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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第1部
33/254

33・蘇る恋心

 すっかり馴染んだ旧校舎地下探索。長い時をかけて凄まじい規模の巨大な居城ができていたことは大きな驚きだったが、限られた人から広まることはなかった。というのは、他者に知られることがいかに危険かを全員が理解しているからだ。もし中央にでも知られたらすぐに調査員が群れをなしてやってくる。


 やってきた。どこから漏れたのかは不明で、教師たちの知らないところで何者かが侵入したことが有力とされた。探索を主導している教頭は調査の権利を損なわないことを最重要として王都から派遣された中央の調査員と話をした。


 その結果、教師陣と調査員とで探索をすることになった。調査員は中央がより深くにまで介入するべきかを判断しに来たため、介入を嫌う教師陣は深刻さを隠すような振る舞いをしなければならなかった。

「…だからとても疲れた。強い魔法をさも大したことないかのように見せて強敵を倒さなきゃならなかった。それでも特強であるお前とルリーさんを呼ぶわけにはいかなかった」

 特強の参加が判明すれば事態は深刻と見做されて中央の選んだ人材による探索が始まってしまう。そうなれば特強に劣る教師陣の出る幕はない。

「決定はこちらに通知される。俺らの奮闘が良い結果を導いてくれるといいんだけどな…」「中央の権力を強くしちゃうものが眠ってますからね。中央の人に見つけられたら困ります」

「そういうことだ。あの巨大ダンジョンは俺らのものになる」

 中央が介入すると仮定しても先に滓宝を見つけねばならないので毎週末必ず行うということになったことを伝えられたルシャはより多くの人員を投じることを提案した。

「先生側については先生にお任せします。私は先生の都合を知らないので…私は候補者に話をします。どこにいるかわかんないけど」

「…確かにあの広さだ。教頭先生に管理しきれる最大数にすることを考えなきゃいけないな」

 複数の部隊を構成するということではなく、単に人員を増やして戦力を高めるということだ。足手まといにならないように厳選する必要はあるが、然るべき人が加わればより深くへと進む余裕が生まれるに違いない。




 ルシャは候補者と出会った場所に行ってみた。彼はこの区にある親戚の家に宿ると言っていたので、暇つぶしにここを訪れるかもしれないと思ったのだ。

「小柄で暖かそうな格好をしている人を見ませんでしたか?ブランケット持ってる…」

「ああ、昨日来ましたよ。いくつか本を借りていかれました」

「わかりました。どうも」

 ルシャはあの時のドキドキを期待してソファに座ってみた。昼前なのが悪かったのかと思って中央広場の定食屋に入ってヒレカツ定食を待っていると、この狭い店舗のスライド扉が開いて客が入ってきた。


 特強は飯処を好む。まさかこうなるとは思っていなかったのは、目当ての人が連れで来たことだ。長いジーンズに分厚いシャツ、その上にジャケットを羽織る男性と続いて入った白のブラウスに黒のフレアスカートの女性のペアは恋人のようにも見える。

「あら~?」

「ルシャだ。なんという偶然」

「こんにちは。図書館じゃなくてここで会うとは」

「ん、俺に用があったの?」

 ルシャの向かいに座ったドニエル・ティモアはテーブルに財布を置いて膝にブランケットをかけた。

「ここで話すとアレなんでできれば3人だけの場所がいいですが、端的に言えばお誘いです」

「ほう?俺がこれまでに稼いだ金で生活している暇人だってことをどこで知った?」

「いや、そうは思ってなかったけど…ちょっと力を貸してほしくて」

 特強にしかできないことというのは容易に予想できた。ドニエルは暇つぶしになることなら歓迎すると言って前向きな姿勢を示し、特強特有の大量注文をした。

「みんなよく食べるね~」

「俺なんか中年なのに腹減ってしょうがない。いつになったら食欲が減るのやら…」

「え、中年?」

 ドニエルの見た目からは中年だとは信じがたい。しかし彼は頷いて年齢をルシャに教えた。

「こう見えて37歳だよ。まあ小柄だしどっちかって言うと童顔だからずっと若く見られるね」

「えー…?ルリーさんは信じられる?」

「いえ全く。私より年下だと思ってましたよ…しかし王都でもないのに特強が3人ですかぁ。より楽しくなってきましたね~」

 ルリーはいつでもルリーだ。3人で大量の定食を平らげると、ここから最も近いルシャの家に行くことになった。フランは仕事で夕方まで帰らない。




 ここでルシャは母からドニエルと連れて来いと言われたことを思い出した。

「お母さんがドニエルさんにメッチャ会いたがってましたけど、何か関係が?」

「ルヴァンジュ…ルシャのお母さんってフランだよね。学校の同級生だったんだよ」

 ルシャの思考が繋がった。20歳くらいと思っていたドニエルが37歳のフランとどうして知り合いなのか考えていたのが、ドニエルが37歳と判明すれば同級生として学校で知り合ったと理解できる。

