序章14話 不変なる親愛。
「え? じゃあうち達はこん見た目んまま、年ば取らんくなったってことと? リンちゃん」
ラヴィニスがドMに目覚め、俺がドSを自覚し、リンネが重度のストーカー気質だという事実が発覚した後、唯一となってしまった常識人のシュアが口をポカンと開けながらリンネに問うていた。
今は絶賛スキルの確認中だ。といっても全てではなく、特に大きな変化を齎すであろう重要なものに焦点を当てている。
現時点で既に二週間弱。ここから帰るとなると、あと二日は最低でもかかってしまう。仮にも皇女、そして公爵令嬢に亡国の姫様まで行方不明となってしまっては流石に大きな問題になってしまいかねない。
故に最低限把握しておくべき情報を共有し、少しでも早く帰国出来るように調整仕様ではないかということなのだ。
「うん、そうだよ。女神の分体と一緒になったことでお兄ちゃんが神格を得て、”半神半人”になったとこまでは大丈夫?」
「正直言うて信じられん話ではあるっちゃけど……大丈夫、かな?」
「そして、そのお兄ちゃんと関係を持った二人は”使徒”――要するに”神の眷属”になったってことになるの」
「ふむ。つまり私とシュアは、所謂”天使”のような立場となったということになるのだな」
何ともぶっ飛んだ話だが、俺は一応神の末端に位置する存在となり、俺の妻となる二人はその眷属として仕えることになったらしい。
当然神の使徒が不貞など働くことは許されず、二人には多くの制約が生まれることになってしまったのだ。
一つは、『不変なる親愛』と呼称される『神威スキル』だ。
人の心は移ろいゆくものであり、不確かで曖昧だ。愛などその最たるもので、百年続く愛などは所詮机上の空論でしかない。
故に使徒となった日に抱いていた愛情などの好感情を”最低値”として”固定”するスキルが生まれたのだ。
要するにギャルゲーや乙女ゲーに存在する”好感度”のようなもので、誓約などの関係を結んだその瞬間からその数値が下がらなくなったということだ。
ちなみに”好感度”は可視化することが出来、一定以上になったらこのスキルの効果対象となる。
言い方は悪いが”惚れたもん負け”なので、使い方次第では戦争せずに国を滅ぼすことすら可能かも知れない凶悪なスキルでもある。
「え、ちょっと待ってよ。二人は俺のことを”ずっと好き”にさせられて、”二度と忘れられなくなった”ことに関しては何とも思わないの?」
「え、何故ですか? 私としては例え死が二人を分かつとも、全人類や神々が否定しても未来永劫アイヴィス様を愛し続ける自信がありますけど、アイヴィス様がそれを垣根なしに”信じられる”のならば、それに越したことはないのでは?」
「ウチはラヴィニスほど盲目的には無理かも知れんっちゃけど、アイちゃんをずっと好きでおららるーとは素敵なことやて思うたい!」
「二人にそう言って貰えるのは素直に嬉しいけど、ヒトとしては少し逸脱しちゃっている気がしないでもないんだよね」
前世から思ってはいたけど、ラヴちゃんって滅茶苦茶重い女の子だよね。俺は嫌いじゃない――というかむしろそんなに愛してもらって恐縮ではあるけれど、たまにぶっ飛んでるなとは思っちゃうな。
最愛の妹であるリンネちゃんも重度の無自覚ストーカー気質だし、俺って特異な女性に好かれる傾向が強いのかも知れないねぇ。
思えば元カノ――鈴音さんだって最初はあまりに美人過ぎる見た目に萎縮していたけど、中身は結構残念さんだったもんなぁ。
そうなるとつまり常識人はシュアだけってことになるな。……シュア。キミだけはいつまでも変わらず、俺達のために良心の呵責と向き合って欲しい。
「大丈夫。お兄ちゃんはもうヒトじゃないから! そんなことより今は、『不滅』の効果の方が重要だよ!」
「そんなことって、えぇ……」
「『不滅』にはね、『不老』と『不死』の特性を恒久的に付与する効果があるの。リンネ達は勿論、『不滅の使徒』である二人もリンネとお兄ちゃんが”同格以上の神による神威”で消滅でもしない限り、もれなくその恩寵を受けることになるってことだね」
「え。ってことは俺、死ぬまでずっとこの可愛らしい天使な容姿で居られるってこと? リンネちゃんって、もしかして神ですか⁉ ――神でしたっ!」
え、え。しゅごい。正直この身体って、今が最高に可愛い一番のピークなんじゃないだろうかって密かに思っていたんだよね。
いや、大人になった天使も悪くはないよ? でもさ、やっぱり天使は少女の姿だからこその天使じゃん? その王道は譲れないよ。
うわぁ、それだけでも痛みを我慢しただけあったよ。客観的に見れば”三日程度”って思うかも知れないけど、あれ不滅なかったら秒で死んでるからね?
