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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部・2年生編
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88・お待たせルートくん

 あの日の約束を忘れるほどルシャは薄情でもボケてもいない。

「よお」

 待ち合わせ場所がルシャの家だったのでルートは迎えに来たのだが、ルシャは寝坊をしたのでまだ寝間着だった。それがルートをどれほど喜ばせたかは想像に難くない。なぜならいつもよりダボいTシャツからナイトブラがチラ見えしてしまっているからだ。

「悪いねぇ…」

「かまわん。お前が朝に弱いのは知ってる。俺はここで待たせてもらうからゆっくり支度しろよ」

 その言葉に甘えたルシャは歯磨きと着替えを済ませて腹の調子が整うまで待ってから出発した。今日のルシャの服装はルリーお気に入りのお姉さんスタイルで、白のブラウスに水色のフレアスカートという爽やかなものだ。清楚な感じがルートの好みに合う。

「かわいいじゃん…」

「だろ?やっぱり私の師匠は私に合う服を分かってるなぁ…さて、お前の服を買いに行くんだから、お前の服の話をしよう。お前は黒が好きなんだな」

「ああ。だってカッコいいだろ。上品だし。フォーマルな服は何色だ?黒か白だろ?」

「そうだね…でもさ、色で遊びたくないか?」

「人には似合う色に合わない色がある。俺にピンクが似合うか?」

 ルシャはボヤッと想像してみた。ピンクのYシャツのルート、ピンクのスキニーのルート…顔が良くて背が高ければ似合ったかもしれない。

「うーん、確かにお前は落ち着いた色のがいいかもなぁ。じゃあグレーはどうだ」

「汗が目立つ」

「うーん…だからって外側が黒ばっかりだとなぁ」

 これから暑くなるので白T1枚だけでよくなるが、それまでは羽織るものが要る。下に黒を穿いているのに上も黒いと全体的に重厚な印象を与えてしまう。

「とりあえずジャケット開けようか」

 ルシャが無理矢理にルートのジャケットのボタンを外して中に着ている白Tを出させた。これで少し軽くなった。

「キッチリしてないと慣れないんだよ」

「慣れろ」

「おぉ…」

「まあいい。私がこれからお前に合いそうな軽い服を選んでやるって言ってんだ。あ、そうだ…笛代払うわ」

「憶えてたか」

 ルシャは義理を軽んじないことをルートに示してこの先の恩義に期待した。金を受け取ったルートは気になっている店にルシャを連れて行って希望を伝えた。

「素材で軽さを出すことができるなら、できるだけお前の好きな色にしようと思う。それができなかったら…青…うーん、緑…やっぱりグレーがいいなぁ」

「お前がそこまで言うなら着るよ。俺に似合いそうなんだろ?」

 どちらかというと自分の希望を通したいルートがルシャの悩む姿を見て決断した。これほどに自分のことを考えてくれているのを無下にしたくない。

「私は汗染みを気にしない人だからお前がいくら汗をかいていてもいい。なんなら私もグレーの服着るし」

「それならいいか。でも他の色があれば試そう」

 ルートに似合う色を探すためにあらゆる服を見る。すると違う趣向の服を試すことになってルートはジーンズやベストなどを着てみた。

「お前制服はそんなに違和感なく着てるんだから他校の制服風ってことでこういうのは似合うんじゃない?」

「ほう、確かに俺が着るときの違和感もない」

 ルートがフォーマルで上品な感じが好きというのならカジュアルさもありながらキチッとしている服装を提案してやる。スラックスは着慣れているから楽だという。

