一章04話 晴天の霹靂01。
「アイヴィスよ。アイヴィス・ロゼル・アインズブルグよ。お主の行動は破天荒に見えて、その実は理に適ったものばかりだ。……だが流石に凡そ一ヶ月もの間連絡がつかず姿も見せないのは、些か我が皇国の第一皇女としては問題があるのではないか?」
白鷺城。そしてその玉座の間にて、皇帝である父からお叱りの言葉を受ける皇女、アイヴィスの姿があった。
本来であれば個人間での叱責で済むであろう事柄なのだが、何故か名だたる貴族が会合する公式の場にてそれは行われていた。
中にはラヴィニスの実家である公爵家の夫妻の姿や、召喚獣であるはずの小太郎やその妻である紅姫の顔までもがある。
「ははっ。その節に関しましては、ご心配をお掛けしてしまい申し訳なく存じます。ですが一身上の都合、ひいては皇国の未来のためにどうしても必要な儀が二つあり、またその難解さから予定よりも苦戦をしたことについてこの場にて謝罪させて頂きたく参上致しました」
「ほほう。我が国とその未来のためと申すか。ふむ、ではその心はなんとする?」
然しものアイヴィスもこの場では口調を改めている。忘れてしまいがちだが、彼は元々社会人。相応の対応はやろうと思えば可能なのだ。
ちなみに皇国では皇帝や高位の貴族に対する際の座り方について、正式に片膝立ちをすることを凡例としている。
両膝立ちは皇位継承や勲章の授与、陞爵や騎士の任命など、皇帝が配下に何かを与える際にのみ適用することで差別化を図っているのだ。
当然アイヴィスもそれに倣っており、右後ろにラヴィニス、左後ろにシュアが同様の所作で控えている。
「まず一つは『転性の儀』で御座います。以前私がラヴィニスとの婚約を申し出た際、「貴族としての努めは如何とする?」と問われたものに対する一つの答えとして用意致しました」
「……『転性の儀』、とな? よもやそのような儀が存在しようとは、この地に生まれ出て早五十年、初めて耳にする神秘であるな」
「信じられぬのも無理も有りません。ですが父上、それは真実にて御座います。論より証拠。この場にて男性に変わることで、その真意を明らかにしてみせましょう!」
アイヴィスが語るのは正確には真実ではない。あくまでも結果として『転性』のスキルを入手しただけで、当初はご存しの通り”初めてのCランククエスト”をやりたくてやっただけなのだ。
神威を含んだいくつかのスキルや特性以外は既に父であるアルマスに公表している。『転性』はその最たる一つであり、今日初めて披露することでより効果的にその実用性をアピールする目論見だったというわけだ。
アルマスも事前に聞き及んでいるはずだが、知らぬ存ぜぬを突き通しているのもその一環だろう。
世の全てとは言わないが、会談とはそれ即ち”予め決められた内容が報告され、議事進行もシナリオ通りに進む談義のこと”だ。余人がどう干渉しようと「検討する」という一言で片付けられてその路線は潰れる。そういった”予定調和の場”なのである。
その証拠にラヴィニスとシュアの両親には動揺が見られない。俗に言う”根回し”とやらが既に完了し、了承を得ているのだ。
「身体の変化を衆目の前で晒すのは恥ずかしいので、隠すことは許して下さいね? 茨よ、我が身を包め――『茨繭』」
茶目っ気たっぷりにウインクをするアイヴィス。……あざとい、実にあざとい。そして実際にそのあまりの可愛さに面を食らったものが一定数いるのだからたちが悪い。
自分がどう振る舞えば相手の好感を得られるかを掌握しているというのだろうか。直前の真面目な態度でさえそのための伏線だったのでは無いか、そう錯覚してしまうほどには鮮やかな手口である。
まるで小さな球の中に魔物を詰める某ゲームかのように風を纏い、楕円の繭となり、変化するアイヴィスを待つ一行に、白い光の衝撃が訪れる。
「まさか、本当に――」
誰かが息を呑み、思わずと言った様子で呟いた。本来であれば会話をして良いのは皇帝かその親しい者、あるいは皇帝から許可を得た相手だけなので不敬なのだが、この場で咎めるものなど誰もいなかった。
容姿はまさに眉目秀麗。高身長かつモデル体型。程良く鍛え上げられた筋肉が服の上からでも主張し、それでいて決して下品ではない。
今まで容姿だけなら皇子の中でエルクドが随一だったのだが、それを遥かに凌駕するほどにアイヴィスは”イケメン”になっていたのである。
「皆様お初にお目に掛かります。私はアイヴィス。アイヴィス・ロゼル・アインズブルグ。皇位継承権第三位の皇女にして皇子であり、ラヴィニス・リリティア・アインズブルグの婚約者にて御座います」
