9・恋の力と格差社会
最近のルシャは先生の話を聞き流すことなくしっかりノートに記録している。だから質問を受けてもしっかり答えられるし、小テストでもそれなりに良い点数をとれる。1人のクラスメートの男子はそんな彼女の姿勢を見たのだろう。
放課後、いつものように弁当を食べようと教室を出ようとしていると、ルシャだけが呼び止められた。これまで彼女とはあまり関わらなかった目立たない男子生徒が彼女を体育館の裏に連れ出そうとした。何用かを知るためにルシャがついて行くと、突然に愛の告白を受けた。
「すごい魔法を使えるとか、勉強を頑張ってるところとかがすごく素敵で、意識せずにはいられなくなって…その、お付き合いできたらと思って!」
予想していなかったことにルシャが困惑していると、男子は赤面しながら言葉を加えた。
「見た目もすごく可愛いと思ってて…」
勇気を出しての行為だろうが、残念ながらルシャはこの男子にも興味がなかった。
「これまではどうして話しかけなかったの?」
「勇気が出なくて…友達に背中を押してもらって、だから頑張ろうって思って…」
「ふーん…で、私と付き合いたいの?付き合ってどうするつもり?」
もじもじする男子にルシャが容赦なく質問を浴びせる。彼女は照れる様子も嬉しがる様子も見せずに淡々としている。
「一緒に遊んだり、魔法を教えてもらって一緒に強くなれたら…」
「うーん…ごめん、あなたのことをよく知らないから、誘いが魅力的かどうかもわかんない。まずはあなたの実力で私を驚かせてよ。そうしたらちゃんと注目するからさ。だから今はお断りしていい?」
「あ…そうか…うん、わかった。もっと特訓して、ルシャに振り向いてもらえるようにするよ。わざわざ呼び出してごめん」
男子は肩を落として去って行った。ルシャは実力のある者しか認めない。しかし申し訳なさを感じないわけではないため、気を晴らすためにノーランに相談した。
ノーランは椅子に座って薬を飲んでいた。ルーシーはまだ来ていない。
「なんの薬ですか?」
「禁煙。ルーシーと一緒に住むからタバコを辞めるんだよ。あいつの健康を害するわけにはいかないし、長生きしなきゃいけなくなった」
「もともと長生きするつもりで生きてほしいけど、ちゃんと相手のことを考えられるってステキです。あ、そうそう…」
ここでルシャはジョージという男子から告白されたときの気持ちについてノーランに相談した。
「お前次第だが決断はするべきだろう。ジョージのことを見てやるつもりならそうすればいいし、興味がないならそれでもいい。スッパリいけ」
「うん…でも告白されたことなんてなかったからビックリしちゃった。私のことを好きになる人なんているもんなんですね」
その言葉に対してノーランは少し笑った。誰よりも彼女をよく見ている自覚があるからだ。
「能力に秀でている者がモテるのは遍く言えることだ。それに加えて頑張っている姿とかを見たんだから、ジョージが惚れるのも頷ける。むしろもっと早くに誰かが告白すると思っていた」
「えー…」
「お前、好きな人はいないのか」
「今のところは…好きって言ったらミーナとリオンだし、プリムラ先生とルーシー先生も…」
「えへへー」
「照れるねぇ」
「女が女のことを好きでもいいと思う。男同士は男の俺からしたら嫌だが、女同士の絡みはなんか…いい感じだ」
「へぇ、じゃあ堂々とルーシー先生と絡んだろ」
「それもいいだろう…で、お前は男子からの告白に応えるつもりはないんだな」
「はい」
ノーランはどこか安心したような仕草を見せた。おそらく、この研究所に来る機会が減ったり探索に参加しなくなったりするのを恐れているのだろう。ルシャに恋人がいないのはこの2つにとって都合が良い。
「2人は告白されたことある?」
「ない」
「なーい」
相手をよく知るまでにはもっと時間をかける必要があるとの意見が強い。ルシャのモヤモヤはすっかり晴れていて、いつものように楽しく談笑できるようになっていた。