「ただねぇ、私たちと一緒に食事会とかするときにお前だけやたらキチッとされても浮くのよ。だからもうアホみたいにラフなのも強制的に買うぞ」

 結局ルシャは試着させたものすべてを店員のところへ持っていった。

「私はこれまでお前のライバル、そして師匠としてお前といろんな経験をしたわけだ。1年経つという今、記念に何かくれてやろうじゃないか。ってわけでここは私に奢らせろ」

「いいのか?これほど多くの服を…」

「お前がいいとこの坊ちゃんなのかどうかは知らん。けど私はもはや勲章持ち仕事持ちで金持ちだ。弟子は黙って師匠の言うことを聞け」

「…お前も優しいんだな」

「遺伝かな」

 ルシャは1万セリカを支払ってルートに記念品の服を渡した。ルートはこれだけでも心が満たされたと言って次に腹を満たそうとラーメン屋に誘った。


 ルシャはラーメンではなく蕎麦を選んだ。製麺されたものを茹でるのではなく、製麺までこの店でやるというからこだわりがありそうだ。中心部で土地代の高い中でラーメン屋にしては広い敷地を持っているというのを以前から思っていたが、客席でないところは製麺のための部屋だと判明した。

「じゃあ俺も同じのを食べよう」

「お前10割蕎麦頼めよ。ちょっと分けてもらいたいんだ」

「ああじゃあそうしよう」

 ルートはシェアすることを覚えた。仲良しカップルにしか見えないので来る客に勘違いを起こされてルシャがその度に師弟だと訂正するのだった。

「ったく…」

「俺は全く問題ないんだがな」

「ダメだよまだ私の認める水準じゃないんだから。その気になるなよ」

 そう言われると目をハートにしていたルートがションボリしたので二八そばを少し与えて機嫌を戻してもらった。


 午後は新たな時計と靴を求めてブランドショップに入ってみた。とくに腕時計はどの商品も高くてこの国ではまだ貴重品であることを思い知らせている。

「でも街の大きな時計を見なくてもいいっていうのはさ、中心部じゃないところで時間の管理ができるってことで…」

「便利だよね。私は走ってる時間を計れる運動用のやつが欲しい…けど、たいていは重い金属のフレームだぁ」

「みんなはなんとなく測りながら走ってるんじゃないか?」

「だと思う。それもそうだし、運動以外で遠くに行くことが多くなったから金属のでも欲しいなぁ」

「買うのか?」

「買っちゃおうかな…」

 宝石をあしらったものは高すぎるので買えないが、職人がより多くの人に腕時計を身近に感じてほしいという願いで作ったものは頑張れば手の届く価格を与えられている。受勲時の報酬やエアレース委員会からの給料などで潤っているルシャは財布を確かめて後日買うことにした。

「考える時間も要るだろうし。買うときはお前にも何か言ってもらおうかね」

「おう、どんどん誘ってくれ。喜んでついていくぞ」

 ルシャのほうから積極的に誘うのはルートにとって何よりも嬉しいことだ。もはや隠しきれていない恋心の表れとして、より近い距離で歩きたがった。

「時計はお前と同時に買うよ。靴だ。靴なら今日にでも買えるだろ」

「お前は靴もフォーマルだな。運動靴で来てもよかったんだぞ?履き慣れてるだろ」

「気合を入れたってことをお前に分かってほしかったんだよ。並々ならぬ喜びをもってここに来たんだ」

「普通の買い物でか…お前の少し堅苦しいところは、これからダテの奔流に巻き込まれることでラフになっていってほしいね」

「あいつらか…いや、この1年でかなりダテの色に染まった気がするんだけど」

「染まってたら七色のTシャツとか着るぞ」

「派手!」

 どうやらダテカラーとはレインボーのことらしい。しかしこれまで誰も七色の服を着たことはない。


 靴屋に入るとルートはすぐに革靴売り場へ向かった。フォーマルな場で履くものを新しくしたいのかと思いきや、普段履きするというのでルシャは襟首を引っ張ってスニーカー売り場へ導いた。

