51・光あれ、ないなら私が光とならん
ここから第2部
ルシャ、ミーナ、リオンの3人はそれぞれ違った長所と短所を持つ。故に一括りに『こうだ!』と悪評することができない。それなのに良いことはそれなりに思いつく。
たとえば、『仲良し』。
ダテトリオとも呼ばれるこの3人組はいまどこにいるのかと言うと、キヤラ山の山頂だ。
キヤラ山はジュタ区から見て北西にあるグーテフェルト区とさらに西のノルスランジュ区とを隔てる標高2000メートル級の山脈の最高峰で、高度の割に登りやすいことと綺麗な朝陽を見られることから、登山家からの絶大な人気を誇る。
3人は聖地とも呼ばれるこの場所にテントを張って午前四時から待機していた。何のために?
「晴れるって誰かが言ってたからご来光は見られるだろうね」
「見えなかったらルシャたその魔法で太陽になろう」
「ぶっちゃけルシャたそのほうがご来光より御利益ありそうだな」
この世界を救う光となったルシャはそう言われるのに相応しい。しかし本人は大げさな言い方をあまり歓迎せずに普通の子として扱ってほしいとしている。なので軽く流して言いたいことを言う。
「フィルムは残ってるよね?まさか私たちを撮りすぎて足りないなんて言わないよね」
カメラは高級品で、余程の金持ちでないと持っていない。ミーナは余程の金持ちの人なので持っている。非常に珍しくありがたいものを収めようとブレない撮り方を練習しているうちに残量が減っていた。
「まあ最悪足りなくても私は満足できるから」
「私の写真なんていつでも撮れるでしょうがな」
「いいや、普通に山道を行く人々を見て優越感に浸りながらさっさと山頂に至ってそそくさとテントを展開したのは誰よりも高揚していることを示すためでそれを分かってもらえて嬉しい顔は滅多に撮れないよ」
「めっちゃ細かく見てるなぁ。変態か?」
ミーナの女の子に対する変態的行為は今に始まったことではない。フィルムを現像したとき、業者は驚くことになるだろう。変態はルシャの顔を再現してリオンの笑いとルシャの怒りを誘った。
「私、自分の笑顔あんま好きじゃないんだよ。みんな可愛いって言うけど絶対にお世辞」
「私は可愛いと思ってる。心の底から。嘘じゃないよ。うちの弟を賭けてもいい」
「じゃあお前の弟貰うわ」
「不束者だがよろしくしてやってくれよ…?」
「断れよ!まだ一緒にいたいはずだよ」
ルシャは前々から兄弟姉妹が欲しいと言っていたが、他人のを奪ってでも手に入れたいと思っているわけではなく、しっかり友達の家族関係を尊重している。故にこう加えた。
「お前の弟が私を貰え」
「なるほど?」
「ルシャ・レスティアだとシャキシャキレタスみたいで美味しそうだね」
「どこが?」
思考滅裂で死ぬほどどうでもいい話が終わらないのが3人の良いところで、ご来光が訪れているのにおしゃべりに夢中になっていたのでいちばんよいところを逃してしまった。
というわけで結局発光したルシャをミーナが撮り、あとで王都の業者に現像してもらったのを中央の仲間に贈るつもりだ。
「まったく、魔法は使えるけど疲れるって言ってんじゃん」
下山と呼びがたい下山を果たした3人はグーテフェルト駅から王都行きの列車に乗り込んだ。ルシャは発光で余分に体力を消耗していたので弁当を食べることなくすぐに熟睡した。
昼過ぎに王都に到着したときにはルシャが空腹に耐えかねていたのですぐに飲食店に入ってたらふく食べた。特強という称号が特定強化対象者ではなく『特によく食べる胃袋の強い人』の略になったのは彼女のせいで、もはや王国では誰もが知っている救世主の訪れに人々が俄に騒ぎ出した。
「すみません、うちらメシ食いたいので」
「サインは後でなんかテキトーに書くので他の人の邪魔にならないところに並んどいてくださいー」
「特盛天ぷらそば3つ!」
アメリカのセレブのように様々なファンを一時的に静かにさせて腹を満たすと、1列に並んだファンに色紙を同じ高さに持たせて端にペンを当てた。
「まさか」
最も簡単なサインの書き方はこうだ。
「いけぇぇぇぇ!」
ルシャが道を駆け抜ける。すると左から右へと流れる線が次々と色紙に描かれて人々が満足そうに帰っていった。
