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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部・2年生編
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83・ヴァイドの信念 秩序のために

 ヴァンフィールド最北にあるノルジュ区と隣国エスト・リンデンとを隔てるヤラン山脈は”大陸の壁”と呼ばれるほどの高山だらけの地帯で、登山家や命知らずたちですら登頂に成功したことがない。大昔に著された書物からしか情報を得ることができず、その内容は伝説的な―過剰な表現を用いた―ものであることから、今に生きる国民のうち真実を知る者は誰1人としていないとされている。


 その最高峰ヤラン山の中腹、他の山と接している緩やかな地形のところに、古い祠がある。


 神という存在を漠然と捉えてなんとなく信仰したり心の拠り所、あるいは共通の教義としている国民の多いヴァンフィールドでは極めて珍しく、大地に宿って豊穣をもたらすという明確な役割を持つ神がまつられているのがこの祠で、言い伝えにも教科書にも出てこないため知る人は極めて少ない。


 夏の短い間しか晴れることがなく、それ以外の時期は常に雪を降らせているこの場所は、見つけ出すだけでも苦労する。それがフランであっても。

「…こんな場所に長く居られるほど人は強くありません」

「普通の人ならな。他の生命がみな凍り付いているようなこの場所で暮らすことは確かに難しい。しかし強い忍耐力を持ち、人間らしさを捨てたような人…狂信者は、信仰の力こそが生命を保つと考えている。長い間の断食も、娯楽のない暮らしも、信仰のためならば受け入れられる」

「宗教というものを深く考えたことはありません。曖昧でも問題がなかったからです」

「たいていのヴァンフィールド人がそうだろう。辛く苦しい時間を長く過ごす人は少なく、信仰者が集って教団を作るようなことがなかった。しかしそれは皆の知るヴァンフィールドであって、知らないところではとうの昔から続いていた」

 ヴァイドは不平等に苦しんだ過去を持つ。辛い生活の中で信仰によって自我を保つという考え方を知り、宗教について多くを学んだ。教団に属していたわけではないが、自分の理想のために滓宝を封じる行動は1種の宗教と捉えることができる。

「私は神を信じてはいないが、強い信念を持って行動していた。教団は託宣に従って行動している。ただ、本当に神がいるとは思えない」

「じゃあ託宣を理由に自分たちの目的を正当化しているということでもある…」

「そうだ。著しい不平等に苦しんだのは私だけではない。別の方法で不平等をなくすことは可能だ。教団は私とは違う方法を考えた」

「その方法というのが、ルシャを利用することというわけなの…?」

「魔王を殺す力を持つルシャであれば何でも破壊することができる。不平等の原因、理想を邪魔する者、かつて自分たちを苦しめた者…すべてだ」

「不平等なんてあって当然なのに…苦しんでいるのなら神ではなく行政に救いを求めればいいのに…歪んでしまったのね」

「苦しい生活は人の心を歪めてあらゆる理を誤解させる。教団は強い信仰心のためにそれを盲信してしまい、それ以外の考えを受け入れなくなってしまっている。私は何度も新しい国家を信じるよう訴えてきた。しかし彼らは彼らこそが教義となって新しい世界を創ることでしか目的を果たせないと断言した。垣間見ることすらしようとしないのなら最早あらゆる説得は無駄だ。私は信用するルシャを救うためだけに行動する」

 ヴァイドは教団と接触していた。苦しい経験を持つ者として理解を得られると信じてきたが、ヴァイドとルシャのように理想を共有することができなかった。

「理想は同じなのに方法こそが彼らの正義となっている。苦痛が復讐への欲を生んだのだ」

「…苦痛に耐えて生き続けたことへの報酬があってほしいけれど、悪を為すならそれを裁くのが国家の役目」

「強靱な者の集団ではない教壇がルシャを操っているということは彼らには間違いなく滓宝がある。その目が教えてくれるだろう」

「ええ。私はあなたの滓宝に1度やられている。滓宝があるというのなら、最大の警戒をして臨む」

「ここまで突き止めたのだ。ルシャを助け出すまでは力尽きるわけにはいかない」

 2人は教団への入り口となる洞穴へ入っていった。  

 



