72・ルヴァンジュダンジョン2
校長の頼みで旧校舎地下遺跡の安全性の調査を行ったルシャたちはキルシュ・グループ傘下の建設会社の協力を得て私物化とも言える改装を実施した。いくら調査に携わったからといってメルヘンチックな部屋にしたのは怒られるだろうという懸念があったが、校長の構想にある『有効利用』に適っていることから定期的な介入を条件に利用を許可された。
「校長もああいうの好きなのかもしれないね?」
「いやぁ、そりゃないでしょ。若者が楽しんでいるのを邪魔したくないんだよ」
校長が萌えに興味を持っているという話はいまのところ聞いていないが、ミーナはルーシーやプリムラといった女性教師のコスプレ姿を見れば校長ですらこの場所を肯定するに違いないと確信している。
「ほら、返信も受け取ったし。つまり2人は来るってことだ」
手書きの返信の内容はどちらも参加するという旨を示していた。恥ずかしい格好をさせられることを知りながら敢えて参加するのは、2人にコスプレへの興味があるからだろう。「ルーシー先生はノーラン先生をアレするために参加するつもりなんだろうが、彼には招待を送ってないぞ」
「男子禁制だからね」
それが初耳なのはさておき、ルーシーがノーランにこのことを話しているかで彼の参加不参加が決まる。おそらく話しているだろうから彼も来ると予想しておく。
「プリムラ先生がノーラン先生に可愛い服を見せるのはいいのか?」
「いいんじゃね?『恥ずかしいです~』って言いながらもなんだかんだ見せてくれるよ」
「いいねぇ。まあ本気で嫌がらないのなら勧めるか」
参加者に問題はなさそうなのであの部屋に用意しておくべきものを確認する。服は主にミーナが運んで10着以上が置いてある。彼女の父の顔の広さを活かしてあらゆる店から買ってきたとのことで、このイベントが終わったらダテトリオが好きに持ち出して良いことになっている。
「芳香剤も家具のカバーもある。あとは紅茶とか軽食とかかな?」
「食事もするの?」
「していいんじゃね?長居する気がないならしなくていいけど」
「いちおうトイレも作ってもらったよ。水道がアレだからちょっと離れたところに汲み取り式のやつをね」
「それ誰が受け皿交換するの?」
「うーむ…」
ミーナが腕を組んだので3人はトイレが水洗式になるまで利用しないことにした。あの部屋の唯一の課題が水道だ。それを解決するには長い時間がかかる。
「じゃあまあ短い時間で済ませるってことで。我々長い間太陽光に当たらないとダメになっちゃうからね…」
光あふれる世界で育ったダテトリオには暗闇は似合わない。電灯は太陽にはなれない。3人が住むことはできないが、住人に好き放題にされないように管理はしっかりしなければならない。
開催の日、ダテトリオは旧校舎の入り口で客を待っていた。まずプリムラが来た。
「この地下に手紙にあるような空間があるとは思えませんねぇ…」
それ故にその空間のことをすぐに認識できるだろう。不安より期待の大きそうな私服プリムラは探索時にここで待機する先生のために置かれたベンチでルーシーを待った。
「おい、プリムラ先生は乗り気なのか?」
「みたいだな。休日にそういうことをしているという話は聞かないが…」
ダテトリオは密集してプリムラの反応に惑った。彼女はこちら側の人間かもしれない。そうなると何か困るかというと、そうではないのだが…
「早いな」
「やる気に満ちている…集合5分前だぞ」
あの2人も来たのでルシャが客人を招いた。
「ルヴァンジュダンジョンへようこそ…」
どうやらこの施設の名前はそのように定まったようだ。ダテトリオが好き放題に改造した部屋に到着すると3人は絶句した。
「地下に似合わない空間がある…」
「明らかに異質ですね。かつて魔族が棲んでいたとは思えません」
「ではまず鞄をそちらへ…あぁ、ノーラン先生はこのソファへどうぞ」
