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えっ、私が勇者になるんですか!?  作者: 立川好哉
第1部
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3・一点突破少女

 最強の戦士に与えられる勇者の称号。それを目指す勇者学校の生徒の強い執着を集めるイベント、それはテストだ。この学校では年度を3つの期間に区切って各期間に2回テストを行う。新入生が最初に迎えるのは1学期の中間試験だ。これによってクラスと学年の序列が決定する。


「試験内容は筆記と魔法実技と体育だ。それぞれの順位と総合順位がクラスと学年で出る。なんとなく分かってるだろうけど、上位の人は居心地がよくなって、下位の人はあまりよくなくなってしまう。まあ、たった1回でめげるなっていうのが俺からの助言だ。今の順位を知って頑張るもよし、諦めて中退するもよし。俺は成績に関して何かを言うつもりはない。以上」

 説明を聞き終えたルシャは机にぐでっと突っ伏して嘆きの声をあげた。

「体育が嫌だぁ~」

「いいじゃん、ルシャは魔法実技が1位確定なんだからさ」

「でも体育ビリは嫌じゃぁ~」

「私と特訓する?持久走がダメでもボール投げくらいならちょっとくらいマシにできるんじゃない?」

 ギャルことリオン・レスティアがそう提案してきたのでルシャは付き合うことにした。コツを知るだけで成績を伸ばせるのなら、事前に知っておくのは重要なことだ。ボール投げでの1点が今後の学校生活の明暗を分けるかもしれない。

 ボール投げくらいなら少しは伸びるだろうと思っていたが、伸びたところで大したことなかったのだった。重労働をしてこなかったため肩の力が弱いルシャはリリースポイントを掴んでも遠くへ飛ばすことができず、リオンの半分も飛んでいない。

「うーん、今から肩を鍛えるってのは難しいから、とにかくベストスコアを出すことを意識するしかないかなぁ」

「そうだねー。他の種目のコツも教えたげるよ」

 ギャルは運動が得意で、体育には自信を持っている。どの種目もいけるということなので、一通り教わった。

「うーん、苦手なんだねぇ…」

 リオンはルシャの運動能力に思わず笑ってしまった。彼女には運動音痴の気持ちや感覚が分からないらしい。ルシャにはリオンのそれが分からないので、分かり合えない。ルシャはお礼に魔法のコツを教えてリオンが的当てを成功させるまで付き合った。


 昼過ぎに授業が終わったから寄り道せずに帰れば午後2時くらいには家に着くのだが、特訓をしていたので午後4時になった。母にテストが近いことを伝えると、帰宅が遅くなったことを赦してもらえた。

「運動嫌いのあんたが体育の特訓をするとは思わなかったわ。それほど重要なことなのね」

「うん。順位で偉さみたいなのが決まるらしいんだ」

「息苦しい世界ね…」

 母は苦言を呈したが、上を目指す者は順位を競うことで高みへ至ることがある。競争心を喚起するための仕組みなのだろう。

 ルシャは寝る前に魔法理論と歴史について教科書を読んで勉強し、明日になれば多くを忘れていることを予想して眠った。




 1時間目は筆記だ。テストの日だけは特別時間構成で、1科目30分で行う。テストは歴史からスタートする。2日かけてやるのだが、2日目はすべて筆記なのでルシャにとっては地獄だ。

「10時ちょうどまでだが、終わった者は挙手して解答用紙を回収してもらった後ならばトイレに行ってもいい。ああ、もちろん時終わってないのに行きたくなった人も挙手すれば先生の監督のもと行けるから無理に我慢するなよ。頼むぜ」

 気怠そうな先生ことノーラン・ウェルシュは過去にトラブルを見たらしい。15歳にもなってお漏らしというのは本人にとってかなり恥ずかしいものであるから、生徒が恥をかくのを避けるためにトイレに行けることを強調した。

「それじゃあ問題用紙配るぞー」

 問題用紙は裏返しで配られるため、開始時間まで問題を見て考えることができない。しかしルシャのもとへ渡った紙だけは印刷が濃くて裏から透けて見えた。

(見えてる…けどわからん!)

「9時半…試験開始だ」

 一斉に紙がめくられる。エアコンの音と鉛筆の音だけが室内で連続する。


 十数分後、1人の生徒が挙手した。ルートだ。彼は多くの期待に応えるため猛勉強していたらしく、憶えたことを書いているうちにすべての枠が埋まっていた。彼は解答用紙を先生に手渡すと教室を出た。

(頭はいいんだな…目は悪いけど)

 ルシャはというと、半分も埋まっていないどころかところどころ空欄のままにしている。

(歴史とか興味ないとわかんないよ…)

