序章12話 情欲解放02。
「シュウ殿改めアイヴィス殿。不肖コタロウ、召喚獣という難儀な立場ではありますが、御身の元へ舞い戻ることが叶いました」
「コタロウ……。キミは本当にあの、コタロウなんだね?」
「はい。その節は大変お世話になりました。……そして、その恩を返すことが出来なかった不義理をどうかお許し下さい」
「え、不義理? ……そんな事実、あったかなぁ? むしろ俺の方こそ感情に任せて一度、叩いてしまったことを詫びたいくらいなんだが……」
「その節は申し訳ありませんでした。久々に散歩に舞い上がり、主殿の祖母殿にあのような怪我を負わせてしまうとは……」
叩いてごめん! そして思ってたよりずっと義理堅いね! それが俺の、擬人化したと思われるコタロウに対する第一印象だ。
確かに俺の飼い犬だった頃から前に出過ぎ常に共に歩き、主人である俺を立て、妹であるリンネを護っていた。
それが今や異世界で王となりその使命を心半ばながら全うし、俺の召喚獣としての第二の人生を送ろうとしている。
ちなみに現状だが、実は依頼を受けて二週間たつ今もなお魔の森にあるリンネの家に滞在していた。
理由は言うまでも無く俺(とリンネ)の無茶が原因であり、その実害にあった二人がノックダウンしてしまったことである。
約一週間の暴走を終えた俺はその惨状に絶句したが、何とも言い難い達成感と同時に湧き上がる不思議な高揚感を味わっていた。
そのおかげかまともに動けない二人の世話をしつつも体力に余裕があり、ならばと空いた時間で召還術をリンネ指導の元練習していたのだ。
しかしまさかよりにもよって、リンネが憑依したのがコタロウだったなんてな。
ここまでくると作為を超え、全て運命だったのではないかと錯覚してしまいそうだ。
あるいは家族――またはそれに近しい者がアヴィスフィアに転生した場合、最初に転生した者に引き寄せられる可能性も浮上してきた。
何にせよその実態を明らかにするような情報など持ち合わせていないので推論でしか無く、不測の事態すぎて前例もない。
いくら考えても詮無きことに時間を浪費するのは愚策もいいところなので、今は出来ることをするとしようか。
「ふむ。色々と疑問点はあるが、ここはひとつ謝罪と覚悟を聞いて貰いたい」
「はっ。何なりと」
「コタロウ。キミには娘――シュアといったか。その、白い毛並みが美しくも可愛らしい少女が居るね?」
「はっ。少々甘えが抜けきりませんが、立派に我が王国を支えてくれていたと親びいきにて見ております」
「……ふむ。そのシュアだがな、何だ。――私が、貰い受けることにした」
「――っ! なるほど、そういうことでしたか」
緊張もあってか、どうにも堅苦しい言葉になってしまう。それも上から目線で語るような、少々鼻持ちならない口調でだ。
コタロウの立場を思えば、俺は愛娘を強奪する悪でしか無い。正直思い切りぶん殴られてもおかしくはない。
以前と違い発達したその上腕二頭筋で殴打されたら意識が飛んでしまいそうではあるが、ここは覚悟を決めるしかない。
ラヴィニスのついでのように襲ってしまったが、これでも俺はシュアの事を独占したいほどには愛してしまっているのである。
「それだけではない。私には既に別の婚約者が居て、シュアは所謂第ニ妻――つまりは側室として迎えることになる」
「主殿のような賢君の妻となれることを、我が娘もさぞかし喜ぶことでしょう」
「憤らないのかコタロウ? 愛しい娘が、立ちの悪い男に誑かされているのだぞ?」
「……憤る? 感謝こそすれ、怒りなど覚えるはずがありません。私にとって主であるアイヴィス殿が全てであり、娘のシュアもそう感じたからこそ貴方様を受け入れたのでしょう。……聡い娘のことです。きっと主殿を陰から支える賢妻良母となりますよ」
主と仰ぐ俺を殴打する罪悪感を少しでも減らして貰おうと『転性』のスキルを使用して男の姿で臨んだのだが、その結果は悩むべくもなく即承諾という何とも呆気ない結果となった。
確かに生物という括りで見る世界は弱肉強食であり、皇族という立場である俺は世間的に強者の立ち位置となるだろう。
強さとは力。力とは正義。月並みだが、力なき正義は戯言で、正義なき力は空虚だ。
国を滅ぼされた過去を持つコタロウにとって、その難民を受け入れたアインズ皇国は正義と力の象徴そのものなのかも知れない。
……これは、今俺が考えていることを洗いざらい話すしかあるまいな。
「賢君、か。……済まないが私にはその言葉、少々荷が重すぎる。これまで確かに(俺の豊かな食生活の為に)国を思い尽力してきたが、あくまでも前世の知識があってのもの。真の天才には適う道理が無いのだよ」
