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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部
60/254

60・行列のできる雑貨店

 学校が再開されるとすぐにフリーマーケットの準備のために資材が運び込まれた。この学校のフリーマーケットも自由を標榜していて、屋台で焼きそばや餃子を売るクラスもあれば音楽コンサートをやるクラスもあり、家庭科室と隣の教室を使ってレストランをやるクラスもある。つまり文化祭だ。ルシャは午前に売り子をやって午後には自由行動を許可されている。ミーナとリオンを連れて屋台巡りをするつもりだ。

「でもできればアイラ先輩とも一緒に行動したいなぁ」

「そうだな。思い出を作りたいなぁ」

「まあうちのクラスには来てくれるっしょ」

「ルシャのヘアゴムで二つ結びにしてやろう」

 スポーツ選手が引退試合でビールかけで揉みくちゃにされるようにアイラを楽しく送り出してやろうという発想がある。卒業してもこのゴムを使う度にアイラが学校での楽しい思い出を想起できるようにするのだ。

「しかしまぁいろんな装飾があるねぇ」

 学校は魔改造とも言えるくらい様々な装飾に彩られている。たいていは生徒の運び込んだ合板にペンキの色をつけたものだが、本格的なものはきんぞくの薄い板を貼り合わせたものもある。これまでなりを潜めていた生徒の本領が発揮されて電飾までついているのはルシャたちにとって大きな驚きだ。

「なんだよ、多能ばっかりじゃねぇか」

 校内の様子を見ようと巡っていたルシャたちは他の生徒が得意分野にて輝いているのを見て感心した。

「戦うこと以外でも貢献できる人は多いみたいだね。勇者学校でも偏りはさほどないみたいだ」

 これほどに多能工がいるのなら文化祭は楽しいものになると予想できる。教室に帰ってきたダテトリオはいかにこの店を魅力的に見せるか話し合っている班の意見を聞いた。

「うちらが考えたのはルシャが看板を持って歩き回ることなんだ。有名人に誘われて店に行く人は多いと思うんだよねぇ」

 まとめ役の女子の結論を聞いたルシャは売り子をするより効果的だと思ってその役を担った。看板を持ってただ歩いているだけで店の売り上げが上がるのならこれほどに楽な任務はない。

「あとは私たちの好き勝手に店を飾り付けるだけだよ。できるだけ楽しい雰囲気を作れるように、いろいろ飾ろうね」

「うちの店、端っこだから勧誘を頑張らないといけないねぇ」

「まあ大丈夫でしょ。話題性抜群だし」

 結局ルシャの名声がモノを言うようだ。それならば凝った装飾をするのは完全に趣味で、ルシャは他人任せにして集められた作品をまとめた。

「うーん、みんな頑張った感じはあるなぁ」

 しかし下手だ。糸が中途半端に緩かったり縫い目が雑だったりする。許容範囲外を自分の作品に置き換えて予定数を確保できたのは全員の奮闘の甲斐と言うほかない。予定数は集まっているのであとは並べて出品するだけだ。

「ルシャってお絵かき得意?看板の絵描いてほしいんだけど」

「後悔するよ?ちょっと紙ちょうだい」

 クラスメートから紙とペンを受け取ったルシャはダテトリオの絵を描き始めた。女子の絵とは思えないほど乱暴で色使いも雑だ。

「…上手い人に1枚描いてもらおう。あ、ルシャのも採用ね」

「うそだろ…!?」

 その乱暴さが注目の対象になって客引き効果を呈するかもしれないということでルシャはベニヤ板にペンキで1発描きした。あぁ、小学生みたいな絵だ。

「なぁお前ら、装飾が物足りなくねぇか?」

 男子が全体の印象を尋ねてきた。ダテトリオは出入口に立って直感で答えた。

「色紙だと安っぽい…のかなぁ。どうよ」

「カーテンとかテーブルクロスとかを上品なやつにすればいいんじゃない?」

「上品志向でいくの?」

「うーん、可愛いほうがいいかなぁ」

 いろいろと話し合っているうちに可愛いに傾倒するほうがよいということになったのでルシャはある場所にサンプルがあると言って男子を連れて行った。


 雨ざらしの灰皿が寂しげに錆びている。

「我が第2の拠点である」

「うぉ…何この家」

 ダテトリオに魔改造されたノーランの研究室に1歩でも踏み入れればその異質さに驚かずにはいられない。男子は可愛いで固められた部屋に『不思議な気持ちがする』と言って教室も同じような雰囲気にすることを肯定した。