 ルシャは記憶が引き出されるまで鉛筆を立てる遊びをして時間を潰した。結局記憶は引き出されず、ルシャの空欄は思いついた単語で埋められた。


 2時間目は魔法理論だ。感覚的に使うルシャにとって理論を正しく説明するのは難しい。しかも彼女は文章を作るのも苦手だ。上手に説明できているか不確かなまま、文字数稼ぎをして大きな解答欄を埋めた。この時間もルートが真っ先に解き終えた。

(どんだけトイレ近いんだ…)

 それが本当ならルシャはルートに少しだけ優しくなれそうな気がした。理論は歴史より少し早く解き終えたので、鉛筆で遊ぶことはなかった。


 3時間目は体育だ。魔法実技より先にあるのは、魔法実技が疲れているときの実力を測るためだ。これはルシャにとって非常に不利だ。

「うえぇぇ」

「ルシャたん…」

 二時間目までいい思いをしていた理論派のミーナ・キルシュがルシャの肩を支えた。彼女も体育が苦手で、いつも一緒に課題に挑戦している仲だ。

「やるっきゃないよ。しょうがない。私もミーナも総合ビリにはならんのだからさ、気楽にいこうよ」

「そうだね。総合ビリよりずっとマシだよね」

 そのような気概を持って体育に挑むことにした。最初は長距離走。1500mのタイムを測るシンプルなものだ。これを終えると走り高跳び、ボール投げと続く。種目が少ないため、それぞれで良い成績を狙いたい。

「余裕!1位はカタいな!」

 ルートは楽勝といった様子で種目を終え、次の魔法実技への勢いをつけた。ルシャは対照的にゲンナリした様子で校庭を後にした。

「いやぁ、テストだから緊張しちゃってポカしちゃったよぉ」

 リオンから教わったコツを実践できたのは感覚的なものが大きいボール投げだけだった。長距離走では転ぶし、走り高跳びではバーに当たったうえにマットで肘を擦り剥いてしまった。

「ルシャたそ、かわいそう…絆創膏貼ったげるね?」

「ありがと…」

 ミーナの可愛い絆創膏をお守りにして次の魔法実技へ移った。得意分野なのにあまり気分が乗らない。しかし彼女には大きな期待がかかっていて、周囲が注目している。ルシャはもうヤケクソだと思い、好き放題暴れてやることにした。


 魔法実技の内容は的当てと飛距離測定と模擬戦だ。模擬戦は魔法のみを使って錬成生物を倒すというもので、制限時間がある。

「時間内ならそのタイムで順位をつける。倒せなかったら時間いっぱいってことで順位をつける」

 ルシャより先にルートが記録を出したので、ルシャはそれを上回ることで1位を確定させられると予想された。

「だってルートより上なのってルシャしかいねぇし」

「だな。あいつを超えればいいんだ」

 ルートについていた男子の数人はルシャの味方へ寝返ったらしく、彼女に有益な情報を持って来た。ルシャは大きな反応をすることなく開始位置へ移動した。

「なんで男子の前だとクールになるの?」

「恥ずかしがってるんじゃない?」

「タイプじゃないっていうのは?」

「露骨すぎない?」

 女子がそんなことを話しているのに気を向けずに的へ意識を向けたルシャは合図の直後に的を破壊した。

「1撃…」

「10個を一斉にぶち抜きやがった…」

「そもそも複数を同時に放つのが難しいのに!」

 ルートがルシャを消そうと魔法を連発したときのことを思い出してほしい。彼は連発した。同時に複数を放ってはいない。ルートは同時に複数の魔法を放つことができないのだ。その時点でルシャの方が上だ。

「これだけで1位とれそう」


 次は飛距離だ。威力の高い大きな魔法であれば自然に減衰するまでに距離を稼げる。それを作るのが難しいというのが1年生の常識だが、ルシャには言えないことだった。

「ぬぅ!」

 両手から極太の魔法を放つと、特設会場の端まで到達して木をなぎ倒した。衝突によって急激に威力が落ちたため、森を貫通せずに消えた。

「測定不能。最大距離ってことにしとこう」

 1年生の平均はせいぜい10mといったところだが、ルシャの魔法飛距離は50mを超えている。ダントツ1位であることは間違いない。

「あいつの魔法おかしくねぇ?」

「あんなの勇者じゃん」

「3年でも無理だぞ」

 ルシャはこの時点で暫定1位になっていたのだが、彼女の本領はこの後にこそ見える。

「まだ4人しか倒してないよ?」

「タイムは?」

「40秒くらい」

「ふーん…」

 ルシャは落ち込んでいた気持ちを戻して模擬戦に臨んだ。彼女の気分が戻ったとき、それは誰も及ばぬ魔法使いが真の力を示すときということだ。他のクラスの先生が出てきて注目する中、ルシャは錬成生物と対峙した。