「何をおっしゃいます。前世――日本でも主殿は”神童”と呼ばれていたでは無いですか!」
「……あれは全て、妹のリンネが気づかせてくれたことだ。卑下して言うわけではないが、私個人の能力はそこまで高くはない」
「ですが主殿――っ!」
「それになんだ。……無事国へと帰ったら、正式に”二人との結婚”と”皇位継承権の放棄”を主要貴族達の前で明言するつもりだ」
「な、なんと……」
「本当に済まない。だが、私は悠々自適に生きたい。好きな人と好きなことをして、誰の目も憚かること無く往生したいのだよ」
全て、言ってしまった。後悔はないが、さぞ失望したことだろう。……すまんコタロウ。だが、これこそが俺のありのままの本心なんだよ。
正確には往生なんて出来うるだけ避けたいが、異世界であってもその願いを叶えることは難しいだろう。
ならば死ぬときの後悔を少しでも減らし、我が人生に殆ど悔いなしと病床で笑ってやろうではないか。
そんな身勝手にラヴィニスとシュアを、そしてその父であるコタロウと母のベニヒメまでも巻き込もうとしている。
そして巻き込む以上無理矢理にでも幸せにしてみせよう。これでも俺は、ヒトの機微には人一倍敏感なのだよ。
「……やはり、貴方様は凄いお方だ。アヴィスフィアという別の世界線に転生しても、未だ己が考えを貫こうとするなんて」
「――はっ? ちゃ、ちゃんと聞いてたかいコタロウ。他意はないが、結果的に俺はキミとその妻までも巻き込もうとしてるんだよ?」
「勿論ですども主殿。不肖コタロウ、そしてその妻であるベニヒメもまた、貴方様の野望を実現させるべく尽力致しましょう!」
あ、あれ? 何か話がおかしな方向に進んでない? つい口調が戻っちゃったじゃんか。もしかしてあれ? コタロウくんってラヴィニスと同じで、俺のこと全肯定してくれる稀有な存在だったりしますか!?
信頼している相手によいしょされるのは悪い気分ではないが、正直居た堪れない。
要はアヴィスフィア、於いてはアインズ皇国における貴族文化に納得出来ず、只々我が儘を貫いてるだけなんだよね。
俺の両親とラヴィニスの両親が理解あるおかげで大事にならなかっただけで、実は相当な愚者なんです。産まれてきてすいませんでした。
「……と、父様? ――父様っ! とうさまぁぁぁっ!!」
「シュアか。……ふふっ。こげん大きゅうなったとに、未や甘えん坊は治らんのか」
「うぅっ。そげんこと言いなしゃんな。七年もどっかに行ってしもうてた癖に」
「シュア。長か間、苦労ば掛けた。ばってんよか人が見つかったごたって、父様は安心したばい」
え、ナニコレ尊い。あのシュアがあんな子供のような表情で笑ってるし、コタロウが立派にお父さんをしているよ? ていうか何で博多弁っぽい口調なの? いや、だからこそ良いまであるんだけども。……それにしてもやばい。何か、泣きそうなんだが。
そう言えば前世のコタロウには妻も子もいなかったしな。うちの家計事情的に一匹しか飼えなかったという止む入れない理由があったとしても、所詮はヒトのエゴに巻き込んでしまった訳だしね。
その代わりに衣食住を提供してたと言うことも出来なくはないが、賛否両論分かれそうな議題ではあるな。
ともあれ、七年越しの父娘の再開に水を差すのは野暮というものか。
「あー、コタロウ。私は少しラヴィニスの様子を見てくるとする。……シュアもまだ、無理はするんじゃないぞ?」
「お心遣い、感謝します主殿」
「あ、ありがとぅ……って、アイちゃん今はまだ行かん方が――っ! ……あぁ、もう行ってしもうたばい」
ふっ。このちょっとした気遣いが、皇族でもある俺が日本で学んだ繊細な機微って奴よ。
去り際にさり気無く、これが大事なのさ。きっとシュアもメロメロになるに違いないってばよ! ふふ、ふはははっ!
感動していたコタロウは兎も角、彼女は何か去り際にちょっと残念なヒトを見る目で見てた気もするが、多分気のせいだろう。
「ふむ、仲が良しゃそうで何よりだ。こん七年間心配はしとったんだが、どうやら杞憂やったようばい」
「……もしかして父様、アイちゃんから何か言われたと?」
「何、お前を妻として迎えることにしたと伝えられただけや。シュアもいつん間にかそげん歳になっとったんだばい」
「へぇ? アイちゃんがそげんことば……って、ええええっ! つ、つつつ、妻ぁぁぁっ!?」
つ、妻ってことはあれと? ふ、夫婦になるってことばいね? うちとアイちゃんが夫婦! そりゃ確かにちょっとばっかり妄想したこともあるばってんも……え? もしかしなくてもうち、結婚すると?