「俺みたいな奴に相応しい場所とは言いがたいが客は喜ぶだろうな」

「お前妹とか姉ちゃんとかいねぇの?」

「俺は1人っ子だよ。ピンクとか日常で殆ど見ない」

「そうか…まあじゃあこの時くらい楽しんでおきな」

「おう…」

 この男子はあまり目立つほうではないし成績優秀なほうでもない。可もなく不可もなくというのはなんとも話を広げにくい。そして特に親身になりたいとは思わない。

「…ってかなんでお前が装飾のリーダーになってんだ?」

「他に仕事がないから…」

「あぁ、じゃあ、うん…」

 話が広がらない。結局そのまま教室に戻って解散となった。




 数日後、地域住民を誘った文化祭が開かれた。生徒やその家族でなくても地域住民は誰でも参加できる。先生はセキュリティとして学校を巡回するため怪しい人は入れない。

 朝の10時に開店するとルシャたちの教室には自由行動中の生徒が殺到した。

「うぉぉ」

「これ予想数より売れるんじゃない?」

 ルシャの作品が生徒の間で有名だというのは知っているが地域住民にも知られているとは思わなかった。老若男女さまざまに並んでいる。

「はーい列作ってー」

 屈強な男子たちが整理係をしている間にミーナとリオンは在庫を確認して定期的に仕切りの裏からテーブルへ補充している。仕切りの裏はとても狭く、2人は椅子を密着させて待機している。

「これ足りなくなったらどうするの?」

「せっかく買いに来ている人がいるのに買えないのは残念だから追加分を考えるか…」

 商品の数は大半がルシャに依存している。彼女がノルマを超えて作っても足りないのなら当日分を追加するしかない。

「いやまあこれほどだとは予想できないわ。でもすぐに取りに行けるんじゃね?」

「私あいつのとこに相談しに行ってくるよ」

 案内役の女子が裏手を覗いて事情を聞き、比較的余裕のある自分がルシャへの連絡を担った。彼女は背こそ低いものの奇抜なデザインの看板を持っているので目立つ。 


 ルシャは知っている声に呼び止められて振り返った。

「ルシャ、商品が不足しそうなんだ」 

「マジか、家戻っていい?じゃあちょっとこれ頼むね!」

 追加分を作って遅めに来た客を満足させるべくルシャは監督者の許可を得て自宅へ飛んだ。道具はいつも机上にある。材料も棚の籠にある。数分で戻ってきた彼女は裏手で製作を始めた。

「すげぇなぁ…環境が違っても手際がいいもの」

「んーまあ、他のことできなくなるけどね」

「いいよいいよ、補充は私たちがやるしそろそろ交代だから」

 いま働いている班は1時に自由行動となる。ルシャはそれまでに頑張って4時を待たずして閉店することのないように在庫を生み出す。

「1時に間に合う?」

「1時までに作れた数で勝負するしかない。まあ、10個くらいなら」

 これまでに100個以上が売れているので10個を追加して足りるかどうか不安だ。それでもルシャは職人魂をもって作り続けた。その間にも在庫が減ってゆく。

「すげぇ売れるじゃん」

「そりゃ美少女の作った雑貨ですよ?売れないわけないだろ」

「確かに…中には野郎のも混ざってるけどな!」

「むしろそれこそ欲しいっていう人もいるだろう。だって明らかに雑なのも売れたよ?」

 機能を損なうのなら問題だがデザインが理想と違うだけなら問題はないので手先の不器用な生徒には押し花や藍染めのハンカチを作らせた。雑でもデザインの1種と言ってもらえる。

