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アヴィスフィア 〜両性を駆使して異世界を謳歌する〜  作者: のんから。
序章 異世界転性
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幕間02話 ラヴィニス02。

 これは朱羽と椿紗が異世界に転生する年の夏休み前の出来事である。


 いつものように教室に通い、いつものように授業を受け、いつものように帰宅する。そんな日常の延長を椿紗は送っていた。


「椿紗さん。良ろしければ今日、僕と一緒に帰りませんか?」

「……あぁ、雲野くん。ごめんね、すず姉が待ってるから」

「でしたらそこまでお付き合いしますので。二人で少し、お話がしたいんですよ」

「え、ええ? う、う〜ん。それはちょっと……困るかなぁ」


 椿紗は言葉通り困ったように眉を寄せて腕を胸の前で組み難色を示しているのだが、うまく相手にその意志が伝わっていないだろう。雲野と呼ばれた男子学生は拒否されてもなおニコニコと笑い、その場を後にしようとしない。


 その雲野だが、名を知られていなかったことがよほど堪えたのだろう。去年の失言事件以降から椿紗に対し、積極的に声をかけるようになった。


 他の女子が聞いたら憤慨するのだろうが、根が陰キャ気質の椿紗としては正直言って迷惑でしかなかった。


 なにせ学年カースト一位と称される高身長でイケメンな上、両親がお医者様というリアルチート持ちなのだ。同世代の男子と話すことすら緊張してしまう彼女には荷が重く、周りの好機の目に晒されるだけで胃に穴が空きそうになってしまうのである。


 もし仮にその顔を汚すような態度を取ってしまえば、日向や風間、或いは遠巻きに見ている同級生達に何を言われるか分かったものではないし、受け入れたら入れたで強烈な嫉妬の対象になってしまう。


 大好きな姉のことと比較される分には嬉しさの方が勝るので問題ないが、はっきり言ってどうでもいい相手との関係を勘ぐられて有る事無い事言われるのは正直勘弁願いたいというのが椿紗の本音なのだ。


 実際に一年生の秋口頃に色々言われて我慢できずに「名前すら知らない」と教室前の廊下で叫んでしまい、二人と周囲に居た人全員に総スカンを食ったのはまだ記憶に新しい。


 正直そのまま三年間孤立する可能性すら秘めていたのだが、上位互換である校内カースト一位の陽葵(ひまり)が即座にフォローし、その後臨時教師である朱羽が椿紗をイジることで笑いに変えて事なきを得たという経緯がある。


