一章02話 使い魔(お母さん)01。
首都であるアインズブルグの湖内陸地。眠らない街と称される表通りの一角に、ギルド『夜烏』は居を構えている。
眠らないという言葉は比喩ではなく、アインズ皇国にてこの区画だけは常に魔力灯と呼ばれる外灯が等間隔に並び立てられ、夜闇を煌々と照らし続けている。
現在の時刻は夜の八時。日没後に就寝するのが習慣づいているアヴィスフィアの民がその事実を聞くと皆驚くが、アインズブルグ――延いては夜烏にとっては当たり前で、むしろ一番忙しい繁忙時間ですらある。
それも一重に『夜烏』の主たる活動が、「食事、酒、女(男)」の提供と「宿場」の経営にあるからだ。
まずギルドマスターからして”亡国の妃”であり、そもそも普通とは逸脱はしている。そしてギルド員の多くは元”難民”であり、当時は生活苦から我が身や家族の身売りをする選択肢しかないものも数多く存在した。
ベニヒメはそんな後先のない彼らを受け入れ、技術があるものには料理や酒造をさせ、愛嬌のあるものは接客や売り子をさせ、より稼ぎたいものには風俗営業を任せたのである。
ここで言う亡国とは当然カラサギのことであり、難民の多くは獣人族――つまりはヒト族では無かった。
今でこそ多くの皇国民に受け入れられては入るが、当初はそれが理由となりそう上手くはいかなかったのだ。
友好国とはいえ、聖戦の名のもとに滅びた国である。アインズ皇国は女神信仰の影響が届かない数少ない国ではあるが、攻撃される対象と成りかねないものを庇護することで、自分達にまで被害が及ぶのではないかと考えるものも少なからず居たのだ。
そこでベニヒメが考えたのがギルドを設営し、”人材派遣”をすることだった。
要するに、ヒト族がやりたがらないきつい、汚い、危険な仕事を、フィジカルに自信がある獣人達が代行しようではないかということだ。
その思惑がベニヒメの弛まぬ努力と皇帝であるアルマスのバックアップの元に成功し、七年の年月を経て現在のような”ヒトの三大欲求を満たす”形となったのだ。
しかし今現在の夜烏は、そこまでしてそうやっと得られた立場を一時放棄し、武装した獣人達が所狭しと集まっていた。その理由は当然、姿を隠した皇国の第一皇女を捜索するためである。
「たっだいま~! ユニちゃんユニちゃん、お母さんいる?」
「――っ御主人様! ……少々、お待ち下さい」
そんな夜烏に、喧騒にも負けないほどの大きな声で自身の帰宅を宣言する少女が現れた。……何を隠そう、我らのアイヴィスさんである。
屈託ない笑顔を振りまき、自身がまさか今まさに捜索部隊に捜索される寸前だったとこなど全く以て知らぬ存ぜぬを通そうとしている。
ユニと名付けられた尾耳族の少女は、自身の主人の帰宅に驚愕し、破顔した後にギルドの奥へと姿を消した。
咄嗟に主人であるアイヴィスの内心を察し、即座に最適解を導き出したのだ。流石は長寿と名高い幻獣種、ユニコーンの尾耳族である。
ちなみにユニコーンは処女にしか懐かないというのは迷信だ。一応ギリギリ処女であるアイヴィスさんは兎も角、ベニヒメにも心を許している点からもそれはまず間違いない。
「――アイちゃん⁉ あ、アイちゃんっ! 全くこんなにも待たせるなんてっ! お母さん本当に、ほんとぉぉぉに、心配したんだからねっっ‼」
「ご、ごごご、ごめんなさいっ! わ、私そんなに心配掛けてるなんて思わなくって! 本当にごめんなさいぃぃっ!」
「……いいの、いいのよ。わ、私こそその、ごめんなさいね。いい年した大人が我を忘れて、端なく大声を出してしまったわ」
ドタバタという騒がしい足音の後、髪を振り乱したベニヒメが現れた。いつもほんわかとしているギルドマスターのその珍しい剣幕に、ギルド全体がしんと静まり返った。
一番の動揺を見せたのがアイヴィスだ。言葉の通り、まさか彼女にそこまで心配されているとは思っていなかったのだろう。
焦っているのに男性口調にならないのは、やはり乳母である彼女に女の子として育てられたからなのかも知れない。
涙を流し、我が子を優しく包み込むベニヒメ。自身が取り乱したのが恥ずかしいのか、胸に抱くアイヴィスに誤魔化すように反省の言葉を発している。
大人しく抱かれるアイヴィス。僅かに震えていることからも、心配させてしまったことを反省し、またしてくれたことに感動しているのだろう。
「あのぉ、実ん娘も無事に帰ったんやが、それに対してはなにもなかとやろうか?」
「――はっ! シュア、それにラヴちゃん。貴方達も無事なようで良かったわ」
「ありがとうございますベニヒメ様。アイ、そしてシュア共々無事に帰還致しました」
