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アヴィスフィア 〜両性を駆使して異世界を謳歌する〜  作者: のんから。
一章 皇国騒動
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一章08話 迫りくる悪意02。

「ふっふっふ。前回から更に改良を加えた新作のカレー粉が完成した。……この味。そして、風味と深み。――あぁっ! これこそ真に、至高のカレー粉と呼べるのではなかろうか!」

「辛いのが苦手なラヴちゃんとシュアのために軍隊蜂の蜂蜜も仕入れてきたし、後は夢にまで見た”お米”が揃いさえすればもう完全勝利さ!」

「……うぅ、苦節五年。……実に、実に長かった。固い黒パンから柔らかい白パンまでは、小麦的な穀物を領内で生産していたから割とすんなり形に出来た。実際にカレーにも合ったし、とても、とても美味しかった! でも、違うんだよ! やっぱりカレーと言ったら、”ライス”がないと駄目なんだ! 何も始まらない! ……これは、これだけは絶対に譲れないんだよぉぉぉっ!」


 白亜に輝く白鷺城には、市井の民が羨み思想するそれは絢爛豪華な空間がいくつか存在する。中でもその一室は他の部屋と比べて特に豪奢で、アイヴィスの言葉を借りるなら、真にお姫様と言えるゆめかわいい部屋だった。


 可愛らしい白を基調としたアンティークな家具に、天蓋の付いた同じくまっさらなクイーンサイズのふかふかベット。物語のお姫様そのもののイメージを崩さない二枚扉の化粧台も、普段から使用しているであろう形跡がチラホラと見受けられる。


 お付きのメイド――アイヴィスの場合は専属のユニとなるのだが――は一見乱雑に見えるその場を、彼女は”敢えて”片付けていない。


 専属となるだけあって言われるまでもなく、余程外聞が悪い場合を除き主人であるアイヴィスの意向を受け入れているのである。


 実際に今もまた、この部屋に似ても似つかない何とも食欲の唆る香りを振りまく彼を止めることをしない。


 いくら言っても無駄だからという意味合いも無きにしもあらずなのだが、ユニはアイヴィスが熱心に作業をする姿を見るのが好きだったのだ。


「アイヴィス様、おめでとうございます! このラヴィニス、貴方様の偉大な発明の瞬間に立ち会えて心から嬉しく、また感動しています!」

「確かに美味しそうな匂いで、実際にうまかろうっちゃけど、うちとしては時と場合、そして場所ば選んで欲しかばってん」

「――シュア様。お言葉ですが、涎を垂らしながら言っても説得力が御座いません」


 そしてご覧の通り、この部屋には同居人が三人存在している。本来ならばこの部屋の住人は皇女であるアイヴィスだけなのだろうが、本人とラヴィニスの意向で三人で使用することに決定したらしい。


 そのうちの二人は当然といえば当然なのだが、ラヴィニスとシュアである。ラヴィニスは元より、シュアもその決定には異論はないらしい。口では苦言を呈していたが、実際は喜んでいるというのが正確だろう。


 ちなみに専属とは言え従者なので、ユニとしては別の部屋に住むつもりで居たのだが、「専属で働いても貰うのだし、一緒に住めば良いんじゃない? ユニちゃんが嫌なら強制はしないけども」という一言で彼女も同居する事になった。


 流石に睦言を行うベットで主人と共に寝るのは恥ずかしいというユニの意見が通り、部屋の中にアイヴィス謹製のとても可愛らしい室内テントで暮らしている。


 当然テントなので新婚三人の様々な生活音が聞こえるのだが、流石は長寿であるユニコーンの尾耳族故の精神力なのか、日常生活に影響が出ることは無かった。(とぎどき覗き、自家発電が捗っているのは”内緒”である)


「全くシュアってば素直じゃないね。結局一番おかわりするのシュアだってもう知ってるんだからね? ホントは嬉しいでしょ? ね?」

「ヒトば食いしん坊んごと言いなしゃんな! ら、ラヴィニスだってたくしゃん食べよーやなか!」

「ラヴちゃんは何作っても喜んで食べてくれるからね。味というよりは、私が作るご飯が好きって感じかな? 当然それも嬉しいけど、シュアは食べる量からも顕著に出るからさ。私の料理の基準は、シュアなんだ。……それにシュア。特別扱いされるの、嫌いじゃないでしょ? ふふっ」

「う、嬉しかか嬉しゅうなかかで言えばほんなこつ嬉しかっちゃけど、なんか負けたごたって納得がいかん! ……それに、ドヤ顔まであいらしかなんて、は、はは反則が過ぎるばい!」

「あははっ。前にも言ったかもだけど、せっかく可愛く産まれて来れたんだし、可愛くしないと勿体ないじゃん! ヒトって結局見た目の比重が大きいものだからね、仕方ないね」


