8・魔族版特定強化対象者
2回目の探索に召集されたルシャは先生たちと合流して『やっぱりか』と思った。今日はメンバーが1人増えている。
「やあ」
結んでもらったためか、ノーランとルーシーは非常に好意的だ。ルシャは万全の守りを得た状態で旧校舎の地下に挑戦することになった。
第3層までは順調に怪我なく進んでこれまで攻略されなかった第4層に着いた。ここからは慎重になる必要がある。
部屋の四隅に台座があってその上に4つの色の石が置かれている。そして中央に石の置かれていない円形の台座がある。
「これ、四隅から石を真ん中に移動させると扉が開くってことですかね?」
「そうだと思う。けど組み合わせとか数が合ってないとダメだろうな」
これには苦労しそうだ。四隅の台座には石が5つずつ置かれている。4つの台座から置く数は0~5個の任意であるため、組み合わせはとんでもなく多い。これをすべて試すのは畳の目を数えるくらい面倒だ。ここで前回のプリムラの暴力が参考になる。
「おいルシャ、お前の魔法であの扉を破壊してくれ」
ノーランの指示でルシャが扉を破壊すると失笑するくらいあっさり破壊されたのだが、今回も奥のボスが怒り狂って襲いかかってきた。
「プリムラ先生の破壊が役に立つとは…」
「あはは…」
プリムラが苦笑したのは自分の失態がうまく活きたからではなく、目の前の強大な敵を起こしてしまったからだ。すかさず教頭とノーランが魔法を放つが、鎧のような甲殻を持つ魔族を破ることができない。
「硬いな」
「じゃあ燃やします」
ルシャが青い炎を放って鎧を溶かそうとした。魔族は纏わり付く炎を振りほどこうと暴れているが、ルシャはその勢いを強めて攻める。教頭が防御壁を出して熱の伝達を阻止すると、より狭くなった部屋の中で苦しむ魔族の鎧が溶けて水路に没した。防御の薄くなった肉質は攻撃するまでもなく灼炎に苦しんで力尽きた。防御壁を解いた教頭が氷魔法で部屋を冷ますと、第5層への道へ進んだ。
この時点で第3層までの敵を倒すために魔力を使った先生は消耗していて、この先へ進むことの危険性が増してきた。
「やっぱりここから始められるような仕組みが欲しいなぁ」
「この場所は魔族が作ったんですかね?」
プリムラがこの空間のおかしな点を述べた。魔族が住み着いているから魔族が開拓したと考えられてきたが、どう見ても魔族の造ったものとは思いがたい構造をしている。
「どう見ても人のものでしょう。だから人が移動を楽にする方法をどこかに仕組んでいると思うんですよ」
「なるほど。それは考えてなかった」
プリムラの意見により、この場所が人間によって造られたという説を信じて移動方法を探った。たとえば隠し通路とか、魔法とか。
「我々は昔のことをすべて知っているわけではありませんし、この学校のことだって知らないことはあります。新校舎に移ってから100年くらい経ちましたが、その間に誰かが密かに旧校舎にこんな場所を造っていたのでしょう。ここまで大規模なものを誰にも気付かれずに造るのは考えにくいですが…」
「この先に何か役立つものがあるかもしれませんね。多くの人が同じくらいの場所で移動が辛いと思うようになるでしょうから、この辺りにあるかと」
それに期待して第5層に入った。この層は謎解きではなく体力と筋力の試しどころになっている。ブロックが不規則に積まれていて、よじ登ったり飛び降りたりしないと進めないようになっている。しかし梯子などの道具はどこにもない。楽に攻略したいのならば持ち込むしかないが、ここ以外の層で邪魔になる。
「厄介な…!」
先生の中にも運動が得意ではない人がいる。大柄な教頭やノーランは簡単に移動できるが、小柄なプリムラやルシャは苦労している。
「ちょっとノーラン、あんた足場になりなさいよ」
ルーシーがノーランを四つん這いの踏み台にした。ノーランの背中に足跡がくっきりとついても彼は気にしていない。ルシャとプリムラはノーランと教頭の手を借りてなんとか乗り越え、15分ほどで突破した。
奥の広間に入ると、急に暗くなった。等間隔に置かれた燭台の火が部屋を明るくしているのだが、それが吹き消されずして闇に包まれた。警戒が強まる。
「ケッケッケ…!」
