53・新たな脅威と新たな胸囲
冬休みを余すことなく楽しみたいルシャは残り2日をどう過ごすか夜遅くまで考えたあと哲学に浸ったため、いつもより遅い時間に起きることになってしまった。具合を心配してくれる母はジュタにはいない。陽が昇ってすっかり昼の雰囲気になっていた中で目を覚ましたルシャの気分は悪かった。
「あぁ…」
なんてかわいそうな自分だ、と悲観することで余計な枷を外して今の気持ちに素直になれる…少し難しい言い方だが、ルシャは悲劇のヒロインを演じたかった―大雪の降った日のように。
「慰めてほしいなぁ…」
そこからは妄想に入る。誰が助けに来てくれるだろうか?
《妄想》
チャイムが鳴った。ルシャは白馬の王子様がやってきたのだと思い込んだままドアを開けた。するとそこには見慣れた顔が、しかしいつもと服装が違って気合の入った感じがある。
「突然で悪いが頼みがあって」
「なに…?」
いつもと違って棘のない口調に驚く王子様(?)が自分の至らなさを認めてこう言った。
「フリーマーケットに出す作品がうまくできなくてな…下手なのを出すわけにはいかないから、お前に教わろうと思ったんだ。時間はあるか?」
「いいよ…折角の休みに寝坊して落ち込んでるから、私の嘆きを聞いてよ」
「お、おう…寝坊くらいでそんなに元気をなくすものか?まあ、聞くくらいならいくらでも」
ルートはルシャの部屋にこそ入れなかったが、何度か来たことのあるリビングの椅子に座って道具を並べた。下手な刺繍の入ったハンカチが置かれると、ルシャは少し笑った。
「不器用なの?私の次に魔法が上手いのに意外だね」
「指先を使うのと魔法とは大違いだ。お前はどちらも上手ですごいな」
「手芸は長いことやってるから…あんた、急いでやろうとしてない?線が美しくないよ。右に行ったり左に行ったりでブレすぎ」
「しょうがないだろ、全体を見る前に次に進んでしまうんだから」
「じゃあ消せるペンで線を書いてから、そこをなぞるように縫えばいいよ…貸してあげるから」
「ありがとう。これでやってみる…で、嘆きって?」
ルシャはこの男が聞く耳を持ったことを嬉しく思って悲しい気持ちを躊躇なく吐き出した。
「…あぁ、気持ちは少し分かる。寝ることもそりゃ大事だが、寝るよりいい過ごし方があるなら、それをする時間を失ったってことだからな」
「だから埋め合わせをしなきゃって思うんだけど、なんかもう萎えちゃって…」
ルートは同意に徹した。そのことでルシャが次々に気持ちを吐き出して気を軽くした。ルートの手芸はあまり進まなかったが、彼がここに来て得たもう1つの目的は達した。
「…ありがと、ちょっと楽になった。この後も暇だし、昼ご飯食べてちょっと休んだら特訓しない?あんたが暇なら、だけど」
ルシャは1人になりたくない気分だった。だから最近はいい感じのこの男と一緒に過ごすほうが今の自分にとって好いと思った。そしてこの男は折角の誘いを冷たく突き放す人ではなくなっていた。
「お前が珍しく気を落としていて、俺が少しだけ助けになれた。中途半端に終わらせるわけにはいかないな。完遂してこそ成長するとお前に教わった」
「ルート、あんた良い人だね」
「たまにはな」
《妄想終わり》
ルシャはまずこう振り返った。
「ルートってそんなに優男じゃないわ」
常に憎まれ口を叩くのがルートの特徴で、そうでないのならラークやロディと同じになってしまう。しかし彼のことをそんなふうに妄想するということは、そのような態度を期待しているということなのだろう。普段は冷酷さを見せる奴が稀に優しさを全開にすると、思わず惚れてしまうというものだ。所謂”ギャップ萌え”だ。
休み明けに会うと言っておきながらこの妄想のせいでルートに会いたくなってきたルシャは飛び回ればあちらが気付いて応えると思ってジュタに描いたコースを何周もした。