「ってかルシャ見たさに来てる人もいたんじゃないの?」

「かもしれないねぇ」

 人気者を見るといいことがあるという風説が流布しているようだ。これまでにルシャは数人に握手を求められたという。

「官僚は来ねぇだろうか」

「どうだろ、来たいがために予定をずらすこともありえる」

「けど元々の開催日じゃないじゃん」

「うーん」

 1年に1度しかないイベントなので是非とも来てほしいところだ。そんなことを思ったまま交代の時間になった。ルシャは13枚のハンカチに刺繍を入れた。




 ダテトリオは揃って食事処に入った。家庭科室ではアイラのクラスが洋食屋を開いていて、近づくと凄まじい勢いで勧誘された。有名人にはあらゆる噂が付きまとうもので、どうやら大食いでグルメという話も広がっていたようだ。

「あらキミたち」

「どうも、お腹空いたので食べに来ました」

 アイラがメニューとお冷やを持って来たのでルシャは早速大盛りセットを注文した。

「2人はそれだけでいいの?いっぱい頼んでもすぐ作るよ?」

「じゃあ焼き飯追加で」

「サイドじゃねぇのかよ!」

 まさかのメイン2つという暴挙に出たのでダテトリオは食いしん坊集団ということになった。調理班が極めて優秀で、手際の良い動きでオーダーの品を完成させた。

「お待たせ~」

「おぉ早い!いただきまーす」

 大盛りセットのパスタを口へ運んだそのとき、王都で見たことのある人が警備員2人を連れてやってきた。ルシャは思わずフォークを傾けてパスタを皿へ滑らせた。

「ウェルシュ家だ」

 リーシャが学校に到着したときノーランとルーシーがちょうど休憩に入ったので3人で食事をすることになったそうだ。

「お久しぶりですリーシャさん」

「久しぶりだねぇ。ノーランが今日だっていうから休みをとって午前の便で王都を出たんだよ」

「長旅お疲れ様でした」

「うん、ルシャは簡単に王都とこことを行き来できるって聞いて羨ましいよ。私もそれくらい魔力があったらなぁ」

「でも疲れますよ?それに、列車での旅もいいもんです」

「違いない。さて、ここで食べるつもりで朝を抜いてきたんだ。食べさせてもらおうじゃないか」

 リーシャも大盛りセットを頼んだ。凄まじい勢いで食べるのでよほど腹が減っていたのだろう。全員が食べ終えると空き教室の休憩所で少し雑談をしてから別れた。リーシャは明日の仕事のために今日中に帰らねばならないのだ。短い時間しか一緒にいられなかったのは残念だが、ルシャは自分の作品を1つ売ることで思い出とすることができた。




 4時になって終了の鐘が鳴ると生徒たちが片付けに取りかかった。本来であれば翌日を1日使って行うのだが、予定が狂ったことで今日中に終わらせねばならなくなっていた。生徒たちは暗くなるにつれて急ぐようになり、6時には殆どの作業が終了した。

「ふー、なんとか終わったかな」

「まあ大掛かりなところは時間かかるだろうから、うちらみたいに暇なところを借りるよね」

「保管場所が1箇所だから混雑しちゃったね」

「うーん、めっちゃ暗い」

「楽しかったね。次が来年だっていうのがなんか嫌なくらいだよ。半年に1回にならないかな」

「それでもいいのにね。さて、暗いから送っていくよ」

 ルシャは光って辺りを照らしながら2人の家に寄り、家に入ったのを確認してから自宅に戻った。


 頑張って作ったものが多くの人の手に渡って喜んでもらえる。自分はこの先もこのような暮らしをしていきたいと強く思った。友人にも会えたし楽しい時間を過ごせたのでこのイベントを提案してよかった。アイラも卒業前に思い出を作れてよかったと言っていたし、ルシャの心はとても満ち足りていた。

「次は年度末試験なんだよなぁ」 

 1年の集大成、自分が不本意ながらこの学校に入ってどれほど成長したのか証明するときだ。立派な先輩となるためにもここで良好な結果を出しておきたい。ルシャは手芸ほど長くは続かない試験勉強に取りかかるのだった。

そろそろ学年度末です。先輩になってからの話もそこそこ面白いと思うのでお楽しみに!

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