 侵入者を見た教徒たちが騒いで抗おうとする。しかし恵まれた魔法使いでもなければ滓宝持ちでもない一般教徒は強い信仰心をもってフランとヴァイドを退けることができない。2人も痛めつけるようなことはせず、弱い攻撃を薄い膜のような魔法で防ぎながらルシャの眠る場所へ進んだ。

「おそらくそれぞれの部屋に役割が与えられているのだろうが、数があまりにも多すぎる」

「この洞窟の中で植物を栽培して食べているようだな…」

 寒冷地でしか育たない植物はこのような寒い場所を好む。かなり奥の方まで進むと洞窟の天井に穴を開けて光を採る部屋もあった。

「かなり原始的な生活をしていると思っていた。完全に街との関わりを断ってはいないのか」

「そうみたいね。ここで鉄や陶器を作ることはできそうにないもの…しかし複雑ね。こんな山の中によくぞこんな広い施設を作ったものよ」

「あの地下と言いここと言い、膨大な時間をかけたのだろうな。これではルシャを見つけ出す前に我々が弱ってしまう」

 滓宝の力を利用してルシャのところへ近づくが、途中で滓宝が移動しているということが判明した。

「あちらが我々を認識できるわけだから、同じ場所に留まるはずがないか…」

 鬼ごっこをするつもりはない。敵がどこかで止まることを予想しながら追いかけていると、滓宝が止まった。

「おそらくはそこが最も戦いやすい、滓宝を使いやすい場所…」

「ルシャの魔力を奪っているのだとしたら、もうルシャの魔力はかなり消耗しているはず。急がないと」

 教徒は2人の行く手を塞げなかった。ついに最奥に辿り着くとフランは祭壇に横たわるルシャと2人の教徒を見つけた。

「ルシャ!」

「今に辿り着いたところでもう遅い…既に我が目的は決している」

「なんだと…?」

 ヴァイドは手遅れにはならないと思っていた。しかしルシャを利用した破壊活動は既に完了しているという。それを信じると心が揺れたまま戦うことになるので信じずに追い詰める。

「滓宝の力で抽出した魔力を高密度にしたルシャの魔力像が街を破壊し尽くした。何者にも止めることのできない圧倒的魔力による破壊が我々の理想を作るのだ」

「そんなことはない…!偽者のルシャに屈するヴァンフィールドではない!」

「魔王を殺した者とはいえ複数の滓宝の力には及ばない…それに、より勇者と魔王の魔力が混沌となって凝縮されたこの”カニラの指”と」

「この”グリーランの脈”には!」

 その2つの滓宝にはそれぞれ異なる能力があってその2つを使うことで偽ルシャに街を破壊させることができる。破壊を止めるためには滓宝を破壊しなければならないため、フランとヴァイドは真っ先にルシャから魔力を奪っているそれを狙った。

「そしてこの滓宝を守護するのもまた滓宝…”ディアブロの肌”」

 3つの滓宝を持つことで計画を完璧に遂行していた。ルシャを救い出すためにはまずディアブロの肌の能力を突破しなければならない。


 それは、フランにとって簡単なことではない。使える魔法は自分の魔力で叶えられるものに限られているため、滓宝を破壊できる魔法がなければルシャを救えない。

「フラン、ディアブロの肌は私に任せろ。あなたは奥の2つを破壊するんだ」

 ディアブロの肌には対象をあらゆる威力から守る能力がある。それでカニラの指とグリーランの脈を守っているのだろうが、その2つを先に破壊することができるかもしれない。1つを守るより3つを守るほうが遥かに難しいため、教徒は苦い顔をした。

「ルシャ!」

 フランの強い気持ちが魔法に乗って滓宝へと向かう。秩序を乱すそれを憎むヴァイドの魔法もディアブロの肌を脅かす。

「こいつら…この場所が崩れることを厭わず…」

 確かに2人の魔法はディアブロの肌がなければとうに壁を破壊している威力だ。怖れをなした教徒が弱い魔法で牽制しようとすると、逃げたはずの教徒がこの場所へ集まってきた。