「そしてこの度正式に彼女と婚姻する旨をこの場にて公表させて頂くと同時に、新たに側室としてシュア・カラサギを迎える所存で御座います」
「お集まりの皆様を驚かせてしまい申し訳なく存じますが、既に両家共に許可は頂いており、近日中に結婚披露宴などを企画しております。後日我が皇家から正式に招待状をお送りしますので、奮ってご参加の方をお願い致しますね」
春の風のように爽やかな笑顔を浮かべ、聞き心地の良いハスキーボイスで皆に聞こえるように声を張るアイヴィス。そのあまりのセクシーさに頬を染めて腰砕けになる女性が後を立たず、先程まで彼女であった彼を胡乱な目で見ていたとは思えないほどに蕩けた表情をしている。
人は見た目が九割と言われることがあるが、こういった場面だけを切り取れば真実であると言わざる負えないだろう。
(流石は我が娘。元々男性貴族からは多大な支持されていたが、それ故に低い奥方とその娘、使用人達に至るまでの評価をここで覆すとはな。実に末恐ろしい人心把握能力よ……)
爆発したかのような貴婦人たちによる歓声に圧倒されながらも、皇帝であるアルマスは娘の才覚に愕然としていた。
一番破壊力のある爆弾を、一番効果的なタイミングで投下する能力。口にするのは簡単なのだが、実行するのはとても至難だといえるその力。
この場で重要なのは公爵令嬢や亡国の姫との婚姻という内容だけではなく、『転性』というとても珍しいスキルの使用により突如現れた爽やかなイケメン好青年の笑顔なのである。
高位の貴族達は公爵家と獣人国の王族と縁を結んだことで畏敬の念を抱かせ、その妻や娘達は視覚的な要素を以って陥落せしまんとする。
”公爵令嬢誘拐事件”の際にその直撃を受けた影響か、畏怖を隠さない公爵家もまたその様子に戦慄しており、夫妻は愚か使用人までもがその手腕に身震いをしている。
余談だが、アイヴィスの実母であるシャルルロアが居る後宮に住まう女性達の評価は元々高いので例外とする。
(……決まった。我ながら実に鮮やかな生存戦略よ――とでも言いたいが、やっぱり世間ってのは”顔面偏差値”なんだなぁ。まぁ、金も地位もあるから余計なのかも知れないけども)
皆が浮き足立つ中でアイヴィスは、実に冷静に辺りを俯瞰してみていた。女性のときは基本的に満面の笑顔で愛想よく猫を被り、相手の警戒を解きつつ懐に潜り込んだ。
可憐な容姿に惑わされた男性貴族や騎士などは、煽てるだけでその高いプライドからか余計な事までペラペラと自慢話を繰り出すので、話の裏を取ることも比較的容易に済んだ。
当然うまく立ち回れば回るほどに女性からの目線は鋭いものとなっていたのだが、そういったものを一度払拭するためについでにこの場を利用したのである。
余程自身の容姿に自信がないと出来ない所業だが、アイヴィスには確信に近い予感があった。何せ皇族など、顔が良いものをハイブリットさせた最終形態のようなものなのだ。
あくまでもこのアヴィスフィアの常識ではあるが、貴族は自身の伴侶や側室に高貴で顔が良い相手を選ぶ傾向が強い。
美男美女は連れ歩くだけでも周りの目を惹くので注目を集められる。注目を集められれば自尊心も満たされるし、自領やその系譜にまで関心が向く。そうすることで新たな横の繋がりが増え、良縁に恵まれればより多くの富や名声を得ることが可能となる。
当然嫉妬などの反感を買う可能性もあるが、それ以上にメリットがあると言える。
現代日本のような情報社会と異なり、具体的な物の製造や流通は個人やその領土に依存する傾向が強く、そういった物を優先的に仕入れる権利を獲得するだけでも大きな財産となり得るのだ。
「――おほん。聞いての通り、我が娘にして息子であるアイヴィスがこの度、リリティア家並びにカラサギ家のご息女と婚姻を結ばせて頂く運びとなった。懸念されていた世継ぎの問題も、『転性の儀』により男性へと変性することで解決した」
「よって以前より決めかねていた後継者だが、この度正式にこのアイヴィスを次期皇帝として推挙しようと考えている。良いな?」
「――ハッ。非才な身の上ではありますがこのアイヴィス、謹んでその役目をお受けしたいと存じ上げます」
先程言ったとおり、会議とは即ち”予定調和”の場。その決定に異を申す者はいないし、出来ない。反対意見を通せる力のあるものは既に了承しており、一部の少数意見や愚か者はそもそもその場で物申すことすら許されないのである。
現代日本から見れば――いや、実際に日本社会でも少数派の意見を尊重するなどというのは理想のままに決着している事例の方が多い。
あれだけ情報が発展した社会でありながらそうなのだから、中世の技術力ではそもそも何故そうなるのかという根本を理解出来ずに終わる可能性すらあるのだ。
