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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第1部
42/254

42・奇跡の護り

 ルシャは魔王を前にただ蹲って泣くことしかできなかった。存在しているだけで戦意を挫き、膝をつかせ、心を乱す―それが魔王だ。ルシャは知った。これまでの勇者がいかに堅い人間だったかを。

「かわいそうに、戦えるが故にここに残り、人を想うが故に我と向き合わねばならなくなった…勇者ではないのに、世界を救うために我を倒さねばならない」

「ぁっ、いっ…」

 ルシャは苦しんでいる。黒い瘴気は徐々に濃さを増して人間の心身を蝕んでゆく。自我を失ったルシャに戦うことはできない。このまま魔族の侵攻が完了して世界が魔族の手に落ちる。そうすることでのみ彼女はこの苦しみから救われるのだ。おそらく意識の深くでそれを望んでいる。

「我とて毎回勇者に封印されて何も学ばなかったわけではない。こうして勇者が選ばれる前に復活してしまえば、楽に世界を新しくできる…特別にお前は救おう。すすり泣くだけの小さな存在をわざわざ指で潰すことはせん」

 魔王がその場から離れようとするとルシャの心が徐々に戻って言葉を絞り出させた。

「ま、って…!」

「ほう?」

 振り返った魔王は立ち上がったルシャを訝しんだ。依然として自分の領域の中にいるから立つことができないと思っていた。しかしこの少女は立ち上がって見せた。

「私はっ…大切なものを護るためにここで戦った…!それが果たされないまま、世界の終わりを迎えたくない…!」

 ルシャは痛みをもって恐怖を忘れたのだ。左手の甲から血が流れ出ている。

「なるほど…」

 恐怖を思い出す前に魔法を放ったルシャは同時に魔王に迫り、0距離で勝負をつけようとした。魔王は簡単に魔法を弾くと、躱すように身を翻した。そこへまた魔法が放たれる。

「やる!」

 黒衣を掠めた魔弾は後方のビルを崩した。それほど高密度で強力な魔法を惜しみなく使うルシャの目の色はルリーと同じになっていた。

「ちっ、この娘…!」

「はっ、はっ…!」

 ルシャは極度の興奮状態に陥りながらも魔王を追っている。魔弾と盾とが明滅する戦いがしばらく続き、ルシャが先に疲弊した。ビルの屋上で呼吸をすると、目の先に信じられないものがあった。

「ルリーさん!ドニエルさん!」

 力なく倒れている2人だ。その近くを魔族がうろついている。


 負けたのだ。師と崇めるルリーと、最強の特強と敬っていたドニエルが。死んだフリをしてやり過ごそうとしているわけではないと分かっていても、何事もなかったかのように起き上がることを期待してしまった。

 残ったのはルシャたった1人だ。勇敢に戦った兵は死んだ。中には凄惨な死を遂げた者もいる。孤独がルシャの僅かな戦意を食い荒らしたとき、彼女は再びその場に膝をついた。そこへ魔王が近づき、衣のずれを直した。

 

「…強い気持ちがそうさせたのだと理解した。叶わぬ願いの残ったまま生かすのはあまりに酷だ。魔王と呼ばれる我ですら忌避するほどに…一瞬だ。目を瞑っていろ」

 それは魔王による慈悲だった。ルシャが歯を食いしばり、涙を堪え、震えを止めて魔王を睨むと、魔王の指先から黒い光が放たれた。これが終焉を齎す力だ。


 終わった―




「待たせたな」

「ぇ…?」

 黒い光がかき消されてルシャの視界が戻ると、そこには剣を携えた男がいた。

「ルート…?」

「ああ。ルートだ。お前の弟子にして…勇者だ」

 魔王が声色を変えた。瘴気が弱まって音の波が乱れなくなったせいか。

「その剣は…」

 淡い光を放つ荘厳な剣は子供が持つには大きいように思える。

「これを見つけるのに苦労した。協力者を求め、漸く頷いてくれる人を見つけ、多くの時間を費やして漸く見つけた…前代勇者の剣、滓宝・”パラディムシュヴァルヴェ”だ」

 聖騎士の剣を意味するそれこそ、魔王に致命傷を与えた唯一の剣。

「長く話している時間はない。ルシャ、俺はお前に教えてもらったおかげで勇者になれた。まあ、中央が選んだわけじゃないけどな。こうして立っていられるんだから勇者だろ。そうだよな」

