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アヴィスフィア 〜両性を駆使して異世界を謳歌する〜  作者: のんから。
一章 皇国騒動
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一章07話 迫りくる悪意01。

「なぜだ、なぜなんだっ! 余は第一皇子ぞ? なぜ一番高貴な余ではなく第三位、しかも女であるアイヴィスが皇帝に推挙されるのだ!」


 これぞ皇族と言わんばかりの豪奢な部屋で、名だたる名工が創ったと思われるガラス細工を地面に叩きつけて憤慨する第一皇子。


 世話係であるメイド達はその様子に怯え近寄らず、従者と思われる人物が壊れ飛散した欠片をあくせくと集めている。


 整えられた頭髪も自身の手でもみくちゃにしたのか、方方に飛び跳ね見るも無惨な様相を呈している。


 また、端正な顔つきも皇帝とその後継者により歪められ、少々怖気が立つような危うさすらも醸し出している。


「父上も父上だが、アイヴィスもアイヴィスだ! あれほど余が目にかけてやったのにも関わらず、何より次代皇帝は兄様しかおりませんとか抜かしながら、いざ自分が指名されたらのうのうとその座に就こうなど、これが裏切りでは無くなんだというのだ!」


 また一つ、この世から芸術が失われた。時価にすればそれこそ値のつけようがないほどの立派な壺が、それは見事にバラバラとなっている。


 唯一彼を褒められるのは、決してヒトに当たらないことだろうか。彼は物には容赦をしないが、ヒトに手を出すことは絶対にない。


 厳しい父による幼い頃からの刷り込みという側面も拭えないが、それ以上に彼はヒト一倍臆病なのだ。


 アイヴィスが何も出来ないと言ったのは正にその点であり、エルクドがどれだけ大きな事を吹聴しても、最後の一線だけは絶対に超えないことを近親故に知っているのである。


「エルクド様、落ち着いて下さい。次期皇帝となろうものが、従者や使用人達を狼狽させてどうなさるおつもりなのですか」

「……バインか。貴様、伯爵家のくせに相も変わらずにずかずかと図々しい奴だ」

「ははっ。幼馴染の好として、そこは堪忍して頂けるとありがたいですねぇ」


 憤慨するエルクドに声をかける勇者が現れた。彼の言う通り、幼少期に遊び相手を努めていた伯爵家の長男であるバインだ。


 丁寧な口調と相反するまでの堂々たる様は、実際に領内の統治を現当主により一任されているという自信の表れから来るものなのだろう。


 仲の良い幼馴染相手に対してエルクドの言葉に少々毒があるのは、そういった焦りなどの事情が含まれているのだ。


「まぁ良い。して、今日はわざわざどうしたのだ? まさか余の無様な姿を見て笑いに来ただけではあるまい」

「あはは、それこそまさかですよ。……エルクド様の、率直な感想をお聞きしたいと思った次第です」

「余の感想だと? はっ。見れば分かるであろう。最悪も最悪、余の人生の中でも最高に最悪な気分であるな」


 自嘲気味に笑うエルクド。彼がこんなにも素直なことからも、バインに対する心象が浮かび上がる。幼少からの知己故に、警戒がゼロなのだ。


 エルクドの自虐に微笑で返すバインだが、一息付くと同時にガラッと印象が変わった。……そう、彼の本題はここから始まるということだ。


 対するエルクドだが、彼の雰囲気が変わったことに全く気がつく様子がない。良くも悪くも彼は、いつもどこでも自分のことでいっぱいいっぱいなのである。


「……エルクド様。我らの旗頭に、皇帝になって頂けませんか?」

「ハッ! 何を言うかと思えば事において。お主も知っておろう? 次代の皇帝は我が妹であるアイヴィスぞ、言わせるでないっ!」

「――いえ。今はまだ貴方様の父君――いや、あの売国奴が偽帝として君臨して居るではありませんか」

「……バイン。貴様、まさか――」

「エルクド様、今しかありません。どうか私達の旗頭となり、この国を獣人――あの魔物どもの驚異から守って頂けませんか?」


 ゴクリと生唾を飲む音が響く。他の誰でもない、エルクドその人のものだ。彼の幼馴染であるバインはどうやら、現皇帝であり実の父でもあるアルマスを弑することでその座を奪えと提言しているらしい。


 黙り込むエルクド。未だ冷めやらぬ熱い眼光で訴えかけるバイン。エルクドは凡才ではあるが父であるアルマスが思うほど無能ではない。故に彼の提案が如何に刹那的で、何よりもリスクが高いということを理解している。


 何せ彼は優秀な弟と、更に優秀な妹を幼少時から間近で見続けている。そうすることで、嫌でも自身が薄才であることを自覚していたのだ。


「バインよ。今の話、聞かなかったことにしてやろう。……良いな?」

「――そんなっ! ……な、何故なのですか?」

「ふっ。余も自身が皇帝の器でないことなどとっくに知っておった。アイヴィスが私を担ぎ上げ、皇帝にしようと企んでいたことも知っている」

「…………エルクド様」

「あいつはな、分かりやすいのだ。自分では上手くやっていると思っているのだろうが、忖度なしに嘘が下手なのだよ。余を相手取る際に、誤魔化す必要すら感じていないのかも知れないがな」