30分くらい飛んでいただろうか。シャペシュの腕によって魔力を増幅させているとしても、やはり体力の少ない限りはすぐに疲れる。疲れたときに少し頑張ることを覚えたルシャは確実に成長している。しかし目当てのルートは一向に現れなかった。きっと彼は友人と楽しい時間を過ごしているのだろう。ルシャの知らない場所で…
また悲しくなってきたので家に帰って少し泣いた。泣いている自分が可愛い。誰かがそっと枕元で愛を囁いてくれて、それで夢のような場所へ一緒に行く。今回ばかりはミーナとリオンが思い浮かばなかった。
昼食も摂らずに午後を寝て過ごすルシャは夢の中に突如として現れた暗雲に精神を乱されて目を覚ました。すると外は暗くなっていて、やけに静かだった。いつもは子供の声が聞こえる通りに人がいない。
「なんか世界が終わっちゃうみたい…」
終末はつい最近に見た。しかし邪悪な感じではないのだ。どちらかというと、寂滅。
外に出てみたルシャは交差点を渡った人が建物の中へ入ってゆくのを見た。まるで逃げているようだ。何から?それは自分にも迫っているはずなのに、分からないままだ。
そのうち雨が降り出した。これは極めて単純で、街の人々はただ雨を避けるために家へ帰っただけだった。ルシャも家の中へ戻ったが、この沈んだ気分を晴らす方法は外にある気がした。
「とは言え何があるというんだろう…」
友人も先生も今は孤独ではない。孤独なのは自分だけだ。心の解放を求めて飛び出した。誰かに自分を見て声をかけてほしい。自分の存在を主張することに必死になっていると、懐の杖が光って微かに熱を持っていることに気付いた。
「あれ、赤い…!」
ルシャが杖を持ったときの色は白だ。赤色というのは何を示しているのか…ルシャは滓宝の声に耳を傾けた―聞こえるはずもないのに。そして、何かに導かれたように旧校舎へ飛んだ。
旧校舎からは瘴気のような悪性の空気が漏れ出ていて、ルシャはやはり1人でいることに不安を募らせた。この事態を誰かに報告するとすれば教師陣なのだが、校長も教頭もプリムラもどこに家を建てたかルシャは知らない。かといってあの夫婦を嫌なことに連れ出すことも気が引ける。ここは心を尖らせて突き進むべきだと思ったルシャは腕を頼りに単身で乗り込んだ。
「う、視界が…」
黒い濃霧とでも言うべき瘴気の中を進むには光が必要で、ルシャは継続する魔法に体力を費やした。上層に魔族はおらず、浮遊や破壊の魔法を使えば簡単に障害を乗り越えて下層へ至れる。しかしあの吹き抜けのある中層は複雑な構造のせいでどこまで進めるか分からない。帰路を見失う前に戻ろうと思うと、狙ったかのように奥底から声がした。人の声ではない。
「うぅ…帰ろうかなぁ」
ルシャは全身の力を失ってその場にへたり込んでしまった。動こうとしても身体が思うように動いてくれない。力が上手く身体に入らない。
「呼吸が…!」
息苦しさから逃れたいと思って床を這いながらレプリカのある図書室へ逃げ込むと、ルシャはついに気を失った。
それからどのくらい経っただろう、彼女は激しく揺さぶられて気を取り戻した。微かに開いた目に捉えたのは、ここから遠く離れた首都にいるはずの、あの男だった。
「あぁ生きてた…しっかりしてくれ、俺は医者じゃないんだ」
「ドニエルさん…?」
「ああ俺だとも。いつものようにノンビリ仕事をしていたら俺の相棒に反応があってね。それに導かれてすっ飛んできたら、旧校舎の地下で君が倒れていたわけだ。これは驚いた」
「相棒…?導かれたって、まさか」
ドニエルはジャケットを開いて首から提げているものを見せた。それは僅かに輝きを持った宝珠…滓宝だ。
「”リテラの紋”というものだ。これも魔王と勇者との戦いで生み出された滓宝…だけど、これまで君のシャペシュの腕しか見なかった俺にはどう違うのか、固有の効果があるのかが分からない」
