38・変態の巣
ノーランの忠告に従って3日前から会場入りすることにしていたダテトリオは彼とルーシーに導かれて列車に乗り込んだ。
「ほぇー、これが列車ですかぁ」
「よぉできてらっしゃる…これが動くんですかい」
「過去から来た人?」
今となっては列車は当たり前に知られていて、多くの人が利用している。しかしずっとジュタにいたルシャとリオンは今回が初めての乗車で盛り上がっている。ボックス席の一つに荷物をまとめて席についた5人を乗せて列車が動き出すと、ジュタの馴染んだ町並みがなくなって徐々に自然へと移っていった。
「ジュタは森と山に囲まれてるから、抜けるためには森の間を通るんだ。そこそこ人がいるからって理由でわざわざ切り倒して整備したらしいよ」
「その頃は中央がマトモだったんですね」
「ジュタ出身の人が議会に複数いたくらいだからな。なかなかに実行力があるって有名だった」
反対側の車窓の向こう、森の奥に巨大な建造物が見えた。
「あれがガルヴォワ要塞。ジュタが護られなかったときに行くところ」
「でっか…」
「あそこには中央の金がかかってる。なにせ突破されなければ王都に侵攻されることはないんだからな」
「にしてもでかいですね…兵器を置く場所かな、あれ」
「もちろん登って超えることもできない。俺らの知らない秘密が多く隠されてるって話だ」
「要衝にはあんなのがあるもんなんですか?」
あの規模を多数置くのは金と手間がかかると考えていたが、王国はそれをすべて実現したという。
「これから行く王都に近づけばそれを見られる」
「クソデカ要塞…山みたいになってそうだね」
「大きいのは経路になってるところだけで、他は壁とか小さな休憩所付きの門みたいな感じだな。王都は壁に囲まれてて、限られた場所からしか入れないようになってる。おそらくは以前の教訓が活かされているんだろうが、それほどに強い護りでないと魔族を防げないということだな」
ガルヴォワ要塞の大きなトンネルを潜った列車はグランシャフト区に入って減速した。グランシャフト東駅では多くの客が王都行きを待っていて、列車がゆっくりと停車してドアが開くと続々と入ってきて通路を埋めた。
「…みんな王都入りして競技場の列に並ぶのかな」
早めに来たつもりなのに競争相手が多いので辟易してきた。自分たちは素人なので玄人たちの波に呑まれたらひとたまりもないと怯えてしまった。
「ハハハ、まあそう怖がらなくていい。いざってときに行くべき場所を知ってるんだ」
「最初から言いなさいよ。どこなの?」
「俺の姉ちゃんの家」
ここで衝撃の事実。ノーランには姉がいたのだ。彼によるとリーシャ・ウェルシュは王都で仕事を見つけてからずっと中心部に住んでいる。狭い賃貸住宅を借りているとのことで、最悪の場合そこに邪魔をすることになると言うと、ルシャたちは礼儀作法のことで悩んだ。
「友達の家ならいいけど先生のお姉さんの家となると事情が違いますよ」
「そんなこと気にしなくてもいい。姉ちゃんは俺より気さくで雑な性格だから、そこら辺に転がって寝ても気にしないはずだ。もちろん布団は俺が買う」
ウェルシュの厚意に甘えることも視野に入れつつ宿をとることを前提に行動計画を決める。駅に着いたらすぐに宿をとって荷物を降ろしてから観光する。
「残念ながら宿は2部屋とれないだろう…まあ俺はオブジェみたいにじっとしているから、どうか気にしないでくれ。ちゃんと壁のほう向いておくから…」
「ノーラン先生ならまあいいかって気もしてますけど、一応お願いします。ルーシー先生、抑えを頼んでいいですか?」