「何でやろう。いまいち納得できんのやけど、もしかしてうちだけなんやろうか?」
ハッとするベニヒメ。実の娘の指摘に、実にバツの悪そうな顔で無事な帰宅を祝福している。
それに対し他意のないラヴィニスは素直に受け入れているが、シュアは実に難しい顔をして首を捻っているのが特徴的だ。
ちなみにこの間もアイヴィスはずっとベニヒメの胸の中に包まれている。乳母とはいえ見た目は二十代前半にしか見えない美女に抱かれる彼の心境は如何程か、想像だに難くない。
何よりつい最近男としての性に目覚めたばかりだ。あまりに過剰なスキンシップは、彼の精神にも宜しくはないだろう。
「あ、あのお母さん? 帰ってきて早々に悪いんだけど、大事なお話があるの」
「あ、あら。そうなの? ……分かったわ。――皆さん! 詳しくは後日追って通知するので、申し訳ないけど今日はこのまま解散して頂戴」
よく通るベニヒメの声を聞き、文句の一つも言わずに少しずつ解散していく獣人達。個性豊かなはずの彼らを有無を言わさず従える側面からも、彼女が彼らにとって”族長”だと認識されていることが分かる。
一転して静寂が訪れた夜烏。然しながらこれほどの騒ぎとなった以上、アイヴィス達がこれまで通りにクエストを受けるのは難しくなったのはまず間違いないことだろう。
「――そう。薄々感じては居たけれど、アイちゃん本当は男の子だったのね」
「……黙っていてごめんなさい。でも、異世界から転生したなんて話しても信じて貰えないかと思って」
「嫌だわ、アイちゃんの言うことを信じないわけ無いじゃない。そんなふうに思われていたなんて私、少し悲しいわ」
「――ご、ごめんなさい! ……で、でもっ! そ、それだけじゃなくて、その。もし知られたら、い、一緒にお風呂入ったり、添い寝してくれたりしてくれなくなっちゃうんじゃないかって思って……」
「あ、あらあら。アイちゃんったら本当に甘えん坊さんなのね。うふふっ。心配しなくても私で良ければいつでも一緒にお風呂に入って、どんなときでも一緒に寝て上げるわよ」
心配させてしまった以上真摯に対応しようと思って口が滑り、この年まで黙ってた秘密を包み隠さずお母さん――ベニヒメに伝えてしまった、どあほうことアイヴィスです。どうぞ宜しく。
ここに来る前にステータスカードを偽装しようと画策し、ラヴィニスやシュア――それに心でリンネちゃんと口裏を合わせて敢えて秘密にしようと思って居たのに、早速伝えなくてもいい余計な情報を教えてしまった。
何処に女神の目があるか分からないというのに何たる愚策。俺は俺をここまで育ててくれた義理のお母さんを、みすみす危険に晒してしまったのである。
ていうかお母さん。俺、男の子じゃなくて成人男性だからね? ちゃんと伝えたはずだけど、それでも甘えさせようとしてくるのは流石に不味いと思うんだけども。
あ、でもそういえばお母さんって猫又の尾耳族だったな。幻獣系って長寿らしいし、お母さんからみれば俺なんて子供も子供なのかも知れないな。
「うっ。それは正直魅力的なんだけど、事情が少し変わったんだ。――コタロウ、出ておいで」
「――え」
「……深紅、苦労を掛けたな。長らく待たせてしまい、本当に済まなかった」
「――こ、こここ、コタロウ様っ⁉ ほ、本当にコタロウ様なのですか? ……う、うぅ……うわぁぁぁん! あ、会いたかった。ミクはもう一度、コタロウ様にお会いしとう御座いました!」
「私もだ。こうして再びそなたと現世で相見えた奇跡。……主殿には、感謝してもしきれまいよ」
や、やばい貰い泣きで前が見えん。お母さん――いや、ミクさんもコタロウも、本当に良かった。どうしようもない俺だけど、これで少しは親孝行出来たかな? といっても今回は、奇跡としか言いようがない偶然の産物なんだけどね。
ちなみに深紅というのはお母さん――紅姫さんの本名だ。要するに、紅姫というのはカラサギにおける通称のようなものなのだ。
しかしまさかあのミクさんがここまで少女のようになってしまうなんてな。……ふふっ、コタロウめ。全く罪なやつよな。
前世では嫁を用意してやれずに不甲斐なかったが、現世では最愛の妻と再会させて上げられた。あれもそれもリンネちゃんのおかげだね。
……ん? ていうかそもそもリンネちゃんがトリガーとなってカラサギが滅んだわけで。あ、あれ? もしかしてこれ意図したわけじゃないけど壮大なマッチポンプなんじゃ……?
い、いやいや! そもそもリンネちゃんがやりたくてやったわけじゃないんだから関係ないってば、うん!