 臆病で無能だとされた第一皇子は、誰よりも自身の置かれた状況に詳しかった。非才だからこそヒトの目を気にし、臆病だからこそ去勢を張った。……そう。それがエルクド。アインズ皇国第一王子、エルクド・ロゼル・アインズブルグなのである。


 自身の手では皇帝になれぬと悟っていた彼は妹であるアイヴィスの思惑に敢えて乗り、その上で彼女だけでは不十分だと判断して”獣人排斥派”の象徴に祭り上げられていたのだ。


 エルクドが今そのプライドを捨ててまでバインにその心の内を晒しているのは、自身の少ない友人を慮ってのことなのだろう。


 だがバインはその事実に衝撃を隠せなかった。……実のところ”獣人排斥派”とは、伯爵家である彼の実家が筆頭となっている一大派閥なのだ。


 この日のこの瞬間のこの場に来たのは他でもない。皇子の幼馴染という立場を十全に利用し、裏で焚き付けておいた”反獣人感情”を刺激し、傀儡とかしたエルクドを神輿にした新国家を築くことである。


 しかし彼は蓋を開けてみれば、何処までも理知的で冷静な――それこそ正に皇帝となってもおかしくはない器を隠し持っていた。


 バインにとってうってつけだった至高の傀儡が、この瞬間に皇国初の女帝の謀計を看破した”得体のしれない何か”に変貌したのだ。


 そしてそんなエルクドに対し、自分は反逆の意を表してしまった。例え彼が本当に心の内に秘めておくつもりでも、伯爵家の威信を両肩に乗せたバインとしては致命的な爆弾を抱え込んでしまったことになる。


 ちなみにエルクド自身はバインが一物を抱えている事実を知らないし、想像すらしていない。あくまでも彼は凡才であり、近親の――それも分かりやすいアイヴィスの動向までが関の山なのである。


「……なるほど、致し方ありません。――ジョーカー、お願いしますね」

「あれま。ええんですかい? 前にも言うた思うけど、取り返しは付きまへんよ」


 バインが事前に人払いをしていたので、エルクドの私室には二人しか居ないはずなのだが、何処からか中性的な声色の返事が返って来た。


 方向から察するに、バインの下――正確には影の中から聞こえたように思える。


 しかしながら姿を確認することは出来ない。そもそも影が語りかけてくるなど、魔法が当たり前にあるこのアヴィスフィアですら考えられない異常事態なのだ。


「――誰だっ! いや、な、なな、なんだお前は?」

「ワテですかい? ご覧の通り、ピエロをやらしてもろてるものでっせ。……ほほ〜う? なるほどねぇ?」

「ピ、ピエロ? ちょっ⁉ ち、近寄るでない! ……こ、ここ近衛は何処だ! き、騎士たちは何をしている! この怪しいやつをさっさと連れて行かんか!」


 バインの影よりぬっと浮かび上がる人影。ヒトを小馬鹿にしたような泣き笑いの仮面を被った、中性的な怪しいピエロその人だ。可視するための目元の空洞以外は全て隠れてしまっている。


 ジョーカーと呼ばれたそのピエロは、一度見たら忘れないほどには派手な装いをしているというのに驚くほどに気配が希薄で、その様子はまるで死人と対峙しているかのようでもある。


 事実エルクドはそのあまりの異様さに見の危険を感じ、すぐさま近衛として待機しているだろう騎士たちを呼びつけることにしたらしい。


「あぁ〜、エルクドはんと言うたかいな? 愚かな皇子て聞いとったけど、危機管理能力は中々に優れてるやんけ」

「ジョーカー、申し訳ないですが時間がありません。拉致した騎士たちの不在に気付かれました」

「……匂いで気ぃついたのか。ほんまに獣人ちゅう種族は厄介極まりあらへん存在やな」

「な、何を言っている! おいバイン! 貴様も何をのうのうとしているのだ! 直ぐに逃げよ! 其奴は危険ぞ! 余には分かる!」


 あまりの異常事態に頭がついていかないのか、明らかに手引した主犯であるバインの身を案じるエルクド。


 あるいは自身の危機を察し、受け入れまいと必死なのかも知れない。事実、唯一の出入り口である扉の前にバインが張り、ジョーカーは感情の読めない仮面姿でこちらの様子を伺っているではないか。


 そしてエルクドのその予感は等しく正しい。名は体を表すというその言葉通り、ジョーカーとは即ち”最悪の一手”のことを指すからである。


「エルクドはん、堪忍な? これもお仕事やさかい、己の不運を呪うてくれや――シッ!」

「――がっ⁉ かひゅ、ごぁぁ……」

「踊れや踊れ、今宵はおどれの生誕祭や。終わり無き狂気の宴を、無数の生き血で彩ったろか――『傀儡(マリオネット)輪舞(ロンド)』」

 