「もちろん。この男には私しか見させない」
果たしてルーシーはどうやってノーランの注意を引くのだろうか。ルシャたちは期待することにした。
正午を少し過ぎた頃には王都手前のラインズ区に入っていて、ラインズ駅で弁当を買って昼食をとった。香辛料の強めの味で好き嫌いが分かれたが、腹満たしにはなった。
「なかなかに派手な味だったね…」
「ここの人はそういう人が多いのかな?辛い物好きっていうか、味の濃いのがいいってか…」
「この辺りは香辛料となる植物の栽培が盛んだと聞いた。どんな料理にもふんだんに使うんだろうな」
「なるほど…もうちょい主張が弱くても良かったんだけどなぁ」
好き嫌いのないことで知られているリオンですら苦言を呈するほどの濃さだったので、観光地として人気になるのなら考え直さねばならなくなる。
「まあ空腹ではなくなったな。次が終点の王都だ。荷下ろしをしたら自由時間にしよう。俺は寝る」
「え、お店見て回るって話は?」
「明日たっぷりやろうや…もう既にだいぶ眠いんだ…」
ノーランは大欠伸をしてぼんやりと外を眺め始めた。その態度に寂しくなったであろうルーシーの表情を見たルシャは同情を起こしてこんな提案をした。
「じゃあノーラン先生はおいといて女性陣で服を探しますか?」
「…そうね。そうしよう」
本当はノーランと一緒がよかったのだということが分からないルシャではなかった。自分ではルーシーの満足に届かないということを残念に思いながらも、大人の女性の意見を聞けると思って前向きに考えた。
「んぐ…」
もうすぐ王都に到着するというのにノーランが熟睡しているので敢えてそのままにして焦らせようとした。駅舎に差し掛かって減速した列車がぴたりと停止すると、ドアが開くと同時に王都の空気が一挙に車内へ流れ込んできて、ルシャたちは俄に高揚した。
「せんせ、着きましたよ!」
「ん?ああ、もう降りてるじゃないか。もっと早く起こしてくれよ」
「自分から寝ておいてその態度はないわね。起こしてもらえただけありがたいと思いなさいよ。ほら、鞄持って」
面倒見の良いルーシーがノーランに鞄を持たせてプラットフォームへと押し出した。呆けていたノーランは久々の王都の駅舎に立ってすぐに復活して先導を始めた。
何もかもが豪華で、一般家屋にまで目移りするような魅力だらけの駅前通りには花屋やパン屋があって久しぶりに誰かを訪ねるときに寄っていきたい。しかしノーランが早足で宿へと向かうので、遅れたりはぐれたりしないように手を繋いで後を追った。急いだつもりだったのに宿の前には既に受付を待つ列ができていて、残念なことに前のグループで部屋が埋まってしまった。
「あちゃー…」
「ここは人気だと思っていたさ。他を当たろう」
焦らずに気持ちを切り替えるノーランは流石だと思う。大きな鞄が重いだろうと太い腕を差し伸べるところも格好良い。
「先生のお姉さんってどんな人なんですか?ラフだってのは聞いたけど」
「うーん、殆どの姉がそうだと思うけど、よく弟のことをこき使ってたな。重い荷物を運ばせたり、買い物に行かせたり、料理を作らせたり掃除をさせたり…枚挙に暇がない」
「世話好きってよりは甘え上手なのかな?」
ノーランは自分を使役する姉が甘えているとは思わなかったようで、苦い顔をしながらこう説明した。
「年下だし家族だから命令を聞きやすいと思ってるんだろう。楽をするために使える従者っていう感覚じゃないか?」