ちなみに今回の背景は、”二人との婚姻を正式に認める代わりに、次期皇帝としてその役目を果たすのだ”というものだ。
当然アイヴィスは抵抗したのだが、強行突破を試みるには護る者が増えすぎた。ラヴィニスとシュアに”逃亡者”の汚名を被せるのは如何なものかというのが主たる理由ではあるが、小太郎や紅姫、そして彼らの家族でもある尾耳族の安寧などもその一つだ。
「はっはっは! 良きかな、実に良きかな。――皆の者! 今後は我が娘が私に変わって”女帝”としてこの国を護り、発展させていくことになる。その若さゆえに至らぬところもあるだろうが、我らが一岩となればどんな困難でも乗り越えられようよ!」
快活に笑うアルマス。爽やかな笑顔ながら、何処かやるせない様子のアイヴィス。そんな影を落とす彼の両サイドで励ますように寄り添う二人。そしてそんな彼らを親の敵のように睨む青年男子と、その様子を見て沸き立つ観衆となった貴族の数々。……中々にカオスな状況だ。
アイヴィスを射殺すほどに見つめる瞳。その持ち主こそ、アルマスの第一子であるエルクドだ。
衆人環視の場であるにも関わらず、誰の目にも明らかな程に憤慨している。……彼の立場で言えば当然なのだが、あまりにも稚拙が過ぎる。
「――父上! 私は納得が活きませぬ! なぜ皇位継承権第一位の私ではなく、非才な上に女の身である此奴なのですかっ⁉」
「それに公爵家の御令嬢は兎も角として、穢らわしい獣風情の血を皇族の系譜に交えようなどとは、もはや反逆と言っても過言では無いではないですか!」
「――ッ⁉ …………」
アイヴィスを否定するならまだしも、獣人族との共存共栄を掲げる皇国でその姿勢を否定するエルクド。
少ないながらもそれに同調する考えを持つものは居るだろうが、この場で援護などするものはいないだろう。
反逆という言葉を彼は使ったが、まさにこの否定こそが現皇帝であるアルマスに対する反逆に相当することが理解出来ていないのだ。
そして、そんな様子を見るアイヴィスが驚き、プルプルと震えている。爽やかな笑顔が張り付いてはいるが表情は硬く、彼もまだまだ大人になりきれていないということが分かる。
とは言え、自身の愛する者を悪く言われて黙っているのが大人なのだとしたら、そんなものは捨ててしまったほうがマシなのかも知れないが。
そもそもエルクドが優秀であれば自身に白羽の矢が立つことは無かったし、彼の意思が強固であれば獣人族排斥派に取り込まれることもなく正式に相続していたはずなのだ。
生まれ持ったものは致し方ないとはいえ、努力すればその姿勢を見た優秀な士官がついたかも知れないし、常に周囲を観察し考えていればどちらが少数派か理解出来たはずだ。
少数派が悪いとは決して言わないが、長いものに巻かれる方が利口だ。もし仮にその意見を通すつもりでも、多数派より多くの時間とエネルギーを費やして万全を期す必要がある。
そうした努力を怠り、ただ自分が気に食わない、羨ましいからと駄々をこねるなど、皇帝どころか成人男性としても足りていないと言わざるを得ないだろう。
「そもそも女性だからと言って皇帝になれないなどという決まりは我が国にはない。そして継承権だが、あくまでも候補であり、その中でより相応しいものがなるべきだと私は考える」
「そんな横暴な……。それでは私とフルマンに皇帝の資格がないと言っているも同義ではないですか!」
「ふむ。正しくそういったつもりだが、それがどうしたというのだね」
「――なっ⁉ いくら父上とは言え、そのような侮辱は許されませぬ!」
「はっはっは。私は皇帝だ。唯一絶対である皇帝が白と言えば、黒も即ち白なのだよ。それにエル、貴様には主体性が無い。だから同士である獣人達を排斥しようと企む木っ端貴族に誑かされるのだ」
「私は誑かされてなど――っ!」
「ほほう? つまり貴様は真っ向からこの私、皇帝アルマスに対して反意を示すというのかね?」
「そ、それは……い、いえ。何も、問題などありませんでした」
「分かったのであれば控えよっ! 今日は新時代を生きる新たな皇帝の華々しい門出となるのだからな! はーはっはぁ!」
論破と言うには威圧的過ぎるアルマスの主張に飲まれるエルクド。言っていることは無茶苦茶なので論理的に攻め立てれば綻びが出る可能性が高いが、萎縮してしまった彼にはもうその選択肢は取れないだろう。
俯くエルクドに、感情が抜け落ちたアイヴィス。フルマンは居たのかも分からぬくらいに動じずに静観し、貴族達は口々に今後の見通しについて語り合っている。
どうしてこうなったのか。それはアイヴィスが愛する三人娘を存分に愛した、その翌日まで遡ることになるだろう。