「…うん、うん!ルート、お願い…!私を護って!」

 ルートはにっこり笑んで剣を構え、魔弾を放つ魔王に迫った。流れ弾が背後の建物に当たって無数の穴を作っても、ルートの盾を破ることはできなかった。盾は少ない魔力の結晶だが、パラディムシュヴァルヴェによって最高の密度になっている。

「お前の魔法は通じない!」

「だが持ち主、お前は脆いッ!」

「負けるかァ!」

 魔王の攻撃をパラディムシュヴァルヴェがかき消す。しかしそのためにはすべての攻撃を剣で受けなければならない。所持者への直接攻撃は肉体で防ぐしかない。剣が強くてもルートが弱ければ魔王に勝つことはできないということだ。

「子供の未完成な肉体でどうやって我に勝とうというのだ?その剣を持つだけでも大きな負担だというのに」

「勝ち方なんてなんだっていい…お前が倒れたときに俺が立っていればいいだけだ」

「…愚か者め」

 装いが豪華でも中身が貧相ならば上品には見えないように、今のルートは魔王の目には強そうに見えていない。天敵とも言える聖剣があるにもかかわらず余裕の表情を見せている魔王は剣士かくあるべしをルートに叩き込むべく魔法を込めた剣をつくって構えた。

「身剣一体、どちらも洗練されているからこそ強者たり得る。不完全のお前に身剣一体の極意を知る我を倒すことはできない」

「知ったことか!難しいことを考えるのは苦手なんだ!」

 ルートは考えなしにパラディムシュヴァルヴェを振るった。愚かしくも力強い、気持ちの乗った攻撃が魔王に予想外の反応をさせている。ルシャはそれを見て弟子の成長を実感した。

「この力…!」

 ついにルートが魔王の剣を折った。破片に魔王の胸から飛んだ血がつく。しかし傷は浅い。傷をつけられた魔王は胸に手を当てて治療を施すと、再び瘴気を放った。これにはルシャも聖剣に護られているルートも怯んだ。

「終わらせてやろう、自称勇者…!」

「く…」

 魔王に本気を出させたということだ。世界を変えるほどの魔力を持ち、今も多くの魔族に魔力を供給している魔王がルートのために多量の魔力を割くというのだ。より大きな剣が彼の手に収まると、ルートの両手で構えた剣が砕かれた。

「な…!」

「滓宝が…!」

「まずッ…」

 間髪入れずに魔王が手を伸ばし、ルートは脇腹を射貫かれた。彼は手で傷口を押さえて立とうとしていたが、すぐに意識が遠のいて倒れてしまった。

「ルートっ!」

「聖剣は砕かれ、自称勇者は倒れた。希望が絶たれただろう?」

「く…!」

 こうなればもはや勝つ未来はない。ルシャは涙でくしゃくしゃになった顔で笑い、1つの時代の終焉を受け入れた。


 人間は魔族に勝てなかった。長い歴史が終わり、新たな歴史が刻まれる。ルシャは多くのことを思い出していた。ウリゾで勝ちを願っている仲間のこと、いろいろなことを教えてくれた特強のこと、ジュタにいる母のこと…

「誰がお前を護ろうとも、最後はお前も同じ結末を迎える。お前を庇って倒れる人を見て心を痛めることは私の望むことでもない。終わらせよう。死を受け入れるのだ」

「…」

 ルシャは長く息を吐いて目を閉じた。魔王が再び光をルシャへ放った。






「…?」

 光が収束し、ルシャは生き延びた。魔王が眉を顰めて立ち尽くしている。ルシャはそっと目を開け、世界が変わっていないことを確かめた。

「あれ…?」

 ルシャが声を発したことで魔王は強く狼狽えた。

「何故だ…?何故我の魔法が弾かれた…?」

「え?」

「く、今だって魔法を放っているのに!」

 確かにかなり眩しい。光が目を貫かんばかりに明るい。しかし死ぬことはない。

「これまですべてが魔法に防がれた…魔法が人体に当たれば必ず損傷を与える、はずだ…だがどういうことだ…?」

 ルシャはゆっくり起き上がって瞬きを繰り返し、不可解なこの状況に順応すると、服についた砂埃を払ってルートに触れた。その直後、ルートの血流が止まった。魔法を流している左手の血も一瞬にして固まった。

