68・やっぱり目立つ女
先生たちが高級料理店で食事会を開くということなのであの2人は来ない。今回はダテトリオと振り回され系男子3人が集まった。
会場はもちろんミーナの家。ここ以外に巨大冷凍冷蔵庫を保有する家がないからだ。今日は何をその中に仕込んでいるのだろうと期待が膨らむ。
ルシャの服に対するコメントは今のところない。彼女は明らかにオーバーサイズのTシャツと箪笥の中で眠っていたロングデニムパンツを着ている。男女どちらでも着られる無難コーデなのがノーコメントの理由だろうか。少しモヤモヤしている間にも今日のメニューが話し合われている。
「ルシャ、苦手な食べ物ってある?」
「ん?なんでもいいよ」
ボーッとしていたところに声をかけられたので生返事になってしまった。男子は真面目にメニューを考えてバランスのよい食事になるようにしている。
「野菜でしょ、肉でしょ、魚でしょ…」
「あとは?」
「お前ら肉欲しい?それとも野菜多めがいい?」
男子は揃って肉を増やしたいと思っている。しかし女子の繊細な事情を聞かずして決めると後で怒られそうだというのも一致していたので賛成してくれることを願いながら尋ねた。
「私は肉」
「マジか私野菜だわ」
「じゃあどっちも増やそう。金はあるんだ」
ミーナは将来キルシュ・グループの外部アドバイザーとして活躍するための勉強をしている。その報酬として小遣いが増えていた。
「まあ3人もいれば持ちきれるだろ。惜しまず作ろうぜ」
「そうだな。作る量が多くなるだけだから問題ない」
「厨房が広くてよかったね。じゃあ買い物行こっか」
ロディがメモをポケットに入れてミーナから財布とバッグを受け取った。
「足りると思うけど足りなかったら後で払うから一応お前らの財布も持ってって」
「オッケー、別に高いの買わなくてもいいんでしょ?」
「貴族じゃないからな」
3人が仲良く出て行ったのを見たダテトリオは本人の前では言いにくいことをここぞとばかりに言い始めた。
「みんな似たような服装だったな」
「あんまり詳しくないんでしょ。ってかあれが安定じゃね?」
「そうだなぁ…ってか私の今日の服どうよ!?」
強めに迫ると2人は遠慮がちに同じ意見を述べた。
「似合わない?」
「いや似合わないワケじゃないんだろうけど、いつもと違うから違和感があるんだよ」
「でも胸目立たなくていいんじゃね?奴らも今日はあんまり見てなかったよ」
「なんだろ、よかったはずなんだけどなんか満たされてない気がする」
ガッカリされたわけではないが、反応がなかったことに不満を持っている。気にしないつもりであっても、野郎共の興奮を感じられないと物足りない。
「それって本当は見られたいってこと?」
「それはなんか誤解を招きそうな…」
誰かを悪戯に弄ぶことが好きになっていることが胸を見せて惑わせる行為を是としているのかもしれない。男子が頻りに胸を見てドキドキしているのを見ると興奮してくるのは事実で、この服はその欲求を打ち消そうとする理性のせいだ。その理性はなければならないもので、この服もおそらく必要なのだろう。
「奴らにはドキドキしてほしいんだろうな、私は」
「好きになっちゃってんじゃないか」
「かもしれない」
「独り暮らしで欲求不満になってんじゃないの?」
「それはたぶんある」
これ以上は恥ずかしいので言わないが、ルシャは今日のような日はいつもの自分のほうが気が楽だとして着替えてきた。戻ってきた男たちは驚きより喜びを多めにしていた。ルシャも彼らのドキドキに満足して元通りになった。
(奴らのことバカにできないなぁ…)
歯止めが利かなくなって露出狂になる前に孤独をかき消す策が欲しい。
服のことを気にすることがなくなったので男子3人が料理をしているのを冷やかす余裕が生まれた。
「怪我だけはマジでしないでくれよ?」
一瞬で元通りにする魔法は今のところない。治癒魔法というのは細胞レベルの繊細な魔力の注入が必要であるため、最高の魔法使いにも使えない。応急処置をしても痛みはすぐにはひかない。
「あれから僕はだいぶ練習をして、今ではすっかり台所担当だよ」
「ほう、弟妹に満足してもらえるものはできたのかい」
ロディは未熟を認めながらそれをそのままにはしておかない向上心をもってあらゆることの研鑽を続けてきた。勉強でもスポーツでも、そして料理でも言えることだ。ルシャが背伸びをして覗き込んだ作業台、まな板の上の具材は殆ど均一に乱切りされている。
「伸びしろをちゃんと埋めてくるなぁ…」
「みんな僕以上に伸びてて、僕だけ遅れるのは嫌だったんだよ」
この徒党に属していることに誇りを感じているロディは所属しているが故に他のメンバーと比較されることが頻繁にあると予想して底上げを実施していた。
「ダテ…と、3人組?僕ら6人ってなんていうの?」
