一章05話 晴天の霹靂02。
「――なっ⁉ 私を皇帝に推挙するって父様、本気なのですか?」
白亜の城と名高いアインズ皇国の本丸、『イーグレット城』。その謁見の間より先にある”皇帝専用”の執務室に身一つで登城した俺を待っていたのは、実の父であるアルマスの思いもよらない言葉だった。
お母さんもといミクさんに挨拶をした時点で帰還の事実は伝わっていたのだろうが、まさか開口一番に女帝になれと言われるとは思わなんだ。
てっきりこってり絞られた後に最悪ギルドカードの没収を言い渡される覚悟をしていた俺としては、正直どう反応してよいか分からない。
「無論本気だ。アインズ皇国の七代目皇帝は、お前を置いて他には居るまいて」
「ちょ、ちょっと待って下さい父様。私は、女ですよ? 歴史を省みるに、女帝はまだ一度も即位したことが無いはずでは?」
「ふむ。だが、女帝が駄目という法律は我が皇国には無い。故に問題はあるまいよ」
「い、いやいやあるでしょう! 第一兄様達はどうなさるのですか! フルマン兄様は兎も角、エルクド兄様が黙ってはいないと思います!」
待て待て、勘弁してくれよ。正直皇家に産まれたことすら持て余してるのに、”女帝”だって? いやいや。俺はそんな器じゃないし、何よりも面倒くさいよ!
も、もしかして調味料開発がやりすぎだった? マヨネーズとかちょっとした騒ぎになったくらいだったし、醤油とかも不味かったかなぁ?
でもソースに似た何かと塩、あとはハーブとかの香辛料しか無かったし、前世が日本人の俺としては耐えられなかったんだって。
あえて語ることもないが、なまじ皇女なだけあって材料も伝手も大人力で簡単に得られたし、一度成功した後はねずみ算式に協力体制を築けちゃったから調子に乗ってたのは認めるけども。
んー。確かにあれだけで相当の稼ぎを産み出せたみたいだし、そういう意味では良かったんだけどそうか、やりすぎちゃったかぁ。
それともあれか? 都市開発と軍備のテコ入れの方か? だって管理が色々と杜撰すぎて見ていられなかったし、外敵に対しても何処からでも侵入して下さいって言っているようなものだったんだもの。
安心して寝れない国とか住みたくないし、何よりラヴィニスとシュアを危険に晒したくないから! ま、まぁ俺の我儘で冒険者として同行して貰っている身としては支離滅裂な意見かも知れないけども。
ていうかこっちに関しては、既存の魔法を現代日本の知識と照らし合わせて効率化を図った提案をしただけだから。俺は何もしてないから。
「フルマンは既に了承済みだ。エルクドは――まぁ言わせておけばよい。所詮彼奴には何も出来やせんからな」
「で、ですが以前も言った通り私はラヴィニス以外のものを正室として迎える気は有りませんし、そもそも男性はお断りです!」
「ふむ。後継者問題については、既に解決しておろう? 我が師匠曰く、『転性』というスキルを身につけたそうではないか」
「――! そ、それは……」
「それに師匠の娘であるシュアを側室に迎えるとも聞いた。公爵家の次女だけでなく、同胞である獣人族の姫と婚姻を結ぶ影響力は凄まじい。アイヴィスよ。お前が考えるよりその立場、重責を伴うものだと知るが良い!」
皇家と公爵家の関係強化は勿論のこと、亡国となった今や”カラサギ族”とも呼べる大きな獣人族の群れの頂点に君臨するのだ。頭では理解しているものの、実感が沸かなすぎて困る。
俺としても尾耳族を始めとした獣人達は見捨てがたい。獣人は族長を筆頭に皆が家族の様なものなので、コタロウとミク、そしてその娘であるシュアと関係を持つ俺もまた皆からすれば家族同然なのだ。
人間社会に染まりきった俺には凡そ分からない感覚ではあるが、妻であるシュアが大事にするものを護るのも夫となる俺の努めなのである。
こうなったからには正直に言うが、俺が冒険者として一人前になったのは、ラヴィニスとシュアを連れて在野に下っても生活に困らないようにするための保険の一つに過ぎない。
皇女として出来得る限り国民を護る心積りではあるが、二人を危険に晒す可能性があるのならばその全て捨て去ることを厭うつもりは無かったのだ。
「はっはっは。アイヴィスよ、なんて顔をしているのだ。まさかこの国を捨て、逃げる算段でも付けていたのではあるまいな?」
「――ギックゥ⁉ ま、まさかそのような大それたこと、考えたこともありません」
「で、あるか。少なくとも私が若い頃はどうやって抜け出したものかと苦心したものだが、血は争えんと言えるのだろうな」
ば、ばれてーら。い、いや。これはあくまでも父様の冗談だろう。まさか本当に全て投げ出すなどとは思ってはいないはず。……多分。
しかし稀代の王とまで称された父様も、若い頃は放浪癖が合ったというのは本当らしい。
そしてその旅路の途中で生死を彷徨うような危機に陥り、コタロウとミク率いる”カラサギ族”に救われたという話だ。
亡国となってしまったカラサギの民を”皇帝の強権”まで用いて助けた背景にはそういった事情があるのだろう。
ミクさんを俺の乳母として置くことで近くで見守り、彼女の臣民を『夜烏』というギルドの一員とすることで受け入れたのである。
その事実を知ったのはつい最近のことだったのだが、夜烏があれ程の人数――しかも獣人達を中心に集めることが出来たのはそういう事情があったかららしい。
早い話、俺の冒険者生活はミクさんを始めとした保護者管理の元に成り立っていて、夜烏の大半を占める”カラサギ族”の皆が常に目を光らせていてくれたのだそうだ。