「滓宝がここに連れてきたんですね…」
「そうだ。俺の考察だが、滓宝同士は何かしらの条件によって導き合う。俺の紋はきっと君の腕に反応したんだろう。あるいはこの場所に眠っている滓宝か」
ドニエルは前にこの巨大施設を攻略したことがある。そのとき対峙した渋い声の男は眠る滓宝を封印するために最下層を訪れた。その滓宝は今も地下深くで眠っている…はずだ。
「ところで、その腕はどこにあるんだい?」
「あれ、ここに…えっ、ない!?」
「たぶん奪われたね。誰かが強くなってるってことだけど、場所を特定できるなら大した問題じゃない。奪い返して君に渡すことはできるはずだ」
「すみません…」
「問題は最下層のやつのほうだ。誰かが触れて起こしたってんなら俺の紋と反応する。残念ながらどっちと繋がっているかっていうことまでは分かんないみたいだね。それはいいとして、君が本調子じゃないっていうことでまずは外に出よう」
ドニエルは簡単にルシャを外へ出して見せた。そこではフランが待っていて、ルシャは首脳2人がジュタに来ていることに驚いた。
「夜だ…あれ、お母さん目を怪我したの?」
「うん、庭いじりしてるときに振り返ったら枝に擦っちゃってね。けっこう変わっちゃったから、治るまで隠してるの」
「あぁ痛そう…ってかお母さんまで来るってことは只事じゃない?」
「ドニエルが来てる時点でそうよ…私はルシャが行方不明だって聞いて飛んできたの」
どうやらルシャが倒れてから1日以上が経過したようだ。今日の朝に彼女の家を訪ねたルートが不在を気にして街中を捜索したところ、どこにもいないというので心配になって首都のフランに助けを求めたのだった。彼女が首脳でなければ家の場所が分からずに叶わなかった。
「あんた1人で入ったでしょ。危ないからやめるべきだったわよ」
「ごめん…このまま放っておいたらジュタに悪いことが起きると思って。でも誰も邪魔したくなかった」
「身に余ることかどうかくらいは判別できるようになってくれ。特強という称号の消えた今、君はただの女子高生なんだから。こういうことは大人、しかも権力者に任せるんだ」「ごめんなさい…」
「とはいえ、もし最下層の滓宝が眠ったままで、君がここに来ていなかったなら、俺らはこの異変に気付かずにジュタを喪失していたかもしれない。そう思うと、いち早く異変に気付いた君の動きは褒めるべきだな」
ドニエルはルシャに家に帰るよう言ってからフランを連れて中へ入った。
「気をつけてね…!」
ドニエルは紋という滓宝を持っているが、フランは両手に何も持たずに来た。元特強の2人の戦闘力に絶大な信頼を置いているルシャでも不安だった。
翌日、2人が出てきていないということで臨時休校になった。どうやら思った以上に深刻な問題だったようで、中央はルリーの派遣を決定した。
本来であれば学校に時間を費やすところだったので、ダテトリオは3人とも暇だった。そこでルシャとリオンはミーナの家に集まった。
「やったー!ねーやんだ!」
「やあやあ、元気だねぇ」
レオはまだ初等部に行く齢ではないので家にいる。ソファに座るルシャの上に乗った彼は頭をルシャの胸に預けて上機嫌に鼻歌を歌い始めた。
「…大人のことは大人に任せよう。昨日一昨日と楽しめなかったから、今日は何か楽しいことをしたい」
「楽しいこと、それならいっぱいあるね。買い物に行ってもいいし、プールで泳いでもいいし、筋トレをしてもいい」
「じゃあプール…なんか身体を動かしたい気分なんだ」
「2日ずーっと寝てたからじゃね?」
「たぶんそう。水着持ってくるね」
「おう」
「ごめんレオ、ちょっとお姉ちゃんおうちに忘れ物」
「んー?」
レオがルシャから下りてルシャが立ち上がろうと勢いをつけたそのとき、奇跡が起きた。
ブチッ…!