「あれでいいのか…」
列の後ろのほうの人は薄い線が微かに見えるだけのサインを貰ったが、それでも充分らしい。人の波を嫌ったルシャが飛翔すると中心部が見えて気分が良くなった。
スパッツ見放題の人々の波を避けて大きな建物を目指していると、その傍で花火があがった。新年を祝う王都のイベントの始まりではない。あれが魔法で作った花火だとすぐに分かったルシャたちは急いでそこへ飛んだ。
「あぁー!」
見慣れた人のやけに高い声が聞こえると、ダテトリオはここぞとばかりにトライアングルアタックを仕掛けて1人に抱きついた。
「うわぁー久しぶりだねぇ!元気してたぁ!?」
「ルリーさんそんな声高かったっけ?」
「はぁー!」
「うるせぇ!」
声を元に戻したルリーは飛び跳ねるように移動しながら家の中へ客人を招き入れて王都でしか取引されていない高級茶葉の紅茶を淹れた。なんとも芳しく、マタタビを嗅いだ猫のように転がりたくなる。その直前でルリーが止めてくれたので可愛い服が埃まみれにならずに済んだ。
「いやぁ見りゃ分かるけど家がデカいんですよ。『要らんって!』って言っても『これが中央の官僚に相応しい家ですから』の一点張りでねー。お手伝いさんを雇えるって言ってもあんまり家の中見られたくないので雇ってないんですよ。そしたらこの有様。普段使うところ以外廃墟みたいになってます」
「待って、この部屋は?」
「うう゛ん…官僚は忙しいんですよ。来るって分かってたら掃除したんですけどねぇ」
王国の立て直しや改革に精神力を削がれているため休日も思い通りに動けないという。この忙しさを脱する前に力尽きる気がしていたから、こうして精神を癒やせる仲間が来てとても嬉しいとルリーは語った。
「お母さんとドニエルさんは元気ですか?」
「はい。私以上に働いているのに疲れる素振りがなくって。息抜きが上手なんでしょうね。集まりますか?」
「ええ。3人にはお土産があります」
ルリーは2人との連絡手段を持っているのですぐに召集をかけることができた。2人がやってくるとルシャがフランに抱きついてミーナがドニエルの乳首を触った。
「どうして僕の乳首を触るんだい?」
「いや、何かしらやらなきゃいけない気がして…」
「けっこう敏感だから別のとこにして…ともあれ歓迎するよ。こうしてまた集まれるとはね」
「新年の挨拶をと思って。今年もよろしくお願いしますー」
「こちらこそ。折角だし何か美味しいものでも食べに行こうか」
ドニエルの提案は外食だったがダテトリオの要求はディアス邸でのなんてことない食事だった。そこで料理上手のフランがコックを担って子供たちが買い出しに行った。
王都のスーパーマーケットはいろんなものを売っている。さすが経済の中心地…
「ってかさ、復興速くね?」
「確かに!どこにも瓦礫がなかったし道も綺麗だったね」
「まあ特強2人とそれに比肩するのが1人いればねぇ…」
「それ以外にも全国から集まった優秀な面々が携わったかもね」
それはその通りだった。王都は周辺地域との繋がりを持っているため経済の停滞は全国に波及する。それは困るとあらゆる場所から人手が加わって凄まじい勢いで復興していった。それを主導したのは新官僚で、最初の仕事が既に大成功している。
「競技場のあたりもそんなに荒れてなかったね」
「見てなかった。あそこにも敵が殺到してなかった?」
「してた。もしかしたら内装とかはまだなのかも」
来年度の大会はどうなるのかという話になると、勇者が必要なくなったのだから単に競技を見るものとして開催するのではないかという予想が立てられた。
「中央が云々とか大人の事情の絡まないことなら大喜びで出るけどね」
「でもみんなに見られて恥ずかしいよ?」
「おむつしてくから漏らしても平気」
「ほえぇー」
ミーナは嬉しそうだ。平気かどうかはさておき、食材が集まったのでフランから貰った金で買ってディアス邸に戻った。
フランが料理を完成させたところでルシャがあることに気付いた。
「3人とも午後は暇だったの?」
「う、うん?うん。まあね」