不気味な笑い声が響くと同時に、杖を持った人型の魔族が現れた。杖の先端には紫色に光る宝珠がはめ込まれていて、それがひときわ強く光ると彼の姿が複数に分かれた。
「こいつも分身使い…!」
しかし術者から離れた魔法は内的要因では動かない。そのため分身が自律して行動することはない。あくまでも欺瞞のためのものだ。
闇魔法は下位の魔法では倒しにくいため上位魔法の使用を強いられる。連発が難しいため、複数人で一気に倒すのがよい。ルシャはそのことを分かっていたため、先生と協力して分身を消した。
「ケッケッケ…!」
またもや不気味な笑い。彼は滑らかに空間を移動しながら魔弾を放ってくる。まるで闇に紛れるように姿を眩ますと、こちらから視認しづらくなる。ルシャは光魔法で闇を消した。暴かれた姿に魔法を当てると、魔族は悲鳴を上げて壁に叩き付けられた。しかしすぐに起き上がり、先程とは違う妖艶な笑い声を出した。
「ハァァァ…!」
人格が変わったような感じだ。それと同時に宝珠の色が桃色に変わり、再び分身が出た。この間に本物が攻撃することはない。敵に魔法を無駄撃ちさせるためだけに使っているのだから、自ら答えを明かしてはならない。先生はこれまででかなり消耗しているため、これ以上の分身を嫌って強力な魔法でとどめを刺そうとした。しかし先程よりもブラーのかかった動きで華麗に躱す。
「クソ、もうそろそろ尽きるぞ…」
「プリムラ!」
ルーシーが倒れかかったプリムラを支えた。教頭は奮闘しているが、表情から余裕が消えている。これはもしかすると負けるのではないか、そうルシャが思い始めたとき、彼女の暴虐が露わになった。背中から白い翼を生やすと、その羽根を連射して機関銃のように敵を襲った。捕捉されて撃ち抜かれた魔族はまた悲鳴を上げて別の人格に入れ替わったようだが、無限にも思える光魔法によって宝珠が砕かれると、揺らいでいた輪郭をはっきりさせた。あの杖が彼を強化していたのだ。
「強い…!」
「まったくバテてないし…なんなの、この子…」
光の魔弾に腹を貫かれた魔族は絶命し、壁から力なく床に滑り落ちた。杖を拾い上げたルシャはこれを持つことで自分が強化されるのではないかと思って砕けた宝珠をできる限り合わせた。
宝珠に触れた瞬間に修復が始まり、杖が元通りになった。輝きの色は白、ルシャの属性を示している。
「お前のものになったってことか…?」
「何か変化はある?」
「今のところは…」
新たな魔法というのは発想と魔力とによって実現される。たとえばここの攻略に都合の良い転移の魔法は、魔力さえ足りていれば発動する。魔力バカのルシャでさえ使えなかった転移魔法は、この杖に助けられて発動した。
「あ!」
全員が旧校舎の入り口に戻ってきたので、連絡役の主任が驚いて尻餅をついた。
「この杖はおそらく魔力の足しになるもの…破壊したときから魔族の揺らぎが消えたのは、それを維持しておく魔力がなくなったからでしょう」
「なるほど…それさえあればこれまでに使えなかった魔法すら使えるようになるってことか。便利なものを手に入れたな。これで第6層の入り口から始められる」
これは朗報だ。強さを増す敵に万全の状態で対峙できることは重大だ。動いてお腹の空いた一行はお馴染みの飲食店に入っていつものメニューを注文した。
チキンカレーには大量の鶏肉が入っていて食べ応え十分だ。成長途中のルシャにとっては非常にありがたい。彼女は杖を傍らに立てかけて教頭にこう言った。
「この杖、魔界では量産されてるような便利道具なんですかね?」
「ふむ…これまでの敵が持っていなかったのは、重いからという理由だけではなさそうだ。第5層になって漸く持つ者が現れたということは、それなりの実力者にのみ持つことが許可されているのかもしれん」
「そうですよね。私も幹部とか魔界の中でも偉いのが持つものだと思ってます。他にも似たようなものがあると考えて良さそうですか?」
「そうだな。このさきもっと下の層の強力な番人が持っているだろう。恐ろしい魔法を使えるように…」
ノーランとルーシーは王道のビーフカレーを分け合って食べていたが、自慢の生徒を褒めるためにも口を開いた。