リンネちゃん曰く、信徒の母親の胎内にいる生命と同化するときは成長するために敢えて『不老』の効果を減じていたけど、成人を迎えたこの身体には必要ないからそもそも効果の抑制はしなかったのだそうだ。
先程の『不変なる親愛』や『不滅』には『神力』と呼ばれる”神にしか扱えない未知なる力”が干渉しているため、抗おうとするならその『神力』とやらが必要になるらしい。
『神力』とはつまり”信徒からの崇拝”によって得られる”存在力”のようなもので、どれだけ多くの”祈り”などの”思念”を得られているかでその大小は如実に変化する。
分体であるリンネちゃんは主となる女神の出涸らし程度の『神力』しか持たないらしく、故に彼女が”同化”した後の生命に対して一番注力し節約するのはまさにそこで、その限界が”十歳を迎える年”となるのだそうだ。
てっきり女神が干渉したせいで様々な現象が起こっているのだと勘違いしていたが、女神にとっての十年などヒトの数秒と何ら代わりはない。
要するにリンネちゃんを死に至らしめる”女神の神威”とは時限爆弾のようなもので、意図してそのタイミングで起こしているわけではない可能性が浮上したということだ。
「その上さらにラヴィニスのこの立派なバストやヒップはいつまでも瑞々しいままだし、シュアのこの愛らしい毛並みや尻尾もずっともふもふのままってことなのですね? 流石はリンネちゃん! 俺だけの善神! 愛してるよっ!」
「お、お兄ちゃんったら。……そんなに褒めてもリンネ、奉仕しか出来ないよ?」
「あ、あの。アイヴィス様? 今は大事な話の最中なので、お触りは控えてほしいのですが……」
「そ、そうばいアイちゃん。そ、そげんモフられたらラヴィニスじゃなくてもそげな気分になってしまうけんね?」
二人に下知された能力のもう一つは『不滅』。『神威特性』と呼ばれるであろう神の奇跡だ。どうやらリンネは、”生と死を司る女神”の分体らしい。
神国と呼ばれる聖アイシュ教国における唯一神。それこそが生と死を司るとされる女神――アイシュタルである。
ヒトをこよなく愛し、その繁栄に尽力する善神で、”愛の女神”とも呼ばれている。”美”や”豊饒”、”戦い”すらも彼女は意のままに操れるというまさに究極と呼べる存在らしい。
らしいというのは俺が信心深いわけでないからだけでなく、シュアの祖国を滅ぼした”仮想敵国”だからである。
彼の国はアイシュタルを魂より崇拝するが故に他の種族を排斥する傾向が強く、特に尾耳族やより動物や魔物に近い獣頭族などは”魔物”と同義として見做されている。
幸いにも我が国とは互いに不干渉を貫いているが、獣人国家であるカラサギを取り入れたアインズ皇国を良く思っていないのはまず間違いないだろう。
藪蛇になることを恐れて今まであまり聖アイシュ教国について触れてこなかったのだが、どうやらそれは過ちだったようだ。
彼らはシュアの祖国だけでなく、シュア自身も魔物と罵り痛みつけるだろう。そしてその上で我が最愛の妹であるリンネの本体――つまりは敵対するかも知れない女神の総本山なのだ。
ちなみに本体と分体の違いは”内包する神力差”だけで、格だけなら同等らしい。仮に使徒であるならばかの女神に抗うことすらが出来なかっただろうが、俺達との差が神力の総量だけなのならばヤりようはいくらでも思いつく。
自身の目で見ないうちから判断する気はないが、最悪を想定するのは当たり前だ。俺にも少ないながら、守りたい矜持というものが存在するのである。
しかしなんというか、凹むなぁ。これでも俺ってば、”転生してからの努力”は惜しまなかった方だと思っていたんだよね。
習得が困難とされていた『召喚魔法』も何とか使えるほどには熟練したし、帝都一と名高い『紅烏流剣術』も成人前に免許皆伝まで修練をした。
なれない貴族社会での礼儀作法から始め、声楽やダンス、バイオリンなども卒なく熟したし、皇族の使命でもある国家の安寧――主に食文化にも多大な貢献をしたであろうという自負もあった。
だが、”三日”だ。……たったの三日で以前の数倍――いや、数十倍はヒトとしての格が成長した感覚があるのだ。スキルや特性もそうだが、なんだか身体が以前が錆びたブリキの人形だったのではないかと錯覚するほどには軽くしなやかで、尚且強靭になっているのである。
頭の先から足先まで完璧にコントロール出来ると言うか、それこそ全身の細胞一つ一つを支配しているような、そんな不可思議な感覚を覚えるのだ。
どんな達人でも、流石にそこまでは統率するのは不可能だろう。早い話、ヒトの限界をあっさりと超えてしまったということだ。
(やはり俺は凡人――よく言ったところで”器用貧乏”という評価が妥当だろう。俺じゃない誰かがこの身体と才能を持っていたならば、もっと上手く様々な事柄を熟せた可能性は十二分にある)
以前も言ったが、別に卑下して言っているわけではない。出来ることと出来ないこと、それを把握するのはヒトとして生きる上で非常に重要な意味を持つ。
今の俺は半神半人。つまり未だ半分はヒトなのだ。で、あるならば当然不得手なものを多く存在し、それを補ってくれる誰かが必要となる。
そしてその補ってくれるだれかというのがリンネであり、シュアであり、ラヴィニスなのである。
「んぁっ⁉ ……はぁっ、あ、アイヴィス様ぁ。か、堪忍して下さいぃ〜」
「ふぅん⁉ あ、アイちゃんもうよかやろ? 足腰が立たんくなってしまうけん〜」
「――ハッ! ご、ごめんよ二人とも。か、完全に無意識だった……」
「……はぁ。お兄ちゃんってば、本当にえっちなんだから。まったくもう」
し、しまった。思考に没入している間、二人の身体を弄り続けてしまった。二人が魅力的なのがいけないわけだし、お、俺は悪くないからね?
