意思を感じ取り、命令された事柄を自分なりの最大限の成功を宣言するマリア。


 絶大の信頼を向けているのか、アイヴィスはそんなマリアに軽くうなずき、誘うかのように執務室へと消えたエルクドを追い、背を向けてこの場を脱してしまった。


「――待て! 待ちやがれ! く、糞が! は、伯爵であるこの俺を小者小者と見下しやがってっ! 皇家であることに胡座を掻いているだけの売女の分際でぇぇぇっ!」

「……足らぬものも遠吠えは聞くに耐えませんわ。今直ぐその高慢を、私が打ち砕いて差し上げましょう」

 

 当然取り残されたバインとしては面白いわけがない。自身の嘗ての婚約者だったマリアを奪われ、あまつさえはまるで路傍の石を見るような無関心な目線を向けられたのだ。


 思いつく最大の罵倒を叫んでも、当人は既に興味を無くしたのか振り返ることはない。


 兄を殺したであろう相手を呼び寄せた、それこそ厳罰になってもおかしくない謀反を企てた凶悪な存在であるはずなのに、売国奴を裁く立場である為政者の頂点が、全く以って彼に関心を示さなかったのである。

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