「だからルシャがこれを奪い取ってくれたのは我々にとって非常に大きなことだ。これを持ったお前はまさに鬼に金棒…下層の敵も怖じ気づくほどだ」
「もはや無敵ということだ。その杖を破壊されない限りは」
「下層にこの素材があるってことですよね?奪い尽くせれば私たちメチャメチャ有利になるのでは?」
「その通りだ。転移できるようになったことだし、この調子で攻略を進めたい。この道具に関することも知れるだろう。また参加してくれ、ルシャ」
「はい!」
旧校舎の探索は教頭の主催であるため、協力者のルシャの食事は彼が奢る。彼女は腹いっぱいになるまで食べると、前回のようにお礼を言って帰宅した。
謎の杖を持ち帰ってきた娘に母は質問をした。
「旧校舎の地下にいた敵が持ってたのを奪った。魔力がとんでもなく増えるから、スゴい魔法を使えるみたいだよ」
「へぇ…何よりも他の人に利用されないようにしなきゃね」
「うん。だから常に私が持ってる。教頭先生の許可を得たから大丈夫」
「あんた、すごい事業に参加してるのね…」
敵が強くなるという予想を聞いた母はルシャにこれ以上の探索を控えるよう促したが、ルシャは乗った舟からは降りないと返して今後も続ける姿勢を強調した。
「手芸だけしてたいって言ってたあんたがすっかり魔法のことにのめり込んでいるのは良いと思うべきなのか悪いと思うべきなのか…」
「素敵な人の手伝いをしたいって思ったからやってるんだよ。杖は副産物みたいなもん。もちろん手芸は続けるよ」
「いろいろ抱え込んだらちゃんと相談するのよ?」
「うん。大丈夫。話せる人が増えてきたから」
ルシャは夕飯の時間まで7月のフリーマーケットに出すための雑貨を作り、寝る前は本を読んだ。趣味に割く時間もしっかり確保している。幸せな時間が減るかと思われたが、そんなことはないのだった。この経験から彼女は変化をもっと歓迎してもよいのだろうと思った。
月曜日の朝、ルシャの杖を見たミーナとリオンはどちらもそれについて尋ねてきた。ルシャが戦利品だと答えると、2人とも彼女の功績を称えて羨んだ。
「これ持って試験受けられたら1位になれるかな?」
「間違いないね。不公平だから絶対許可出ないだろうけど」
「そもそも誰かに渡すつもりはない」
「持っててもなくても絶対1位なんだからそれでいいよねー」
常に片手が塞がっているのは不便だが、魔族の大群に囲まれても突破できる力を持っているから絶対の安心がある。魔族ではなく痴漢やナンパでも簡単に撃退できる。
学校の近くを歩いていると、後ろから名前を呼ばれた。ルシャが振り返ると、ルートがいてこちらに指を向けていた。
「その杖…!」
「ん?」
「お前、それをどこで手に入れた!?」
やたら食いつくので訝しんだルシャが嘘を言ってみた。
「家の前に落ちてた」
「なんてことだ…」
ルシャはまともに話す気がないので、代わりにミーナが話す。
「この杖のこと知ってるの?」
「お前らは知らないのか!?”シャペシュの腕”を!」
「なにそれ?ってかみんな知ってるの?」
勉強熱心なミーナですら知らないのだからおそらく多くの生徒が知らないのだろうが、ルートは常識のように扱っている。
「前代勇者と魔王との戦いで失われた”滓宝”の1つだぞ!歴史でやっただろ!?」
動揺しているせいで普段の自信家のような喋りが崩れている。『しほう』という言葉を聞いたことのないルシャはミーナとリオンと顔を見合わせて勉強したかどうか確かめた。その結果、ルートは記憶違いを起こしていると判断した。
「まあいい、他の奴が持っているよりずっとマシだ。いいか、誰にも奪われるなよ」
そう言ってルートは学校へと駆けた。首を傾げっぱなしのミーナとリオンを戻したルシャは彼から距離をとって校門を抜け、机に杖を立てかけた。
1時間目は歴史だ。授業終わりに先生にシャペシュの腕について訊いてみたが、彼ですら知らないと答えた。ということはやはりルートが授業以外でそのことを知ったということだ。しかしルシャは彼に興味がないのでそれ以上は探らなかった。
国語、数学と続いて4時間目は魔法実技だ。勇者学校の特徴的な点は、この授業のために週にかなりの枠を設けていることだ。一般の学校にこの枠は1つもない。もしルシャがそちらに進んでいたのならば、かなり苦労しただろう。