あ、あれ? 二人ともどこ行くの? もしかして、怒っちゃった? ご、ごめんなさいってば! でも俺我慢できなくて……え? な、ななな、何で睨んで――あっ! し、下着を変えてくるのか! ……い、いやそのなんだ、ギリギリまで気が付かなくて、本当にすいません。
あ、呆れないでリンネちゃん。お兄ちゃん本当に皆のこと本気で考えて悩んでたんだって。マジマジ、これ本当だから! え、知ってる? ならいいけども。
「さて、じゃあこの間にお兄ちゃんの現在の能力を『解析・鑑定』しておこうかな?」
「え? 一旦ギルドに戻ってからじゃ駄目なの?」
「うん。お兄ちゃんがベニヒメさんとユニちゃんを全面的に信頼しているのは知ってるけど、二人の安全を守るという意味でも隠すべきものは隠さないといけないんじゃないかな」
「そっか。確かにあまりに超越していることが広まってしまうと余計な面倒を背負いかねないし、親しい人に迷惑かけることになっちゃうもんな」
俺がそうでないように、リンネちゃんも万能ではない。今もユニちゃんから借りている『解析・鑑定』と呼ばれる便利スキルに頼っているし、それを当然として受け入れている。
教国が設立した千年ほど前に分体として創られ、現在に至るまで何度となくヒトとして生まれ、その苛烈な運命を一身に受けてきたのだ。
当然最初から上手くいくわけもなく、度重なる試行錯誤の上を重ね、生と死を経験し乗り越えてこの境地まで至ったのだろう。
神の分体でありながら不遇であり、それでもなお前を向きひたむきに努力をしてきたリンネちゃん。考えてみれば、二度の人生を経験した程度の俺ごときが敵う道理もないのである。
「まず神威スキルの『不変なる親愛』や神威特性の『不滅』だけど、この二つは明らかにヒトの領域を逸脱しちゃってるから秘密にしないと駄目だよ」
「やっぱりそうだよね。……うん。これは俺達とラヴィニス、シュアだけの秘密としよう」
「同じく神威スキルである『形ある空想』も当然駄目だし、ユニークスキルの『情欲解放』と『要人監視』も一応隠していたほうがいいと思う。……あ。ちなみに家と結界は、リンネが『形ある想像』で創ったんだよ、凄いでしょっ!」
「リンネちゃんってば天才過ぎる。……やはり俺の妹こそが最強で最凶なのではないだろうか」
「えへへ。なんでもリンネに頼ってくれていいからね、お兄ちゃん!」
『形ある想像』。その名の通り、頭の中で想像したものを物質世界で想像する神威スキルだ。
究極の束縛スキルを持つ存在が不滅なだけでもヤバいのに、想像したものを創れてヒトの欲すら操れる上に監視できるとかどんな魔王ですかって。
あれ? ていうかリンネちゃんって、女神の分体というよりも魔王に近いのでは? 散々酷い目にあったせいで闇落ちしたとも考えられるけど、ふむ。取り敢えずリンネちゃんだけは怒らせないように気をつけよう。
ちなみに結界は、女神に対する認識阻害と魔物の侵入防止に特化したものらしく、極稀にヒトは紛れ込んできたらしい。そしてそれが原因となって今回のような調査クエストが発生したわけなのだが、リンネちゃんの万能っぷりを鑑みるに、これすらも彼女の計算の内なのではと勘ぐってしまいそうだ。
「後はユニーク特性の『思考加速』に『超速再生』と『促進制御』、後はレアスキルの『転性』にー、レア特性の『状態異常無効』と『痛覚無効』に『絶倫』とかがあるけど、うーん。この辺からはステータスカードに乗ってても大丈夫だと思う!」
「ふむ。ユニークスキルや特性までがギリギリでヒトの限界と言えるのかもね。分かった、じゃあ後は帰りながら皆で相談していこうよ」
二週間と数日。たったこれだけの間に俺達の関係は一新された。この先に待ちゆくものが何であろうと乗り越えて行けるという万能感に包まれて心地よいが、俺もいい大人なので警戒だけは怠らぬように最新の注意を払わなければなるまいな。
さて、お母さんも心配しているだろうし早く帰ろうか。ずっと寂しそうにしていた彼女に、漸く一つ恩返しすることが出来そうで、今から胸が高まってしまうな。




