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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第2部
56/254

56・ルシャの汗だくトレーニング

 冬は寒い。布団から出たくない。しかも今日は布団の中がいつもより暖かい。

 なぜならルリーが同じ布団にいるからだ!

「フフッ…」

 ルシャはだらしなく寝ているルリーを見てキュンキュンした。このままいるとイケナイ気分になってくるおそれがあるのでそっと布団から出て着替えた。歯を磨いてダイニングに出るとフランが朝食を作っていた。

「おはよー」

「おはよう。ルリーさんは寝てる?」

「寝てる。すっごく可愛いからお母さんも見に行けば?」

「起こしちゃったらまずいよ。もうちょっとで完成だからそしたら起こしに行って」

 フランは理性を制御できる常識人だ。すぐに料理を完成させて食卓に並べた。すると呼ばれずしてルリーが起きてきた。乱れた服を直すことなく下りてきたのでフランが指摘してやるとルリーはもう1人の娘のようにだらしなく直した。

「お姉ちゃんみたい」

「あー嬉しい。そう言ってほしいところあった」

「でも最初に会ったときとは大違いのだらしなさ」

「本質を暴かれましたー。あ、2人以外がいたらちゃんとしますからね?」

 好きでもない人にパンツを見せるほどだらしなくはないというからどこかに境界があるのだろう。ルシャは本性が自分と似ているルリーの態度を歓迎して彼女を椅子に座らせた。

「さて、何キロ走ります?」

「うわぁ走る気だぁ」

「そりゃそうでしょうよ。ルシャはどうせ1キロもたないだろうからゆっくり1キロかしらね」

「食べる前にそういうこと言うと吐くよ?」

 ルシャの脅しに屈した2人が急に黙って食事を始めたのでルシャも続いて食べ始めた。この人たちの勢いは尋常ではなく、大衆食堂にいたらフードファイターと勘違いされる。そういえばこの家の調理器具は人数の割には大きかった。


 すぐに終わりそうな食事とは思えないのにこの3人だとすぐに終わってしまう。それどころか物足りないので昼はもっと多く作ろうと言い出したから恐ろしい。全員100キロあれば納得できたのだが…

「はい、じゃあ洗濯が終わったら走るよ」

「うぇぇぇ」

 ルシャは食べる幸せの余韻に浸っていたのに悪いことを言われて幼くなった。綺麗になったカーペットに転がって駄々をこねると誰かが必ず構ってくれる。

「ルシャさん、そうやって転がるより走ったほうがカロリー消費しますよ」

「痛くない方法で脂肪吸ってくれ~」

 残念ながら脂肪吸引はまだこの世界で確立されていない。やりたいなら闇業者に頼るしかないが、命の保証はない。結局ルシャは地獄の時間を迎えてフランに引っ張られた。

「あぁもうやらないならデブになるよ!」

 母が久々に怒ったのでルシャは少し嬉しく思いながらもその圧に屈して走り始めた。


 ルシャは1キロも走らないうちに腕の振りを乱した。 

「何が悪いのかもうわかんないよぉ」

「まずフォームが悪いです。上下動が激しすぎて無駄が…あっ、胸の話じゃないですよ?」

 胸が上下動するのはルシャなら仕方のないことだ。わざわざスポーツ用のブラに着替えたのでしっかり支えられていると信じたい。ルリーが走りながらいろいろと説明しているのにルシャは走るのに必死で殆ど聞くことができなかった。

「ルリーさんは、なんでそんな、走れるん…」

「そりゃ昔から走ってたし特強になるくらいだし身体軽いですからねー。余計…とは言いたくないけどそれがない分空気抵抗も少なくてすごく速く走れる」

 余計と言うと羨んでいることと矛盾するので言わない。ルシャは息を乱しながら『激遅ペース』のルリーになんとか並走している。


ここでルリーは強者の余裕があるゆえにあることに気付いた。

「ルシャさんはすごく汗をかくタイプの人ですね。代謝がいいのはいいことです」

 ルシャのシャツには汗染みがついていて脇の辺りがすっかりビショビショだ。それ以外の箇所にも徐々に染みが広がって全体的に濡れてきたのでルリーは興奮してきた。

「いいですよぉルシャさん…」

「やばい汗止まらない…」

「大丈夫、もうちょっとでゴールだよ!」

 ルシャが汗だくでハァハァ言いながら胸を揺らしているのは誰が見ても興奮するだろう。ルリーはよく我慢しているほうだと思われる。


 結局2人は2キロのコースを走って家に戻ってきた。

「これは頑張ったほうでしょ…」

「うん、すごいですよぉ」

 ルリーが全く疲れていないのが不思議でならないほどルシャは疲れている。2キロという決して短くない距離を完走したルシャへの報酬は砂糖を抑えたクッキーだ。

「お母さんどこまで行ったの」

「駅の向こうのお店まで。汗かくと店に入りにくいから行きのペースを抑えたのに間に合ってよかったわ」

 フランのほうが先に到着していたのは彼女のペースが尋常でなく速かったからだ。彼女が以前ルシャの運動能力について『私の遺伝』と言っていたのは何だったのか。

「いい汗かきましたね。これを続けていけば理想の体型になれるでしょう」

「よし、頑張るぞ…!」

「私は毎日やります。絶対に」

 それはルシャを見たい以外の理由を持たない。良い習慣が始まったので痩せることについては心配する必要がなさそうだ。




 ルシャは厳しいトレーニングの中であることに気付いていた。それを伝えるのは母ではなく先輩のほうが適していた。

「汗をかくのって気持ちいいですね」

「でしょ?ビショビショで嫌な感じもあるけど、悪いものが出てる感じがあっていいでしょ」

「あとなんか、自分が濡れるのがちょっとエロいっていうか」

「お」

「わかんないっすかね。なんか汚れちゃってる感じがさぁ」

 ルシャには似たような経験があった。雪の日に雪をあえて被ってかわいそうな私になるのは、彼女が興奮を感じたからだ。濡れている自分に酔うのはルリーにはよく分からないという。