「すごい人になる気もすごい職に就く気もなかったから高校には進まなかったけど、進んでたらメチャメチャ勿体ないってことになってたね」
「そうだぞ。転校しなきゃいけなくなってたからな!」
この学校は今のルシャには最適だ。彼女が最も得意とする教科が一番多いから、彼女は楽をできる。ここで彼女はこの先行われるイベントについての話を聞いた。
「11月に学校対抗の魔法実技大会っていうのがある。通常は3年生が出るんだが、優秀な生徒は2年でも1年でも選ばれる。出たい奴は今のうちに鍛えておけってことだ」
もちろん皆の目はルシャへ注がれる。彼女はもう既に出場が確定しているようなものだ。同学年の中で明らかに能力が突出しているし、3年生にも負けずに戦える。ルベンとの戦いでそれが証明されている。
「…しかもあれが本気じゃないときた。もはや学校代表でチームリーダーを任せたいくらいだ」
しかしルシャは責任を負うのを嫌って出場を辞退した。そこで先生は脅しをかけた。
「残念だがルシャ、お前には無理を言ってでも出てもらうことになる。何故ならお前は特定強化対象者だからだ。対抗戦には国のお偉いが見物に来る。学校の評判を上げれば補助金を多くもらえる。まあなんだ、大人の都合に巻き込んで悪いが、お前は不可欠なんだ」
「出ないとなればそのお偉いさんががっかりするんですね。しかも勝たなきゃ学校にたくさんの補助金が入らない…でもプレッシャーを感じた状態で出たくはありませんし、3年生に花を持たせるということでも、私は辞退したほうが良いと思います」
2つ目の理由で教師を説得できると思ったのだが、先生は保留にすると言って全員に対抗戦を意識させた。今年出場しなくても、3年の時に出るかもしれないし、優秀な生徒に出てほしいからだ。生徒たちはルシャ以外皆が勇者を目指しているので、出場することは大きなステップになる。的当てを達成した人が次の特訓を欲した。その中でアピールに成功したのはルートだった。
「やるじゃないか。身体を鍛えたんだな、ルート」
「ええ、この程度じゃ失望されると思って毎日特訓してますから…」
「いい姿勢だ。お前もいつか対抗戦に出るだろうな」
ルートは『いつか』という言葉に苛立った。今年のに出たくて仕方がないのに、まるで今年は出ないかのような言い方だったからだ。だからこそ出場できるのに辞退したルシャが憎い。
「あんたが私のフリをして出れば良いよ」
「チッ…」
嫌味を言うルシャをミーナが咎めたが、ルシャには余裕があった。彼女は一瞥した的を片手で放った魔法で木っ端微塵にすると、ルートにやってみるように顎で促した。ルートが同じように片手で魔法を放つと、的は雑に砕けた。
「できるならね」
「クソ、調子に乗りやがって…」
ルートは奥歯を噛んで特訓に励んだ。ルシャは慢心することなく違うメニューをこなし、魔法を使う感覚を身体に馴染ませた。2人の対立は激化の一途で、それが互いを高めていた。
ヘトヘトのルートが教室を出て行くのを見てから席を立ったルシャはいつものように研究室に入り、ラブラブカップルの向かいに座って質問をした。
「シャペシュの腕って知ってますか?」
「あー、なんだっけ、聞いたことあるような…」
先に反応したのはルーシーだった。彼女はノーランに言葉を求めたが、ノーランの方は完全に知らない様子だ。
「滓宝ってルートが言ってましたけど…」
「あ、それだ!勇者と魔王が戦うときに必ず生まれるもので、稀代の力を秘めているという話を幼い頃に聞いたんだ。祖父の時代に戦いがあったから…」
ルーシーが思い出した。彼女の祖父の時代にはそれに関する話題が盛んだったらしい。しかし幼かった彼女にすべてを理解することはできなかったという。
「ルートはメチャメチャ重大なことだってまるで当事者みたいに話してましたけど…あの人にとってはそんなに大事なものなんですかね?」
「入学前に家族のことも調べるが、滓宝に関する情報は聞いてないな…個人的な思い入れだろう。そういうロマンのあるものに興味を持つ人は多いだろう?」
尋常ならざる執着があるようだったのでその理由で納得するのは難しいが、ルートへの興味のなさを貫きたかったので無理矢理に納得した。