「ラフって言っただろ。師匠のお願いを聞けないのかお前は」

「お願いだったの?じゃあ聞くよ」

「言わなくても分かってよ…まあいいや。靴は白でいいだろ。ほらこれかっこいい」

「おお…ってこれ女性向けじゃない?」

「いいんだよサイズさえ合えば…お前けっこう足でかいな」

 身長のわりには足の長いルートは27センチのスニーカーを探した。すると少し高いが質の高いものが見つかった。

「これいいんじゃない?」

「おぉ履いてみろよ。厚底だからちょっと背が伸びるぞ」

「それ脱いだときにがっかりされるやつじゃん…」

「履いてみろって。私お前のために靴下買ってやるよ。そこらへん歩いて試してろ」

 ルシャが遊び心のある靴下を選んでいるうちにルートが履き心地を気に入って箱を持ってきた。

「靴下は?」

「靴下なら遊んでもいいだろ。屋内に招かれるほど仲の良い奴しか見ないんだから」

「そうだな…あいつらに見られるならいいか」

 ルートはキルシュ邸に招かれることが多いのでミーナに見られてもよいと思えるものだけ買うことにした。ではそれは何かというと、全部だ。

「あいつはお嬢様だからキッチリしたものをよく着てた反動で普段着はラフなのが多いし他人にキチッとしたものを求めない。パパ様の社交界を思い出すから嫌なんだって」

「悪いことをしたな…じゃあラフになったのを見せてやるか」

 きっとミーナは喜ぶだろうと聞いて購入が確定した。


 足だけラフになれたルートは予定通りに進んだからデートを終えるような人ではなかった。彼はルシャとできる限り長くいるために他に買うものがないか必死に考えた末に鞄が欲しいと言い出した。

「どういうのがいいんだ?夏は背負うやつだと蒸れるじゃんか」

「そうねぇ…肩に掛けるとか斜め掛けするやつとか?」

「それでカッコいいのがあれば欲しいね」

 ルートはイケメンではないにしろ不細工というほどでもないので少し遊んだデザインの鞄でも許されると思われる。ルシャはまず明るい色というのを決めてから男向けの少しポップな鞄を探した。ルートが黒地に白の線の入った手提げを気に入ったのを否定せず、それよりも自分の選んだものを使ってほしいと願うことで彼のチョイスを却下した。

「手提げって私はクリーム色のがしっくりくるんだ。これ、どっかのキャラクター?」

 額に葉っぱを1枚くっつけた鹿のキャラクターが真ん中に、それを囲うように文字が並んでいる。親しみのあるデザインはこの商店街のマスコットキャラを推すためだという。

「俺のイメージに合う?」

「それ持って、もうちょい明るい顔すればいい感じだよ」

「明るい顔…」

 ルートが表情について考え始めたのでルシャは買い物の後に公園のベンチに座って顔を変える方法を伝授した。

「筋肉が弛むと口角が下がってだらしない、やる気のない顔になってしまう。逆に鍛えていると逞しい、気合の入った表情を作れる。お前はかなり不機嫌そうだから、そこらへんを鍛えるのと私たちとの交流を通じて明るい性格に矯正されろ」

「矯正…」

 ダテトリオといると笑顔になるため表情筋が鍛えられるうえに性格も明るくなれる。美容にもそれ以外にも良いことずくめなのでルートは迷わず実践すると決めた。

「口だけでもニコッってしてみ?」

 ルートが思い切り口角を上げて笑顔を見せた。目が大きく開いて少し奇妙だ。

「まあいいだろう。だがそれは自然な感じがしない。我々の超絶おもしろギャグで笑ったときにもっと自然な笑顔を出せるようになろう」

「俺けっこう笑ってるけどね…?」

「私好みじゃない。矯正するんだ」

「おぉう…」

 こうしてルートは表情筋のトレーニングに加えてスキンケアまでやることになった。女性向けの化粧品を買ってもらった彼は毎日取り組むことをルシャと約束して別れた。非常に充実したデートだったので家に帰ってからの彼は他人には恥ずかしくて見せない本当の笑顔で飛び跳ねた。


 翌日、ルシャは顔パックをしたままのルートを街で見た。

「だって肌にいいなら乾くまでずっと着けてればいいじゃん」

「そういうこっちゃねぇんだよなぁ…常識は守れよ。みんなビックリしてんじゃねぇか」

 しかしルシャの知り合いなら何をしてもおかしくないという認識が全員にあったため、ルートは奇行を咎められることなく無事に肌ケアに成功した。

次回からちょっと毛色が変わりますが章を作ると細切れになりすぎるので章を作るのはやめました。

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