今日の活動内容はルーシーの特訓で、彼女はごくごく普通の運動着姿で体育館にいた。リオンがここにいることから察するのは難しいが、今日はバスケ部の練習がなく、誰も体育館を使っていない。そのためルーシーが特訓の会場に選んだのだ。4人は彼女に指示に従って倉庫から用具を運び出してサーキットを作った。もちろん車の走るサーキットではない。
「私は保健室担当だから運動を見せる機会がない。実を言うと苦手なんだ。しかしそれではノーランの特訓に付き合えないから、少しでも改善しようというわけだ。悪いがお前らにも手伝ってもらうぞ」
するとルシャはいきなりの有言実行をした。
「ルーシー先生ステキ!いくらでも付き合いますよ!」
ルシャがルーシーに抱きつくと、準備体操だけで汗をかいていた彼女のムワッとした匂いが伝わってきた。興奮状態になったルシャは元気よく体操をすると、ルーシーより先にサーキットに入った。最初は平均台だ。バランス力の要るこのステージは運動神経の良い人からするとボーナスなのだが、ルシャにとっては難所だ。勢いのまま挑戦した彼女はすぐに転落して床を転がった。
「大丈夫ー?」
リオンが手を伸ばすと、ルシャはそれを掴んでリオンを抱きしめた。
「え、え!?」
「へへへぇ」
「なんか今日のルシャはおかしくないか?告白されて動揺しているのがこういう形で表れたってことか…?」
ノーランもルーシーも困惑している。ルシャが平均台からいなくなったのでルーシーが挑戦すると、遅いながらも突破できた。
「よし、いいぞ…」
恋人の挑戦を見守るノーランは拳に力が入っている。ルーシーはその期待に応えて順調に進み、1週目を終えた。
「なんだ、そんなに苦手じゃないじゃん」
得意サイドのリオンが言うのだからそうなのだろう。彼女は不安そうなミーナの手本となるべく駆け出したが、まるで人外のような動きをするので参考にならなかった。ミーナは跳び箱を超えられずに白い布にお尻をついて止まった。その姿が可愛かったのでルシャは両頬に手を当てた。
「はーかわいい」
「お前もな…」
ルシャは可愛い女の子を観察することに終始したが、ルーシーのほうはしっかり鍛えることができたようで、ノーランに褒められて嬉しそうな顔をしていた。
「お前ら、協力してくれてありがとうな。この先何回か似たようなメニューに付き合ってもらうかもしれないから、そのときはよろしく頼むぞ」
「任せてくださいよ!私たちにとってもいい運動になりますから!」
好反応を見せたのは運動好きだけではなかった。スポーツ少女の躍動を見る楽しみを覚えたルシャも運動能力を本気で改善したいと思っているミーナも乗り気を見せてルーシーを安心させた。
良いものを見て機嫌の良かったルシャだが、帰り際に教科棟の裏に嫌なものを見てしまった。
「じゃあ次エイラに告白な!」
「え、もういいでしょ…」
複数の男子に囲まれて壁際へ追いやられているのは、今日の放課後に見たばかりのジョージだった。彼は気弱なほうではないが、自分より大柄な男子に萎縮しているように見える。ルシャは物陰に隠れながら耳を立てた。
「何言ってんだ、女子がオッケーしたときにネタばらしして反応を見るのが目的なんだから、オッケー貰うまで続けるんだよ」
「お前から告白されてちょっとでも嬉しくなってるときにさ、実は好きじゃないってバラすんだ。その時のなんとも言えない顔がいいってわけよ!」
「なんでそんな酷いことを…」
「お前みたいな成績の悪い奴は俺らの足を引っ張ってるわけ!だから早く消えて欲しいんだよねー。この学校には優秀な奴だけがいればいいの」
ルシャは聞いていて我慢ならずに飛び出した。
「私はお前らのイジメに利用されたのか!」
「げ、ルシャ!?」
いじめっ子たちが狼狽える。ルシャは素早くジョージを庇って首謀者を探った。やはりいちばん大柄なブブレ・グラソワだった。彼はルシャを威圧しようと1歩前に出て見下した。それなりの威圧感があるのでルシャは少し退いてしまう。
「お前も優秀な生徒と高め合うほうが良いだろ?」
低い声の圧に屈しそうになるも、その気になれば教科棟どころかこの学校を更地にする程度の能力を持つルシャは踏ん張った。