 あまり見えないが、アイヴィスは前世も合わせればそこそこにいい年齢の大人である。彼の処世術には当然その見た目も含まれており、せっかくの恵まれた容姿や環境を利用することに一切の躊躇いがないのだ。


 事実彼は物心付いたその時から色々とやからしており、反省はしているが後悔はしていない。今自分に出来ることを最大限に活かして未来に繋げるという、当たり前のようで中々出来ない試みを体現する努力をしているのである。


 それこそがアイヴィスの魅力なのだろう。自分自身で選択し、なるべく後悔せずに生きること。口では安し、実践することは困難だが、そうあろうとする姿が眩しくて、健気で、何より尊いのだ。


 何より彼は一度社会の波に揉まれ、その難しさや理不尽を肌で感じ取り経験をしている。正論が正解でない可能性に気づき、それでも反社会的行為などに手を付けず、真っ当に生きてきた。


 これも決して当たり前の一言で済ませて良い問題ではない。大人となり、自分の意志で倫理観を守るというには、ただそれだけでも称賛して然るべき事柄なのである。


 何よりその姿勢を崩さなかったからこそ”偶然”容姿に恵まれ、”偶然”社会的地位――それも皇族という国内最高の権力を持つ存在に転性しても、前世となんら変わらない性格のままで居続けられているのだから。


「ほらほらアイヴィス様。いくらシュアが可愛いとは言え、あんまり意地悪するのは感心しませんよ?」

「はーい、ごめんなさい。……ぷっ。ふふっ、なんか今の、家族っぽくって最高だね?」

「――ッ! も、もう! だからといって代わりに私を揶揄うのもやめて下さい! きゅ、急に言われると、その。……胸が、ギュってなって苦しくなっちゃいますから」

「はぁ、俺の嫁たちが可愛すぎてつらい。まだ日が高い真っ昼間だけど、この感情を抑える自信が私にはないぜ……」

「「――駄目ですっ!」」

「え〜、そんなぁ。これじゃ生殺しだよぉ〜」


 わきわきと厭らしい手付きで近寄るアイヴィスをにべもなく振り払うラヴィニスとシュア。アイヴィスが皇帝となることになった日から少しだけ、彼の全てを受け入れずに拒否することを覚えたのだろう。


 悲しそうに宙ぶらりんな手を持て余すアイヴィスを見ても、キッとした態度を崩していない。……若干ラヴィニスがピク付いているのは、見ないでおこうか。


 別に二人も嫌だからという理由で拒否した訳じゃない。……実は明日、アイヴィスが正式に皇帝となる式典が開かれる事になっているのだ。


 彼が現皇帝であるアルマスに辞令を受けたのは、今から約一ヶ月前だ。現代日本ですらそんな喫緊で世代交代をしないであろうに、何故か皇帝がその考えを曲げなかったのである。


 アイヴィスとしてはなるべく先送りにして、あわよくば実の兄であるエルクドに押し付けてしまおうと目論んでいたのだが、何かと理由を付けられてこの一ヶ月の間一切の干渉が出来なかったのだ。


「ま。二人の不安も分かるけどね。……この埒のあかない感じ、明らかにエル兄様以外の目論見が進行してるとみて間違いないからね」

「動くとすれば、明日でしょうか? それとも――」

「――あぁ、どうやら今日だったみたいだね」

「――まさか、怒号⁉ これは一体、何が起こっているのでしょうか?」

「少なくても良い知らせでは無さそうだ。……はぁ、こんなことならエル兄様ともう少し親交を深めておけば良かったよ」

「アイちゃんが後悔ば口にするなんて、珍しゅうて槍でも降るんやなか?」

「ふふっ、冗談だよ。……後悔なんて、したところで何にも変わらないからね。結局私はエル兄様よりも、他の誰かを優先したに過ぎないのさ」


 自重したかのように笑うアイヴィス。彼としても、せっかく肉親として生を受けた相手とはなるべく仲良くはしたかったのだ。


 だが貴族、それも皇族ともなると、何をするにも(しがらみ)が纏わりついてくる。それ事態はしょうがないものだと受け入れ、その中でも彼は自分にとって何が大切なのかを取捨選択して今、この時この瞬間を迎えたのである。


 ラヴィニスのことやシュアのこと。乳母である紅姫――ミクさんの立場を少しでも向上させようとギルドでお手伝いを始めたという隠している事情もある。……それはユニも然り。誘拐の対象として格好の的である彼女を、必ず強者である誰かの傍にこっそりと配置してきた。


 そう。彼は後悔など、前世で――リンネが亡くなったときにいくらでもしてきた。そして、その無情な現実に何度も絶望して涙してきたのだ。


 故に一番守りたいものから順序立て、それが可能であるかを考慮し、決して失わないように然るべく対処と対策を練ってきた。


 そしてそれを実行できる存在――”アイヴィス”はいわば、朱羽の”理想の完成形”だ。アイヴィスである自分はかくあるべきだと決まっており、アイヴィスであるときの彼は彼にとって、常勝無敗の無敵超人そのものなのである。



