73・ルヴァンジュカップ
ここで憤慨するのは、称えられた者として相応しい態度だろうか。
ルシャは考えねばならなかった―自分の名を冠した大会が、自分の生まれたこのジュタでいつの間にか開催されると決まったことについて、名誉と思うか利用されたと思うか。「ここの市長には振り回されてばかりな気がする。思えばあの人が私を特強にしなければ…」
「まあでも特強だから勇者学校に入学したわけだし、今となっちゃ1対1じゃね?」
「まあ…あんたらと会えてよかったとは心の底から思ってるけどさぁ」
「じゃあいいことにプラス1されてよかったと思うこともできるし、マイナス1されたのならいつかプラス1が起きると思うことができるよ」
ポジティブなことを言ってルシャの不機嫌を解消しようとしたミーナのアイディアをリオンが評価した。スポーツ好きのリオンがスポーツに関連することで自分の名前を使ってもらえることは最大の栄誉だとして羨んだのでルシャはルヴァンジュカップからレスティアカップに改めることを運営に提案しようとしたが、リオンはこれといって国の存亡に関わる活躍をしていない。
「まあ今日のところはうるさくしないでおく。楽しく観戦することが今日の目的なのだから」
今日のダテトリオは揃ってサッカー観戦に来ている。ヴァンフィールドで最も人気のあるスポーツに選手であれ観客であれ運営であれ参加する人はどの街にも多くいて、国民全員の楽しめる興行として政府は推進している。古くから親しまれてきたサッカーにはリーグ戦がいくつかあって区対抗のリーグ戦は1試合平均観客数3万人という大人気ぶりだ(参考:2018~19年のJ1浦和レッズのホームゲーム観客動員数の平均が約3万5千人)。十分な時間をとって予約することの推奨されている新設カップ戦のチケットを運良く購入できた3人は特級席と呼ばれる最もピッチに近い席をとって気分が高揚している。ちなみに名前を貸したのにVIP席に招待されなかったことについては気にしていない。
ルシャとミーナはサッカーにあまり詳しくないし選手ほど上手なプレーはできないのだが、それ故に他人のことをすごいと思えるため、そのすごいプレーを見に来ている。上手なリオンは戦術の妙や自分を驚かせるプレーに期待している。
「しかしこの特級席は幅広でいいですなぁ」
「こうしてドリンクとお菓子を置いても両腕の邪魔にならない。しかもピッチが近くて臨場感があるねぇ」
「それよりこの競技場、こうして中に入ってみるとすごくでけぇな」
このジュタ・パークの建設にもキルシュ・グループが携わっているとか。全方位を壁に塞がれるとまるで巨大な生き物の口の中にいるようだ。それゆえ一体感が生まれるのかもしれないと勝手な考察を立てておく。
ポテチが空になったので新しいのを売店で買って戻ってくるとピッチの端のほうで並んでいる人たちが楽器を演奏し始めた。試合開始を待つ人々を楽しませるためにささやかな調べを奏でようというのだと思っていると、思いのほか情熱的な曲だったので気分を盛り上げるためのものだと知った。
「そろそろ選手が入場するね」
演奏が止まって演奏隊が退くと代わりにユニフォーム姿の選手が出てきた。それと同時に一斉に拍手が起きてダテトリオも手を叩いた。
「すげぇな音」
「こんだけ人がいればね…いやぁ、子供の頃にパパ様に連れられて来たことあるけどこうして数年ぶりに見てもすごいなぁ」
子供心にも大人心にも感動できるものを生み出すのがエンターテイナーの仕事だ。ミーナは興奮のあまり涙を見せて選手達の礼に応えた。
「小柄な人もいるね」
「うん。足許とか強いのかな」
「私なんて吹っ飛ばされそうな体格してるよ」
「ラークより高いってなかなかいないよね。さすが代表?」
「滅多にいないな。あいつが異常ってか最高だと思ってた」
ジュタ区の統計によると15歳男子の平均身長は161cmと都市部に比べると低い。故に183cmのラークは極めて珍しいのだが、ピッチに並ぶ選手を見ているとさほど珍しくないという勘違いを起こしそうになる。
「キーパーの人2mくらいあるんじゃね?」
「すげぇ、頭3個分違う」
「どっちも人間なんだよな。どうしてこうも差がつくのか」