ちょ、ちょっとうち落ち着いて? 亡国ん難民の立場ば少しでも良うしぇないかんって、最初から側室狙いでそうなるために皇家に奉公に来たんやなか!
なしてか皇子じゃなく皇女、それもかなーり奔放な性格ん女性好きなお姫様やったけんどげんしたもんかと悩んだもんやけど。
……いつん間にか惹かれとって、そうなれたらよかねなんて本気で思うごとなっとったけど。……え、コレ現実と?
「む? 何ばたまがることがある。主殿んことや。普段からそれに近か言葉ばお前に送っとーやろう?」
「……言われてみれば確かに、好きとか愛らしかとか結婚したかとか……ペ、愛玩動物として飼いたかとか冗談交じりに言われたことは何度とのうあるけど……」
「やったら問題は無かやろう。あん方は冗談は言うばってん、そげなすらごとはつかん。前世にはなるっちゃけど、俺も彼んお方に飼われとったけんな。時に手厳しかったが、存外悪うなかぞ?」
「以前からそん話聞いとったが、父様とうちじゃニュアンスが変わってしまうと! ……悪う無しゃそうやとは思うっちゃけども」
そげんキョトンとしなしゃんな父様。娘に何ば言わしぇようとしとーと、全くもうっ! 父様は素敵っちゃけど、鈍感過ぎるとが玉に瑕たい。
は、初めてやったけん知らんやったばってん、男ん人は皆狼だって本当やったよ母様! アイちゃんなんてあげん可愛らしかとにだ、男性器が付いただけであ、あああ、あげん獣んごと襲い掛かるなんて……。
い、いやうちにはばり優しかったっちゃん? ば、ばってんラヴィニスがあげんしゃるーがままに蹂躙しゃれてしまうなんてうち想像すら出来んやったもん。
ううう。あん時ん光景が目に焼き付いて離れん。それにうちもあげんはしたなか姿で何度も何度も達してしもうて……。
ううう。声も満足に我慢出来んやったし、何にも出来んまま気絶してしもうたし。あ、あああ、穴があったら入りたかたい!
そういえば転性で完璧な男性ん姿になったアイちゃん、滅茶苦茶カッコ良かったなぁ。……また抱いて欲しか――ハッ!? うちは今何を……!
「国ば失うただけでのう生き恥ば晒し、王として満足に役目ば熟しぇんことに憤りば感じることもあったが、戦友が盟約通り民ば受け入れてくれて、愛娘がそん約束ばより強固にしようと奮闘してくれた」
「……父様」
「娘と約束しとったにも関わらず生還出来ず、父としたっちゃままならん我が身ば恨んだこともあったが、そん娘が立派に成人ば迎えて幸しぇそうに笑いよーことが、俺にとって何より嬉しかことや」
「…………」
「『生きてさえ居ればいいことがある』。そう言うて俺に召喚獣としてん第二ん――いや、第三ん生ば与えてくれたリンネ殿には感謝ばしたっちゃしきれまいな」
「……そう。何もかも、リンちゃんのおかげなんね」
「そうや。そして彼女は我が主であるシュウ殿ば心ん底から慕うとー。兄弟所以にままならんごたーったが、それすらばも超えて共に歩むことにしたばい。やったら、我らんすべきことは一つしかあらんめえばい」
うち……いや、私の役目。延いてはカラサギ族の総意であるアイヴィス様への絶対なる忠誠。
仮に妻となろうとも、課された責務は変わらない。であるならば存分に、その天命を果たそうではないか。
二人をラヴィニスと共に護り、共にこのアヴィスフィアで生き抜く。そして願わくばその道程が、数多の幸せに満ち溢れんことを願うのだ。
そしてただ願うだけでなく、理想の未来を掴み取るために全身全霊を以て戦い抜くのである。
父と私。そしてその妻であり私の母でもあるベニヒメを含め、カラサギ族は戦うことでしかその役目を果たせない。
剣神コタロウ。一度剣を奮えば大地を穿ち、海をも分かつとも言われる剛剣の使い手。たった一人で千の兵をも上回ると恐れられた歴戦の猛者。
そしてその娘である私も若き剣聖として日々研鑽を積んでいる。故にちょっとやそっとでは揺るぎなどはしない。
運命がリンネちゃんを排除するならば、運命など一太刀で切り捨ててみせよう。
リンネちゃんを護るためにアイヴィス様が身を粉にするならば、我が全力を以てその親愛を支えよう。
はっ! 何が女神だ、いつでもどこでも掛かってくるが良い。その高慢な考えもろともこのシュアが、アヴィスフィアの肥やしにしてくれようぞ。