 先生が緊張気味にストップウォッチを握る。小柄な少女がその身体の数倍もある大きな魔法を相手にする。彼女の事を知らない人は『喰われちゃう!』と危ぶむだろう。

「開始ッ!」

 先生が合図を送ってスタートボタンを押すと、ルシャの魔法が炸裂して錬成生物が消し飛んだ。ルシャは上位魔法を使ったのだ。しかも、とびきり強力なものを。

「あ、ストップ押し忘れ…」

「もう0秒でいいでしょ…」

 先生たちは口を手で覆って驚いている。

 ルシャはミーナのもとへ駆け寄り、これまでの緊張を解いて彼女に抱きついた。

「うへぇ~」

「すごい…何が起きたのかすらわかんなかった」

「みんなに見られてドキドキしたよぉぉ」

 ルシャより小柄なミーナに支えられて教室に戻ったルシャは机に伏したまま放課後まで過ごした。今日はどこにも寄らずにすぐに帰るつもりだったが、ノーラン先生に呼び出された。


 ノーランは職員室にルシャを連れて行き、教頭や学年主任を呼んであることを提案した。偉い先生に囲まれたルシャはまた緊張して萎縮していたが、それを見た教頭が椅子を勧めたのでリラックスできた。

「分かってるだろうけど君はこの学校でかなり注目されている。特定強化対象者ってだけでもそうなるが、それにしたって強すぎる」

「はぁ」

「そんな君にならこの学校に関するあまり知られていない事情を教えてもいいと思って呼び出したんだ。この学校の魔法演習場の裏手に森があるだろう?」

「はい。今日私がちょっと破壊してしまいました」

「ああ、塔から見ていた。あの森なんだが、深いところに旧校舎があるんだ。昔はそこが正式な校舎だったんだが、悪い事件があって移設になった。周りに木を植えて森にしたんだが、人の入らぬうちに厄介な状況ができていて我々は手を焼いているんだ」

 教頭は資料を見せながら詳しい説明をした。

「100年ほど前に魔王の影響で魔族が大量発生したとき、部活の合宿で夜に校舎を使って泊まりをしていた生徒が襲われて死んでしまった。処理をしてこの件を終わらせたと思っていたんだが、怪現象が起きるようになって生徒たちが怖がった。花瓶が割れるとか、電灯が壊れるとか、そういう実害もあった。これを生徒たちの怨念だと断定した当時の教師陣は校長の合意のもと新校舎…今の校舎を建てたんだ。それから鎮魂のために植樹して静かな場所を作った。けど悪さをしているのは怨念じゃないかもしれない」

「怪現象…」

 ルシャはお化けの類いが苦手だ。魔族がいるだけならよいのだが、お化けがいるなら避けたい。

「森にも影響が出始めたから教師陣が対処を迫られているのだが、強力な上位魔法を使える教師ですら苦戦する難所となってしまっていたんだ。そこで教師より強いかもしれないお前に協力を依頼するってわけだ」

 ノーランはルシャに依頼をした。彼ですら苦戦するのだから自分には難しいとルシャは依頼を断ろうとしたが、ノーランどころか主任や教頭まで頭を下げたので断りづらくなってしまった。

「あの、死にたくないので護ってくれるの前提で力添えをするのなら…」

「ああ、もちろん君の安全は保証する。我々は旧校舎を探索するとき、潜入して30分後に連絡がなかった場合は救援を呼ぶように2班編成にしている。もし内部で我々が力尽きたとしても君だけは逃すし、救援が君を連れ出してくれる」

「わかりました。役に立てるかわかりませんが、協力します」

「助かるよ。その代わり我々は君に最適な授業や特訓を用意するし、学校生活にかかる費用を負担させてもらう。実は近いうちに食堂の建設が始まるんだ。学食が始まったらそれも無料で使えるようにする」

 ルシャは食事が無料になると聞くと俄然やる気になった。

「あそこの様子はもはや怪現象の領域を逸脱している。まるで迷宮のように下方に広がりを見せていて、その果ては見えない。しかも森に住む生物を魔改造して従属させている。それがまあ厄介で、キャピシュを余裕で撃ち落とせる我々でも苦労するほどだ」

「迷宮?」

「ああ。魔族は旧校舎を住処としているが、我々の探知から逃れるために地中深くへと移動している。根源を叩かない限りこの問題が解決されることはない」

 長年をかけても根源である魔族と接触することができなかったため、旧校舎の何倍ものスケールに広がってしまっているらしい。そのすべてに踏み入ることはできないが、解析を進めてより効果的な探索を行う手伝いならできるとルシャは思った。

「休日に部活動の顧問をしていない先生が参加する。ってことは土日なんだけど、大丈夫かな」

「大丈夫です。部活には入っていないので…」

 この学校には部活動があり、多くの生徒が放課後に校舎や校庭、体育館で活動している。ルシャは中途入学で他と足並み揃えて入るタイミングを失ったため入っていないが、友人のミーナやリオンは入っている。

 休日を旧校舎探求に充てると部活動に使えないため、ルシャは探索部ということにした。

生徒1人、顧問多数のヘンな部活が始まった。

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