「この学校に私と高め合えるレベルの生徒はいない。で、なんだっけ?成績の悪い奴は足を引っ張ってるんだっけ?」
取り巻きの顔が引きつる。彼らは中位だから、決して成績が良いわけではない。ルシャも総合では中位だが、魔法実技がある。
「私からしたらあんたらも十分に足を引っ張ってるわけだ…勝負しようよ。もちろん魔法実技で」
「ルシャ…俺らはお前が気に入らねぇ。弱者を助け、強者とともに行動しない。お前は俺らのような優秀な魔法使いと特訓すべきなのに、いつまでたっても話しかけてこない。俺はな、向上心のない奴が嫌いなんだよ」
しかしルシャは鼻で笑った。
「私が高いところで胡座をかいてるって?向上心がないかどうか、確かめてみればいいよ…どうせ授業で使う魔法が本気だと思ってるんでしょ?」
「ナメやがって…俺らがどれだけ必死に特訓してるかも知らずによぉ…」
「ルシャ、こいつらは確かに放課後に特訓してるんだ。休日も先生に相談してまで…」
常に付きまとわれているというのは練習相手になるということでもあるため、ジョージはブブレの実力を知っている。特訓している姿だけ見れば褒めることしかしないだろう。
「そういう奴がクラスメートをいじめてるって聞いたら先生はガッカリするだろうねぇ…私だって悲しいよ。他人の楽しい学校生活を邪魔する権利は誰にもない。私はあんたらこそ消えるべきだと思うよ」
「ザコは目障りなんだよ!ザコがいるから先生はそいつに合わせる!レベルの高い授業ができない!俺らが強くなれない!」
取り巻きも加勢してルシャを言い包めようとしたが、事実だけを見ている彼女には通用しなかった。彼女はジョージを招いて特設会場へ移動した。その途中ですれ違ったすべての人を巻き込みながら。
「お前らが人をいじめられる立場にないということを証明してやる。私の得意な魔法実技だ…お前ら6人全員でかかってこい」
この少年たちはルシャの所持品の正体を知らないため、寄ってたかれば勝てると信じている。先生や後から来たミーナとリオンも観衆となり、明らかな戦力差のある試合に高揚した。ルシャが勝つからだ。
「……」
ルシャの表情を見た二人がしばらく口を半開きにして止まった。なんとも言えない感じがしていて、少し怖い。
「怒ってる…」
ルシャは静かな怒りを身体に纏っているように見える。その人が好きではないとしても、このような悲しいことが起きてほしくはないし、それが誰かの意図で起きたことなのならば、決して赦したくない。
「行くぞ!」
ブブレのかけ声とともに一斉に魔法を放ったいじめっ子軍団。しかしルシャは見向きもせずに盾で受け止めて奥から高密度の光属性魔法を放った。しかしこの魔法は相手を傷つけるのではなく、ただ付着するだけだ。怯みを解いた軍団はまた魔法を放つが、やはりルシャの防御を突破できない。ここでノーランは気付いた。
「敢えてだな」
「え?」
「あいつがその気なら一撃で全滅させることができる。けどしなかった。意図を持ってのことだろう」
「殺さないため?」
するとノーランの隣に移動していたジョージが小声で言った。
「いじめてたことを後悔させようとしているのかも…」
ここでノーランはいじめについての真相を知った。ルシャは勇気を出したジョージを少しだけ良く思っているようだから、悪意に利用された勇気だと知って憤っているのだろうと考えた彼はそのことをジョージに伝えた。
「そうですか…それなら、全部が残念というわけではなくなりました。そういう魅力があるとわかれば、利用されていなくてもいずれ告白していたと思います」
「そうだろ?人を思い遣れるいい子だよ。今だってお前のために戦ってるようなもんだ。もちろん、利用された怒りもあるだろうがな」
ジョージは再びルシャを見た。告白のために用意させられた文言だが、今は心の底から彼女の事を素敵だと思える。だから応援した。
「ルシャ!負けるなぁ!」
「フッ、あんな奴の応援を聞いたところで…」
しかしルシャはそちらに向かって手を掲げて声援に応えた―直後、
ズシャッッッ!