「――失礼致します! あ、アイヴィス様! た、たたた、大変で御座います!」

「大丈夫、落ち着いて。……それで、一体なにがあったの?」

「え、エルクド様が一部貴族を率いて一斉蜂起致しました! 抵抗するものには容赦なく、既に重症人も出ております!」

「……まさか、非戦闘員に対しても武力行使しているの?」

「大人しくしている限りは問題ないそうですが、事実として多数の怪我人が出ています」


 一体どうなっている? 臆病なあのエルクド兄様が武力行使なんて、正直一番薄い可能性だと思っていたのだが。


 全てのリソースをエルクド兄様に注ぐわけにもいかなかったから全容は知り得ないけど、『要人監視モニター』で映される情報を精査する限りではコレと言って怪しい行動は見せていない。


 強いて言うならば、いつ見ても()()()()()()の兄様だったことだろうか。


 今思えば完璧な人間がいないのと同様に、いつもいつでも短慮で愚かな人間というのもいないのである。


 そういった意味では確かに違和感がある。感覚的なことなので詳しく説明する事は出来ないが、()()()()()()()()()()()というアピールにも見えるのだ。


 エルクド兄様に”半獣人感情”を植え付けようと目論んでいたバイン伯爵が各貴族に呼びかけていた事実は確認済みだが、まさかエルクド兄様がその口車に乗るとは露程にも思っていなかった。


 これは決して彼を侮っているから言っているのではなく、むしろそういった一線を超えない慎重さをある意味で信じていたのだ。


「――お取り込み中に失礼する。アインズ皇国第一皇女、アイヴィス・ロゼル・アインズブルグ殿で間違いはないか?」

「……失礼を通り越して無礼だと思いますが、確かに私がアイヴィスであることに相違はありませんよ」

「…………」

「おや、もしかして怒らせてしまいましたか? しかし事実として、土足でレディーの部屋に上がる輩が紳士を振る舞っても、ただただ滑稽なだけですよ?」

「――ふははっ! 良く口の回るお嬢さんだ。状況を理解していないわけでは無かろうに」


 エルクドの私兵、あるいは親衛隊の隊長と思しき大男が快活に笑う。のしっという重厚な足音からもその鎧の重量感が伝わり、目の前の男がどれほどの怪力であるかを物語っている。


 明らかに武人故か、慣れない丁寧語が全く以て似合っていない。試しに煽ってみたものの、隊長格なだけあって挑発に乗るようなことはないようだ。


 ふむ。状況はいまいち分からないが、とりあえずこの男なら悪いようにはならなそうだ。俺たちの世話をしてくれているメイド達に怪我をさせるのは忍びないし、ここは大人しく付いていくことにしようか。


「嫌ですわ、その言い方だと私が狡賢い女みたいじゃない。……それで貴方、名はなんというの?」

「ぶわっはっはっ! 肝が座っているとは聞いていたが、本当のようだなっ! 儂の名はジグルド。フルマン閣下の第一の部下なり!」

「――まさか、フルマン兄様まで巻き込んだというの? エルクド兄様は一体どうなさってしまったのかしら」


 フルマン兄様まで反逆に加担した、だと? 兄を兄とも思わず見くびっていたあの兄様を、エルクド兄様は説得したというの?


 おかしい。絶対におかしい。普段のエルクド兄様なら後先も何も考えず、ただ気に入らないからという理由だけで協力を断るはずなのに。


 そもそもフルマン兄様がエルクド兄様の下につくこと自体が異常過ぎる! 火と油の中に冷水を打ち込むくらいありえない!


「その胆力に敬意を評して答えよう! エルクド様が皇帝になられた暁には、我らのようなはみ出し者の自治区を設けてくれると約束して下さったのだよ」

「我ら……? 貴方、もしかして――。……そうですか、分かりました。大人しく付いていくことにしましょう」

「「――アイヴィス様ッ⁉」」

「ほう、思ったよりも潔いな」

「だだし条件として、”私の使用人を私の部屋に隔離し、絶対に傷を付けないこと”を約束して頂きますが……」

「良いだろう。――おい! 使用人達をこの部屋に集めろ! 良いか、絶対に手を出すんじゃないぞ!」

「……お心遣い、感謝します。ではラヴィニス、シュア。何やら革命児気分に浸っているらしいエルクド兄様に、次期皇帝自ら引導を渡して差し上げることに致しましょうか」


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。何やら遅めの反抗期を迎えてしまったらしいダメンズを、わざわざ出向いて”しばく”必要があるらしいね。


 以前の俺ですら相手取るのに苦戦してた二人に、”偶然”半神半人となった俺が止められる道理もあるまい。


 出る杭は打たれるのだということを、人生の先達として教えて差し上げるのもまた、家族としての愛情表現だから。……覚悟して下さいね?

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