ルーシーとプリムラが鞄を置いてミーナの案内に従った。カーテンの向こうはとびきりの『かわいい』を詰め込んだ更衣室で、2人の先生はフリルやレースがこれでもかと言わんばかりについた服を手に取った。
「うぉ…これ胸が見えないか?」
「私が着たら布が余りそうですねぇ」
ルーシーは伸縮性のあるチューブトップのような形状の布にコルセット、その下にプリーツスカートと一体化しているセクシーな服をプリムラに見せた。彼女は隙間から胸が見えてしまうためそれを却下して好みをミーナに伝えた。
「露出は少なくていいです。リボンとかが可愛いのがいいですね」
「分かりました。ではこういうのはどうです?」
チョーカーや胸元、腰のあたりにリボンのついたゴスロリ服をプリムラに渡すと彼女はそれに着替えた。
「…プリムラ先生、意外と大人っぽいの着けるんですね」
「大人ですから」
「そっかぁ」
ミーナとプリムラは小柄ということで共通しているが、決定的に違うのが子供と大人ということだ。プリムラは幼さを抑えた下着を選ぶことをミーナは知った。
「まあここでしか見せないのだから下着のことはいいでしょう。私が感想を言いたかっただけです」
「お前はあの2人にもそういうことを言うのか?」
「ええ。一緒に買いに行くことだってありますからね。そもそも裸見まくってるし」
「さすがダテトリオ…ところで私にはどういうものが似合うだろうか」
ルーシーが決めかねているとミーナはノーランの好きそうなものを探した。
「あぁこれパッド入ってるからいけるな…」
「パッド?」
「これでいきましょう。先生黒が好きでしょ?敢えていつもと違う色ですよ」
「あぁ、なんかおかしくなる…っ」
鏡を見たルーシーはポップでキュートな自分を見て頭を抱えた。クールビューティーという自分の性質が見事に消えていた。
「じゃあそれで一旦出ましょうか」
プリムラは率先して出て行ったがルーシーが躊躇ったのでミーナが背中を押した。待っていた3人はメルヘンな2人を見て思わず立ち上がった。
「うぉ…」
「すっげぇな。オイ、見ろって」
「目をかっ開いて見てるわ」
ポーズをとったプリムラがやはり乗り気だったということと、ルーシーが胸をさらに盛っていることとが3人に驚きと喜びを与えた。プリムラはアイドルのように近づいてファンサービスを始めたが、ルーシーはやはり恥ずかしがってミーナに隠れようとしている。「招待を受けたのは興味からですか?」
「いや、あいつがどうしてもと言うから…!」
指を向けられたノーランがヘラヘラ笑ってミーナからカメラを受け取った。
「…これ、どうやって使うんだ?暗いんだが」
「見るトコそこじゃないっす」
「あぁ見えた。いやぁすごいなぁ…」
「おいお前どこを見ている」
ルーシーが胸を両手で隠すのでノーランたちはさらに興奮した。その流れに乗じたプリムラが着替えないまま主催サイドに回ったのでルーシーは完全に標的として見られてしまった。
「ルーシー先生、可愛い系もいけるんですね…ずるいなぁ」
「いや私はこれを普段着にするのはさすがに…」
「でもほら、リボンのついたワンピースとか、黒だけどドレスっぽいやつとか、ちょっとだけでも可愛いを取り入れることってできるでしょう?」
「まあ、私が着て違和感がなければいいけど…」
そう言ったのは悪い気がしていないからだ。少しずつ肌触りに慣れてきた頃、ルーシーは内なる興奮の冷めないうちに別の服を着たいとミーナに言った。
「フフフ、これぞルヴァンジュダンジョン…最初こそ少なからず抵抗があったのに、今じゃすっかり乗り気になってる…そういう魔窟なのですよ、ここは…」
「なぁミーナ」
「はい?」
「…吹っ切れたほうがいいかな」
ルーシーが興奮していることを認めてミーナに相談したところ、ミーナは肯定して新たな服を渡した。今度は胸の露出は控えめな代わりに脚をよく見せるものだ。ルーシーは裾を気にしながらソックスを穿いてカーテンを開けた。
「おっ」