「コタロウ。お前はそのままお母さんの護衛として、常に彼女を護ってくれないか?」
「――ッ⁉ ……お言葉ですが、それでは主殿が――」
「――俺は、大丈夫だ。頼りになる仲間――いや、妻が二人も居るからな」
「妻? アイちゃんもしかして、ラヴちゃんとシュアと、結婚するつもりなの?」
「はい。お母さん――いえ、ミクさんに相談無しで決めてしまい、申し訳ありませんでした」
この時代の結婚――特に貴族や皇族には政略結婚が常で、基本的に当人同士の自由意思などは関係ない。その常識の元で相談もなく、結婚することにしましたからなどというのは失礼を通り越して無礼千万だ。
例えシュアが元々そのつもりで皇室で奉公しているとはいえ、そしてそのことをお母さんが承知していたとしても、家族に――それも親しい間柄になりたいと望む相手に対してする行いではない。
だが、それでもなお、引くことなんて出来はしない。なぜなら俺は、ラヴィニスもシュアも心から本当に愛しているからだ。
性欲に負けたくせに何を綺麗事と思うかも知れないが、そもそも俺は基本的に惚れた相手としかえっちなことをしたくない。
「いつもどおり、お母さんって呼んでアイちゃん。せっかく本当の家族になれるというのにそんな他人行儀な呼ばれ方は私、とても悲しいわ」
「……ごめんなさい私、コタロウにお母さん取られちゃったって思って、嫌なこと言っちゃいました」
「ふふっ、素直でいい子ね。……大丈夫よ。私は確かにコタロウ様の奥さんだけど、同時にアイちゃんのお母さんでもあるんだからね」
「「「……主殿(アイヴィス様)(アイちゃん)」」」
うぐぅ。お願いだから、抱きしめながら撫でないで。お母さんに悲しい顔されると、言わなくてもいい本音が意図せずに出てしまうからやめて。
せっかくコタロウの前で格好良い台詞を言えたのに、これじゃあ台無しだよぉ。……それにコタロウ、キミまで優しい目で俺を見ないでくれよ恥ずかしいからぁぁっ。
……ぐぬぬ。ラヴィニスやシュアまで優しい目をしやがって。くっそう。しまいには泣くぞ、ホントにもう。
「でもそうね。私だけ嬉しいことをして貰ってアイちゃんに何もしないのは不公平だわ」
「……? お母さんが喜んでくれたのなら私も嬉しいよ?」
「――んっ! も、もう。アイちゃんはそうやって無自覚に嬉しいこと言ってくれるから私、困っちゃうの」
そう言われても本音でしか無いからどうしようもないんだけどね。確かに俺は烏丸朱羽でもあるが、同時にアイヴィスでもあるからね。
どうしたってお母さんが好きで好きでしょうが無いマザコンな一面が出てしまっても仕方がないんだよ。
それに実母に関してはそんな感情一切沸かないし、正確にはマザコンじゃ無いからね! これ重要だから。テストに出るよ?
「――そうだ! コタロウ様。私の”二つ目”、アイちゃんに捧げても宜しいですか?」
「――そうか! その手があったな。勿論構わない――いや、むしろ宜しく頼む」
「は、はいっ! 私に任せて下さいませっ! ……それじゃあアイちゃん、少し目を瞑っていて頂戴ね」
え、え? 二人して何を言ってるの? ていうか”二つ目”ってなに? せ、セカンドキス? あ、或いはセカンドヴァージンのこと?
い、いやいや何いってんの二人共っ⁉ ちょっとまって? 俺、NTRとか一番苦手なジャンルなんですがっ!
待てよ? 寝取られるのじゃなく寝取るのならワンチャンあるか……? い、いやいやいや無いよ何言ってんの!
た、確かにお母さんは魅力的だし惚れていないかといえば嘘になるけど、大切な二人を傷つけてまでそんな事したくないよ!
ていうかそもそもコタロウくんは奥さんに何をさせようとしてるの? お母さんもお母さんだし、あれ? そういう趣味なんですかもしかして!
「……御霊よ、我が対になる魂よ。今その眠りから目を覚まし、彼の者を慈しみ愛し給え。――『二重魂魄』」
わわっ⁉ 目を瞑ってるのにめっちゃ眩しい! こ、これ。もしかしてお母さんが発光してたりします? 魔力光が紅色だし。
って、ん? な、なんか懐がぬくぬくするんだけど。な、なにこれ? ふわふわというか、もふもふ? どっちにしろ抱き心地が最高なんだが!
「ふにゃ〜、みゅみゅん」
ね、猫だぁぁっ! え、猫が居るんだけど可愛いぃぃっ‼ 白黒ハイグレードのハチワレ猫ちゃんだぁぁっ! か、可愛すぎて無理なんだがっ!
え、え? どうしたの、迷子なのですか? はぁあっ、もう毛並み! 毛並みがいいのよ本当に! あぁぁ、いつまでも触ってられちゃうなぁ。
あぁ、お腹がいいんでちゅね? ふふふっ、そんなに気持ちよさそうな顔しちゃって。任せてよ! 私、愛撫にはちょっと自信あるんだからね!
「あ、アイちゃんったらもうっ! だ、だだだ、駄目よ? た、確かに私はこれからアイちゃんの使い魔になるのだけど、流石にコタロウ様の前では端ない姿を見られるのはその、恥ずかしいにゃぁ」
「しゃ、しゃっべったぁぁっ⁉ て、ていうかもしかしてこの子、お母さんなのっ⁉ で、でもお母さんは目の前に居るし……え? な、なにこれ一体、どういうことなの〜⁉」