ルシャのブラウスにボタンをつけていた糸が切れてボタンが弾け飛んだ。
「わっ?!」
解放されたルシャの胸がブラウスを突き破ろうとしている。驚いたレオが振り返る前にミーナが彼を持ち上げて顔を腹に押し当てた。
「すげぇ…!」
リオンは驚嘆してルシャを見つめた。
「あー、ムリだったかぁ」
ルシャは服がきついのに気付いていたが、激しく動かないのなら大丈夫だろうと思って着てしまった。少しの動きで引っ張られただけで限界を迎えていたボタンが外れてしまったため、深い谷間と大きな乳房を包むブラジャーが露わになってしまっている。
「とりあえず上着着なよ…」
ハンガーラックに掛けられていたパーカーを着たルシャは水着を持って来た。
「家とここなら別に弾けててもいいよ」
「すっげ、もっと見せて」
「私も。レオ、パパのとこ行ってな」
ミーナとリオンが更衣室でルシャの胸をじっくり観察した。
「でっけぇなぁ…」
「そのブラ、新しいやつじゃないの?もうきつそうじゃん」
「うん、なんで毎回気に入ったやつはすぐに入らなくなるのかなぁ…」
ライトグリーンに白のフリルのついた可愛らしいブラからルシャの胸が今にもこぼれそうになっている。ストラップを最大に伸ばしたところで、カップが胸を収めきれないのならブラの役目を果たせない。胸をより自由にしてやると、すかさずミーナがブラのタグを見た。
「ブラにこんな文字は書かれないと思ってた」
「前に見たときより大きくなってる…」
「うん、やっぱり背は伸びない」
「しかしよく見つかったね、そのブラ」
「うん、奇跡だよ。もうないかな…」
いよいよ毎日地味ブラを着けることになりそうだと嘆くと、ミーナが危機感を抱いてこう申し出た。
「うちで下着専門の人を雇うよ。私もより可愛いものが欲しいし、2人の可愛い下着姿を見たいしねぇ……!」
ねっとりした厚意を快く受けたルシャは朗報を待つ。まずは契約だ。
「はぁ、カップがすっごい…」
「これ顔入る?入らないか」
「やめなさい」
”こんな文字”を知った途端にクラスの男子が狂喜乱舞するくらい大きい。このブラこそ宝だと言って嬉しそうにしたミーナに着替えを促したルシャは水着もキツくなったことに気付いた。
「これおっぱいポロンしちゃうんじゃない?」
「ありそう。ママ様のが入るかな?カップはアレだけどサイズがでかいから…」
ミーナは着替える前に母の部屋にある水着をいくつか持って来てルシャに着させた。すると1つがいい感じに入ったのでルシャは借りることにした。
「私としてはポロンを見てもよかったんだけどね。その度に直すのはうざったいでしょう」
「ありがとう。ちょっとセクシーだけど、サイズはいい感じだよ」
「ビキニだからね!しかもワインレッド!」
「ママさんセクシーだねぇ」
ミーナ曰く母は色気がすごい。それを最大に演出する水着を着たルシャも色気がすごい。
「ちょっと『うふん』ってやってみて」
「うふん…?」
「あー顔が子供だからセクシーじゃないね。可愛い」
「あとお腹が…」
「痩せてやるよぉ!」
ルシャは痩せるべく必死になって泳いだので激しい動きで水着の紐が解けて結局ポロンした。やったぜ。
投稿者・変態糞魔法使い 10月30日6時4分22秒