「ってことはドニエルさんは普通の高校を出たんですか」

「そうだね。特強になったのってほんの数年前のことで、それまでは普通の人だったからね。フランは首席で、俺は運動できることで有名だった。くっつけようとする奴がいてね…それでまあ、被害者の会としていろいろ話したのさ」

 殊に仲の良い異性の友人として認識していたという。卒業してからはそれぞれの道へ進んだので疎遠になっていたが、フランはドニエルが特強になったことを知っていた。

「…どうしてお母さんはそんなにドニエルさんに会いたがったんですかね?」

「特強であることが理由になってるかな?俺にはわかんないや」

「このまま帰りを待ってればいいんじゃありませんか?」

「お母さんビックリするだろうなぁ。でもうちに暇つぶしはないので市場のほうに遊びに行きませんか?」

 大人2人と一緒に家でじっとしているのは落ち着かないだろうから外に出たかった。2人は大人なのでルシャの意図を汲んで賛成した。


 しかし外に出る前にするべきことがある。

「そうだね。そうしよう…で、お誘いって?」

「ああそうだった。ルリーさんには既に参加してもらってるんですけど、うちの学校の旧校舎の地下に巨大な魔族の巣がありまして。そこを探索するのにドニエルさんがいればさらに楽にいけるかと思って」

 ルリーが加わっただけで戦力が大幅に上がったのだから、ドニエルが加わってもそうなるだろう。特強の称号がその信頼性を担保している。

「なるほど。魔族の巣とは興味深い…俺が要るってのは戦力の話?」

「はい。特強が3人もいれば深いところまで探索できるし、もしかしたら滓宝を見つけられるかもしれないんです」

「その滓宝もそこで?」

「はい。浅いところの敵が持ってたのであまり強くはないのかもしれませんが…」

「滓宝持ちの魔族との戦いは気をつけるべきだね。奪い取れればいいけど」

 そのときドニエルの真の力を見ることになるだろう。彼の参加はルシャとルリーを勇気づけた。

「差し支えなければドニエルさんが特強になった経緯を教えてくれますか?」

「構わないよ。俺は卒業してから普通の会社で働いてたんだけど、ニュソスに魔族の襲撃があったときに魔法を使って倒したんだ。それで区長が推薦して…」

 驚いた。ルシャと全く同じだった。ドニエルも意図せずして特強になったのだった。しかし説明はこれだけでは足りない。

「俺は魔法のことなんてあまり知らなかったし、魔法は勇者学校を出た人が使うもんだと思ってた。けどいざってときが来て、勇者学校を出た戦士が次々に倒れてゆく様を見たとき、普通に生きるはずの人にも魔法が必要だって知った。すべての人が持つべき自衛の手段だ。人は戦いを忘れちゃならないみたいだ」

「会社で働いていたときに特別な素質があるっていうのは感じなかったんですか?」

「うん。俺は普通の会社員で、いつか退職して緩やかに死んでいく。それだけだと思ってた。あの襲撃がなければ今でもそうしてたはずだ」

「そうですか…私もそうです。普通の人だと思ってたのに、襲撃の日から急に生活が変わって…まあ、悪くはないんですけどね」

「俺もそうだ。魔法があれば剣を持たずして敵を倒せるし、敵を倒せば金が貰える。ただし国からの監視が強かった。俺を中央のどこかに配置するって話もあったし、俺はどんどん本来の生き方から逸れていく気がしたんだ。だから頃合いを見て逃げ出す必要があった」

 ルシャはドニエルに同情した。敵を倒せば金と名声が手に入るが、やりたいことから遠ざかる。勇者を志すものではなく、穏やかな暮らしを願う者に素質があるのは運命の悪戯というものか。




 結局家で話しているうちにフランが帰ってきてドニエルの存在に驚いた。

「久しぶりだね、フラン」

「あなたがここに来るなんて、なんていう運命…よかった、あなたがこの街に来たんだったらルシャを護るよう頼むつもりだったの」

「護る?」

 3人とも首を傾げた。フランは娘の探索が進むにつれて不安が増していたのを打ち明けて特強となった昔の友人に護りを乞うた。

「報酬として与えられるものは少ないけど、ルシャが安全でいられるなら何でもするわ」

「何でもだなんてとんでもない。どうやら同じ境遇らしいし、俺の計画に賛同してくれるなら協力を惜しむことはないよ…しかしフラン、もう20年も前のことなのにはっきりと思い出された。あの頃は取引なんてなかった。互いのためになることを惜しみなくやったよね」

「そうね。あの頃はいろいろあったわね…学校を出てからは会うことはなかったけど、特強になったという話は聞いていたの。だから会いたくなった」

 娘と同じ立場にいる者ならばより暖かく寄り添うことができると考えているし、人を護る力を持っていると信じられる。フランはルリーという特強に加えてドニエルという友人が来たことでその気を強くしたというわけだった。