ルシャは強い人が好みなので筋骨隆々の背の高い選手たちには他の人とは違う目を向けている。彼らが握手を交わしてピッチへ散ってゆくと、審判が笛を吹いて試合を始めた。大歓声がスタジアムを満たしてその迫力に思わず縮んだ。
「これ耳が悪くなりそうだね」
「まあ特級席は熱心なファンが集まってるから騒ぐよ」
「じゃあ軽い気持ちで見に来る人は一般席でいいかもね」
失敗だったとは言いたくないのでこの場所だからこそ楽しめるものを探す。やはりピッチに近いということが最大の特徴なので選手が間近に来ることを祈る。
双方熟練の選手の集まりなので非常にレベルの高いサッカーをしているのだが、どこがどう上手なのかはリオンにしか分からなかった。ルシャとミーナは足が速いだとかボールを遠くへ蹴るのがすごいとか戦術とは全く関係のないことで褒めて目立つ選手に注目した。
「小柄な人めっちゃ足速い。徒競走1位だっただろうなぁ」
「あれはすごいね。私も抜き去られそう」
「守る人大変じゃん。あぁほらまた」
ピンチをチャンスに変えるプレーを応援したいルシャは守備側の失点の予感に悲鳴をあげたが、隣のリオンは平気そうだった。ピンチなのに声を出さないリオンを責めて肩を揺さぶると、リオンは指を前へ向けた。
「焦るな。オフサイドだ」
指の遥か先では副審が旗を思い切り掲げたあと斜め下へ向けた。これは副審に近いところでオフサイドがあったということを示している。リオンはあれが明確なオフサイドだったので落ち着いていたのだ。
「あぁ、なんかそういうルールがあるのか…」
オフサイドは聞いても分からないルールとして有名で、図解をせずに説明するのが難しい。
「簡単に言えば待ち伏せ禁止。相手の守備をすっ飛ばした位置でパス貰えたらキーパーだけだから楽に点獲れちゃうでしょ?」
「あぁ、そういう…でもさ、守備がめっちゃ走って守ればよくない?」
「たいてい追いつかないよ。あの小柄な人と守備の人がよーいドンで走ったら小柄な人が勝つでしょ?」
「そうだね。だから待ち伏せちゃダメなのか」
パスの出し手からボールが離れた後なら待ち伏せてもよいので時間差を利用したオフサイド回避がよく行われる。
「まあゴール前にベタ付けして触るだけでゴールなんて面白くないもんな」
「そういうことよ。フィールドが広いんだからすっ飛ばしはダメよ」
「なるほどなぁ」
おそらく明日には忘れている。それがダテトリオ、それがオフサイド。
戦力が均衡しているのか相性の問題なのか、前半は一進一退の攻防が続いて追加タイムに入った。点が入らないのは面白くないと言う人がいるが、テクニカルな見方をしていれば面白いと言える。リオンは互いに攻撃をどう守っているのかに注目していて、スペースの潰し方が参考になるとよく分からないことを言った。
「やっぱりピッチに立って考えるのとこうして観戦するのとでは違うね。ただもっと高い位置だったら分かりやすかった」
「次は一般席にしようか。あるいはルシャの権力でVIP席にしよう」
「まあ1回くらいは名前を貸したお礼として欲しいもんだね」
前半が終わってハーフタイムに入った。試合を1分も逃したくない人はこの間にトイレや売店に行く。ジュタと相手の熱狂的なファンのいる今日のような試合の会場はこの時間に最も混む。
「しまった、競技場に行くときはおむつしていくと決めたのに忘れてしまった!」
「ルシャたそ漏らしちゃう?」
「漏らすくらいなら私は公衆トイレまで飛ぶぞオラ」
ルシャは飛んでスタジアムを出た。どうやら並ぶ余裕のないくらい漏れそうだったようだ。
「…ミーナは平気そうだね」
「…してるからね」
後半開始までにルシャは戻ってきた。体力を少し回復した選手たちは前半に掴んだ感覚を維持したまま打開策を探るべく新たな方法を試した。前半には見せなかったやり方を思い切って実行すると、少しずつ相手に綻びが生じてジュタ代表はチャンスを作れるようになってきた。どうやらサイドではなく中央が弱点で、鋭いパスで最前線まで繋げればシュートまでいけるようだ。
「おぉ惜しい…」
力強いシュートが惜しくも枠を外れた。徐々に押し込んで攻勢を続けられているので近いうちに点が生まれるだろう。ファンも期待して声を大きくしている。得点の予感は素人にも分かるもので、ルシャとミーナも選手がゴール前に迫ると腰を浮かせた。
「おぉぉ…」