「ち…」

 弱い魔法でも人体に当たればかなりの損傷を生むものだから防がねばならない。そのための魔法に集中を割いていては滓宝を破壊する超強力な魔法を作れない。そうして滓宝への挑戦を失敗に終わらるのが教団の狙いだ。

「数的不利…」

「フラン!奴らにもディアブロの肌が及んだ!」

「厄介な…!」

 細かい攻撃から身を守るために防御魔法を強いられるため、滓宝を攻撃できなくなってしまった。本来であれば一瞬で消し炭にできる相手は、ディアブロの肌によって守護されている。このままでは埒が明かない。ディアブロの肌さえ破壊できれば一気に押し切ることができるのに…

「私はこんなところで立ち止まるわけにはいかない!」

 気を吐いたのはヴァイドだ。彼はいま、封印されるべき滓宝によって劣勢に立たされている。力関係を著しく乱すことを証明されたことで、より一層の怒りが湧いている。いかなる方法を用いてもディアブロの肌を破壊する―強い気持ちが力を生んだ。ルシャに特徴的な『体力と魔力との不一致』は誰にでもある問題で、ヴァイドも例外ではない。魔力を引き出す体力さえあれば、これまで不可能と思っていた魔法すら発動できる。

「うおおおおおッ!」

 ヴァイドの魔力が無数の光となって教徒に降り注ぐ。それを防ぐディアブロの機能が少し揺らいだように見えた。

(いけるか…?)

 フランが光に魔力を重ねると、教徒が衝撃を受けて壁まで飛んだ。確かにディアブロの限界を超えた魔法があった。これを何度か繰り返せばディアブロ本体を破壊できるのだろう。しかし…

「ぐ…っ」

 視界が激しく揺らいだ。魔力の限界が近い証だ。極度の疲労が魔法のみならず身体の動きを制限している。教徒が反撃してくるのを防ぎきれる気がしない。もう少し大人数で挑むべきだったか―いや、ここで力尽きるのは大臣の矜恃が許さない。

「なにを弱気になっているのやら…」

「ふっ、目眩がしただけじゃないか。何を諦める必要があろう」

 全身に力を巡らせると、2本の足でしっかりと立つことができる。窮地にこそ発揮される負け嫌いが、ここで力尽きる運命を否定する。


 そしてその意気を助けるように、3人目が現れる。

「くたばれザコどもぉ!」

「ぐあああ!」

 何事かと思って教徒2人が注視した先に立っているのは、シャペシュの腕を黒く光らせる、あのルートだった。

「ジュタに帰ったと思ったら」

「まさか。師匠のピンチに引きこもっている弟子じゃありませんよ」

「滓宝…!」

 ヴァイドはルートの存在を知らない。滓宝を持つ少年を訝しんでいても少年は意に介さず前衛に躍り出てくる。

「あぁ、あんたがルシャの言ってた滓宝を封印するって人か。今はルシャを助けるってことで一致してんだよな」

 ヴァイドは1つ恩を感じなければならないと思った。押し寄せていた教徒を全滅させたのはこの少年だからだ。著しい力関係の乱れが彼を救った。

「負の方向に大きすぎれば正の方向に大きすぎるこの力でもって正す!」

 問題は滓宝の活用にある。ルートのように力関係の乱れを正すために用いるのであれば、それはヴァイドにとっての悪ではない。ルシャを救うために滓宝が必要なことはわかりきっているのだから、今はそれに頼る。

(滓宝による乱れを正すのもまた滓宝…滓宝とは、自浄作用を持つものだったのだ…今思えば、勇者と魔王という対極の魔力の混合したそれがその作用を持っていてもおかしくはなかった…!)

 人間の介入によってそれがこうも乱れてしまうとは。それを正すことこそ、不平等と戦う者の使命だ。滓宝がその自浄作用を乱されないように、安静に存在していられるようにすることこそ、ヴァイドに課せられた役割なのだ。彼は滓宝を破壊するのではなく、滓宝を守るために人を狙うことに決めた。

「キミは滓宝の力を抑えてくれ!」

「お、おう!」

「私が奴らを倒す!」

ルートくんはルシャとの因縁があったり聖剣を手に魔王に立ち向かったりと主人公補正が効いているのでこの程度じゃ怯えません。ルシャのこととなると目を血走らせて動き回ります。

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