「そんな悪く考えなくても…いろんなことができるようにって敢えて挑戦させてたのかもしれないでしょう?」
これからお世話になるかもしれない人のことを悪く思っていたくないのでノーランにポジティブなことを言ってほしかったルシャ。その意思を汲んだか、彼は頷いた。
「まあどう思っていたかはさておいて、俺が最低限の家事を問題なくこなせるのはあの時のおかげかもしれんな…あぁ、あそこも埋まるな。部屋数少ないのに…」
いよいよリーシャの家に転がり込むのが現実的になってきたので、何か菓子でも買っていこうということになった。この時点で宿を取ることは放棄された。少し戻ったところに高級なお茶の専門店があるのでそこでフレーバーティーと菓子詰め合わせを買ってから住宅街の一角、公園の向かいにあるリーシャの家のドアをノックした。
「ねーちゃん!いるかぁ!?」
中からドタドタと足音が近づいてきてドアが開くと、子供を連れた弟にリーシャは驚愕した。
「え、なに、誘拐…?」
「久しぶりだったのにそりゃないよ。生徒生徒。あと嫁」
「どうも」
「お邪魔します」
姉は惑った。弟とその嫁と生徒が3人今から自分の家にあがるというのだから、部屋の汚さを無視したとしても備えができていない。
「アポとかないのかよぉ」
「まあまあ、誰も文句言わないから。あとこれ」
断るつもりだったリーシャは訪問者からの差し入れを受け取るとその気を却下して中に入れた。そこでノーランが4人を紹介をしてざっくりした情報を共有した。
「…マジで汚ぇな」
「言ったじゃん。ってかあんたは慣れてるでしょ」
「俺が掃除してたもんね…悪いね、ちゃっちゃと掃除するからさ」
ノーランがフロアモップでフローリングの埃を取ってカーペットに粘着テープを転がし、ソファでくたびれていた服をハンガーにかけてラックに吊るしたりテーブルの角度を調節したりして漸く4人を休ませることができた。その間にリーシャが紅茶を淹れていて、菓子と一緒に出していた。
「これって超高いとこじゃん。あんた金持ちだねぇ」
「そりゃ勇者学校の教師だし」
「そーよねぇ。あんた優秀だもんね…こっちなんか家賃高くてカツカツよぉ。お金ちょーだい?」
「客の前でそういうこと言うな…俺だってこれから金要るんだから」
ルーシーと結婚することを伝えると、リーシャは頬に手を当ててクネクネした。
「あらぁ~。どうしましょ。何か贈り物を…」
「ジュタに来て祝ってくれ。それでいい…それより姉ちゃん、俺らがここに来た理由を訊かないんだな」
リーシャにとって弟の訪問に理由は不要で、来たことで今後の行動が変わるだけだと言った。
「ちょっと頑張って料理を作るくらいしかできないけど…」
「今後の行動を考えるならここに来た理由を話すことになる…3日後に競技場で大会が開かれるだろ?」
「うん…あ、もしかしてその3人は選手で、あんたは引率ってこと?」
「違う。俺らは観戦に来たんだ。この3人はまあ…愛弟子っていうか、研究部のメンバーだ。大会には出ない」
「ああ、そうなの…あ、じゃあ泊まるってことか。お布団私のしかないねぇ。冬の掛け布団があるだけで…」
「だから買いに行く。俺とルーシーで行くから、姉ちゃんはルシャたちと話でもしててくれ」
「おっけー」
ノーランとルーシーが外に出て行くと、何か期待したのだろう、リーシャが3人の娘にじりじり寄ってきた。
「えっと…先生のお姉ちゃんって感じですね…」
「フフフ…ノーランめ、こんなカワイイ子を連れてきおって…」
リーシャが指を動かしながら距離を詰める。ダテトリオは怯えている!