「治癒魔法…」

 魔王は気を乱していた。目の前で起きている不可解なことを受け入れられず、小娘の行動に注目することしかできない。

「あなたの魔法は通じないけど、私の魔法は通じる。大切な仲間を傷つけたことは絶対に赦さない。私があなたを倒す」

 震えもこわばりも止めたルシャがゆっくりと魔王に近づく。

「どうして我の魔法が通じない!純粋な闇魔法が!最も強力な魔法がァ!」

 魔王は弾丸をこれでもかと放つが、ルシャは盾を出さずして身体で弾き飛ばした。

「クソ、クソ!」

 ルシャは魔弾に視界を塞がれていることを煩わしく思い、腕の一振りですべてを払い除けて見せた。瘴気の幕が容易く破られて無数の破片となり、徐々に小さくなってやがて消えた。

「バカな…!こんなことがあってたまるか!」

 思わず後ずさりしてしまった魔王が勝利の可能性を体術に懸けると、ルシャは魔王の顔を鷲掴みにした。驚くくらい簡単に捉えられたのは、魔王が乱心していたからに違いない。

「…ッは」

「私は勇者じゃないから封印できない。けど…殺すことならできる!」

 その手から放たれた強力な魔法が魔王の頭部を吹き飛ばし、魔王は疑いなしの絶命を果たした。その直後、魔力を尽かしたルシャが崩れ落ちた。




 何分が経過しただろうか。乾いた風が砂埃を巻き上げて吹き抜けてゆく中でフランはルシャを見つけた。息絶えていないことを確かめて深く安堵すると、娘を抱き上げて人のいない診療所に入った。

「…間に合わなかったわ。ごめんね」

 フランはその手にシャペシュの腕を持っている。これを娘に与えることで魔王を封印する力を得ると確信していた。襲撃の報せを受けて急いで来たが少し遅かった。フランはルシャが目覚めるまでにドニエルたちを探しだして病床へ運び込んでいた。魔王が死んだことによって人間界へと続く門がすべて閉じたうえ、魔族が加護を失って急激に弱体化したことが娘を置いて外に出られた理由だ。

「あれ、お母さん…」

「起きたね。具合はどう?」

 ルシャは目に涙を浮かべて母に抱きついた。悪夢を見ていたわけではないのだろう。大きな仕事を成し遂げた彼女への報酬は母の抱擁だけで十分だった。

「これでまたみんなと遊べるんだよね…?」

「そうよ。ジュタに帰ったらこれまでと同じような生活ができるわ」

 母に倣って奥のベッドを見たルシャは友人の安眠を確かめて息を吐いた。

「みんなやられちゃってもうダメだと思ってた。もし私が生きてもみんなが死んだらダメだから、いっそ諦めてみんなで死んだほうがいいと思ってた。けど魔王は私を殺せなかった」

 ここでフランはどうして魔王がルシャを倒せなかったのか、自分の考えを述べた。

「ルシャ、あんたが特殊だっていうのは魔力量が多いってことじゃなくて、魔力量に対して体力…あるいは持久力がなさすぎるってことなのよ」

「…え?」

 ルリーもドニエルも心身ともに強靱で、魔法のこと以外でもトップレベルを誇っている。それに対してルシャは魔力量が尋常でないわりには心身が弱い。そこが決定的な違いだが、あの戦いにおいてどのような意味を持っていたのか。

「魔力が全然尽きてないのに体力的に厳しいからって魔力切れを起こしたと錯覚してたのよ。体力がなくなってもあんたの場合は魔力さえあれば魔法を発動させられるから、あんたは魔王に負けなかったのよ」

「…私が無理だと思ってたのに魔力は残りまくってたってこと?」

「そう。魔王の魔法をすべて防ぐくらいどうってことないくらい魔力量があったの。シャペシュの腕なんて要らないくらいに」

「そういうこと…?」

 つまりはルシャの圧勝だったということだ。魔法は体術を防ぐこともできるため、魔王がどのような手段を用いてもルシャを倒すことはできなかったのだ。

「どのくらい余裕があるかは分からないけど、魔王の魔力量を圧倒していたのは確かよ。勇者にはならないって言ってたけど、あんたほどの能力を持つ勇者はおそらくいないわ。あのとき対峙してしまったことが世界を救ったのね」