暇ではなかったらしい。しかし有能な官僚はいつ子供たちが遊びに来ても対応できるように午前中に殆どの仕事を終わらせるため、半日ほど休んでも誰も文句を言わない。会議が入っていなかったのがなによりの幸いだ。
「冬休みは楽しい?」
「うん。サン・アルテミス祭にも行ったし、お泊まり会もしたし、初日の出も見たし。あぁ、まだ写真を現像していないから明日渡すね」
「あら楽しみ」
3人の官僚は発光するルシャの写真を貰うことになるとはこのとき思っていなかった。
「王都の暮らしはどう?」
こんどはルシャからの質問だ。3人とも表情から充実している様子が窺える。
「忙しいのを楽しめるくらいには余裕があるわ。みんな積極的に動いているし、街全体が復興へ向けて揃ってる感じね」
「ですね。早々に中心部の活気を取り戻せたのがよかったです。少し待てばこういうふうに楽しい生活が戻ってくると信じてもらえたのでね」
これまでの中央に嫌気がさしていた人たちは新中央に大きな期待を寄せていて、新官僚はそれに応えるために素早い行動を心掛けたという。
「あれで勢いをつけた我々は一気に立て直すべく資源配分を考えて病院や店を優先的に戻した。自宅がまだ崩壊していてもテントで十分だと言って手伝ってくれた人もいたな」
避難民は続々と王都に帰還して得意分野を活かして復興に携わっていた。普段と違う仕事をすることがあっても大きな問題はなかったという。
「こういうときに多くを求めるべきじゃありませんからね…何か小規模なことで手伝えれば言ってください」
「うーん、公共施設はもうかなり戻して、あとは個人でやってもらう感じだから、やることはそんなに多くないんだ。君たちはここでゆっくりしてから学校が始まるまでに戻ればいいさ」
冬休みはやりたいことだけをやるべきというのが大人の意見で、子供たちはそれに甘えてディアス邸に泊まることにした。
「部屋余ってますからねー。掃除しますねー」
「じゃあ私たちは明日に備えて帰るわ」
「俺も。写真は俺の部署宛のメールで届けてくれ。じゃあ、楽しんで」
「2人と一緒に過ごせて嬉しかったです。また近いうちに!」
こうしてまた話ができてよかった。腹も心も満足した3人はルリーの掃除した部屋に布団を敷き、ジャンケンで負けたミーナが風呂掃除をした。
「お前ジャンケン弱いな!」
「優しさだよ。負けることは時に勝つことより難しい…」
「まあお前は家のでっけぇ風呂掃除してるから慣れてるわな」
ミーナはあっという間に掃除を終えてリビングに戻ってきた。ルリーは部屋で仕事をすると言って夜遅くまで出てこない気だ。
「じゃあ先にいただいちゃおう」
「お前掃除してくれたから1番でいいよ」
「え?一緒じゃないの…?」
ミーナだけはディアス邸の浴槽の広さを知っているので3人でイチャイチャしながら入りたいと言った。そこで2人が浴室を覗くと、想像以上の広さに思わず笑った。
「官僚ってすごいなぁ」
「あんたこれ以上のお家買えるお金持ってたじゃん」
「ねぇ入ろうよ。追い焚きとかしなくていいから経済的じゃん」
結局3人は一緒に入ったのだが、ミーナがずっとジェット水流を尻に当てて恍惚としていたので身体は休まっても気はあまり休まらなかった。ちなみに尻に水流を当てるのはマッサージに有効とされていて、変態行為ではない。
翌日、ダテトリオは現像した写真をルリーに渡してフランとドニエル宛のは投函した。次に会うのはおそらく春休みということでしばらく会えないが、定期的に手紙を送ると言われたので寂しくない。
列車が出発すると話は新学期のことになり、卒業生のために開く学内フリーマーケットへの期待が膨らんだ。
「また新しい季節が来るね…」
「早い1年だった…アイラ先輩たちが卒業して、その後は新入生が来るのか…」
「まあまあ。まだ3ヶ月あるんだからしんみりするのは後にしようや」
「そうだね。まだ冬休み残ってるからね」
というわけで残り数日をどう過ごすか話しているうちに3人とも寝ていた。
正月のあのノンビリした感じ、社会人になって正月でも休めない人も多い(私もそう)ですが、あの頃は親戚で集まって、駅伝見ながらおせちとか雑煮食って、その後初詣行って…みたいなあの感じを思いだしてもらえたら幸いです。