ちなみに前回のCランククエストの際も護衛の獣人達が居たらしいのだが、リンネちゃんの結界に阻まれて見失ってしまったのだという。
「……しかし父様が、ここまで過保護だとは思いませんでした」
「その件に関しては、お前の母と師匠の独断に過ぎぬ。私とて心配をせぬ訳ではないが、基本は放任主義故にな」
「お母さん――ミクさんは兎も角、母様もですか? 正直言って、信じられません」
「あれは素直じゃないのでな。お前があまりにも師匠にべったりだからむくれておったぞ。今度得意の菓子でも持っていってやるが良い」
ミクさんがこの国で何か事を成すには父様を通す必要があり、承認をしたとなればそれは”皇帝の意思”となる。
その事実は少なからず心配をしていたということに相違なく、母様のこともとなると信じがたいのだ。
俺の実母――シャルルは”鋼鉄の女”と呼ばれるほどに感情を表に出すことはない。喜怒哀楽というものが限りなく希薄なのだ。
父様曰く激情家らしいのだが、娘である俺からすれば意味がよく分からない。母様が感情的になったところなど見たことがないである。
そんな中で、唯一喜んでいるのだろうなと感じたのがお茶会の際に出した”手作り菓子”を渡したときだ。顔には出なかったが、普段の倍以上の速さで目の前の菓子が消えたからね。
その日から母様に会う際には”手作り菓子”を用意することにしている。まさか前世のケーキ屋でのバイト経験が活きることになるとは思わなんだが、後宮のメイドさん達にもウケが良いのでその味はまず問題ないだろう。
ちなみに後宮には父様の後妻が二人ほど居るが、仲は良好らしい。母様を中心に楽しそうにお茶会を繰り広げている姿をよく見かけるからね。
「……ともあれ、師匠は元気にしておるか?」
「え? ミクさんなら元気ですよ。今日もユニちゃんと楽しそうに洗濯物を干してましたから」
「いや、コタロウ殿の方だ。……出来うるならまた、獣人の王として君臨して欲しいところなのだが」
「申し訳ありません父様。コタロウはああ見えて頑固なので、私がシュアと結婚すると伝えた際に一線から身を引くと言って聞きませんでした」
「いや、致し方あるまい。獣人族にとって、仕えるものはただ一人のみ。私では紅姫殿を担ぎ上げることしか出来なかったがアイヴィスよ、お前は彼らに認められたのだ」
「……父様。ですが、私は何もしておりません。コタロウがカラサギの皆に伝えただけですから」
お母さんはコタロウと再び巡り会えたのが余程嬉しかったのだろう。憑物が落ちたかのように笑顔を振りまき、俺の身の回りの世話をユニちゃんと共にしている。
俺個人的にはせっかく数年越しに会えた二人を一緒の空間で働かせてあげようと思っていたのだが、コタロウは夜烏のギルドマスターとして、ミクさんは俺の専属従者であるユニちゃんの教育係としての立場を選んだ。
元々俺の乳母としての仕事を昼に熟し、夜は夜烏のギルドマスターをしていたので問題は無いのかも知れないが、少々頑張りすぎてる気がしてならないので心配だったのだ。
最終的には俺が折れ、昼はユニちゃんが、夜はコタロウが中心となって活動するということになったので、ならばとお任せすることにしたのである。
困ったことにコタロウは族長に返り咲くつもりは無いそうで、改めて皆の前で俺が新たな族長であると宣言してしまったらしい。
当人は悪気が無かったので攻める気にはなれなかったのだが、正直どうしたら良いのか分からない。だって俺、こんなんだぜ? 一家の、それも一時は国にまで発展した”カラサギ族”の大黒柱なんて、正直荷が重すぎるってばよ。
それにまさかここに来て”女帝になれ”と父様に直接指名されるなんてさ。はっきり言って、器じゃ無いっての。
あー、こうなったらエルクド兄様に押し付けよう。彼は自分が皇帝になると疑ってないし、実力は兎も角としても素養はある。
後が部下さえしっかりしてれば、存外名主として名を残すことだって可能だろう。……うん、きっとそれが良い。そうしよう。
「……エルクドなら、期待するだけ無駄だと言っておこう」
「――父様、心を読まないで頂けますか?」
「お前は分かりやすいな。いや、敢えてそうしているのか」
「買いかぶりが過ぎると言わざる負えません。私は皇帝の器ではないと自負しておりますので」
「私はそうは思わん。お前はヒトに好かれ、好かれた者に対して尽くす傾向がある。何よりそんな彼らに頼ることを厭わず、身分や立場、常識すらも構う様子がない。出来ないことを任せられるというのは、それ即ち”皇帝の資格”があると言えるだろうよ」
「出来ないことをヒトに任せるなんて、それこそ当たり前だと思うのですが……」
「ふむ。なぜそれが当たり前と思うのかは知らぬが、普通の貴族はそれを”恥”とする傾向が強いのだ」
うむぅ。どうやら父様は、本気で俺を”女帝”に祭り上げたいらしいな。正直言ってメリットもデメリットも存在するが、今の情勢ならばその要望を受け入れても良いとは思う。
ま、確かにエルクド兄様には荷が重いか。ちょっと小耳に挟んだ情報だけでも良いように操られてるみたいだしなぁ。
フルマン兄様は相変わらず脳筋だし、弟くんはまだ十歳だもんなぁ。あーあ、そもそも消去法で俺しか居ないじゃんか。
ていうか父様まだ五十才なわけだし、無理して後継人を立てなくてもいいのに。さては隠居して遊ぶつもりじゃなかろうね?