6人に貼り付いていた魔法から白い槍のようなものが飛び出し、その肉体を貫いた。
「がっ…」
動きを封じられて磔になるも、絶命はしない。
「心から反省してもう2度とやらないと誓うまでそうしていればいい。それともジョージに報復させようか?」
「な、んだ…その魔法は…」
ブブレには狼狽えることすらできない。ただその場で光に貫かれた状態で、声を絞り出すのがやっとだ。
「幻惑魔法。あるはずのない痛みを感じる…お前らはお前ら自身によって動きを封じられているんだ。私の圧倒的な魔法に平伏して…どうだ?そんな姿を大衆に晒してなお、自分は優秀だ、他人はザコと言えるか?」
ルシャはルートに見せた侮蔑の顔ではなく、本気の怒りを露わにしていた。
「おい、ルシャって怒らせたらあんなことしてくるのか?」
ルーシーが腕の震えをミーナに見せて尋ねた。ミーナが首を横に振ると、彼女も震えていた。
「いや、ここまでは…」
「恋心っていうのは最も繊細な感情なんだ。人の生き死にに関わるくらい…それに気安く触るようなことはしないほうがいい。それとジョージ、あんたはたぶんザコじゃないよ。晩熟型なだけだ。めげずに頑張ればきっと強くなる…はず」
ここでルシャが魔法を解き、軍団は解放された。しかし誰1人としてルシャに反撃を試みようとはせず、ただその場にへたり込んでいた。
「何者なんだよ…」
「わかんねぇよ。でももう怒らせるようなことはしないほうがいい…」
「そうだな、俺らそんなに優秀じゃなかったな」
「ってかなんでこんな奴についてたんだ?これからはルシャの時代だろ」
取り巻きは掌を返してジョージとルシャに謝罪した。ルシャはこれ以上この問題を扱うつもりはないと言ってその場を去ったが、後ろのほうでファンクラブが結成されたのは聞いていた。
問題を解決したのにいじめがあったことが悲しくて気分のスッキリしないルシャは研究室のメンバーを誘ってケーキ屋に行った。甘いものを食べれば少しは良くなるだろうと思ったのだ。
「あいつらのこと、赦してあげるの?」
今日はタルトにしたルシャはこくりと頷き、自分の心が遊ばれたことは引きずらないと言った。
「ジョージの調子が戻ればいい。なにせ自分の意思じゃなく失恋したわけだから…かなり辛いと思う」
「ルシャたそは優しいなぁ…!ジョージはこれまでルシャたそのこと好きって程でもなかったっぽいけど、今回で好きになったでしょ」
「だよなぁ。自分のために戦ってくれるんだもんなぁ」
ミーナとリオンはファンクラブが結成されたことはジョージのルシャへの想いが強くなったことの証明だとした。ルシャは悪くないとしながらも、ジョージにまた告白されたとしても断ると言った。
「タイプじゃないからね…」
「お前のタイプってどんな人なんだ?」
ルーシーに問われたルシャは曖昧にすることなくはっきりと答えた。
「やっぱり実力のある人がいいね。私が勉強と運動が苦手だから、それが得意な人でもいいし、魔法が得意でもいい」
「そうか…じゃあ戦士はいいな。実力を認められたってことだからな。あるいは勇者か…先代はもう死んだが…」
「ですね。男性で一番近いのはノーラン先生だったんですけど、怠そうだから…」
「お、俺のことが気になってたのか…気付いてやれなくてすまんかった」
「いやぁ、先生とはいい師弟関係みたいな感じだと思ってるんでいいんです。これからもそういう感じでお願いします」
「おう…師弟関係なのか。まあそうか。先生だし、お前の育成は俺こそが担ってると思ってる」
「でしょ?」
ルシャはノーランに強い信頼を置いているため、彼がそれを認めてくれたことは喜ばしい。
「ブブレは順位に強い執着を持ってるみたいだから、プライドと実際の成績との対立に苦しまないようにしてやらんといかんな…」
「中位なんでしたっけ?そんなんがいじめとかバカだと思うんですけど」
「上位の奴は他人をいじめてる暇がないことを知っている。まあ、奴らはバカだったな」
「あいつらは毎日放課後に特訓しているらしいが、まあ、あまり芳しくはないな。ファンクラブになった奴らにはお前が教えてやればどうだ」
ノーランの提案だから乗りたかったが、好きでもない人に時間を割くのが嫌なのでやらないことにした。それよりも手芸に時間を使いたい。
「もうこの話は忘れます。次に私で遊ぶ人がいたら今日のようにはいかないかもしれませんけど、今日のことはもう終わり」
「そうだね。ルシャたそはスパッといくほうが良いと思う!」
気持ちの切り替えの早いルシャはその助けとするためにケーキを食べたのだから、帰っても明日になっても引きずるのはよくない。このようなことが2度と起こらないように祈ると、手芸へと気持ちを切り替えた。
多くの人とケーキに支えてもらって元気を取り戻したルシャは1ヶ月後に開かれるフリーマーケットのためにこれまで以上に力を入れて製作をしている。作品を収めた箱は1つではない。この数が彼女の熱意の表れである。
「こんなもんかな…」
眠くなってきたので風呂に入った。友人や先生は彼女が今日のことを思いだしてしまっているのではないかと心配しているかもしれないが、彼女は違うことを考えていた。
「…ノーラン先生の家ってどんなんだろう?遊びに行きたいな…」
できればルーシーに矯正される前のだらしないウェルシュ邸を見たい。今週のうちに彼の家に行くことはできるだろうか。相談すれば道が拓かれるので、明日になったら話す。
ルシャが初めて男子から告白された回です。告白されるってことは自分が誰かに認められたということなので悪い気がしなかったんでしょうね。今後ルシャは他の男子にも告白されるのか、ご期待ください