「俺もニュソスを離れて心細さがないわけじゃない。仲間がいることで安心できるのは間違いないから、仲良くさせてもらうよ」

「助かるわ。あなたは頭もキレるから、ルシャが中央の圧力に晒されないようにすることもできるわよね」

「それはどうだろう。なにせ俺は中央から逃れてここに来たんだから…庇うとしてもたった1度だ。悪いけど俺にも俺の人生があってね。保証はできない」

「それでも私はあなたを信用するわ」

 フランとの再会を果たして要件を聞いたドニエルは調べ物をすると言って帰っていった。思い出話をする時間をとれなかったことを残念に思うフランのために、ルリーが2人の過去を尋ねた。

「私はドニエルのことが気になってたんだけど、ドニエルには恋人がいるって話を聞いたのよ。だから諦めたんだけど、優等生同士をくっつけたい連中がいて、彼の恋人に嫌がらせをしたのよ。そのことをドニエルが私に相談してきてからよく話すようになったわ」

「ちょっと嬉しくもあった?」

「もっとロマンチックな感じで付き合えたらよかった。誰かの掌の上で恋人をするのって快くないから、ドニエルに恋人を護るよう伝えたわ。その手段っていうのは恋人に退学してもらうことだったんだけど、嫌がらせから救ったはずのドニエルが虚しくなっちゃってね。学校で会えない寂しさにしばらく苦しんでた。それを紛らすように私とつるむようになって、だんだんこっちに心が寄ってきて…」

 ルシャはドニエルの恋人のその後について尋ねた。フランがドニエルと付き合うようになったのは嬉しいことにも思えるが、被害者がいてはならないとも思える。

「学校を出るまではこのままで、学校を出たら私とは別れるから恋人と一緒にいるように言った。その通りになったかどうかは本人しか知らないけど…ニュソスから移ってきたってことは、もう別れてるんじゃないかしら」

 ルシャもルリーも腕を組んで唸った。フランも固定観念の被害者で、似たもの同士が集まるということだ。

「まあでも地下探索に加わってくれるみたいですし、中央にルシャさんを奪われないようにしてくれますから、より安心できますね~」

 ルリーはドニエルより快い態度でルシャの助けになると申し出た。フランは彼女を見送ると、椅子に座って懐古を始めた。


 夏の影が去って秋が深まってきたのは、人々の生活に大きな変化を齎した。その象徴のように2人の膝をブランケットが包み、身体を預けるソファには厚手のカバーがかけられた。

「あの時のドニエルは今と違ってもっと若々しくて、達観した感じがなかったのよ。それがよかったの。素直でいつも頑張ってるのが素敵でね…見た目は変わってなくても、心は変わっていたわ。ちょっと残念」

「でもまた会えてよかったでしょ?」

「うん」

 母が何かを打ち明けられずにいると感じたルシャは上手い言葉を思いつけず、気まずさから逃げるように2階へ上がった。彼女はきっとドニエルへの恋心を思い出したのだ。しかし時を経て2人とも変わったから、あの頃と同じ感情を持ち出すべきではないとしたのだろう。母が自分に寄り添う人をつくってくれたのだから、今度は自分が母の気持ちに寄り添うべきではないだろうか。ルシャは意を決した。

「お母さんは私にドニエルさんをつけるために会ったの?」

「そうよ。特強でしかも昔の知り合いなら、2人とないと思って」

「ルリーさんじゃダメなの?」

 そこが重要だった。特強ならルリーも該当するし、娘と彼女とは既に仲良くなっている。彼女に任せることもできたはずだと指摘すると、任せたつもりだったと言われた。

「もちろんルリーさんもルシャを護ってくれると思っているわ。でもそうね、あんたがお母さんに何を言わせたいのか、なんとなく想像できる。ドニエルとの関係がまた深くなればいいと思ってるわ」

「今でも好きなの?」

「好きじゃなくなったつもりだった。けどまた会ってあの頃を思い出したとき、私はあの頃と同じ気持ちになった。思ったより好きだったみたいね」

「そっか。話してくれてよかった。あの頃と同じ恋をするのは難しいかもしれないけど、気持ちがあるってことは誰にも否定できない。素敵なことだと私は思うよ」

「そう言ってもらえて気が楽になったわ。あんた絡みのことで彼とよく話すようになるから、それだけでも嬉しいわ」

 母が少し若く見えたのでルシャはかつての母を想像してニヤニヤした。友達と仲良く過ごすのはとても素晴らしい体験だが、そのような学校生活を送るのも良いかもしれないと思った。

ドニエルとフランとの昔話でした。一般的に大人の男性は子供っぽく見られることを嫌いますが、ドニエルは若いと解釈するのでそんなに嫌いではないようです。もう少ししたら老けて中年らしい風貌になると思います。

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