「あー、アイヴィスよ。話は少々変わるが、それに伴ってヴェネティア帝国の辺境伯であるヴァイス家のご息女との縁談が決まったから宜しく頼むぞ」
「――はっ? ちょ、ちょっと待って下さいよ父様。私そんな話、一度も聞いたことがないのですが!」
「しょうがあるまい。元々はエルクドとの婚約を考えていたのだが、あの無能ではせっかくの同盟が反故にされかねん。格に見合うものがお前以外居ないのだ」
「ですが! 私には既に正妻のラヴィニスと、第二妻のシュアが居ますから!」
「向こうとしては、皇家と婚姻出来るなら側室でも何番目でも構わないらしい。分かっているとは思うが、当然フルマンも駄目だ。彼奴は軍閥に近い立ち位置故に、発言力を大きく高めるであろう帝国貴族との婚姻を進めることは出来ぬからな」
ちょ、待って? え、何俺婚約するの? た、確かに絶対に男となんて結婚しないからと言ったことはあったけど、女なら良いなんて言ってないからね?
相応の条件として感染症予防のためのスライムを用いた下水道整備などの都市開発や、フルマン兄様と喧嘩をする覚悟で軍備に口を出してまで各関所に『防犯門』を設置して内外民をタグ管理する事業に尽力したのにあんまりだっ!
それにヴェネティア帝国の辺境伯のご息女って、もしかしなくてもあのじゃじゃ馬娘だよねっ⁉ ただでさえ何故か嫌厭されてるのに、結婚なんて無茶が過ぎるでしょうがっっ!
この際しばらくの間女帝を演じなきゃならないのはしょうがないとして、その縁談だけは絶対に破談にしなければなるまいて。
「これは余談だが、どうやら貴家ではここ最近、お前が熱心に探していた”米”とやらを取り扱う国と貿易することが正式に決まったそうだ」
「な、ななな、なんですってぇぇぇっ⁉ こ、こここ米? と、父様は今、米とおっしゃいましたかっ⁉」
「ふ、ふむ。何やらそっち方面からの商人が渡ってきたそうで、その縁で取引を開始したらしい。とは言ってもまだ試行段階故に、我が国まで流通するには時間がかかるだろうがな」
「ふ、ふへへ。お、おにぎりがまた食べられる……じゅるり」
「……それに、それを良しとしない反抗勢力がその話を白紙に戻す可能性もある。そうなればもう、その”米”とやらには巡り会えないかも知れぬな」
「――ッ⁉ 父様、分かりました。皇帝継承の件、並びにヴェネティア帝国辺境伯家との縁談、謹んで受けさせて頂きます!」
「で、あるか。ならば直ぐにでもその旨を発表することにしよう。――おい、早急に各派閥に詳細を書面にて知らせよ。会合はひと月先とする」
よし、全て俺に任せなさい。お米を食べるために与えられた試練だというのならば、なんとしてでも乗り越えて見せようではないか。
せっかく醤油と味噌を限りなく近い形で再現できたと言うのにも関わらず、これまで一切一つもお米の情報が無かったのだ。
皇帝? 縁談? 悪いがお米の前には全て些事だと言わざる負えまい。俺はね、飢えているんだよ。米がね、米が食べたいんだよ!
そう。これは今まで頑張ってきた俺へのご褒美さ! あの子だって急な縁談に憤慨しているだろうし、ならばやりようはいくらでもある!
米! こめこめこめぇ! 今は米だっ! 米しかないぃぃっ! 日本人はね、米食わないと死んじゃうんだよぉぉっ(極論)! 待ってろよぉぉぉこめぇぇぇっ!