「あぁいいっすねぇ」
やはり2人は興奮して頭を縦に振っている。プリムラも拍手してルーシーを褒め称える。一方でノーランは脚を組んで黙っている。
「どうしました?」
「ん、ちょっとね」
「あぁ、そういうことか…」
無用な質問をしたと悔いたリオンがプリムラに2着目を勧めると、プリムラはダテトリオのも見たいと言って更衣室へ連行した。そのためルーシーはノーランと2人になった。
ルシャが独自に仕入れた芳香剤も手伝ってピンクな雰囲気になってきたのをマズいと思った2人は自制を利かせてよりよい提案を一緒に考えた。
「…あぁ、そうしよう」
「そう言っておけば持ち出させてくれるだろう」
合意した2人は出てきた4人の評価をしてからこう申し出た。
「俺らは明日の仕事に備えてそろそろ帰る。この服ってミーナの所有か?」
「そうですね。ダテの共有ってことになってますけど、買ったのは私です」
「いくつか気に入ったのがあったから家で着てみたいんだが、私が持ち出してもいいだろうか」
はじめは嫌がっているようにも見えたルーシーが家でもコスプレを楽しみたいというのでダテトリオは歓迎して持ち出しを許可した。誰もがノーランの本音に気付いていない中、リオンがフィルムをノーランに、ルシャが服をルーシーに渡した。
「いやぁ、かなり癒やされました。先生を呼んでよかった」
「たまにはこうして躊躇なく自分を解放するのもいいですねぇ。なんというか、鬱憤がすっかり晴れたような気がします。また来ようかな」
プリムラにはかなり好評だったようで彼女はここに自作の服を持ち込むと決めた。他の先生にも勧めてくれるということなので、普段は厳格なあの先生のフリフリドレス姿も見られるかもしれないと思ったダテトリオは歓喜した。
洗濯のために服をまとめて鞄に入れたミーナはルーシーやプリムラに喜んでもらえたことでこの場所を整備するよう頼んでよかったと振り返った。彼女は彼女自身の力だけでは大したことができないと理解しているため、帰ったら父に報告しがてら感謝の言葉を述べるとした。
「アイラ先輩にも暇な日に参加してもらって日頃の鬱憤を解消してもらいたいねぇ」
「だね。それとリーシャさんには服を作ってもらって、もっとフリフリでもう頭がおかしくなるくらいのを着よう」
ノーランの教え子というのではなく可愛い女の子にいろんな服を着せたいという理由からリーシャは快諾してくれるだろう。ノーランに彼女の仕事のことを詳しく聞いてからアポを取ってもらう。
「私たちの周りには可愛い大人の女性が多いということだね」
「そうだねぇ。私たちも大人になっても可愛くいられるという希望を持たせてくれるねぇ」
「いやぁたぶんスキンケアとかめっちゃしてるしちゃんと夜更かししないで寝てるんだよ」
それはダテトリオが今していることを継続すれば叶うであろう。大人になって忙しくなっても可愛くいることを諦めないようにしようという決意を固めた。
ミーナの家で洗濯を手伝うルシャとリオンは作業をしているうちにあることを閃いた。「男子にもそういう…カッコいい服ってないのかな」
ダテトリオにはすっかり男性の知り合いが増えたので彼らにも楽しんでもらえないか考えたのだ。ルシャはそのことを相談するならラークがよいとして休み明けに彼に相談することにした。
「あいつらは恥ずかしい思いしてないからな。たまには私たちで好き放題に弄ってやろう」
好奇心、あるいは悪意の接近に彼らは気付いているだろうか。おそらく、ないだろう。
ちょっと詳しく解説しておくとプリムラ先生はミーナと似たようなゆるふわな感じの先生で身長もルシャよりやや高いくらいです。大人になるといろいろとあるようで子供のやることをやってみたくなるようです。大人として振る舞うところもありながら子供の頃に戻りたいという潜在的な欲求を持っているマージナルマン的な感じの人です。年齢はたしか公表されていませんが20代前半です。