 ちなみに陽葵はともかくとして、朱羽は椿紗の可愛い反応が見れるであろうと思った故の思いつきでしかないということをここに明記しよう。


「椿紗ちゃ〜ん! 一緒に帰ろ〜! ……って、あれ? 拓海くんどうしたの?」

「(――チッ。邪魔しやがって)。……あぁ、日向か。実は椿紗さんと一緒に帰――」

「――雲野くんね、日向さん達と一緒に帰りたいんだってさ! でも恥ずかしいからって、まずは話しかけやすい()()である私に話しかけたみたいなのっ!」

「えーっ! それならそうと言ってよーっ! 分かった、良いよっ! 一緒に帰ろ、拓海くんっっ!」

「え、ちょ、待――」

「――あー後、私は用事あるからまだ帰れないの。風間さんも上地さんを待ってるみたいだし、先に二人で帰っちゃっていいと思うよ!」

「分かったっ! ありがとね、椿紗ちゃんっっ‼」


 クラスの元気印である日向が二人の会話に参戦する。椿紗にとってはまさに天啓で、彼女の脳裏にはこの場を切り抜ける勝利の方程式が浮かんだ。


 まず日向は良い意味でも悪い意味でも素直なので、言葉に裏が有ろうと無かろうとその言葉の通り受け取る気質がある。


 その上自分の欲求に対してもまた素直なので、自身が思いを寄せる男子と帰れるのならば深く考えずに了承するだろうと考えたのだ。


 それに雲野も最初から断れないだろうと理解して声をかけて来ているので、逆に利用することで罪悪感を感じずにこの場を収められる。


 日向も上地には及ばないものの間違いなく美少女なのでヒトの目を惹く。早い話、雲野としても彼女の誘いを大っぴらに断るのは外聞が悪いのである。


 ちなみに似たようなことを繰り返したせいか、日向が雲野のことを下の名前――拓海と呼ぶほどには二人の中は進展したようだ。


「ばいばーい! ……ふぅ。何とかなった。人気者は周りの目もあるから大変だこと。……ふ、ふふっ」

「――あ、居た居た。天条さーんっ!」

「――ひぁんっ⁉ び、びっくりしたぁ……って、あ、あれ? 上地さん、風間さんと一緒じゃないの?」

「……うん。(え? 天条さんの驚く声、えっち過ぎない? へ、変な気分になってきちゃうんだけど……)」

「か、上地さん? ……あ、あれ? 表情が抜け落ちてる姿も相変わらず天使で可愛いけど、もしかして私、また何かしちゃった?」

「…………。(は? また何かしちゃったというか、股にナニかしちゃいそうなんですけどっ⁉ してもいいんですか、天条さんっ!)」

「い、言えないほどなのっ⁉ え、どうしよう全然心当たりないんだけど、どうしようぅ〜」


 そして、もう一つの由々しき問題が校内カースト一位である上地陽葵だ。”真のスパダリ”として密かに囁かれる風間しかその事実は知らないが、どうやら彼女の恋愛の対象は女性――というか見たとおり椿紗にぞっこんラブなのだ(古い)。


 今も絶賛、目の前で狼狽する椿紗のことが気になって仕方がないらしい。このままだと彼女の言う天使どころか堕天して、本当の意味で使徒としてヒト――つまり椿紗を侵略しかねないほどには危険な状態だ。


 ちなみに余談だが、彼女をこんな性癖にしたのも椿紗だ。当人は全くの無自覚で行っているのでたちが悪いが、出会ってから今日に至るまでの一年強の間、椿紗は事あるごとに陽葵を褒め、好きだと公言し、たまに抱きしめたりしてきたのである。


 広く浅く友人達と付き合ってきた陽葵にとって、椿紗という人間は特異だった。男女問わず好きだと告白されたことは何度もあるが、一度断るとその後に続くことはなかったし、褒めることはあっても褒め倒されることはなかったのだ。


 何より彼女はヒトに接するのが下手くそなのか、好意を抱く相手に対してやたらと懐く癖があった。その証拠に他の同級生を相手にするときは挙動不審になるのに、何故か陽葵相手だとパーソナルスペースが極端に近く積極的になるのである。


 当然その理由は自身のことを好いているからであり、その好意を一身に受け続けた結果、寝ても覚めても椿紗のことを考えてしまうようになったのだ。


 陽葵はこれまで”好き”という言葉を辞書の意味でしか知らなかった。故に初めて自身に降りかかる感情の波に溺れ、椿紗に褒められた際などはにやけまいと表情筋に力を入れるがあまり逆に無表情になってしまうという、実に残念な状態になってしまったのだ。


「…………。(頑張れ、頑張るんだ陽葵。正直未だになぜよりよって天条なのかと思わないこともないが、私はお前の初めてを応援しているぞ!)」

「――ヒッ⁉」


 そんな残念な彼女を、幼馴染かつ同じクラスのカースト上位グループに属する風間が、さらに残念な感じで草木の陰から見守っている。


 隠れる気がないのか気がついていないのか、真のスパダリと呼ばれる彼女のオーラを草木が防げるわけがなかった。


 早い話、盲目となっている上に自身から死角なので気がついていない陽葵以外はその姿を収めているのだ。そしてそれは当然、椿紗も例外ではない。


 だがそれも、ある意味では仕方がなかった。なにせ、大切な幼馴染の初恋なのだ。好意を寄せられることはあっても抱くことがなかった親友が、自身にも理解できない感情に右往左往し、だがそれに負けじと賢明に足を一歩踏み出しているのである。


 これを見守れず何が幼馴染、何が親友か。風間を突き動かすのはまさにこの感情であり、あまりに気合が入りすぎてむしろ椿紗にプレッシャーを与えてしまうという本末転倒な状況を生み出してしまっているといった具合だ。


(ま、不味い。風間さん、めっちゃ睨んでくるんだけど……。や、やっぱり風間さんって、上地さんのこと好きだよね? お、女の子同士なのに……)