「ところで今日の内容は?」
ルシャがノーランに酵素説検証後の活動について訊くと、研究とは全く関係のない答えが返ってきた。
「ルーシーが実家での荷造りを終えて週末に俺の家に移るんだが、新生活を送るにあたって必要な物とか助言とかを貰いたい。何でもいい。思いついたことを教えてくれ」
家族と過ごすことと恋人と過ごすこととでは様々な違いがあるだろうから、ルシャはシミュレーションをしてみた。
荷ほどきを終えると、腹を空かした2人は洒落た飲食店に入った。初めて入るこの店の料理が、重い荷物を運んだことへの褒美となるよう期待して席につくと、見慣れない客へ特別なサービスが提供された。まるで日の出のような、明るい色をしたドリンクが2つ。味は初夏の柔らかな暑さにぴったりのマイルドなトロピカル……
そんなことはどうでもいい。細かな描写を飛ばしたルシャは、2人が帰ってきた後のことを想像した。ルーシーにとって余暇の過ごし方と言えば本を読むか買い物に出るかなのだが、折角2人なのだから外出に付き合ってもらおうと思った。しかしノーランは昼寝を始めたので、その意欲は消沈した。
目を開いたルシャは弁当を食べ終わって包みを結んだ2人に言った。
「インドアに過ごすにしても、2人でできることがあるといいですね。もちろん一緒に買い物に行くとか、遊ぶとかでもいいと思います。外にはいくらでも暇を潰す手段がありますからね!」
これまでに見てきたカップルから学べばよいというアドバイスをしておいた。以前ノーランが休日の殆どを寝て過ごすと言ったから、ルーシーを飽きさせないためにはそれを改める必要があるとも言っておいた。
「いっそ2人で一緒に寝るのもいいかもね」
「平日は疲れてるからな…休日にしっかり身体を休めたいのは同じだろう」
「なるほど?」
ルシャは元気のある若者なので衰えの始まっている30歳前後の気持ちはわからなかった。しかし役に立つアドバイスを貰った2人はルシャに感謝して他に意見があるか訊いた。
「うーん、習慣にこだわりがあるとか、家具の配置とか、細かいところですれ違いが起きるのはできるだけ避けたいですし、妥協できるところを見つけたいですね。うちでよくあるのは、私が家事をすぐにやりたくないときにお母さんがやれって言うことです。そういうところを許せるかどうかですね」
ルシャは手芸に夢中で家事を忘れることが多々あり、そのたびに母に怒られている。しかし彼女としては今日のうちに終わっていることが重要で、今すぐやらねばならない理由はないのだ。親子だからすぐに解決しているが、恋人関係では一方的に寛容になることが難しい。
「ルーシー、ここは譲れないっていうのはあるか?」
「いや、合理的であれば行動にケチをつけるつもりはない。明日着る服を洗ってないとか、面倒だからやらないというのは許さんが、明日になって服が乾いていれば過程はなんでもいい。あとは…できるだけ繊細にやってほしい。洗い物の時に水をバシャバシャ飛ばしたり、服を洗うときにゴシゴシ強く擦ったりするのはやめてほしい」
それはルシャも同意できることだ。彼女は大切な服を洗うときにはできる限り丁寧に洗う。もしノーランがこのことで助けを求めても彼の肩を持てそうにはない。
ルーシーはノーランの予想以上に繊細な人で、細かいところで多くの制約を課してきた。しかしこれは2人が仲良く過ごすための決まり事で、互いに守る必要のあることだから、ノーランは自分のこだわりも認めてもらうのを条件に容認した。
「まあでも謝ることが大事だから、自分に非があると思ったら素直になるのが一番ですよ」
「そうだな。謝れない性格ではないはずだ」
ルシャは衝突の傷を癒やし合うことでかえって仲が深まるのではないかとも考えた。仲直りのキスとか言われているのがそれだ。
今日は研究関係の活動がなかったので、ルシャは早めに帰ることができた。そのためにミーナとリオンとは一緒に帰れなかったが、1人でも安全な時間だったから問題なかった。
今後の進行になかなか重要なシャペシュの腕という滓宝が登場します。これでルシャがすごいルシャにランクアップしたので今後も大活躍します。