「アレかもしれないですね、あの、ミーナさんとリオンさんがそういうの好きでルシャさんをエロく見たがるじゃないですか。だから2人に頼まれずしてそういうことをするようになってる」

「あいつらのせいか…いや、悪く言うのはやめよう。2人にそう思われて悪い気はしないから…」

「ルシャさんは人を喜ばせるのが好きなのかもしれませんね。手芸もそういうことを満たしてるでしょ?」

 手芸は自分がやりたくてやったものが偶然売れたということなのだが、今となっては多くの人の期待に応えようとする自分もいる。自分のためというのは常に他人のためも伴っているのかもしれないと気付かされた。

「でもエロい子になっちゃったらいろいろ狙われますからね。知らないけど」

「ルリーさんは狙われたことある?」

「ない。思えば私の友達はおっぱいの大きな人が多かったです。そっちばっかり狙われて私は見向きもされなかったなぁ」

「えぇ…?」

 ルリーほどの美貌が見向きもされないのはあり得ないだろうと言うと、思春期の男子は胸か尻にしか興味がないという。だから自分は注目されるのかとルシャは思った。

「男子にエロい子と思われるのは嫌なので余所では抑えめにいきます」

「そうするといいよぉ。あ、私には見せてね?」

「この人性的嗜好を隠さねぇ!」

 ルシャはルリーのターゲットになった。  

 

 


 翌日、ルシャとルリーが昨日と違うコースでランニングをしているとリオンジオゴ姉弟と会った。2人はたいそう驚いた様子でこう言った。

「ルシャが走ってる!」

「前に見た綺麗なおねーさんだ!」

 2人はどちらもルシャのことを言うと思っていたがジオゴはルリーのことを言ったので驚いた。

「どこかでお会いしました?」

「いや俺が見ただけなんだけど…やっぱりすげぇ綺麗だ」

「あはは、ありがとう…あれ、弟さん?」

 ここでルリーはジオゴのことを知った。ジオゴはルリーと知り合えたことに大喜びで姉を置き去りにした。リオンはルシャが汗だくになってまで運動しているのを見て感動した。

「ルリーさんのトレーニングなんて私でもきつそうなのに…」

「いや、そんなことないよ。ちゃんと合わせてくれてるから」

「それはむしろルリーさんがきつそう」

「いやぁ、ゆっくり走るだけですから。ルシャさんいい感じですよ。こんど2人で走ってみたら?」

「そうですね。ルシャ、それまでに鍛えとけよ?」

「お、おう…」

 リオンは運動好きなのでテンションが上がってルシャを置き去りにしないか心配だ。体力のあるうちは魔法で飛べば追いつけるのだが、バテた後ではそれが使えない。リオンはペースを合わせることを確約しないままジオゴを追ってしまった。

「追いつく気なのか…」

「私初めて男の子に興味を持たれた気がします~」

 嬉しそうなルリーを見たルシャは心がホッコリしたが、前回あれほど自分のことを言っていたジオゴがすっかりルリーの虜になっているのを見て複雑な気持ちになった。

「おっぱい姉ちゃんじゃなくてもいいのか…」

「ね?思春期男子っておっぱい好きでしょ?」

 おっぱい好きに好かれたのはルリーにとって大きな転換点だったかもしれない。




 走ると何かしらの楽しいことが起きるのでルシャは乗り気になっていた。明日も走ると約束してたくさん食べる極めて健康的な生活はフランも見ていて安心するようで、彼女は運動をルリーに任せて料理に集中している。栄養バランスを考えたダイエットフードを美味しく作る腕前はルシャにはまだない。

「王都にいるときって3人で集まって食べたりしてたの?」

「けっこうありましたよね?最初のほうだから連携密にしていこうってことで頻繁に集まって食事して、そのあと話して確認し合ったかな」

「そうね。たいてい私の家で料理を作って、2人がお金を出して…」

「めっちゃ楽しそうじゃんか」

「楽しいですよー。他の官僚も面白い人ばっかりで、仕事が思い通りに進まないときは愚痴を聞いてもらったり手を貸してもらったりして。私はもともと王都にいたので地方から来た仲間には店とか教えました」

 楽しんでいるようで安心したのだが羨ましくもなったのでこちらも頻繁に集まって食事会をしてやろうと思った。呼べる人は多い。そして最適の場所もある。

「私は運動を始めたから無敵だ。ミーナの家でいっぱい食べても大丈夫!」

 これが終わりの始まりとなるか、それともスタイリッシュルシャの始まりか。官僚の去った後、ルシャがリバウンドしないかどうか注目だ。

私は15年くらいサッカーをやっていたので久しぶりでも5kmなら走れましたが、ルシャは運動部ではなかったので1kmでもしんどいそうです。

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