「惜しいところで防がれちゃうね。ディフェンス?がいいのか?」
「そうだね、気合入ってるね。あっちは今は耐えるときで、うちらがバテてきたら攻勢に出るのかな」
リオンはどんな状況でも解説ができるほど詳しい。簡単な表現を意識的に使っているので2人は首を傾げずに頷ける。
しばらく惜しいプレーが続いていたが、リオンの予想通り攻撃に力を使っていたジュタ代表に疲れの色が見えてきた。攻撃の速度が鈍ると守備が堅固になるためシュートまで持ち込めてもゴールへと向かわない。自棄気味のシュートがゴールの上を抜けて観客席へと飛んで行くのを見たルシャは思っていたことを叫んだ。柄にもなく大声で。
「もうちょっと!やりきって!」
「おぉ監督」
「これ聞いてる人いたら奮起するだろうな」
あのルシャに応援されて頑張らないわけにはいかない。何故なら、ルシャはいつも頑張っているからだ。特級席に近いことが幸いしたのか、最も近い場所にいた選手がこちらを向いた。ルシャはひときわ大きく目を開いて両拳を胸の前に上げた。
「いけるよ!」
「!」
選手が反応したように見えた。全身に汗をかいてすぐにでも休みたいほど疲れているのに頑張れと言われれば、それは無理難題だと嘆くこともあろう。しかし選手はいかなる時も頑張らなければならない。ルシャという魔法で人々を驚かせる人に学べば、自分の力を最大に発揮することこそ頑張ることだとわかる。彼の目に火が点いた。
後半40分、残すは5分と追加タイム。ここで得点すれば相手がこれまで維持してきた士気を挫くことができるかもしれない。最高のタイミングで点を得るために選手たちは最後の力を振り絞った。これまでより美しいサッカーをダテトリオは立ったまま応援した。
相手の攻撃を凌いだ後のカウンター、真ん中で待機していた攻撃陣へボールが渡ると一斉に選手が駆けた。相手選手は急いで戻るも、勢いを止められそうにない。この展開がどう終結するかはキーパーに委ねられた。1対1、攻撃側は躱す動きに入った。しかしキーパーが読む。スライディングでボールを遠ざけた。しかし奪い取るには至らず、サイドラインを超えると思われた。そこへ―
「あの人だ!」
ルシャの応援を受け取った選手が凄まじい勢いでライン際を走って出そうになっていたボールを死に物狂いで前へ蹴った。誰もが絶句して応援の声が止んだ。
「…!」
カーブのかかったボールが美しい軌跡を描いてゴールへと向かう。キーパーが必死に戻る。しかしボールはゴール前でバウンドして、ゴールネットへ吸い込まれた。40mほどの長距離シュートが決まったのだ。ジュタのファンは立ち上がって狂喜乱舞、ダテトリオも抱き合って喜んだ。
「うおおおお!」
「すげぇぇぇ」
「あれ入るもんなんだねぇ!」
スーパーゴールで先制したジュタはその後守備一辺倒で相手の猛攻を凌いで試合終了を迎えた。手に汗握る攻防、そして超ゴラッソ、選手の意地。サッカーの美しい部分をいくつか見せたこの試合の観客数はスタジアムの収容人数の98%を超えた歴史的な記録となった。
試合が終わるとまだあの熱狂の中にいたい気がして寂しくなった。観客が帰って行くのを見続けることなくその波に乗ってスタジアムを後にした3人は勝利したジュタ代表の次の試合も見ると誓って解散した。ルシャは運営として携わるエアレースもこのくらい盛り上がる協議になればよいと思ったので、どうすればそうなるか考えた。
(やっぱり選手の頑張りとかだよなぁ)
頑張っている人を応援したくなる心理こそ盛り上がりに不可欠だ。ただ飛んでいると思われたら盛り上がらないため、選手の頑張りが際立つような展開を想像した。それは最下位の選手が奮起して追い上げる展開で、この前のレースにはなかったものだと気付いた。(まだ競技人口が少ないのも理由かな…勇者学校でリーグ戦とか始まったらもっと増えるのかな。競技を始めるきっかけを作ってあげないと。お母さんに相談してみよう)
ルシャは手紙を書いて行政から訴えられないか考えてもらうことにした。
後日、返信が来た。フランは元気にしているようでルシャは安心したのだが、肝心のエアレースに関しては、こう書いてあった。
「あんたが参加すれば盛り上がるんじゃないかしら」
年内最後の投稿です。来年も投稿します。よろしゅう