 ルシャは自分のことを信じられずにいて、母の言うことにずっと首を傾げていた。そのうちに腹が鳴ったので、フランが調理場と食材を借りて夕飯を作り始めた。


 バターの香りに誘われたのか、食いしん坊2人が目を覚ました。生きていることに驚きながらも冷静に状況を分析し、微笑んでいるルシャを挟んだ。

「お前がやったのかぁ!」

「すごーい!魔王封印しちゃった!」

「あ、いや殺しました…」

「えー!?」

 特強2人が驚愕した。長く続いた勇者と魔王との歴史が終わったのだから驚くのは当然だろう。特強は勇者候補で、勇者が要らなくなったのなら特強の肩書きも必要ない。中央からの監視や世間からの期待に苛まれていた2人は素晴らしい解放感に表情を緩ませた。

「まさかこんな少女がやってのけるとは…いや、いざってときは俺がやろうと思ってたのに…」

「大人の責任、果たせませんでしたねー。いやぁ、情けないことにあっさりやられちゃいました。魔王の力を濃く受けた魔族と戦った経験がなかったのでしょーがないですねぇ」

 ドニエルもルリーも自分の至らなさを痛感して頭を掻いた。しかし意識の途切れる直前に思うことがあったという。

「俺らがやられても1人は残ってると思ったんだよね」

「フランさんがいるじゃん!ってことですねー」

「…言い訳はしない。ルシャを危険にさらす前に来なければならなかったと反省しているわ。私はルシャほど上手に魔法を使えなかった」

「お母さん…」

「シャペシュの腕を借りても間に合わなかった…だからこそ、使いこなせているルシャはもしかしたら魔王に勝つんじゃないかと思ったわ」

 滓宝は勇者と魔王の遺産で、2者に並ぶ者でなければ力を引き出せないと考えられていた。全く問題なく馴染ませたのだから、ルシャは魔王に少なくとも比肩はしていたということだ。

「それでもお母さんは王都に来た…遠く離れたジュタから。ねえお母さん、お母さんも特強だったの?」

 ルシャは前からその疑いを持っていた。自分に迷惑をかけないように特強であることを隠していたのではないか…フランはこれまで答えなかったが、ここで漸く明言した。

「特強ではないわ。けど特強と並ぶ能力を持っているとは思ってる。ルシャが先に特強になったことで私の出番がなかっただけよ。でも特強云々は考えないで。私はただあんたのお母さんでいられればいいだけだから。さぁご飯ができたわよ」

 するとルート、ルベン、アイラの3人も起き上がった。

「う…?」

「どこだ?」

「あ、ルシャ…」

「おはようございます。具合どうですか?」

 ルシャはすっかり元気になっていたので他人を気遣う余裕があった。3人とも問題ないということなので全員でフランの作った夕飯を食べて腹を満たした。全員が戦闘を始めてから何も食べていなかったのでいつもより多い食事が必要で、1回で保管されていた食料がなくなった。


 身体を洗わずして寝ることはできない。全員で手分けして最も大きく綺麗な風呂を探した。

「豪邸だ!ここに違いねぇ!」

 迷わずに飛び込んだ家には大きな風呂があり、ルシャは歓喜して窓から身を乗り出し、嬉しそうな声を張った。するとすぐに全員が集まり、拠点が変わった。

「魔王がいなくなったから言えるけど、こういう非日常な生活もなかなか面白いね」

「背徳感はないの?」

 生存のために必要なことをしているのだから罪の意識はないらしい。ドニエルはその点について毅然としたまま食糧を探し始めた。流石は富豪の家、食料庫があって缶詰や酒が大量に保管されている。世界を変えうる戦争に勝利したのだから美酒に酔ってもよいだろうと蓋を開けたドニエルに続いてルリーがビール瓶に口をつけて飲んだ。

「ワハハハハ!」

「ドニエルさん飲めますねぇ~!勝負しますかぁー?」

 楽しくなった2人が夜遅くまで肝臓勝負をしたので心配なルシャは眠れなかったのだが、フランたちはよく眠れたという。

パラディムシュヴァルヴェは滓宝の中でもとくに強いほうっていう設定だったんですが魔王に壊されてしまったので今後出てくることはありません。ルート君は勇者でなければ剣士でもないので扱いきれなかったんですね…その一方でフランの強者ぶりが目立ちました。彼女はノーマルルシャより強くてガチルシャより弱いという設定です。

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