 当然椿紗としては自然とこう考えるようになっていた。だからこそ風間が上地を待っているのだろうと予想して先に帰ろうとしたし、一緒に居ないことを不審がったのである。


 去年の秋まで椿紗は、風間も日向同様に雲野のことを好きなのかと思っていた。しかし後日彼が凹んだ姿を見て気を良くした風間がこういったのだ。


「天条。雲野のあの愕然とした顔を見たか? 実に秀逸だったな、最高だ」

「む、むぅ。あれは失言だって言ったじゃんか」

「いやいや、別に責めているわけじゃない。……あいつ、元々陽葵にちょっかいかけて来ていてね。正直、鬱陶しかったのさ」

「え、そうなのっ⁉ 上地さん何にも言ってなかったから知らなかった……」

「陽葵はいい子だからね。天条に知られて気を使わせたくなかったのだろう」

「か、上地さん。……やはり天使。私、一生推せるよ」

「……はぁ。まぁともかくだな。雲野は陽葵が靡かないと諦め、次の標的を天条――いや、キミの姉の威光に切り替えたのさ」

「……あぁ、なるほど道理で。そういうことだったんだね」


 つまり風間は大好きな陽葵にアプローチをかける雲野が嫌い。


 雲野は雲野で本気で惚れていたわけではなく、校内におけるカースト一位――要するに天下を狙っていたのだ。


 あくまでも風間の言うことを信じればという前提条件が付くが、椿紗の知る限り彼女がヒトを傷つける嘘をついたところを見たことがない。


 そうでなければあんなに同性の同級生に好かれることはないし、真のスパダリなどど実しやかに囁かれることもないだろう。


 後は純粋に彼女が勘違いをしている可能性があるが、椿紗としては自分に言い寄る男子が居ようなどとは梅雨ほども信じておらず、故に風間の言い分が正しいものなのだと理解したのだ。


 そうなれば当然雲野からは距離を取りたくなり、そうすることでまた相手を意固地にさせてしまう悪循環を生み出してしまっているのが現状なのだ。


(……はぁ。やっぱり陽キャのフリするのって、疲れるなぁ)


 だんまりする上地を何とか褒め続けて場をやり過ごし、草葉の影から見守る風間にあえて声をかけ呼びつけてフォローをして貰った椿紗は、寄り添うように一緒に下校しようとする二人を引き攣った笑顔で見送った。


 二連続で下手くそな気遣いをしたせいか、彼女のメンタルは既に底に沈んでしまっている。


(……でも中学の時みたいに孤立するのは嫌だし、何よりせっかくすず姉……と朱羽さんが一緒の学校に居るだから、頑張らないと駄目だよ私っ!)


 大好きな姉に心配を掛けまいと自戒する椿紗。取り繕おうと頑張ってはいるが、誰の目も憚らずに思考の沼に嵌ってしまっている。


 何より素直に朱羽のことを考えるくらいには堪えているらしく、逆に堪えているからこそ頼れるヒトの一人として心に浮かんでしまっているらしい。


 思い出すのはいつの日か、何を思ったか姉ではなく朱羽に友人の作り方のアドバイスを受けたことがあった。


「椿紗ちゃんは人付き合いが下手くそだから、この人だと決めた相手だけをまず褒め倒して好意を伝えてみるってのはどうかな?」

「え? でも朱羽さん。そんなにグイグイいったら、ドン引きされない?」

「されないような人を選ぶんだよ。そうだね、例えば……”天使”みたいな人なんて良いんじゃない?」

「えぇ……そんなヒト、居る?」

「さぁ? あの学園ってマンモス校だし、一人ぐらい居るんじゃない?」

「そんな無責任な……はぁ。朱羽さんに相談した私が馬鹿でしたっ!」

「お、いいね。椿紗ちゃんにそう言って貰えると信頼されてるんだなって分かるから嬉しいよ」

「――ッ⁉ か、かかか、勘違いしないで下さい! ば、馬鹿なのは朱羽さんでしたっ! 異論は認めませんから!」


 中学の二の舞いになるまいと華々しく高校デビューした当初、彼女の頭は朱羽の言ったこの言葉でいっぱいだった。


 姉である鈴音の対人性能は、その唯一無二のカリスマ性からくるものであり参考にならず、両親は共に優秀な研究者故に忙しい。


 他に親しい人が居ない椿紗にとって朱羽は唯一の一般人枠であり、一緒に居て安心する貴重な人材なのだ。


(うぅ、朱羽さんめ。確かに孤立はしなかったけど、胃に穴が空いちゃいますよっ! まったくもー)


 何より朱羽を心のなかで罵倒することで、弱った精神力が少し回復する気がするのだ。気のせいかも知れないが、しないよりはいいのである。


「あぁ、なんか朱羽さんに無性に会いたくなってきちゃったな。……今日も、研究室に居るのかな?」


 恋する乙女は無自覚に、その相手を夢想する。大好きな姉と、割と好きだと思うその相手。将来的には義兄として向かえてもいいと本気で思いつつ、そうなることに不安も抱く奇妙な感覚。


 姉も義兄となるであろうその相手も自身が頼れば無下にはしないだろう。椿紗としてもそんな感情が湧くことが不思議で仕方がないのである。

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