 音もなく半身を沈ませ、流れるようにエルクドの懐に入り、自身の右腕を天へと振り上げるジョーカー。


 決して目で追えぬ速さではないが、一連の流れが余りにも自然過ぎた。まるでエルクド自ら迎え入れたのではないかと疑うほど鮮やかにその凶手を急所――心臓に受けている。


 身体そのものを貫いてしまっているので別物だろうが、貫手(ぬきて)と呼ばれる空手の技が一番しっくりと来るその暗殺術。


 ビクンと大きく身体を揺らし、空気が抜けたように脱力するエルクドの様子からも、その一撃はまさに必殺と呼べる代物である。


 だが、恐ろしいのはここからだった。ジョーカーはエルクド越しの手の平で未だ脈動する彼の心臓を、あろうことかそのまま握りつぶしたのである。


 『傀儡輪舞』。傀儡となる対象の心臓を捧げ、その身体を操る権限を得る”陰”の魔法。心臓――つまり心の在処とされる臓器を潰すことで身体の支配権を全て簒奪する狂気の魔法である。


 貫手で生命を刈り取り、魔法で精神を潰す。聖教国における最高峰の僧侶にしか使えないとされる復活(リザレクション)ですら蘇生不可能な、実に残酷で確実な殺害方法なのだ。


「――時間がありません。早く()()()()()!」

「そないに焦らへんでもわかってるさかい……あー、あー。――余はエルクド。エルクド・ロゼル・アインズブルグである」


 そして、最悪の一手と呼ばれる彼の本領は正にここからだった。


 そう。冒涜的な肉塊――いや、()()()()化したエルクドの中に入り込み、あろうことかその仕草や口調を瞬時に模写したのである。


 既存の生命を奪い取り自らとするリンネの『同化』に酷似する魔法だが、基本的に胎児(十二週未満)を対象とした上でさらに『転性』で女体化する必要がある彼女と違い、ジョーカーには老若男女の制限がない。


 生命を同価値とするならばどちらも悪だが、現代日本でも中絶が認められている対象と、実際に生命として成熟したものを対象とするものではその悪性の度合いが異なるだろう。


 少なくともリンネにはそれ以外の選択肢が無かったし、何よりも両親はおろか全国民たっての希望で産まれてくるのだ。


 女神の母体となる胎児が死に、そしてその命のバトンを受け取った女神の分体(リンネ)の死によって今生きるものが生き延びる。


 女神信仰を掲げる教徒にとってそれは当たり前であり、両親ともに名誉なことであり、胎児は即ち神の子なのである。


 話は逸れたが、ジョーカーには形がない。常に誰かという気ぐるみを纏い、泣き笑いの仮面を被りヒトを嘲るのだ。


 ちなみに着るというのはあくまでも比喩で、ヒトの核である心臓を壊して出来た隙間に自身の核を埋め込むことを指す。


 要するにエルクドはこの瞬間、”新たなジョーカー”として生まれ変わったのである。


「――エルクド様! ご無事ですか⁉」


 一足遅く、獣人の衛兵達がエルクドの執務室へと雪崩込んだ。彼の意向により、最も遠い所の警備を担当していたこともあり、異常事態を察してはいたのに直ぐに駆けつけることが出来なかったのだ。


 バインが突いたのは正にその隙である。彼は獣人のその感の鋭さを何よりも警戒しており、自身の目的のための一番の障害に成り得ると思っていた。


 故に”獣人排斥派”という派閥を形成して不満を感じていた貴族を纏め上げ、その数でエルクドを神輿として持ち上げ実権支配を目論んだのだ。


「な、何事だ! 余は見ての通り、無事である!」

「で、ですが近衛の姿が見受けられないので心配になり――」

「――ええい黙らぬか! 余は獣人が嫌いであると言っておろうが! これ以上問答を繰り返すつもりなら、余への反逆と見做すぞ!」

「――め、滅相もございません! し、失礼致します!」


 にべもないとはこのことで、これ以上食い下がると危険だと感じた衛兵たちはおずおずと執務室を後にした。


 過ぎたことを言っても仕方ないのだが、もしエルクドが獣人の衛兵たちと仲が良ければその感の良さから違和感に気がついた可能性があった。


 ジョーカーとして産まれ変わったばかりの状態とは、それ即ち蛹の羽化直後と同様である。いくら歴戦の暗殺者とは言え、最初期は手探りで故人の役割を熟さなければならないので、最も隙や差異が生まれやすいのだ。


「ふぅ。やはり獣人と距離を置かせて正解でした」

「助かったわ。もし仮に親しい者に見られたら、気づかれとったかも分からへんさかいな」


 こうして悪意は皇国に忍び込んだ。彼らの次の狙いは現皇帝か、その後継者か。月夜の下で薄く笑う彼らを一体誰が止められるというのだろう。

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