「スゥ~ハァ~スゥゥゥゥ…アァ、いい香り…女子高生の匂い…」
「リーシャさん?」
「ああごめんなさい、私あなたたちのようなピチピチの若い子が大好きで…弟がこんな子と一緒にいるのを仕事にしてるって知ってたなら私だって教師を目指したのに」
日中に家にいるリーシャに仕事のことを尋ねると、彼女はドアを開けた。奥の部屋の机上には大量の布と定規、ペンなどが置かれていて、台にはミシンもある。
「服を作ってるのよ。家兼作業場ってわけ。知り合いがやってるとこで売ってもらってるの」
「へぇぇ!素敵!」
「でしょう…そうね、3日もあればあなたたちの服を作れるね。ちょっと3人ともあっちの部屋にいいかしら」
3人が作業室に移動すると、巻き尺を手に取ったリーシャが大きめの声で言った。
「サイズを測るわ!服脱いで!」
「いきなり!?」
決断の早い人だなぁ、とダテトリオは顔を見合わせた。先生の姉なので悪いことはしないだろうと信じてアウターを脱ぐと、ニヤニヤしたリーシャがサイズを測り始めた。
「うわぁ、でっけぇ…これノーラン大丈夫なの?」
「どういうこと?」
「いや、だってこんなおっぱい…いや、なんでもない」
ルシャの胸がノーランに与える影響は少なからずあるだろう。しかしここで弟の性的嗜好を語ってしまう姉ではなかった。
「危うく弟の名誉に傷をつけるところだった…あんなんでも私の弟だからね。愛してやってよ」
「先生はいろんな生徒から尊敬されてますよ。私たちだって特別視してますし」
「いろいろできてカッコいいですよ。優しいし、最近は面白いし」
「そうね。あいつ昔からクール路線だったのに、なんだか表情が緩んでたね…あななたちと一緒にいられて嬉しいんでしょうね。変態め!」
サイズを測り終えたリーシャはリビングに戻って弟についての質問を受けた。気になる先生のことに誰よりも詳しい人なのだから、多少深いことでも尋ねてみる。
「さっきちょっと言ってたけど、ノーラン先生は本当に変態なんですか?」
「普通の男性だと思うよ。だって男って誰だっておっぱい好きでしょ?」
「それは分かりませんが…でも多分そうだと思います。水着の女性がいっぱいの雑誌が売れるくらいですから」
「だから弟は特別じゃないと思う。おっぱい見て襲いかかってくるとかってことはないわけだし、恋愛には奥手だからね…」
「そうみたいですね。様子を窺うタイプだと思います。むっつりスケベっていうの?」
「そうね。私のパンツ見たがったり、下着目当てで物干しをやるのに積極的になったり…誰もがやる程度のことだけど、ちょっとエッチだよね」
リーシャは長身の弟と同じ遺伝子を持っているのでかなりセクシーな身体をしている。ルシャたちの理想の女性の体型だ。
「リーシャさんかなりナイスバディで憧れます。ノーラン先生が巨乳好きなのはリーシャさんの影響では…?」
「かもしれないね。昔はよく抱きついてきたし、エロガキだったから胸触ってきたし。そんで逃げるの。お母さんに言われないように」
「ふふっ…大人になって大変な思いをしてるのかもしれませんね」
「まあでも自律してくれないと困るから、手を出してないと聞いてホッとしたよ」
「寧ろ私たちから手を出そうとしてましたけどね!」
「えー!?」
弟が女子高生3人に寄ってたかって弄られている光景を想像したリーシャが鼻血を噴いたところでその弟と嫁が帰ってきた。
「…お前!悪いことしたんじゃないだろうなぁ!?」
ノーランが勘違いをして姉に詰め寄ると、姉は鼻に詰めたティッシュを飛ばして弟を攻撃した。
「うぇ、やめろ!」
「悪いことはしてないよ。ちょっといいことさせてもらっただけで」
「いいこと…?」
「リーシャさんが私たちの服を作ってくれることになったんです」
そう聞いたノーランは落ち着きを取り戻して布団を置いた。
「…なかなか狭いけどなんとか入るな。お前ら小さいから2つに3人入れると思ってそうしたぞ」
ノーランが置いた布団は3つ。ここに5人が入ることになる。
「私たちは2つでいいとして、残り1個を先生2人で使うんですか?」
「できるだけ少なく買おうとした結果だ。節約だ」
「まあいいっすけど…」
「じゃあノーランが私の布団で寝て、私がルーシーさんと一緒に寝ようか!?」
「あれ、お姉さんのほうが変態じゃね…?」
とんでもないところに来てしまったなぁ、と思ったダテトリオとルーシーであった。
ノーランの姉リーシャが初登場です。彼女はノーランのような強力な魔法使いではありませんが、ノーランのようにスケベです。今後も出ます。