「ダテ…野郎?ダテ野郎だ!」
「それ単に僕らが伊達ってことじゃないか!なんで貶すのさ!?」
「というかそっち3人の要素あるか?」
「俺らがダテって貶されただけじゃんか」
ルシャのセンスは時々意味不明だ。しかし他に何か脳天に刺さるような名称を思いつかなかったので、暫定的にそうしておくことになった。
「ダテ野郎の底をぐっと押し上げて、全員ヤバいですって紹介をしたいんだよ。脚を引っ張る役なんていうのは必要ないからね」
「そりゃ確かだ。まあお前は既にある分野では底じゃないという認識だが」
彼のサッカーを1度でも見れば底辺だとか瓶底だとか罵声を浴びせることはできなくなる。ちなみにロディはメガネをかけていない。
「総合力に秀でていることが僕の理想なんだ。あらゆることで2人の手本になりたい」
「おぉ…弟妹見てるか、お兄ちゃん頑張ってるよ」
「お前は誰なんだよ」
ルシャは時に誰か分からなくなる。やはり謎多きダテトリオだ。
ダテトリオがちょっかいを出しているうちに主にルートとラークが喋りながら料理をしていて、早々に数品が完成していた。
「はえぇな」
「これは切って炒めただけだからな。味見するか?」
「もらう」
小皿に盛られた野菜炒めをテーブルに置いて1口食べたルシャは味付けの濃さに苦言を呈しながらも柔らかさに関しては絶賛した。
「このくらいの歯ごたえがいちばんいい」
「そうだなぁ。火もちゃんと通ってるしなぁ」
「お前料理上手いっけ?」
「ハハハ、すべてにおいて勝つのが俺だ」
ルートは胸を張ったが褒められたい欲が表に出ていたのでルシャはツッコミをした。
「お前魔法私に負けてるだろ」
「…食べてくれ」
「メインもできたよ~」
ロディが巨大ステーキを持って来たのでダテトリオは大喜びで両手を合わせた。男子による料理はダテトリオのそれに劣らない美味しさで、これなら頻繁に彼らに作ってもらってもよいと思った。
野菜炒め、チーズソースのかかったステーキ、鱈のホイル焼き。ホイル焼きはジュタの子供たちに大人気で、それはかつて有名料理人がこの街で教室を開いたときに多くの保護者が参加して教わったからと言われている。
「いやでもホイル焼きって美味いよな」
6人全員がホイル焼きに尋常ならざる愛情を持っているようで、野郎の作ったそれも一切の文句を寄せ付けないほどの美味しさだった。あっという間に食べ終えてしまうと、食いしん坊たちはステーキと野菜炒めにも食らいついた。女子だから品格を気にしなければならないわけではないのなら好きに食べることができる。ダテトリオはテーブルクロスにソースがはねるのを気にせず大喜びで完食した。
「正直お前らのことナメてたわ。これ美味いよ」
「そう言ってもらえてよかったよ」
ロディは胸をなで下ろして3人の満足を得られたことを自信にした。ラークとルートは当然といった様子で腕を組んで次回も任せろと言った。
メインイベントは終了した。しかしルシャは野郎3人を帰す前に知りたいことがあると言って呼び止めた。
「私あんたらが買い物してる間に着替えたんだけど、着替える前の服ってどうだった?あぁいや、ああいうのが無難なのかと思って試してみたんだけど、反応がなかったからさ」
恥ずかしそうに尋ねたルシャが心地よい返答を期待していると、かつて心を殴り合っていたルートが素直な感想を述べた。
「個人的な意見だが俺はお前にはああいう服じゃなくて今着てるようなのを着てほしい」
「ふむ…見慣れてるから?」
「まあそうだな。その服だからこそお前みたいな感じはある…ってより、それがお前にいちばん似合ってると思う」
似合うと言われて嬉しくなったルシャは照れを隠しつつロディとラークにも尋ねた。2人はルートの意見に似ているとして詳細を言わなかった。3人は強調された胸を見たいわけではなく、似合う服を着ているルシャを見たかったそうだ。そのことを知ったルシャは自分が好んで着ていた服こそ正義だったと気付いて胸のことを気にするのをやめた。
「まあじゃあ余計なことを考えずに気に入ったの買うわ」
「そうするといい。ルシャたそは自然体がいちばん…」
最近のモヤモヤをすべてまとめると、ルシャは寂しかったということになる。こうして仲間と一緒に過ごす時間は彼女を癒やしていて、それが頻繁になければならない。母と一緒に住んでいた頃は毎日孤独ではなかったので解決はなかなか難しいが、いずれ解決するだろう。
「よし、じゃあまた近いうちに会うってことにして、今日のところは解散かね」
「お前ら」
門を潜って道に出た野郎3人にルシャがこう言った。
「お前らダテトリオ公認の料理人だ」
「!」
彼らがこの後料理の修行をしたのは言うまでもない。
昨日は丸1日寝ていたので投稿できませんでした。大変申し訳ありませんが悪いのは私ではなく仕事です




